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第七部:古き者たちの都

知識の椅子

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「危険はない...か?」

「全くないでしょう。バシュラール家の血族に秘密の場所まで入らせておいて、罠に掛けたり危害を加えるとは考えられませんから」
「そうだな。それに魔道具に関する知識なら俺よりもシンシアに聞いてもらったほうが確実だ。ましてや古代の魔導技術となったら言うまでもなく、だよな?」

シンシアが少しだけ居心地悪そうに俺の顔を見る。
根が真面目なシンシアって、ホントに言い訳が苦手だよね。

「まあ、俺達はどこまでも一緒に行くんだから、なにもかも俺が抱え込む必要なんてないんだよな...我が自慢の妹達の言う通り、それこそ『適材適所』ってヤツなんだから」

「はい!」

シンシアの表情がパッと明るくなった。
この椅子を譲れば、場合によってはヒュドラ退治の最後の最後までシンシアを同道させなければならなくなる可能性もあるけれど、そんなことは今更だな。

どのみち『黙って置き去りにする』以外にはシンシアを一緒に来させない手段はないのだし、もう俺はそんな事はしないとシンシアに誓ったんだから。
向き合ったままのシンシアに『銀箱くん』とリリアちゃんのペンダントを渡して、そっと離れる。

シンシアは肩からかけたマリタンのストラップにうまく銀箱くんを掴ませると、ペンダントを首から掛けた。
元々、ヴィオデボラでもここでも、オーラとペンダントの存在でしか血族を認識していなかったのだから、これで大丈夫なはずだ。

「では参ります、御兄様」
「ああ、頼んだよシンシア」
「シンシアちゃん、がんばってー!」

何をどう頑張れば良いのか今一つ分からないけど、パルレアも声援を送る。

シンシアはおずおずと椅子に近づくと慎重に腰をかけた。
なんて言うか・・・
椅子のサイズがかなり大振りなせいもあって、小柄なシンシアが座るとなにかの台座にチョコンと鎮座坐ちんざましましてる感じで、やたら可愛らしいな!

「おぅ、なんだか可愛らしいぜ姿だぜ、シンシア殿!」
「だよな?」
「まるで幼姫おさなひめって感じだ!」
「だよな、だよな!」
「もう、御兄様もアプレイスさんもからかわないで下さい!」
「「からかってない!」」

あ、俺とアプレイスのこのハモりは以前もやったな・・・すごく懐かしい気がする。

< それでは背もたれに寄りかかってお寛ぎ下さい。この先、知識の移入が終了するまでは椅子からお立ちにならないようお願いします >

場の緊張を和らげようとする俺とアプレイスのノリにお構いなく、門番のクールな声が頭に響く。
部屋に入る直前にペンダントと銀箱くんを受け渡した事は、無事に見過ごされたようだ。

< 知識の移入を開始します >

門番の声が頭に響き、シンシアがゆっくりと目をつむった。

++++++++++

「で、どうだったんだシンシア?」
「なんと申しますか...どれも一言では表せそうにないです御兄様...」

シンシアへの『知識の移入』が終わるまで、俺達は半刻ほども部屋の隅に突っ立っていた。
その間シンシアは大きな椅子の上で目をつむったまま動かずに少し心配になったけど、時々ピクッと体を震わせたり表情を動かしたりもするので、俺も腹を据えて、ただひたすら見守っていたのだ。

『以上で知識の移入を終わります』という門番の声が響いたときには、一体どれほど安堵した事か・・・

「不思議なんですけど、ヒュドラの事も他の魔導技術の事も聞いたとか教わったと言うよりも、まるで『以前から知っていた』みたいな感じなんです。もう自分の中で元からあった知識と渾然一体に溶け合っていて、だから『これこれについて知った』とか言いづらいんですよね」

「ふーむ、知識の移入ってのはそういう意味だったのか」

「そのようです。それについて意識が向くと思い出せるって感じでしょうか...たとえばコレも...」
そう言ってシンシアが通路のすぐ脇に置いてある大きめの『ガラス箱』を指さす。

