576 / 912
第七部:古き者たちの都
王位継承の方法
しおりを挟む二つの階段に挟まれた正面には、まるで地下室を見下ろす見晴らし台のように吹き抜けに向けて突き出た広い場所があって、四本の柱で支えられていた。
< 御兄様、ひょっとしたらあの張り出しは『昇降機』かも知れません >
< ショーコーキ? なにそれー? >
< 重いモノや大きなモノを上げ下げする魔動機です御姉様。あの広さなら徴税ゴーレムでも載せられるのでは無いかと >
< 大当たりだなシンシア! >
確かにこのホールから延びる廊下の一本だけは、他の三方に延びる廊下とは違ってひときわ幅も広くて天井が高い。
< どうしますか御兄様? やはり正面の広い廊下へ進んでみますか? それとも上の階へ? >
< いや、広い廊下の先に転移門がある事は確定だよ。存在が分かったからそれでいい。エルスカインに俺たちの侵入を検知されたら警戒が厳重になるだけだし、今回は見送ろう >
< そうですよねっ! 私もそれがいいと思います! >
シンシアの返事が急に明るくなった。
重ね重ね心配させてすまないね。
< それよりも左右の廊下の方が気になるな。念のためにどこかの部屋に人がいないか、一通り調べてみてくれないか? >
< はい! すぐに調べますから待ってて下さい! >
あのローブの男達が日常的に利用していた部屋があり、徴税ゴーレムを搬出入する経路が確保されているって事は、ここはルースランドにおける中枢部である事に間違いない。
広い廊下の先には、さらにエルスカインに繋がる転移門があるはずだけど、いまそこに飛び込んでも、逆に色々な事が台無しになるような予感がするのだ。
< やっぱりおかしいよなココ >
< ココってぜーんぶおかしいけど、特にお兄ちゃんが気になる部分は? >
< まず人がいない >
< そーね? >
< ココが日頃は王家のヤツが使わない場所だとしても、家僕や衛兵の姿が一人も見えないのはおかしいだろ >
< たしかに...その理由は? >
< ホムンクルス以外を立ち入らせたくないから、かな? >
< アタシもそー思う >
< 御兄様、いま左右の廊下に扉を持つ部屋を銀ジョッキで確認してみましたが、『明かりの点いている部屋』は一つもありませんでした。その先にも回廊のように通路は延びていますから地下全体では分かりませんが、このホールの近辺には誰もいないようです >
< 有り難うシンシア >
いまのシンシアの報告の仕方は俺の予想通りだったな。
エルダンの錬金室も、人が入った時に明かりが点く仕掛けになっていたが、あれがエルスカインの施設にとって一般的なものだったら、この離宮にも使われている可能性が高いと思ったのだ。
その場合、銀ジョッキの偵察で無人である事は分かるんだけど、室内に何があるかまでは分からないからね。
実際、真っ暗なエルダンの錬金室では銀ジョッキには何も見えない状態だったし、だから少々の危険を冒してでも、自分の目で確認したかったのだ。
さてと・・・
果たして離宮の『中身』は俺の予想通りかどうか・・・
通路は左右にあるけど、とりあえず勘で右側を選んで進んでいく。
俺たちに先行しているシンシアの銀ジョッキが周囲を警戒してくれているから、不可視とは言え、誰かとバッタリ会うなんて心配が無いだけでもありがたい。
ホールから三つ目の部屋までは扉に鍵も掛かっておらず、中にも何も無かった。
『大したモノが無い』という意味では無くて、本当に『何もモノが置かれてない』すっからかんの部屋だったのだ。
数十人は入れそうな大きな部屋に椅子一つ置いてないって言うのは、逆に怖い雰囲気だな。
< 空き部屋が多いねー! >
< 離宮と言っても人の生活感が無いし、エルスカインとのやり取りのためだけに維持してるような建物みたいだからな。きっと、部屋数が多くても使い道が無いんだろうさ >
< なるほどー >
< そもそも、なんで王宮を移転させたんだろうな? >
< えー? 手狭になったから? >
< 思いもしなかった真っ直ぐな回答をありがとうパルレア >
< 思いもしないって何よー! >
< ですが御姉様、実際にルースランド王家の理由...例えば見栄を張りたいとか住環境を良くしたいとかでは無くて、エルスカインにとっての理由があったはずですよね? そう言う意味で手狭になったのかも知れませんよ? >
< あ、そーだよねー! シンシアちゃん鋭ーい >
シンシアは優しいなあ・・・
< 大戦争が終息してルースランドが成立してからの二百年ほどは、この離宮でやってこれたんだからな。建物が老朽化して建て直すとかなら分かるけど、ヨハルさんの話だと、ただ新しい王宮を離れた場所に建設しただけで、ここは建て直しもせずに、そのまま離宮として使ってるんだ。場所を分けたい理由が出てきたって事じゃないか? >
< 御兄様、それが徴税ゴーレムの使用開始と同じタイミングなのは偶然のはずありませんよね? >
