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第七部:古き者たちの都
船と乗組員達の今後
しおりを挟む「でも普通であれば、船の所属している国に権利を献上するんです。船乗りの方々だって無人島に永住する気がない限りは国に戻りたいでしょうし、それに自分で権利を主張すれば、その島は『一つの国』として扱われます。つまり...色々と大変です」
「どこかの国に攻め込まれたら、自分たちで防衛しないといけないとか?」
「ええ。それに島内で何が起きても故郷を頼れません。食料も医療も治安部隊もです。『自分たちの国』なんて言うとカッコいい感じがしますけど、大変だと思いますよ?」
なるほどね。
そう考えると現実的な選択じゃ無い・・・って言うか小さな島一つで国を名乗るのは自殺行為だろうな。
常識的に考えて。
「要するに、理想だけじゃ独立国なんてやってけないワケだ」
「はい。そこそこ人数が多くないと国なんて成立しませんから。いずれ島民がいなくなって消滅するか、どこかの国に助けて貰って、結局そこの属国か領地になるのが関の山じゃ無いでしょうか?」
遠くて小さく、領土にしても何の役にも立たない場所だから見過ごされるってことはあるかも知れないけど、人が住める場所だと言うなら、アッと言う間にどこかの国の軍隊に征服されて終わりだろうね。
小規模だろうとなんだろうと、国と国の争いなら立派な『戦争』だ。
どこか同盟でも結んだ国がない限り、誰も助けてはくれない。
そして同盟とはギブ&テイク・・・こっちから与える利益もないと成立しないのである。
「ですが、それは『普通ならば』ですね。ヒップ島の場合は転移門が使えて私たちがいるのですから、いま話したことは何も問題になりません。なんでしたら、ここをミルシュラントの領土にしてしまい、パーキンス船長を叙爵して領主扱いにする事だって出来ます」
「え、そんなこと出来るの!」
「出来ますよ。新しい『領地』を発見して国に献上したんですから領主になる権利は当然あります。この島の広さや生産力にも依りますけど、最低でも騎士爵位、まあ男爵まではいけると思います」
「ヘー、ヘー、へー!」
「仮に、このヒップ島を南方大陸との交易における新しい拠点にする事が出来れば、将来は相当な発展が見込めますからね。南方大陸との交易はこれからどんどん増えていくはずですし、パーキンス船長なら、まだ詳しく知られていない南方大陸東岸地帯への航路も切り開けるかも知れません」
「おー、そうなったら凄いな!」
「納税や貴族の義務も発生しますけど、そこはお父様との相談でなんとでもできるでしょうし...」
「うん、暮らしが安定するまで免除とかは頼めそうだな」
「ただし、ここに植民するとなると乗組員の皆さんは全員男性ですから、なんとかして女性の住民も集める必要があります。そっちの方が難しい問題かもしれませんよね?」
「それは確かに難しいよな...」
「しかも、転移門のことを内密にして新しい島民を連れてくる事になりますし、この島を発見した経緯も少し変えて、往来用に別の船を用意する必要もあります」
「そうなると無理っぽそうじゃないか?」
「いえ、何年も掛けて取り組めばいいことですから。がめついミレーナやポルセトは避けて、サラサス王国あたりと話を付けておけば北部ポルミサリアとの往来にも不自由はありません」
「できるの?」
「交易においてサラサスはミレーナとポルセトの後塵を拝している状況ですから、仮にヒップ島をミルシュラントの後ろ盾がある自由貿易港として使えるなら、乗ってくる可能性は高いと思います」
「なるほどなぁ...」
「経済的に発展すれば、新しい島民や女性も向こうからどんどんやって来ますよ。商人の方々というのは貪欲ですから」
「そうやって俺たちに関係なく、ヒップ島が人の住める場所になっていけばいいよな!」
「はい。ノイルマント村と同じです。私たちが去った後にどうなるか...面倒を見るのであれば、できる限り普通の人々が普通の手段で代を重ねていけるようにすべきだと思います」
「それは言い換えると、勇者と高純度魔石に頼った方策はダメだってことだな?」
「ええ」
「同意だ。もしも、あの船の乗員達の中に『ずっとこの島で暮らしたい』って人がいたら、俺も手助けしてあげたいとは思う。けど、ここを俺たちが拠点として便利に使うために縛り付けたくは無いしな」
