上 下
592 / 916
第七部:古き者たちの都

小舟の購入

しおりを挟む

パルレアの助言に従って砂浜に降り、さも茂みから現れたかのように不可視化を解いて浜辺に近づくと、早朝の漁を終えた漁師やその家族らしき人々が数人、網の修理やなにやらの作業をしていた。

その中の一人、他の面々とは少し離れたところにいた初老の男性に近づいて声を掛けてみる。

「すみません、このボートはあなたのですか?」
「ああ、そうじゃが、なんぞ用かの?」

老人が怪訝な表情で俺を見る。
そりゃそうだ、魚を買いに来た訳でも道を尋ねに来た訳でも無いもんな。

「実は俺、破邪なんですけどね。この附近の海辺で魔物を見たって人がいて、それで調べに来たんですよ」
「なに、魔物が!」
「いや、結局はガセネタというか見間違いで、なにも問題なかったみたいなんですけどね」
「ああ、そら良かった...」
「ただ寄り合い所への報告のために、一応は岬の方も見ておかないといけないんで...コレで、そのボートを俺に売って貰えませんか?」

そう言うと同時に、革袋から出しておいたポルセトの大銀貨をどーんと男の目の前に突き出してみせた。
俺の指に握られている高額貨幣に男性が目を見開く。

こういう時は相手に話のつじつまを深く考えさせないよう、勢いで飲み込んでしまうのがキモだな!

「こ、こんな大金を!?」
「ええ、今日中に街に戻りたいんで急ぎなんですよ。ダメですか? ダメならボートを売ってくれる別の人を探しますけど?」
「いやいや、ダメなことあるかいな! ええとも売ったる売ったる!」

新品の上等なボートを買ってお釣りが来る金額だ。
並みの品なら二艘買えるかも知れない。
初老の男性は、こちらの気が変わらない内にと思ったのか、大慌てで大銀貨を受け取ると、ボートの中身を片付けて水辺に押し出してくれた。
作戦通り。
それにしても、いつのまにか俺も嘘をつくのが上手くなったものだ・・・よね?

とにかく浜辺の人達から見えない位置まで行くために、せっせとオールを漕いで沖に向かう。
岬の端っこを回ってこのボートを革袋に収納したら、ちゃっちゃと桟橋のある港に戻って、次の頼みを聞いてくれそうな船を探すとするか。

「おにいちゃんガンバレー!」

全力でオールを漕ぐ俺をパルレアが肩の上で応援してくれる・・・いやソレ茶化してるだけだろうパルレア!

「なんならお前もコリガンサイズになって漕いでみるか? いわゆるひとつの経験として」
「いらなーい。一人で遠くに出掛けたりしないもん」
「まあ俺としても、一人で遠くに行って欲しく無いからいいけどな!」

なにしろアトルの森に数刻ほど滞在しただけで、思いっきり予想外の展開を生みだしたパルレアである。
現世一人旅うつしよひとりたびなんかさせた日には、良くも悪くも何が起きるか想像も付かないな・・・そもそも俺の心臓が持たん。

しばらく必死に漕いで先ほどの浜から見えない程度に岬を回ったところで革袋から貴族服を出し、不安定なボートの上でなんとか無事に着替え終えた。
今日は風も波も穏やかで助かったよ・・・
って言うか海に出てから気が付いたけど、もしも今日が荒天だったら、この計画って最初から破綻してたよな!

