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第七部:古き者たちの都
彷徨う島
しおりを挟む二人の様子を見ていれば、徴税監督官と倉庫から出てきた男のどちらが強い立場にいるのかは一目瞭然だ。
ここも完全に買収済みらしい。
< なあパルレア、あの男と徴税監督官の雰囲気を見てれば、明日の荷物は海から運ばれてくるとしか思えないよな? きっと馬車で運ぶのは最後だけだ >
< だよねー。馬車を追っても港で終わり。じゃー、船を借りる? >
< 大海原でコッソリ追跡は厳しいだろう>
< どれほど遠くに行くか分からないしねー。ヘタしたらコッチが遭難しちゃうとかー? >
< 遠くか...さすがに南方大陸からって事は無いだろうけどな... >
< あり得るじゃん? あまりにも遠すぎて転移門が使えないとかさー! >
< 転移門を使わないのは遠すぎるからか? それも有り得えない話じゃないけど...なあパルレア、突拍子も無い考えだって思うだろうけどな? >
< うん、なーに! >
< アレ? 突っ込まないのか? >
< それより早く聞きたいのー! >
< おおぅ...お前がさっき言ってた『発掘場所が動くから転移門が設置できない』って話な? それ、案外有り得るかも知れないぞ? >
< マジでーっ?! >
< マジだ。パルレアは、『彷徨う島』の話を聞いたことは無いか? >
< へ? ナニソレ? >
< 海の話で思い出したんだけど古いお伽話だよ >
< 知らないかなー >
< 南の海には『彷徨う島』って呼ばれてる伝説があって、誰も住んでいない、古い遺跡のある島を見たっていう船乗りの話とか、嵐の時に突然、目の前に現れたぶつかって遭難しそうになったとかな、そういう逸話がいくつか残ってるんだ >
< へぇー... >
< その島を見たって人が言う場所もバラバラで、いつのまにか島自体が海の上を彷徨ってるんじゃ無いかって話になってな、それで『彷徨う島』なんて大層な呼び名がついたってワケだ >
< 幻の島ってコトね! かっこいいっ! >
< もちろんお伽話だ。証拠はなにも無いし、ついさっきまでは俺も全然信じていなかったよ... >
++++++++++
『彷徨う島』あるいは『流離う島』の伝説は南岸地方の一部で知られているだけで、それほど有名な話でも無いようだ。
俺自身、師匠と南方大陸に渡った時に船乗りに教えて貰わなかったら、ずっと知らないままだったろう。
何しろ目撃談が少ないし、物的証拠と言わないまでも、他の古代遺跡がらみで話のネタになるようなリアリティがなさ過ぎるからね。
無人島だとか、島の上に遺跡が見えたとか、周りが全部崖で近づけないとか、島の周囲は潮流が渦巻いてるとか、断片的な話のバリエーションは色々と出てくるけれど、幻って言うポイントは一つだけ・・・
『海図に載ってなくて他の船乗り達も知らない島に偶然行き当たった。後日、もう一度その場所に船を向けてみたけど島なんかどこにも無かった』・・・以上だ。
動き回ってる島なんてお伽話としては夢があって良いけど、どこに行けば見つかるかのアテも立たないのだから探求の対象になりようが無い。
せめて宝物を持ち帰った奴でもいたら信憑性も上がったし、血眼になって探す奴も大勢出てきたんだろうけど、『上陸できる浜がない』ってことで島を歩いた人の話はゼロ。
そりゃあ、酔っ払った船乗りのホラ話と片付けられても無理はないよ。
きっと『周囲がぐるりと崖に囲まれていて上陸できない』なんてのは、証拠が出せないことの後付けの言い訳だろう、と。
だけど、実は古代の世界戦争時代の遺跡がアチコチに埋もれていることを知り、そこには値千金の高純度魔石が砂利のように積み上げられていたり、不可思議な魔法の掛かったガラス箱を見つけたり、挙げ句に自意識を持つ魔導書のマリタンまで出てきたりすれば、もう『彷徨う島』くらいじゃ驚かなくなる。
って言うか、その程度の存在なら実在しても不思議じゃ無いと考えられるようになった。
エルスカイン絡みともなれば尚更だな。
++++++++++
< じゃー、その『さまよう島』が、実はヴィオデボラだってこと? >