「これは『バオバブ』という名の変わった形の巨木の苗木で、本来は暑くて乾いた南方大陸の奥地にだけ生えているものです。そんなことを私が知っているはずは絶対に無いのですけれど」
「すごいな!」
「ええ。本当に不思議です。ただ...」
「ただ?」
「自分の意思で学んだ事ではないのが学習の機会を奪われたような感じで、ちょっと悔しいと言うか勿体ないと言うか...一つ一つ学びながら理解していきたかったなっていう気もしますね」

「なるほどな。そういう捉え方もシンシアらしいよ」
「もちろん、贅沢を言っている事は分かっているのですけれど」

「いやいやシンシア、なんでも手っ取り早く分かればいいって考える人よりも、向上心がある方が良いに決まってるさ。俺は、そういう点でもシンシアは素敵だと思うからね」
「えっ、そうですか? そういう風に言って貰えるなんて、なんだか嬉しいです御兄様!」

この真面目さんめ!
そんな感想が出てくるところが、全くもって『シンシアらしい』としか言い様がないよ。

「ああ、ライノの言う通りだよシンシア殿。知りたいと思う気持ちって、結果を求めてるだけじゃあないからな?」
「ええ、そうなんですよねアプレイスさん!」
「アプレイスも知識欲旺盛だもんな。いや冗談や揶揄じゃなくて、本当にそう思ってるよ?」

「まあそうなのかな...俺達ドラゴンってのは一人で過ごす時間が長いし、なんでも欲しけりゃ力で手に入るものも多い。だけどなぁ...それじゃあドラゴン属はいつまで経っても変わらないだろ? それに比べて人族は凄いなって思ったりしてなあ」

そう言えば以前もアプレイスは『人の知恵は凄い』と言ってたよね。
ドラゴンでさえ躊躇するほど遠い南方大陸に誰でも行き来できる船を造り、山を越える道を作り、荒れ地を畑にして縄張りを広げていくと。

とは言え、その行き着く先が古代のイークリプシャン達のように山も都市も粉々にしてしまうような世界だとしたら悲しすぎるが・・・

「ともかくシンシア、ヒュドラ対策の方についてはどんな按配だい?」
「はい、それも分かっています」
「じゃあやっぱり、ここにその魔道具が保管されてるのか?」
「ある事はあると思いますけど、ドゥアルテ卿が言っていたように、時間が経ちすぎて使えなくなっている可能性が高いと思います」

「くっ、ダメか...」

「いえ御兄様、すでに私はその魔法酒というか麻酔酒の造り方を知っていますから問題ありませんよ?」
「そう来たか!」
「どうやらバシュラール家の人々は、子々孫々までヒュドラの首を継承していく事を必須と考えていたようです。凍結ガラスの造り方も分かっていますから、マリタンさんに手伝って貰えば新しい封印容器も製作出来ますね」

「マジ凄い...」

これまでもシンシアが一緒にいてくれれば百人力だと思っていたけど、もはや『百万人力』ってレベル・・・
いや、たとえ一般人が百万人いたってヒュドラと戦う事は出来ないんだから、それ以上だな!

「ただ、不思議なのは『バシュラール家そのもの』に対する知識が移入されてない事です。普通なら一族の出自とか家系とかこそ大事に伝承されていきそうじゃないですか?」
「そりゃそうだな。貴族家なんて家系図あっての物だって聞くし」

「ええ、だから不思議なんです。移入された知識にはヒュドラ対策だけじゃなくて一般的な魔導技術や、さっきのバオバブの標本のように魔道具や練金の素材になる交易対象の知識はあるのに、自分たち自身...バシュラール家やイークリプシャンに関する知識がすっぽり抜け落ちてるんですよね」

「うーむ、どういう理由だろうな?...」
「ねぇお兄ちゃん、それも門番さんに聞いてみればー?」

「おおぅ、そうだな! でも、いまはメダルをシンシアが持ってるから、シンシアに聞いてもらったほうがいいかも」
「そうですね...門番さん、質問があります!」

< 承ります >

「さっき私に移入された知識にはバシュラール家全体や、ヴィオデボラが造られた当時の社会に関する情報がありません。それはなぜですか?」

< ここに保管されている秘匿情報はヒュドラ対策の魔導技術に関することで、継承者にとって既知と思われる事項は含まれていません >

あー、そういう事ね。
バシュラール家の人間にとって『一般常識』な事柄はいちいち移入しないよ、と。
それはもっともだと言えるな。
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