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第七部:古き者たちの都
野薔薇と浜薔薇
しおりを挟む降りていった北の海岸には奥まった湾などは見当たらず、大洋に面してゴツゴツした岩場が続いていた。
むしろ海に向かって海岸線が弓なりに張り出しているような感じで、南の湾とは打って変わって波が荒い。
「一目見て、こっちの海岸の方が波が荒い感じだ」
「あっちの湾と違って海に剥き出しだからな。それにもう、季節的に風向きが北寄りになって来てるせいもあるかもしれん」
「ああ、確かに」
「こちらの海岸に大きな砂浜は見当たりませんね...あ、アプレイスさん、右下に見える平らな場所に降りられますか? まばらな茂みのある岩場です」
「ん? あそこなら大丈夫だろう。近づいたら先に降りてくれ。俺も姿を変える」
アプレイスはすっと高度を落として、シンシアの指差した岩場へ向かった。
近づくと、最初に転移門を開いた場所と似たような雰囲気で、黒っぽい岩場に緑の茂みが迫っている。
今はこの島の黒い岩肌も凝結壁の欠片なんかじゃなくて火山の産物だと分かったから、さほどドキドキはしないけどね。
「よし、ここから降りようシンシア」
「はい!」
シンシアは『ハイ!』と元気よく返事をしつつも跳躍せずに俺の顔を見上げているので、いつも通りに抱き上げて空に上がる。
まあ、この距離で跳躍するのも魔力の無駄遣いか・・・
俺たちが着地するとすぐに、パルレアと人の姿に変わったアプレイスもフワリと降りてきた。
シンシアは俺の腕から降りるとすぐに、茂みのへりに屈み込んで何かを調べている。
俺も足下の石ころを拾って眺めてみるけれど、なにも変わったところはない。
南部大森林でもエンジュの森でも、凝結壁の欠片は均質な黒さを持つ断面だったけど、この島の岩はほとんど黒いモノから灰色っぽいもの、まだらな斑紋のあるものまで様々だ。
ここの岩も南の湾と同じでごく普通の自然石に思えるし、一体シンシアは何を調べているんだろうか?
周囲には他に見るべきものも無く、少々手持ち無沙汰に思え始めたところでシンシアが立ち上がってこちらにやって来た。
手にはなにか小さな赤いモノを持っている。
「それってローズヒップだっけ。転移門を張った岩場にもあったよな?」
「はい、北斜面の方が少しだけ実が落ちるのが遅いみたいですね。まだ張りのある実が少しだけ残っていました」
「実を持って帰ってハーブティーや化粧品にでも使うのかい?」
俺としては、シンシアがもっと自分の健康と美容に気を遣ってくれるようになるのは大歓迎である。
シンシアが欲しいと言うのなら、勇者の力をフル活用して島中からローズヒップを集めてこよう。
「いえ、そうではなくて...」
「あ、違うんだ」
「実は転移門を張った場所でローズヒップを見つけた時に、少しだけ引っ掛かった事があったのですけど、大したことでは無いと思ってそのままにしていました。ただ、さっきの会話でチョット思い浮かんだことがあって確かめてみたんです」
「えー、なーにー? 北と南で種類が違うとかー?」
「あ、御姉様ったら鋭いですっ! この島のローズヒップは私たちが普通に使っているモノと種類が違うようなんです」
「そーなんだ?」
「ええ、主にローズヒップを採集する『野薔薇』と言われてるものは、ポルミサリアの何処でもだいたい同じものです。それとは違って綺麗な花を鑑賞するために庭に植えられている薔薇は、長年の間に品種改良されてますから千差万別ですけれど」
薔薇の花には色や形の違いで物凄く沢山の種類があって、それを庭で育てたり、時には新しい品種を自分の手で生み出したりするのが裕福な貴族の趣味だというのは俺も知っている。
初めてリンスワルド城や王都の別邸を訪れた時は春から初夏に掛けてだったから庭園には色々な薔薇が咲き誇っていたし、きっと姫様やシンシアもそういうのが好きなんだろう。
ちなみに俺がエマーニュさんの美しさから想像した『薄桃色の薔薇』も、庭に咲く品種改良された薔薇の方だな・・・
「先日のローズヒップも、この場所のローズヒップと見た目は同じです。つまり、島の北側と南側で同じモノが育っている訳ですから、転移門を張った岩場だけが特別と言うことは無いでしょうね」
