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第七部:古き者たちの都

ヒップ島に到着

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斥力機関を始動する時に、パーキンス船長は『島まであと十日ぐらい』と言っていたけど、なんと七日目の朝には到着してしまった。
それも特に無理はせずに。

遠目に見たヒップ島は円錐形の山しか見えず、まるで洋上にポツンと三角帽子が置かれているかのようにだったけど、近寄ってみれば意外と裾野が広くて平坦部の広い島だと分かった。
こんな大洋の真っ只中にポツンと島があるとは普通思わないし、島の面積に比して山の高さがそれほどでも無いから、そこそこ近寄らないと見つけることが出来ないだろう。
大きな島なのに、主要な航路から外れているせいで知る人もおらず無人島だという話も納得だ。

パーキンス船長自身も、もしヴィオデボラ探索という目的が無かったらヒップ島に出会うことは無かっただろうと言っていたけど、広い大洋にはまだまだ未知の場所が沢山あるに違いない。

「勇者さま、いま正面に見えているのが島で一番高い山ですな。こちらの西側から見ると山が直接海面から生えているかのようですが、実際の海岸線は複雑で南側に回ると広い湾があり、あの山の向こう側にも起伏のある山野が大きく広がっておりますぞ」
「じゃあ、全体はここから見えてるよりも大きい島なんですね」
「左様ですな」
「島の内陸はどんな風なんですか?」

「あまり奥まで踏み込んだことは無いので、山の中腹から上や島の中央部の土地がどうなっているかは存じません。ただ島の沿岸を一周しても港や人家はまったく見えず、人が暮らしている気配を感じたことはありませんな」
「で、無人島だと」
「左様でございます。そして船乗りの間で話を聞いたことも無く、どこの海図にもヒップ島は載っておりません」

無人島という話ではあるモノの、万が一にでも住人がいたりした時はセイリオス号との間でトラブルにならないようにしたい。
俺とアプレイスで空から見下ろして、島全体の様子を確認して置いた方が良いだろうな。

++++++++++

ヒップ島への到着を目前にして、シンシアが『相談したいことがある』と俺の借りている部屋にパルレアと一緒にやってきた。
要は今後の行動というかセイリオス号をどう扱うか、っていう話らしい。
アプレイスは寝てるし、マリタンは機関長の仕事をしていてここにはいないので、あとで話した内容を教えてやろう。

「とにかく御兄様、早めにこれから先のセイリオス号の扱いを決めてしまわないといけませんよね? 私たち自身が交易に携わる訳では無いですし、いずれヴィオデボラへ再訪する以外に、日頃はどういう風にセイリオス号に過ごして貰うのか、といったことですけれど」

「って言うかシンシアには考えがあったんだろ? 船を俺の配下に云々って話になった時に乗り気だったし」
「ええまあ...」
「じゃあ、そのプランを聞こうか」
「いえ、そんなしっかりした考えでは無くて...なによりセイリオス号をルースランドに戻さないことが一番大事だと思ったからですし、その後のことはヒップ島の様子を実際に確認してから御相談しようと思っていたのですけれど」

「いーから教えてよシンシアちゃん!」

「えぇっと...まず、セイリオス号には新しい母港が必要です。ミルシュラントは、エドヴァル、ミルバルナとは相互に完全無関税で往来が自由という通商条約を結んでいますが、南岸のミレーナやポルセトとは、そうではありません。何をするにも商売として関税が掛かりますから母港として利用するのは現実的では無いでしょう」

「確かミレーナやポルセトの関税の高さもあって、最近は南方大陸からの交易船がエドヴァルのヨーリントン港やルースランドのデクシー港に入ることが増えてるんだよな?」

「そうです。父上に言えばミルシュラント西岸のスラバス港を母港に出来ますが、そうすると近海でルースランドの船と接触する機会も多いでしょう。少しばかり姿を変えたところで、セイリオス号が元はアクトレス号だったと気が付く人も出てくると思います」
「そうなれば揉めるな」
「ですね。ミルシュラント公国とは無関係に、民間人が勝手にやったことにしておくためにはスラバスを母港にする訳にはいきません」

「じゃー、それでヒップ島を母港にするってー?」

「そうなのですけれど...御姉様、私は2つの方向性を考えていました。どちらも前提としてはこの島で転移門を使えることです。本土との行き来が簡便で無ければプランが成り立ちませんので...」
「それを確認してから話したかったって訳か。でもまあなんとかなると思うよ?」