人が乗っていない空のボートはチョットした波や風で簡単に転覆する事があるから重しがあった方がいいよな・・・
ふと良い手を思いついて、ずっしりと銀貨の入った木箱を、革袋から出した適当なロープでガッシリと結んだ。

「お兄ちゃん、どーするのソレ?」
「コイツをボートに結びつけていかりの代わりにするんだよ」
「ヘー、ゼイタクー!」
「まあな」

ロープの反対側はボートの尾部にしっかりと縛り付け、少々の揺れや衝撃では木箱がロープから外れ落ちる心配が無いことを確認してから、そろそろと海中に木箱を降ろした。
ボートの底に腹ばいになって後端から水中を覗き込むと、ピンと張ったロープの先に木箱がぶら下がっているのが見える。
重いと言っても手に持てる程度の重さだから、ボートが後ろに傾いたりする心配はない。

これで準備完了だ。
さっきの小さな漁港まで姿を隠したまま飛んでいき、また適当な物陰で不可視化を解いて桟橋に向かう。

さも散歩でもしているかのように何食わぬ顔で桟橋をぶらつきながら、もやってある小舟を物色していくと、いい感じの物件が目に入った。
沿岸部の気まぐれな風に対応しながらあちこちの漁場を回るような小さな漁船としては典型的な、縦帆じゅうはん付きの小舟だ。
小舟と言っても人が四人と魔導書が一人なら全く問題ないサイズだし、帆もそれほど大きくない、ありきたりな三角帆ラテンセイルが一枚だけだから、これなら俺にも扱えるだろう・・・多分。

ちょうど上手い具合に漁師らしい男が船上で漁具の手入れをしていたので、さっそく声を掛けてみる。

「こんにちは。これはあなたの船ですか?」
「あ、はあ、左様でございます」

やっぱり着ている服が違うと、相手の反応が全く違うよな!
ミルバルナの手前で幌馬車隊一式を買い取った時の事を思い出すね。

「実は頼みごとがあるのですが、聞いて頂けますか?」
「なんでございましょう?」
「今日は天気が良いので、のんびり釣りでもしながら海で寛ごうと思っていたのですがね、岬の浜にボートを上げていたら思いがけず大きな波が来てボートを攫われてしまったのですよ」
「おお、それは難儀なことでございましたな!」

「ええ。で、実は相談なのですが...あなたのこの船で、流されたボートを追い掛けて頂けませんか? もちろん相応の礼はお支払い致しますよ」

そう言って銀貨を男性に押しつける。
俺が何かを持って自分に向けて腕を伸ばしたので、ほとんど条件反射的に手を出した男性は、受け取ったのが数枚の銀貨だと気が付いて目を剥いた。

「こ、これは?」
「ボートの回収に付き合って下さるなら、それを対価に差し上げます」
「ほんまでございますか?」
「もちろん。仮にボートがすぐに見つかったとしても、お釣りを寄越せなんて言いませんよ?」
「しょ、承知致しましたお貴族様。すぐに船を出しますんで、どうぞお乗り下さいませ!」
「では、お願いしますね」

悠然とした態度を保って小舟に乗り込み、帆の操作に邪魔にならないように出来るだけ後ろの方に座った。
この手の三角形の帆は、帆柱マストを中心にして、帆を吊している桁の棒ごと縦帆全体がクルクル回るように出来ているのだ。
風が変わりやすい場所でも機敏に動けるし風上にも走りやすいから便利なんだけどね・・・小さな船の場合、乗っている者は帆を支えるロープに絡まったりしないよう、いつも風向きと帆の位置に気を遣う事になる。

舫いを解いて桟橋を出た漁師の小舟は、おかから吹く風に乗り、それほど海上を探し回ることも無く、狙い通りに俺が乗り捨てておいたボートを発見してくれた。

「アレでございますな、お貴族様!」
「そうそう、アレです! 見つけて貰って助かりました。ありがとう」
「いやいやなんの! ほんなら浜まで曳航できるように綱を渡しますんで、ちぃっと待ってて頂けますかの?」
「ええ、お願いします」

漁師の男は三角帆を巧みに操ってアッと言う間に小舟をボートに横付けし、自分の小舟の後端に結びつけた太い綱の端を持ってボートに飛び乗った。

「これで浜までお貴族様のボートを引っ張っていけますんで!」
「ああ、それとボートの後ろにロープが結びつけてあるんですけど、それを引き上げて貰えませんか?」
「この綱ですね、承知しました!」