「御兄様って、人を縛るのが大嫌いですもんね!」
「まあね」
「この島への植民は可能性の一つに過ぎません。心配しなくても、これからのセイリオス号は自由な存在になれると思いますよ?」
「ああ、そうなるようにしていこう」
ともあれルースランド潜入以来、いい意味でシンシアは本当に変わって来たと思う。
それに自分たちが勇者の力を振り回せばなんでも解決するなんて、間違っても考えたりしてない。
本当に頼りになる相棒だよシンシアは・・・
「でもさーシンシアちゃん。お兄ちゃんって逆に、もーちょっとアタシ達に依存してくれてもいーのにとか思うよねー!」
「ですよね御姉様!」
「ねー!」
「なんだよ急に...ねー、じゃないだろ。もう十分に二人に依存しまくりだよ俺は...それで話を戻すけど」
「戻さなくっていーのに」
「戻すの! って言うか、この先セイリオス号をどうするかは最重要事項だからな? で、そもそもヒップ島に移住するってのは受け入れられるかなあ?」
「船長さんのお話を伺っていて考えたのですけど、船乗りになる人は、もともと何らかの理由で故郷を離れて暮らしていたという方が多いとか?」
「みたいだな。本来は同族で集まって暮らす方が多い獣人族だから、そう言うタイプのヤツは少ない。ほら、旧ルマント村でモリエール男爵家に奉公に出てた三人組の若者がいただろ?」
「あー、出戻りしてきた子たちねー!」
「出戻りって...あれは仕方ないと思うぞ? ともかく、何百人かいる村全体で、あの時に村を出ようとしてたのはあの三人だけらしい。しかも三人一緒に相談してだからな」
「ルマント村滞在中にオババ様とお話しする機会があったのですけれど、移住先探しにダンガさんご兄妹を派遣した理由の一つに、兄妹三人の家族で行動出来るから、と言うことも大きかったと仰ってました」
「そうなんだ?」
「ええ、他の村人に『家族と離れて外国に行け』なんて言ったら追放同然と受け止められて泣かれてしまうと...」
「おおぉう、分かる気がするよ...人間族なら、むしろ田舎の村から出て行けるものなら出て行きたいってヤツの方が多いくらいなのに」
レミンちゃんの言っていた『一匹狼』になるタイプが、アンスロープでは如何に少数派か分かろうってモノだ・・・
変人扱いされるのも無理はないって感じかな?
「パーキンス船長も乗組員を集めるのに本当に苦労したみたいでしたね。ですが、だからこそ将来、船を降りても故郷に戻りたいとは思わない人が多いんじゃ無いかなって気がしたんです」
「それはそうだと思うよ。船乗りも遍歴破邪とか遍歴職人とかと同じで、いつもどこか違う場所にいることが普通になっちゃうんだ。だから、一つ処に腰を落ち着けようって想いが希薄になる。そうなると家庭も持ちにくくて、ますます旅空から離れられなくなる感じだろうな」
そして歳を取って、いよいよ旅を続けられなくなってきてから、自分の落ち着き先が何処にも無いことに、フト気が付くのだろう。
でもそういう心情と言うか、どこか違う場所に行きたいって言う『衝動』こそが、いまの世界の人間族の広がりや、変化の速さを形作っているような気もするけどね・・・
ともかく、一時的な対応策として転移門を使うのはアリだけど、セイリオス号の乗員全員がこの島で暮らせるようにする手段として転移門を前提にするのはナシだ。
ルマント村移転の時だって、ダンガはあらかじめ全村民に『転移魔法は一回だけの片道で戻りは無い』と宣言した。
シンシアが言うように、ここだってそれは変わらない。
どこであろうと、普通の人々が普通に代を重ねていけるように、それが一番大切だろう。
ま、正直今は、そんな先のことを考えても仕方ないって思うけどね・・・
「シンシア、移住云々って言うのは、この島で暮らすにしてもミルシュラントかどっかに行くにしても、みんなそんなすぐには決められない話だと思うよ。いまの俺たちは、彼らに何をして上げられるか、将来の選択肢に何があるかだけ分かっていればいいと思う」
「そうですね...移住話はちょっと気が早かったですね」
「いや先を考えておくのは良いことさ。そう言う点でも俺はシンシアに頼り切りだからな」
「はい、もっと御兄様に頼って貰えるように頑張ります!」
そういうところが『生真面目すぎる』と言っているのだよシンシア・・・
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