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第七部:古き者たちの都
星空と方位
しおりを挟むパルレアに銀ジョッキを現世へと回収して貰い、倉庫街の物陰に転移門を張って宿屋に戻ると、シンシアとアプレイスが待ち構えていた。
「マリタンに空の星の写し絵を撮って貰ったからすぐに戻って来たんだけど、アプレイスが一緒に来た方が良かったんじゃないのか?」
「ちょっと試してみたい方法があったんでな。まあ絵姿を見てダメだったら、これから俺がその街へ跳ぶさ。で、マリタン、写し取った星空を見せて貰えるか?」
「ええドラゴン。コレ、よ」
そう言ってマリタンが自分のページを開くと、部屋の中に四角い枠が浮かび上がった。
枠の中は真っ黒・・・じゃなくて、白い点々が無数に浮かんでいる。
おお、コレは確かにさっきの星空だな!
「よし、これくらいならいけそうだ...シンシア殿、ポルミサリア全域の地図を持ってるよな?」
「はい。正確さには保証がありませんけど」
「構わないよ。大まかな方向が分かればいいんだ」
「ではこれを...」
「よし、方位を教えてくれ」
アプレイスが地図を受け取って床の上に広げる。
シンシアが手の平に出した方位魔法陣を見ながら、その地図の東西南北を『恐らく正しい』と思われる方向に合わせた。
「シンシア殿、ルマント村のおおよその位置は分かるかい?」
「ええ、馬車で移住部隊を送り込む予定でしたからね。この地図上での場所は...たぶんこの辺りだと思います」
「よしマリタン、星空を天井に映してゆっくり回転させてくれ。ライノ、さっき調べた『一番明るい星と月』の位置が地図の東西南北と合ったと思ったら、そこでマリタンにストップと言って貰えるか?」
「お? おお、了解だ!」
マリタンが星空を部屋の天井近くに大きく映し出し、ゆっくりと回転させていく。
俺も手の平に方位魔法陣を出して地図と向きを合わせ、あの『一番明るい星』の位置がさっきと同じところに来たと思った瞬間にストップをかけた。
月の位置もズレてないし、これでおおよそは正しいはずだ。
「よし、そのまま星を出しててくれよマリタン」
アプレイスが地図の周りをゆっくりと動いて自分の位置を変え、それから一方向に向きを定めると床に座り込んで目を瞑った。
「えっと...なにやってるんだアプレイス?」
「さっきライノが戻ってくる前に、姿を消して宿屋の屋根の上に出たんだ。そこでここから見える星空を確認してきた」
「は?」
「なあライノ、俺たちドラゴンが空を飛ぶ時は闇雲に跳び続けてると思うか? 昼なら地形と太陽の位置を見て方角を定める。おおよその時刻は太陽の高さと向きで分かる。じゃあ夜ならどうするか? 星を見て自分の位置を掴むんだ」
「そうなのか!?」
「船乗りに聞かなかったか? 夜は月と星の動きで時刻も分かる。星の位置は季節と時間と見る場所で違ってくるし、同じ時刻でも場所が大きく違えば位置のズレも大きくなる。まあ、ちょっと離れたぐらいじゃ見分けもつかないけどな」
「なるほど...」
「アプレースってすっごーい!」
「俺が凄いんじゃ無くて、ドラゴン族はみんなそんな感覚の持ち主だよパルレア殿。口で説明するのは難しいけど、俺の感覚からするとライノが行ってきた港町はルマント村よりもさらに東でさらに南、地図上で言うと...おおよそ、この辺りだって気がするよ。まあ勘だけどな?」
そう言ってアプレイスが指差したのはポルセト王国の南岸だった。
「当たりだアプレイス! きっと大当たりだぞコレは!」
「そうか?」
「ああ、あの場所でパルレアが海の匂いがすることに気が付いたんだよ。波の音までは聞こえなかったけど、きっと秘密工房があるのは港町だ」
「なあライノ、海の匂いってのは海岸から離れると分からないものか?」
「風向きや土地の見通しにもよるけど、人間やエルフなら半日も歩かない距離で分からなくなるよ。あれほどハッキリ匂ったって事は海に近いはずだ。俺たちが出た場所にはいくつか倉庫が建っていたから、漁師の住む集落っていうよりは港町って感じだな」
「そういうことか...」
「道も広かったもんねー! 石畳だったし」
「そうすると、それなりの規模の街でしょうか?」
「ああ。大きな街かどうかは昼間に行ってみないと分からないけど、酔っ払いも歩いてた訳だし、ゴーストタウンなんてことは無いだろうと思う」
「御兄様、仮にあそこが『ウルベディヴィオラ』だったとしたら、『ヴィオデボラ』は何処にあるんでしょうか? 私にはどうしても偶然の一致に思えません」
「それな、シンシア!」
『ヴィオデボラからの荷が届く』と言うならば、それを逆に辿る方法も無くはないだろう。
荷物が転移門経由で届くなら、さっきと同じように後に続いて跳べばいいし、もしも荷馬車だったら姿を消して帰り道を追跡していくってのでもいい。
ただし、どちらも『一回限り』の搬入だったら、そうやって後をつけていった先がヴィオデボラだと限らないのが難点だけどね。
それと荷馬車ならともかく、転移門でとんでもないところに連れ出されたらシャレにならない可能性はある。
まあ、その時は暴れられるだけ暴れるって事になるけど・・・って、悪竜か俺は。
「御兄様、これは出来るかどうか試してみないと確信は無いのですけど...」
ん? またシンシアがとんでもない解決策を思いついたのか?