この男性も、さすが漁師だけあって腕力はあるな。
ずっしり銀貨の入った木箱をひょいひょいとたぐり寄せて、アッと言う間にボートの上に引き上げた。

「結構、重たい箱ですな!」
「それを錨代わりの重しにして安心してたんですけどね。急に予期せぬ波が来て一緒に攫われてしまったんですよ」
「なあるほど。風の具合でいきなり大波が来ることがありますからなあ。ほんじゃあ浜に戻りまっか?」

「ふむ...それもいいんですけど、もう一つ相談したいことを思いつきました」
「なんでございましょう?」
「その木箱を開けてみて下さい」
「はあ...」

怪訝な顔をした男が木箱の蓋を開け、艶々と海水に濡れて光る銀貨の山に文字通りに腰を抜かした。
正直、その反応がチョット楽しい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですって!?ふざけるのもいい加減にしてください!!!

ラララキヲ
ファンタジー
学園の卒業パーティで突然婚約破棄を宣言しだした婚約者にアリーゼは………。 ◇初投稿です。 ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。 ◇なろうにも上げてます。

精霊たちの姫巫女

明日葉
ファンタジー
精霊の加護を受けた国の王家に生まれたセラフィナ。幼いある日、国が戦乱に飲み込まれ、全てを失った。 まだ平和な頃、国同士の決め事として隣の強国の第2王子シンが婚約者と定められた。しかし、全てを失ったセラフィナは重傷を負い、通りかかった導師に拾われ育てられ、そのまま穏やかに生活できるかに思われた。戦乱の真相の記憶が、国に戻ることも、隣国を頼ることもさせない。 しかし、精霊の加護を受けた国の姫は、その身に多くの力を秘め、静かな生活はある日終わりを告げる。それでもせめてものけじめとして婚約解消をするが、なぜか何の利益もないはずなのに、シンがそれを許さないと……。 人ならぬものたちに愛された姫と、戦いを常とする王子の落ち着く先は。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

Crystal of Latir

ファンタジー
西暦2011年、大都市晃京に無数の悪魔が現れ 人々は混迷に覆われてしまう。 夜間の内に23区周辺は封鎖。 都内在住の高校生、神来杜聖夜は奇襲を受ける寸前 3人の同級生に助けられ、原因とされる結晶 アンジェラスクリスタルを各地で回収するよう依頼。 街を解放するために協力を頼まれた。 だが、脅威は外だけでなく、内からによる事象も顕在。 人々は人知を超えた異質なる価値に魅入られ、 呼びかけられる何処の塊に囚われてゆく。 太陽と月の交わりが訪れる暦までに。 今作品は2019年9月より執筆開始したものです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~

雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――? 私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。 「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。 多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。 そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。 「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で?? ――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。 騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す? ーーーーーーーーーーーー 1/13 HOT 42位 ありがとうございました!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

素質ナシの転生者、死にかけたら最弱最強の職業となり魔法使いと旅にでる。~趣味で伝説を追っていたら伝説になってしまいました~

シロ鼬
ファンタジー
 才能、素質、これさえあれば金も名誉も手に入る現代。そんな中、足掻く一人の……おっさんがいた。  羽佐間 幸信(はざま ゆきのぶ)38歳――完全完璧(パーフェクト)な凡人。自分の中では得意とする持ち前の要領の良さで頑張るが上には常に上がいる。いくら努力しようとも決してそれらに勝つことはできなかった。  華のない彼は華に憧れ、いつしか伝説とつくもの全てを追うようになり……彼はある日、一つの都市伝説を耳にする。  『深夜、山で一人やまびこをするとどこかに連れていかれる』  山頂に登った彼は一心不乱に叫んだ…………そして酸欠になり足を滑らせ滑落、瀕死の状態となった彼に死が迫る。  ――こっちに……を、助けて――  「何か……聞こえる…………伝説は……あったんだ…………俺……いくよ……!」  こうして彼は記憶を持ったまま転生、声の主もわからぬまま何事もなく10歳に成長したある日――

処理中です...