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第七部:古き者たちの都

<閑話:彷徨う島を求めて>

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儂が始めて『彷徨う島』の話を聞いたのは、まだ船乗りになる前の、とある小さな港町の一角で両親が営む船具屋の子供だった頃だ。

父はエルフ族だったが母はアンスロープ族で、生まれた儂もアンスロープ。
なんでも、若い頃からあちらこちらを一人で放浪していた『はぐれ者』の親父殿がとあるアンスロープ集落を訪れた時に母を見初め、親父殿曰く『気合いと根性と不屈の精神』で口説き落として嫁にしたらしい。
まあ確かに母は美しくて優しい人であったから、親父殿の頑張りも分からんでもないが・・・

ともかく、モノ造りに長けた目利きの親父殿が売る船具類は評判が良く、我が家は小さな工房兼店舗ながらもそれなりに繁盛していたものだ。
そうして店に出入りする船員や船大工、漁師に貿易商といった人々の世間話を小耳に挟んでいる内に、幼い儂の中では海への憧れがどんどん大きくなっていったのであった。

そうした与太話の中の一つに『彷徨う島』の伝説があり、儂はいつか自分でそれを見つけたいと幼心に思ったものだ。

やがて儂は両親を説得して、店に来る客の伝手で商会の交易船に見習い小僧として乗船させて貰えることになり、家督・・・と言うのは大袈裟だが、店と工房の跡継ぎは弟に任せて船に乗ることが出来た。

ただ船乗りになるだけなら海軍に入るという手もあったのだが、軍船では水夫が出世して航海士になるなどと言うことは有り得ない。
どんなに頑張って偉くなっても、水夫長とか甲板長止まりだ。
これも仕方の無いことで、一般人から集められた水兵達と違って、『士官』は貴族やその系譜の者しかなれない。
元の出自からして違う。
おかで言うならば、主である貴族やその直属の家臣達と、従僕である下男下女達が、たとえ一つ屋根の下に暮らしていても決して生き方が交わることが無いのと同じことだ。
そこは船の上だって変わらない。

だから儂は船乗りになる時に商船を選んだ。

もちろん商船だって水夫が船長になるなんてことは、叛乱を起こして船を乗っ取りでもしない限り無いだろうが、幸い親父殿の伝手で、水夫では無く上級船員の見習いとして雇って貰うことが出来たのは、まさに千載一遇のチャンスだったと言えるだろう。

船乗りになってからはアンスロープならではの鼻の良さで、天候の変化を鋭敏に嗅ぎ分けることが出来たのが大いに役立った。
特に雨・・・貴重な淡水だ・・・が降る予兆を誰よりも早く察知できたのは重宝がられたものだ。
そして見渡す限り水しか無い大洋の真っ只中で、長い長い修業と厳しい生活、生きるか死ぬかの瀬戸際を何度もくぐり抜けてきた儂は、ついに航海士になることが出来たのだった。

++++++++++

かれこれ八年ほど前だったろうか。

当時、エドヴァルにある海運商会で交易船の雇われ航海士として勤めていた儂のところへある男がやって来て、一緒に『伝説の彷徨う島』を探してくれないかと言った。

どうやら、儂が過去の航海中に自分の目で『彷徨う島』を目撃したことがあると知って声を掛けてきたらしい。
大いに興味をそそられる話ではあったが、儂が『自分は冒険家でも船主でも無く、商会に雇われた身で好き勝手なことは出来ない』と断ったところ、その男は『実はこれは某国の王家からの依頼だ。資金はたんまりある』と言って、金貨を手付金として置いていったのだ。
正直、とてつもなく驚いた。

儂は非常に悩んだのであるが、これは一世一代のチャンスだと腹を括ってその話に乗ることにし、商会を辞めた。
同じ商会の部下で、年若い頃から目を掛けて育ててきた同じ獣人族の操舵手であるオルセンを引き連れて、男に指示された通りにルースランドのデクシー港に行ってみれば、そこに用意されていた船は進水したばかりの最新鋭キャラック船のアクトロス号。
そして依頼主はなんとルースランド王家直営の王立商会だ。
金貨の前金以上に腰を抜かすかと思った。

進水当初の船員達は普通の人族・・・つまりほとんどが人間族でエルフ族も少し、という具合、獣人族は儂とオルセンの他には十人程度しかいなかった。

それからは航海士に昇格させたオルセンや、途中で仲間に引き入れたリッキーと一緒にポルミサリア中の港を伝手を頼りに駆け巡って、数少ない獣人族の船員達を掻き集めて回ったのだ。
さすがにベテランの船員をすぐに獣人族だけで固めるのは無理で、田舎町の漁師から生まれて一度も海に出たことがないというヤツまで、外航船の船乗りになってもいいと言う獣人族は片っ端から声を掛けて頭数を揃えたのだが、そのせいもあって最初の頃の航海は本当に大変だった。