< そうだな...たぶん島そのものが古代の遺物なんだと思う。彷徨ってるのもきっと本当だよ。本当は島じゃ無くて、島のように大きな船とか浮き桟橋なのかもしれないけどね >
< だったらさー、それを見つけたエルスカインが、何かを掘り出して船でここまで運んでくるってゆーのは真っ当な流れよね? >
< しかも『彷徨う』だろ?...つまり常に海上での位置が変わっているから転移門を開けないんだよ。そこはパルレアの言った通りだろうな >
< アタシってすごーい! >
< うん、本当そう思うぞ? 『遺跡の発掘場所が動いてる』なんて、普通の脳みそじゃ絶対に思いつかん >
< 褒めてる? >
< もちろんだ! パルレアとシンシアは俺の可愛い自慢の妹だからな >
< えへー >
まあ瓢箪から駒というかなんと言うか・・・
だけどパルレアが一緒にいなかったら、『彷徨う島』のことには思い至らなかっただろうな。
いまの状況は単に、エルスカインの支配下にある建物から出てきた男が港で徴税監督官と会っていた、というだけに過ぎないのだけど、俺はすでに古代の遺跡『ヴィオデボラ』が、海の向こうのどこかにあるってことを確信していた。
< 問題は、海の上をどうやってヴィオデボラまで追うかだな... >
< 敵に見つかるよねー、隠れるトコ無いもんねー、海の上 >
< 振り切られるか迎撃されるか...いずれにしたって付けられてることに気が付いたら、素直にヴィオデボラに行ってくれるはずが無いよ >
< 銀ジョッキはー? >
< コッソリ船に紛れ込ませるってのはアリだと思う。ある程度の位置も探れるだろうけど、魔力波が届く距離じゃ無くなったら、そこで終わりだな >
< 厳しいかな? >
< 今回の銀ジョッキは現世にいて不可視になってるだけだから、魔力切れでゴロンと敵の前に転がったりしたら目も当てられないよ。アレが鹵獲されるのは避けたいね >
< 何日掛かる場所かも分からないもんねー。そーなったらアプレースに飛んで貰うってワケにも行かないかー... >
< 海の上で魔力切れとかなったら、どうなるのか予想もつかないな >
< アプレースって浮かばないの? >
< いや知らん。アイツはいつか南方大陸に行ってみたいらしいけど、『海がどのくらい広いか分からないから途中で魔力切れになったら困るし、都合良く休める島なんてありそうに無いから飛ぶ気になれない』って言ってたぞ? >
< あー、じゃあ無理っぽそー >
< 試す訳にもいかんだろう... >
< ねー、銀ジョッキの魔力波ってさー、真っ直ぐにしか飛んでかないの? それとも奔流とおんなじで、割とドコでも通っちゃうもの? >
< え? いや知らないな。どうしてだ? >
< みんなでアプレースの背中に乗った時の『ポルミサリアが球だ』って話を思い出したから。海だったらさー、遠くのモノは水平線の向こうに隠れちゃうんでしょ? もしも魔力波が真っ直ぐにしか飛ばないんだったら、水平線の向こう隠れてるとこには届かないじゃん? >
< それ、何か困るのか? >
< もし、魔力波がずーっと遠くまで飛んで、しかも水平線の向こうまで届かせられるんだったら、アタシ達の船は水平線の手前に隠れたままで、銀ジョッキを操るとかも出来るのかなーって? >
< おぉーっ、それもそうか、賢いなパルレア! それはシンシアに聞いてみよう...どうする? ウルベディヴィオラの街の外を確認する必要もなさそうだし、とりあえず一度屋敷に戻るか? >
< えーっと、屋敷よりもフォーフェンでお昼ご飯を買って、ソブリンの宿屋に行くので良くない? >
< いや、いいけど? >
< お兄ちゃんがいま屋敷に戻るとシンシアちゃんが焦っちゃうからねー。無理させないよーに! >
< そうか...まあ改良銀ジョッキが明日に間に合わないなら間に合わないで、俺は気にしないんだけどな? >
< それでも気にしちゃうのがシンシアちゃんでしょ? >
< 確かに! >
パルレアもこういう気遣いは俺なんかよりよっぽど出来てて、良いお姉ちゃんをやれてるなあ、と素直に感じる。
たまーに羽目を外すのと、伯爵家育ちのシンシアにはちょーっと刺激の強い発言がポロポロ出てくるのが困ったモノだけどね。
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