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第七部:古き者たちの都
セイリオス号の扱い
しおりを挟むこの先、セイリオス号を使って再びヴィオデボラを訪れる可能性も考えると、マストの修理だけで無く、可能な整備は徹底的にやっておくべきだろう。
「パーキンス船長はヴィオデボラで使うつもりで、船底に塗るタールや詰め物に使うピッチなんかも積んできてるって言ってたけど、それはどっちみち水から上げないと出来ない作業だ。どうせやるならしっかり作業できた方がいいよ」
「そうですね。私たちにはアプレイスさんがいますから、浮遊桟橋がなくても船を持ち上げることが出来ますし」
「だな。でも船長達と今後のことを相談する前に、まず転移門が問題なく使えるかどうか確認しておいた方がいいな」
「はい御兄様。浜から見えない場所で、出来れば岩場のように足下のしっかりした場所が良いと思います」
「よし、探してみよう」
「岩場だと思って降りてみたらさー、黒い『凝結壁』の屋根だったりしてー!?」
「おぉぅ、それも無いと言いきれないからなぁ。ジョークにならないかもしれんぞパルレア?」
「有りえる話ですよね、御姉様」
「ねーっ!」
「いやあもう、なんか俺はヴィオデボラとヒュドラでお腹いっぱいだから、正直これ以上は古代の遺物なんか見つけたくないって気分だけどな...」
「ええ、御兄様のお気持ちも少し分かりますね」
「そーお?、ちびっ子たちもいっぱいいるしさー、いい島じゃんココ?」
「いや、そういう話じゃなくてだな...」
南部大森林の魔石サイロにしてもエンジュの森の埋没した街にしても、一般的な意味で『人が訪れない場所』だからこそ遺跡が残っていたのだろうし、逆に言えば、古くから人が住んでいるような場所の遺跡なら、とうの昔にオリカルクムやティターンと言った素材を探して掘り尽くされている。
ヒップ島が本当に『現代人にとって人跡未踏』なら古代の遺物が無いとは言い切れないんだけど、積極的に探そうという気にはなれないんだよねぇ・・・
何故かって言うと、先日のヴィオデボラで見たヒュドラ騒ぎや、バシュラール卿から『殺戮兵器』の事を聞かされた後では、トンデモナイ物を現代に呼び覚ましてしまう事への不安が拭えないからだ。
仮にこの島にも古代の遺跡が眠っていたとしても、それがエルスカインに悪用される心配が無いモノなら、むしろ『そのまま眠らせておきたい』っていうのが偽らざる気持ちだったりする。
もしも遺跡があったなら、その内容がエルスカインの正体を突き止めるヒントになったり、倒すための力になる可能性もあるのだから、探した方が良い事は分かっているんだけどさぁ。
++++++++++
そんなことを考えながら湾の周辺を少し飛んで、岬の付け根にあたる場所に平らな窪地を見つけた。
念のために周囲の様子を窺ってから降りてみたけれど、ごく普通の岩場で、周囲にも人工物の残滓を感じさせるようなものはなにも無い。
「そこらに転がってる石ころが本当に凝結壁の破片だったらどうしようかと、ちょっとドキドキしたぞ?」
「フツーの岩だったねー!」
「ここなら周囲からも見えづらいし、いいですよね御兄様?」
「そうだな」
地面にチラホラと赤っぽいものが落ちているのは草の実だろうか?