「ええ、そうであって欲しいです」

パーキンス船長が見せてくれた海図の上ではヒップ島はウルベディヴィオラのあるポルセト王国よりもさらに東の、サラサス王国から南下した位置にある。
シンシアが持っている北部ポルミサリア全体の地図と縮尺を揃えて考えれば、ヒップ島は南部諸国の海岸からも遠く離れた『絶海の孤島』ではあるけれど、陸まで転移できないほどの距離では無さそうに思える。

ただ、シンシアが転移門を使えない可能性として考えていたのは『距離』と同時に魔力的な事もあるだろう。

ここに来る途中でパーキンス船長は、ヴィオデボラを探す上で重要なポイントとして・・・いや逆に、これまで誰も見つけられなかった理由として、ヴィオデボラが『浮島』で、しかも一部の船乗りの間で伝説になっている長大な海流に乗って南洋を常に移動し続けている、ということに気が付いたという話をしてくれた。

国を幾つも飲み込むほど巨大な円周を描きながら、大洋をグルグルと回り続けている流れがあって、しかも船長の推測だと、その海流がぐるりと海を一周するのには一年ほど掛かっていると考えられるそうだ。
すごいスケールの話だよ。

そういった現象に魔力の奔流が関わっていないのかと尋ねられたら、たとえアスワンでも即答は出来ないんじゃ無いだろうか?

世界のどこでも奔流の影響は受けるだろうし、陸から遠く離れた洋上にどんな制約があるのかは本当に『未知』だからね。
慎重なシンシアが『絶対に大丈夫とは言えない』と考えたのもむべなるかな、だな。

「結局、この島の近辺に異常な魔力は視えませんでしたから、転移門も大丈夫だと思います」

「で...仮に転移門がここから使えるとして...まあ魔石があるから使えると思うけど、その前提でヒップ島を母港にすると?」
「基本的にはです」
「少なくとも船の資材やみんなの食料について心配しなくてすむなら十分だよね。後はなんとでも出来るだろう」
「はい。私たちも自由に移動できますし、いつでも必要なモノをここに持って来れますよね」

「シンシアちゃんは、他に転移門をどー使うつもりだったの? ひょっとしてアタシたちだけじゃ無くって、セイリオス号の人達もどっかへ連れて行こーとか考えてたり?」

「ええ御姉様。すぐにという話では無いのですけれど、将来、もし希望者がいるのでしたらミルシュラントに移住して貰う事もありえるかと。アサム殿が承諾されるならノイルマント村でもいいですし、そうで無くても、小さな村落を一つ開拓する程度の場所はいくらでもありますから」
「そっかー!」
「もっとも男性ばかりという問題はありますけど...それに新しい生活が軌道に乗るまでの援助は少々必要だと思いますが」

「少人数ならノイルマント村にとっても悪い話じゃ無いよな。新しい血って言うと大袈裟だけど、血縁の遠いアンスロープや出会う機会の少ないエルセリアが参加するのは願ったり叶ったりだろうから、きっとアサムや長老達は受け入れると思うぞ?」

血縁者同士の婚姻が増えると先々良くないのは常識だ。
エルフ達のラスティユ村でも、村長の姪御さんはそういう思いもあって俺と親密になろうとしたって話が有ったなあ・・・今となっては懐かしい。

「ただ、船乗りの方々というのは、そうそう内陸への移住に乗り気になるモノかどうか...」
「なんとも言えないなぁ」
「それにセイリオス号を降りても、どこかの港で暮らしたり別の船に乗ったりするのでは、早晩、実はアクトロス号が沈んでいなかったと言うことが露見するのも時間の問題でしょう」

「バレたとして、ルースランド王家と王立商会はドコの誰に文句を言うんだってのはあるけどな。勇者は何処の国の所属でも無いし」

「ですね。だから最後は開き直ることも出来ます。もう一つの案は最終的に、セイリオス号の乗組員達に定住して貰うことです」
「この島に?」
「はい。植民か開拓と言ってもいいかもしれませんが...この島がいまだに『何処の国のモノでも、誰のモノでも無い』のであれば、最初の定住者が領有権を主張することが可能なんですよ」

「へー、シンシアちゃん物知りーっ!」
「え、そうなんだ? 俺も知らなかったよそんなの...」

まあ破邪の日常においては知っててどうなる情報でもないけど、世の中って色々な仕組みがあるもんだな・・・
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