まずは、慣れないにわか船員達の訓練を兼ねた近隣港への荷運びから始め、獣人船員達の練度が上がるにつれて、少しずつ人間族やエルフ族の船員を王立商会の他の船に移籍させていき、全乗組員を獣人族だけで揃えるまでに三年ほど掛かった。

それからは徐々に足を伸ばして南方大陸との行き来も出来るようになり、ヴィオデボラ探索のカモフラージュも兼ねた交易航海を合間合間に行いながら、アクトロス号を本当の我が家として過ごしてきた。

++++++++++

ところで、ルースランド王立商会に船長として雇われることになった時の宣誓魔法は特におかしな事も無かったので気にしなかったのであるが、有る時、新たにヴィオデボラ探索の責任者として商会側から送り込まれてきた魔法使いが『航海中の安全を守るため』と言って、全乗組員に魔法の掛かった魔石を飲み込ませた。

後で分かったことだが、それが実は『支配の魔法』の刻み込まれた魔道具で、それ以来全乗組員が、魔法使いに対して一切の反駁が出来なくなったのだ・・・

起きてしまったことは仕方が無い。
いやそれ以前に、もう儂らは魔法使いの命令には一切逆らえない。
ともかく儂は、命令された通りに何年にも渡ってアクトロス号で南の海を駆け回り、自分でも遙か昔に一度だけ見たことのあるヴィオデボラ島を探し続けた。
同時に、どこかの港に着くたびに船乗り仲間に声を掛けて、目撃談や伝承の類いを集めても回ったのである。

そうこうするうちに、やがて儂はヴィオデボラ島を目撃したという時期とおおよその場所に、微かながらも法則性が有りそうなことに気が付いた。

実は南方大陸と行き来する一部の船乗りにしか知られていないのであるが、ポルミサリア南岸と南方大陸を隔てる広い大洋の中心部には、恐ろしく大きな円を描くようにグルグルと回って流れている海流があると言われている。
それは一周するのにどれくらいかかるかも分からないほど広く大きな流れで、伝説ではその中心部に風の吹かない広大な領域があるという話だ。
言うまでも無く、風で動く帆船がそんなところに入り込んだら、進むことも戻ることも出来ずに死を待つだけになってしまうだろう。

だが・・・もしもヴィオデボラが『本物の島』では無く、海に浮かんだ巨大な『浮島』で、その海流に乗って延々と南洋上を回り続けているとするならば、目撃談の場所がバラバラなことや、一度見た場所へ探しに行っても二度と見つからないという事にも説明が付くのではあるまいか?

儂はそう仮説を立て、目撃談を更に調べて季節ごとのおおよその位置の目安を割り出し、それを元に巡る海流を追い掛けるようにして探し続けたのだ。

そしてある日、我々は黒くそびえる岩壁を持つ島を見つけた。

とうとう儂は、探し続けたヴィオデボラに辿り着いて自らの仮説の正しさを証明すると同時に、常に移動し続けるヴィオデボラへの航路設定法を開拓したのだった。
あの日の感動と、心によぎった様々な思いを言葉にすることは、とても出来そうに無い。

++++++++++

海流に乗って一定の速度で移動し続けるヴィオデボラへの秘密航路を開拓したあと、魔法使いから奇妙な『はしけ』の様なモノを甲板上に積まされた時にはなんのためのモノかさっぱり分からなかったが、それはなんと『空を飛ぶ艀』であった。
さすがにこれは、金貨の前金や雇い主の正体を知った時以上の驚きだ。

魔法使いは、アクトロス号に積んできた沢山の資材や食料を空飛ぶ艀で島の上面に降ろすよう儂らに命じた。
洋上での荷物の積み替えは恐ろしく大変な作業ではあったが、頼りになる水夫長のリッキーと、よく訓練された水夫達はなんとかそれをこなしてくれた。

そして島に到着して数日後・・・

魔法使いが島の平地で雨ざらしになっていた巨大な『空飛ぶ桟橋』を動かしてアクトロス号を海から持ち上げた時には、儂だけで無く、全乗組員が腰を抜かしたものだ。

以来、あの陰湿な魔法使いに命ぜられるままにヴィオデボラ島とウルベディヴィオラの港町を往復して様々な資材を島へと運び込み、逆に、良く分からない島の建物に踏み込んで、そこに保管されていたガラス板などをウルベディヴィオラへと運搬することになった。

まさかそこで、勇者さま御一行と出くわし、恐ろしい怪物から船と乗組員を救われ、さらには悪辣な魔法使いの支配から解放していただけることになるとは思いもしなかったが・・・

全くもって人生は驚きの連続だ。
明日は何が起きるか、誰にも分からないのだから。
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