シンシアがその一つを拾い上げてまじまじと眺めた。
「野薔薇の実、ローズヒップですね。もう秋も深まってきているので、地面に落ちてしなびていますけど、赤く張りのあるうちに採集すれば色々と使えます」
「香りの良いお茶になるんだっけ?」
「はい。酸っぱくて、とても爽やかです。それに身体に良い成分が豊富なので、オイルを抽出して薬にしたり、ジャムに入れたりもするんですよ。伝承では船乗りや旅人の健康に良いともされています」
「へぇー。そういうモノが島の名前の由来だってのは素敵だな。セイリオス号の基地にはピッタリだ...しっかし、この島だと秋が深まってる実感が無いよなあ」
「でも、ヴィオデボラに較べれば、木や草も見慣れた感じがしますよ?」
「ああ。あそこはどっちかと言うと南方大陸に近い雰囲気だったからね。それに較べればココは針葉樹の森だってあるし、ちょっと北部ポルミサリアに近い雰囲気だよな」
「針葉樹ってー?」
「トウヒやモミみたいなトゲトゲした葉っぱの樹のことだよパルレア。エンジュの森とか、それの巨木ばかりだったろ? 針葉樹の森は南に行くほど少なくなるって言われてるんだ」
「へー! じゃーこの島は中間地帯ってコトだねー」
「まあ、そんな感じだな」
「ここは南岸地帯よりも、さらに南ですからね。真冬になっても雪が降るような事は無いでしょうし」
「まあ、このあたりで雪を見ることは無いだろうね。ミレーナやポルセト辺りでさえ、雪なんて山間部の方に行かないと降らないもの」
「そうなんですか御兄様? ミルシュラントの、特に王都の辺りでは雪もそれなりに多いので、雪が降らない地域は羨ましいですよ」
「リンスワルド領はそうでも無いんじゃ?」
「深くは積もりませんけど、降らない訳ではありませんから。それに王都も雪の量自体はともかく寒さが厳しいです。あそこの冬は色々と凍ります」
「確かに凍ると面倒だよな。色々と」
「わかるー!」
「ええ、すぐに滑って転びそうになりますし...ともかく、ここに転移門を張ってみますね」
早速シンシアが岩場の中央に立って魔法陣を展開する。
転移門を起動して跳び先の様子をしばらく伺っていたが、不意にその姿が揺らいで消えた。
止める間もなく自分で実験したな・・・
まあシンシアがやることだから間違いはないだろうとそのまま待っていたら、案の定すぐに戻って来た。
「ウルベディヴィオラへ跳ぶのは大丈夫でしたが、ここからフォーフェンや王都へ直接跳ぶのは厳しそうですね。魔力量と言うよりも、遠すぎて位置の確定がブレて来るのだと思います。ですが、旧ルマント村くらいまでなら問題ないでしょうから、そこからステップストーンで跳べば良いかと」
「なら大丈夫だな。いったんパーキンス船長と相談して必要なモノを手配しよう」
岬の岩場から再び空に上がって今度は浜に降り立つと、先に上陸していた乗組員達が休憩用の差し掛け小屋の作成に取りかかっていた。
その近くには船内から持ち出した折り畳みの椅子とテーブルが置かれ、人の姿になったアプレイスが寛いでいる。
うーん、中々にピクニックな雰囲気でいい感じだ。
俺がアプレイスの脇に降り立つと、船員達がサッと俺とシンシアにも椅子を持ってきてくれる。
すぐにパーキンス船長も俺の姿を見つけて歩いてきた。
うーん、こういう下へも置かぬ扱いって、ちょっと照れるというか落ち着かないな・・・仕方ないとは思うけど。
「パーキンス船長、セイリオス号のことでチョット御相談したいんですけど、いまよろしいですか?」
「もちろんでございます、勇者さま」
「この先、セイリオス号をアクトロス号とは無関係な船として走らせていくのであれば、まずは船長が以前に言っていたように、セイリオス号の見た目を変える必要がありますよね?」
「左様でございますな」
「誰が見ても...ルースランドの関係者が見ても分からないぐらいに見た目を変える必要があるでしょう。例えば全面的に色を塗り替え、さらに船首や楼閣の意匠にも手を加えて違う船の見た目にしてしまうとかですね」
「ええ、そこは出来るだけ勇者さまのご要望通りに出来ればと思うのですが、なにぶん今は材料がありません」
「船の見た目を変えること自体は、どんな風にしても問題ないですよね?」
「そこは論ずるまでもございません。しかし我々が積んできているのは船底に塗るタールや防水用のピッチと補修用のワニス程度でございますので、色を変えるための塗料や資材を早急にどこかの港で仕入れる必要がありますな」
「そこは大丈夫です。これは極秘にしておいて欲しいのですけど、俺たちは伝説の魔法と言われている転移門が使えるんです。船の上では無理だけど、この島からならウルベディヴィオラに一瞬で行けます」
「なんとっ!」
「ホントですよ。だから俺と船長が一緒にウルベディヴィオラに行って資材を仕入れてココに持ってくれば問題ありません」
「なるほど、それは素晴らしいと申しますか、凄まじいと申しますか...しかし、この船全体を塗るほどの量の塗料を人手で運ぶとなれば、何十往復もする必要がございましょう。加えて長尺の重たい木材を運ぶのなども大変なことかと思われますが?」
「ああ、それも大丈夫ですよ。あの収納魔法がありますからね」
「おおっ、そうでございましたな!」
転移門と収納魔法は、人族社会の基準で考えれば『ズル』以外の何物でも無いけど、俺とシンシアが勇者である期間だけの特典みたいな物だ。
頼り切ってはダメだけど、いまは有効活用させて貰おう。
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