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第七部:古き者たちの都

少し斥力を自重

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甲板上のリッキー水夫長から計測第二弾の準備完了が伝えられる。

「オフィサー、ハンドログの準備完了です!」
「ごくろうダンバー君」
「よし測ろう」

実行します船長アイ・キャプテン! 計測を開始してくれリッキー、十分気を付けて作業するように!」

「アイ・サー! ハンドログ投入!」
「ログ投入アイ! 計測開始!」

測っている時間はさっきと同じはずなのに、なんだか時間の流れがさっきよりも早く感じる。
いや、早いのはロープが流れ出るスピードか。

「二十拍いま!...残り五、四、三、二、一、終了!」
「計測終了、二十五ノットです!」
「報告、速度二十五ノット!」
「復唱します船長。現在の速度二十五ノットですっ?!...」

復唱するオルセン航海士の語尾が崩れている。
コレ、ヤバくない?
なんだか計測した水夫達自身もざわついてるし。
しかもまだ速度の増加が止まっていないよね・・・

顔を見合わせたパーキンス船長とオルセン航海士が言葉に詰まっていると、リッキー水夫長が下からオルセン航海士に叫んだ。

「オフィサー! いまの計測でハンドログのロープがほとんど出尽くしてますんで、これ以上早くなっても測れねぇと思います!」

まあ、最大でも十数ノット位しか想定してない道具だろうから無理もない。

「船長、さすがにこれ以上の速度で巡航するのは危険かと思われます」
「うぅむ...勇者さま、申し訳ないのですが少し力を緩めて下さるよう、シンシア様にお伝え願えますかな?」
「ですよね! ちょっと待って下さい」

慌てて指通信を起動してシンシアを呼び出す。

< シンシア、少し早すぎるらしいから、斥力を押さえてくれ >
< どの位にしましょう? >
< そうだな...いまの六割くらいでいいんじゃ無いか? >
< はい御兄様 >

「パーキンス船長、いまの六割くらいに押さえるようにシンシアに言っておきましたけど、それでいいですか?」
「助かります勇者さま。さすがにこの速度で流木などにぶつかったらタダでは済みませんからなあ」

仰るとおり。
あまりにも船足が早くて船首が持ち上がってきているほどだ。
水面下に隠れた岩礁や大きな流木にでも乗り上げたら、船底に穴が開きかねない。
一応、シンシアにも押さえる理由を伝えておこう。

< シンシア、船のスピードが出すぎてると流木や隠れている岩なんかが見つけづらくて危ないそうだ >

< 確かにそうですね...では、船首部分の一番底の方に防護結界のメダルを設置しておくのがいいかもしれません >
< その手があるか! >
< 以前から馬車に掛けてあった防護結界の改良版をメダルにしてマリタンさんのストラップに着けてありますので、とりあえずそれを借りて使いましょう。マリタンさんには私が新しいメダルを作ります >

< おう、それで頼む! >

< 御兄様、斥力機関の操作はマリタンさんに任せて、私がメダルの設置に向かいましょうか? >
< いや、俺が取りに行くから待っててくれ >
< わかりました >

シンシアを船底に行かせたくないのは、過去の経験から言って、そこがあまりよろしくない環境だと思われるからだ。

竜骨がある船底には、船が転覆しにくくなるように『バラスト』と呼ばれる重しを積み込んでいるのだけど、大抵は大きめの石ころとかで、それが船底にビッシリ敷き詰められている。
バラストの上には荷物が積めるように板が渡されているけど、どうしても湿気が溜まりがちだし、デッキから船内の汚れと一緒に流れ込んだ海水や雨水なんかが溜まっていることも多い。

ある程度溜まると水夫達が桶で汲み出すのだけど、床板と石ころの隙間で水浸しのナニカが腐ってたりすると、そこの空間には中々に強烈な臭いが充満していたりもするんだよな・・・

++++++++++

斥力機関を設置した部屋に戻ると、シンシアがマリタンのストラップからメダルを外して渡してくれた。
高速で走る大きな船を衝撃から守らなければならないのだから、防御力の設定はフルパワーだ。
魔石の消費を抑えるなんてケチくさいことは言ってられない。

「それにしても凄いぞシンシア! 斥力機関はずいぶん上手く行ったな!」

「はい御兄様、なによりも御姉様から頂いた大玉真珠のお陰が大きいのですけど、想定通りに動いてくれて良かったです。あとは微調整さえすればこのまま使えそうですね!」

ここまで効率の高い斥力機関が制作できたのは、ひとえにパルレアが供出してくれた真珠のお陰らしい。

「もう、マストの修理をしなくてもいいんじゃ無いかって気がし始めてるぞ?」

「ですが御兄様、セールを張ってない船が動いてたら相当目立ちますよ。それに斥力機関の耐久力は未知数ですから、万が一使えなくなった時のためにもセールは必要だと思います」
「あぁ、それもそうか」
「風と斥力の両方を使えるようにする航海用の魔道具を作ればいいのだと思いますけど、それは今後の課題ですね!」