「そりゃそうだな」
「ですが...この島に生えているローズヒップの茂みは『野薔薇』ではなく、『浜薔薇』のようなんです」
「えーっとシンシアちゃん、ソレってどー違うの?」
「現代では、とても沢山の品種の薔薇が観賞用に育てられていますけれど、その切っ掛けになったのは南方大陸との交易を通じて、遠い国に咲くビーチローズが持ち込まれたからだと言われています。それを古代から北部ポルミサリアにあったワイルドローズと掛け合わせることで、それまで無かった様々な品種が誕生したのだと聞きました」
「それって元々は生えてる場所の違う北の薔薇と南の薔薇を、人の手で掛け合わせたってコトかい?」
「そうです」
「んーっと、つまりー...この『ビーチローズ』はポルミサリアには自然に生えてなかったってー?」
「はい。そういうことです御姉様」
「なあシンシア、それって言い換えれば、このビーチローズは『人が持ち込んだ』ってことだよな?」
「絶対とは言えませんけど、可能性は高いと思います」
「マジか!」
「マジです」
「なんてこった...」
「もちろん、この島にビーチローズが咲いている理由は他にも色々と考えられますよ御兄様。無人島と言っても、過去に南方大陸との交易船が難破して流れ着いたとか、さきほどアプレイスさんも仰っていたように鳥の類いがローズヒップを飲み込んでこの島に飛んできたとか?」
「語尾の下がり方で、シンシアも本気でそう思ってないことが分かるよ...」
「すみません」
「いやいや、なんで謝る?」
「なんとなく...御兄様に悪いなぁって」
「そんなワケあるか」
「ライノ、仮にローズヒップの実を鳥が運んで来たと考えたところで、それでシンシア殿が最初に感じた森の違和感は解決しないだろ?」
「うん、そうだな。この島には過去に人が訪れていたことがある。そして恐らく住んでいた。そう考えた方がスッキリするよ」
「それに、かつてこの島に誰か住んでいたとしても、それがイークリプシャンとかヴィオデボラに関係してると決まった訳じゃ無いしな?」
「ああ。それこそ南方大陸から渡って来た人だっていたかも知れない」
「そうですね。ありうると思います。難破して流れ着いた訳では無く最初から移民するつもりで渡ってきたとか、彼らから見た『北方大陸』を探検に来たとか、そういうのも不思議じゃありませんから」
「俺もそう思うぜライノ」
「それにローズヒップが船乗りの健康に良いということも南方から伝わってるんです。だから、海岸の砂地で育つビーチローズのヒップや苗木を船に積んでいたとしても不思議はないですね」
「パーキンス船長達だって偶然この島に辿り着けた訳だし、ここが北部ポルミサリアの沿岸からも南方大陸の沿岸からも離れているから主要航路じゃ無いと言っても、誰も通らないとは限らないよな」
「だな。どうするライノ? このまま東側までぐるっと一周してみるか?」
「ああ、折角来たんだから島を一周してみよう。ひょっとしたら過去に来ていた人の名残が見つかるかもしれん」
「じゃあこのまま北の海岸沿いに東に向かってみようぜライノ。地面に何か面白そうなモノが見えたら降りるから教えてくれ」
「おう!」
再びドラゴンに戻ったアプレイスの背に乗り込み、山地と海岸の中間辺りをなぞるようにして東に向かった。
東側には島の大部分の面積が広がっていて、パーキンス船長が『西側から見るよりも実際は大きな島だ』と言った理由が良く分かる。
海岸線も複雑で小さな入り江や砂浜も幾つか散見できたけど、南側ほど奥まった大きな湾は北側には無さそうだ。
特徴的なのは、島の東側が細長く歪んだ冠のような奇妙な隆起でぐるりと囲まれていて、その内側の部分が、言うなれば広い『盆地』のような地形になっていることだな。
その盆地に入るには島のどちら側からでも尖った尾根のような隆起を超えなければいけないし、外側の低い場所からでは盆地の様子が見えないだろう。
海上や海岸から見ただけでは、隆起の向こう側にそんな土地が広がっているとは分からないワケだ。
盆地の中に、ちょっとした隠れ里でも作れそうで面白い。
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