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第七部:古き者たちの都
小舟の購入
しおりを挟むパルレアの助言に従って砂浜に降り、さも茂みから現れたかのように不可視化を解いて浜辺に近づくと、早朝の漁を終えた漁師やその家族らしき人々が数人、網の修理やなにやらの作業をしていた。
その中の一人、他の面々とは少し離れたところにいた初老の男性に近づいて声を掛けてみる。
「すみません、このボートはあなたのですか?」
「ああ、そうじゃが、なんぞ用かの?」
老人が怪訝な表情で俺を見る。
そりゃそうだ、魚を買いに来た訳でも道を尋ねに来た訳でも無いもんな。
「実は俺、破邪なんですけどね。この附近の海辺で魔物を見たって人がいて、それで調べに来たんですよ」
「なに、魔物が!」
「いや、結局はガセネタというか見間違いで、なにも問題なかったみたいなんですけどね」
「ああ、そら良かった...」
「ただ寄り合い所への報告のために、一応は岬の方も見ておかないといけないんで...コレで、そのボートを俺に売って貰えませんか?」
そう言うと同時に、革袋から出しておいたポルセトの大銀貨をどーんと男の目の前に突き出してみせた。
俺の指に握られている高額貨幣に男性が目を見開く。
こういう時は相手に話のつじつまを深く考えさせないよう、勢いで飲み込んでしまうのがキモだな!
「こ、こんな大金を!?」
「ええ、今日中に街に戻りたいんで急ぎなんですよ。ダメですか? ダメならボートを売ってくれる別の人を探しますけど?」
「いやいや、ダメなことあるかいな! ええとも売ったる売ったる!」
新品の上等なボートを買ってお釣りが来る金額だ。
並みの品なら二艘買えるかも知れない。
初老の男性は、こちらの気が変わらない内にと思ったのか、大慌てで大銀貨を受け取ると、ボートの中身を片付けて水辺に押し出してくれた。
作戦通り。
それにしても、いつのまにか俺も嘘をつくのが上手くなったものだ・・・よね?
とにかく浜辺の人達から見えない位置まで行くために、せっせとオールを漕いで沖に向かう。
岬の端っこを回ってこのボートを革袋に収納したら、ちゃっちゃと桟橋のある港に戻って、次の頼みを聞いてくれそうな船を探すとするか。
「おにいちゃんガンバレー!」
全力でオールを漕ぐ俺をパルレアが肩の上で応援してくれる・・・いやソレ茶化してるだけだろうパルレア!
「なんならお前もコリガンサイズになって漕いでみるか? いわゆるひとつの経験として」
「いらなーい。一人で遠くに出掛けたりしないもん」
「まあ俺としても、一人で遠くに行って欲しく無いからいいけどな!」
なにしろアトルの森に数刻ほど滞在しただけで、思いっきり予想外の展開を生みだしたパルレアである。
現世一人旅なんかさせた日には、良くも悪くも何が起きるか想像も付かないな・・・そもそも俺の心臓が持たん。
しばらく必死に漕いで先ほどの浜から見えない程度に岬を回ったところで革袋から貴族服を出し、不安定なボートの上でなんとか無事に着替え終えた。
今日は風も波も穏やかで助かったよ・・・
って言うか海に出てから気が付いたけど、もしも今日が荒天だったら、この計画って最初から破綻してたよな!
人が乗っていない空のボートはチョットした波や風で簡単に転覆する事があるから重しがあった方がいいよな・・・
ふと良い手を思いついて、ずっしりと銀貨の入った木箱を、革袋から出した適当なロープでガッシリと結んだ。
「お兄ちゃん、どーするのソレ?」
「コイツをボートに結びつけて錨の代わりにするんだよ」
「ヘー、ゼイタクー!」
「まあな」
ロープの反対側はボートの尾部にしっかりと縛り付け、少々の揺れや衝撃では木箱がロープから外れ落ちる心配が無いことを確認してから、そろそろと海中に木箱を降ろした。
ボートの底に腹ばいになって後端から水中を覗き込むと、ピンと張ったロープの先に木箱がぶら下がっているのが見える。
重いと言っても手に持てる程度の重さだから、ボートが後ろに傾いたりする心配はない。
これで準備完了だ。
さっきの小さな漁港まで姿を隠したまま飛んでいき、また適当な物陰で不可視化を解いて桟橋に向かう。
さも散歩でもしているかのように何食わぬ顔で桟橋をぶらつきながら、舫ってある小舟を物色していくと、いい感じの物件が目に入った。
沿岸部の気まぐれな風に対応しながらあちこちの漁場を回るような小さな漁船としては典型的な、縦帆付きの小舟だ。
小舟と言っても人が四人と魔導書が一人なら全く問題ないサイズだし、帆もそれほど大きくない、ありきたりな三角帆が一枚だけだから、これなら俺にも扱えるだろう・・・多分。
ちょうど上手い具合に漁師らしい男が船上で漁具の手入れをしていたので、さっそく声を掛けてみる。
「こんにちは。これはあなたの船ですか?」
「あ、はあ、左様でございます」
やっぱり着ている服が違うと、相手の反応が全く違うよな!