なんか知らんが頼らせて貰うぞシンシア。
「なんだいシンシア?」
「幸い、御兄様が銀ジョッキを回収して下さいました。とは言え、また転移門を繋ぐ機会を待っていても仕方がありません。本来は使い捨てるつもりでしたけれど、あの銀ジョッキを改造してメダルと同じように不可視結界を組み込んでみるというのはどうでしょう?」
「おおっ」
「銀ジョッキを稼働させるのは人族の古代魔法を基本にしていますから、精霊魔法との合わせ技が上手く働くか...それは試してみないと断言できませんけれど」
「でも、もし動いたら凄いじゃないか!」
「ただし大きな問題も二つあります。一つは次元のズレの隙間にいる訳ではなく、ただ姿を見えなくしているだけですから、もう銀ジョッキも『壁を通り抜ける』ことは出来なくなります」
「あぁ、それもそうか」
「それに、捉えた絵と音は現世の空間を魔力波で送ることになるので、距離の制限を受けると思います。これは魔力量次第で解決できるのですけど、あまり大量の魔石を積み込むと銀ジョッキが巨大化して重くなりますから限界があるかと」
「なるほど。でも、そこは使い方でカバーできそうな気がする。もし上手く行ったらどう使う?」
「ヴィオデボラからの荷物が転移門経由で届くようなモノならば、どちらにしてもあの秘密工房から辿ることは難しいと思います。ですが、馬車で届くのならば逆に戻り先を追うことが出来ます。明後日の午後は銀ジョッキに見張らせて、動きがあれば追えば良いかと」
「よし、出来るかどうか試してみてくれ。ただ、もしも荷物が馬車で届くとしたら、なんでだろうな?」
「はい?」
「送り元がエルスカインの支配下にある場所なら、なんでも転移門で送れるはずだ。馬車で持ってくるとすれば、そうじゃない場所から運んでくるからだろう? ヴィオデボラってのは、一体、誰が何を造ってる場所なんだろうな?」
「いやライノ、明後日、秘密工房に運ばれて来るのはそういう『製品』じゃないだろう?」
「どうしてだアプレイス?」
「だって、あの時ローブの男が『発掘』って言ってたじゃないか。ちょい年を食った男の方が『あそこの発掘は順調か?』と聞いてたぜ。だったら運んでくるのは掘り返して見つけたモノだよな?」
「言ってたな!」
「そうですね。もし、アプレイスさんの言うように、ヴィオデボラがその『発掘現場』だとしたら、発掘したモノを地上で運んでくるのも納得できます」
「いやでも発掘なんて、それこそ地面の下からじゃないの?」
「古代遺跡の発掘は過去に何度も行われたことがありますけど、土魔法でえいっと掘り返せるものでも無いですし、とても大勢の人足が必要なんです。それに遺跡の発掘は鉱山とは違うので、ほとんどの場合が地表での作業ですよ?」
「なるほどね。南部大森林の魔石サイロの時に俺が爪で掘り起こしたのも、地面を埋め尽くしてる石ころだったよな...まあヴィオデボラの場合はどんなブツなのか分からんが」
「あの時はドラゴン姿のアプレイスがいたから良かったけど、あれを人手でやるってなったら確かに大騒ぎだよな...」
「しかも一般人の見てる前だぜ? 高純度魔石を使ってマリタンが言ってた土木用の魔導機械を動かす訳にもいかんだろう」
「宣誓魔法で人夫達の口を封じても、いつかは秘密が漏れると思います」
発掘現場には大勢の作業者達の・・・それも日雇いで入れ代わるような・・・有象無象の人目がある、ってことだ。
秘密保持に神経質なエルスカインが、そんなに大勢の労働者の前で転移門をホイホイ使うとは考えづらい。
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