俺としては、そこまでしなくても...と思わなくもないが、シンシアの探究心に水を差す気はサラサラ無い。

「斥力機関を動かしている間は、シンシアかマリタンが、この場所に貼り付いていないといけないのかい?」

「根本的な操作はここで行うようにしてありますけど、難しくは無いので扱い方を覚えれば、誰にでも出来るようになると思います」
「起動したり停止したりも?」
「ええ。ただ理屈を知らないと間違った操作をしてしまう心配はあるので、誰かに操作させるのならば、きちんと覚えるまで私かマリタンさんが一緒にいて指導しないと危険かもしれませんね」

「なるほど...」

今後も俺たちがずっとセイリオス号に滞在し続けることにはならないだろうし、基本的には船員の誰かに覚えさせる必要があるだろう。
それに世間的には『超高級品』の標準魔石を使う関係もあるから、パーキンス船長かオルセン航海士に管理して貰うことも必須だな。

まあ、その辺りのことは追々考えるとするか・・・

++++++++++

斥力機関を置いた部屋から出ると、通路の向こうにリッキー水夫長が待っていてくれた。

防護結界メダルを船底のどこに設置するのがいいか、さっき船長達と一緒にリッキーさんも交えて相談したのだけど、リッキーさんが直々に案内して作業してくれることになったのだ。
そしてなぜかパルレアも一緒。

意外なほどパルレアがリッキーさんに懐いているのだけど、どうやら精霊の感覚的に好感を持てる人物らしい。

まあ確かにリッキーさんとしばらく話してみると、大きな声や威圧感のある体躯風貌とは裏腹に、実直で優しさのある、いかにもアンスロープらしい人物だと言うことが分かる。
水夫達に対しても作業中は怖い顔で睨みを利かせてしょっちゅう怒鳴りつけてはいるが、実際に暴力を振るっているところは一度も見たことが無い。

俺が冗談交じりで、『まあリッキーさんに怒鳴られたら、逆らおうって思うヤツなんかいないでしょうね!』と言ったら、いきなり声が小さくなって、意図を説明してくれた。

『お恥ずかしいこってすけど、やっぱ若ぇヤツらは怒鳴られたほうが早く仕事を覚えてくれるんで...それに水夫ってのは危ねぇ仕事です。厳しくした方が早く仕事を覚えて、結局それが本人が長生きするためになりやすから...』と、優しそうな笑顔を見せる。

確かに船首の先やマストの天辺に登って帆を扱う時なんか、落ちたら一発で死ぬだろうな。
若者を死なせたくないから、あえて強面の嫌われ役をやっているベテラン・・・つくづく本質的に優しい人なのだ。

パルレア曰くは、『リッキーオジさんって、周りにちびっ子たちがいっぱい寄ってくるタイプかなー!』ってことらしい。
つい先日までホムンクルスが支配していたこの船には、いまのところ、ちびっ子の姿は一欠片も見えないが。

「パルレア、一緒に来るのはいいけど、船底は息苦しいかもしれんぞ?」
「へいきー!」
「そうですかぃ。ならまあいいけどな!」

まあパルレアの場合は平気じゃ無かったら俺の革袋に飛び込むだけだけどね・・・

「勇者さま。さっき船大工にアカが溜まってないか確認させてますんで大丈夫でさあ。特に臭いも込もっとらんそうです」

おお、さすがは気が利く水夫長ボースンだな。
セイリオス号は長期航海が前提で運用されてるから船大工も乗り込んでいる。
ちなみに『アカ』と言うのは汚れのことじゃなくて、水夫用語で漏水で溜まった水のコトだ。

水夫長と一緒に急階段を降りて船底に着くと、想像していたよりも乾いた空間で拍子抜けした。

「リッキーさん、船底がこんなに乾いてるなんて凄いですね!」

「へぇ、あの死んだ魔法使いが『船内が臭いのは耐えられん』とか言って、しょっちょう浄化や乾燥の魔法を掛けてましたんで。台所や船倉なんかも神経質なほど綺麗にしてましたんでさぁ...まあ元がお偉いさんも乗せる予定の船だったみてぇですし、アチコチゆとりのある造りになっとるお陰もありやすけど」

「あー、なるほど...」

どうりで長期航海してる大型船なのに、船内に嫌な臭いがこもってないはずだ。
これならシンシアの魔道士ローブの裾をグショグショにする心配も無かったかな?
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