ミルバルナの手前で幌馬車隊一式を買い取った時の事を思い出すね。
「実は頼みごとがあるのですが、聞いて頂けますか?」
「なんでございましょう?」
「今日は天気が良いので、のんびり釣りでもしながら海で寛ごうと思っていたのですがね、岬の浜にボートを上げていたら思いがけず大きな波が来てボートを攫われてしまったのですよ」
「おお、それは難儀なことでございましたな!」
「ええ。で、実は相談なのですが...あなたのこの船で、流されたボートを追い掛けて頂けませんか? もちろん相応の礼はお支払い致しますよ」
そう言って銀貨を男性に押しつける。
俺が何かを持って自分に向けて腕を伸ばしたので、ほとんど条件反射的に手を出した男性は、受け取ったのが数枚の銀貨だと気が付いて目を剥いた。
「こ、これは?」
「ボートの回収に付き合って下さるなら、それを対価に差し上げます」
「ほんまでございますか?」
「もちろん。仮にボートがすぐに見つかったとしても、お釣りを寄越せなんて言いませんよ?」
「しょ、承知致しましたお貴族様。すぐに船を出しますんで、どうぞお乗り下さいませ!」
「では、お願いしますね」
悠然とした態度を保って小舟に乗り込み、帆の操作に邪魔にならないように出来るだけ後ろの方に座った。
この手の三角形の帆は、帆柱を中心にして、帆を吊している桁の棒ごと縦帆全体がクルクル回るように出来ているのだ。
風が変わりやすい場所でも機敏に動けるし風上にも走りやすいから便利なんだけどね・・・小さな船の場合、乗っている者は帆を支えるロープに絡まったりしないよう、いつも風向きと帆の位置に気を遣う事になる。
舫いを解いて桟橋を出た漁師の小舟は、陸から吹く風に乗り、それほど海上を探し回ることも無く、狙い通りに俺が乗り捨てておいたボートを発見してくれた。
「アレでございますな、お貴族様!」
「そうそう、アレです! 見つけて貰って助かりました。ありがとう」
「いやいやなんの! ほんなら浜まで曳航できるように綱を渡しますんで、ちぃっと待ってて頂けますかの?」
「ええ、お願いします」
漁師の男は三角帆を巧みに操ってアッと言う間に小舟をボートに横付けし、自分の小舟の後端に結びつけた太い綱の端を持ってボートに飛び乗った。
「これで浜までお貴族様のボートを引っ張っていけますんで!」
「ああ、それとボートの後ろにロープが結びつけてあるんですけど、それを引き上げて貰えませんか?」
「この綱ですね、承知しました!」
この男性も、さすが漁師だけあって腕力はあるな。
ずっしり銀貨の入った木箱をひょいひょいとたぐり寄せて、アッと言う間にボートの上に引き上げた。
「結構、重たい箱ですな!」
「それを錨代わりの重しにして安心してたんですけどね。急に予期せぬ波が来て一緒に攫われてしまったんですよ」
「なあるほど。風の具合でいきなり大波が来ることがありますからなあ。ほんじゃあ浜に戻りまっか?」
「ふむ...それもいいんですけど、もう一つ相談したいことを思いつきました」
「なんでございましょう?」
「その木箱を開けてみて下さい」
「はあ...」
怪訝な顔をした男が木箱の蓋を開け、艶々と海水に濡れて光る銀貨の山に文字通りに腰を抜かした。
正直、その反応がチョット楽しい。
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