< そうだ。そんなワケ無い >
< そーよねー。あのゴーレムおっきいし! >
どこまで『手狭になったから』っていう視点に拘るつもりだパルレア。
< 随分前の事だけど、ルースランド王や、濡れ衣だったけどギュンター・シーベル卿がホムンクルスだったら、どうやって周囲にバレずに世代交代してるのかって話をした事があっただろパルレア? >
< うん、覚えてるー >
< 年取った身体を、ただそのままホムンクルスとして複製しても意味は無いし、自分の若い頃の身体をホムンクルスにして何十年も取っておくって言うのも、ちょっと無理がありそうな気がするよな? >
< あからさま過ぎますね >
< いきなりさー、数十歳若い姿の王様とか出てきても、『ソイツは誰?』って感じよねー! >
< うん、周囲は騒ぐよ。見た目で本人とは思えないし、なんでソイツが王位継承するんだ?って話になるだろうね >
< 無理矢理にでも『血縁のある隠し子』と言い張る事は出来なくも無いと思いますけど、王位継承の度にそれを毎回繰り返すのは不可能だと思います >
< そうだ。結局は王族を支配してると言っても、ホムンクルス化してるのは王様本人とごく一部だけだろ。要は王宮じゃあ人目が多すぎるんだよ >
< 家族の目とかー? >
< 家族でも親族でも家臣でもな。ホムンクルスの体が高齢化して入れ換える時に、人目の多い『王宮』だと周囲をウロウロされて邪魔になる相手が多すぎるんだと思うよ >
< 確かに宣誓魔法だけで秘密を守っていくのは困難だと思います。例えばお父様とお母様の事や私の事も、大公家でも伯爵家でも主要な家臣の方々は皆さんご存じでしたし、そうでないとなにも出来ません >
< だよな。それが徴税ゴーレムとトークンで出入りするヤツの管理が出来るようになったから、衛兵や護衛の騎士さえ必要なくなった。それに合わせて王宮を移設したんだと思うね >
< なーるほど >
< だからこの離宮の...一階から上はともかく、地下にはエルスカインが認めてないヤツは誰一人として入らせてない、入れない。そんなところだろう >
三人で指通信というよりも、もはや『脳内会話』をしながら進んでいく。
こういう事が出来るようになった点でも魔力量の制限がほぼ無くなったのは有り難い。
四つ目の部屋の扉には鍵が掛かっていた。
鍵穴から中を覗くと真っ暗だ。
革袋から、エンジュの森では使わなかった『極細魔石ランプ』を取り出して明かりを灯し、鍵穴の奥に突っ込むと見事に部屋の中が照らし出される。
室内が視認できたところで即座に跳躍だ。
< シンシア、お前の造った極細魔石ランプの効果は抜群だぞ。これさえあれば鍵穴の向こうが真っ暗でも問題なく跳躍できる >
< 役に立って良かったです! >
< ねーお兄ちゃん、覗き見と盗み聞きの魔道具とか、鍵穴越しの侵入とか、身分証の偽装とか、そーゆーのって勇者的にどーなんだろ? >
< そこだけ聞いてると俺たちって盗賊みたいだよな! ちょっと笑える>
< でも相手は魔物ですよ御姉様? >
< 確かにー! >
< シンシアの言う通りだな、手段を選べるような相手じゃ無い。とにかく中を調べよう >
物理的に扉を開かないと室内の明かりが点かないらしい。
指先に光魔法を灯して室内を照らしてみると、そこは部屋中にぎっしりと本棚が詰まった図書室だった。
< シンシア、ちょっと興味深いな? >
< え? えぇ、そうですね色々な本がありそうです...>
< 俺には良く分からないけど、やはり魔法関係の本が多そうだな >
< 順当ですよね >
シンシアにとっては宝の山だろうに、一生懸命に興味なさそうな素振りを演じようとするのが可愛い。
いまは本を眺めてる暇は無いとは言え、マリタンの事もあるし、古代の魔法関連書籍や『魔導書』にどんなものがあるか分からないからな・・・もしも必要だった時に又ここに来れるように、こっそり転移門を張っておこう。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!
のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、
ハサンと名を変えて異世界で
聖騎士として生きることを決める。
ここでの世界では
感謝の力が有効と知る。
魔王スマターを倒せ!
不動明王へと化身せよ!
聖騎士ハサン伝説の伝承!
略称は「しなおじ」!
年内書籍化予定!
【祝・追放100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました!
高見南純平
ファンタジー
最弱ヒーラーのララクは、ついに冒険者パーティーを100回も追放されてしまう。しかし、そこで条件を満たしたことによって新スキルが覚醒!そのスキル内容は【今まで追放してきた冒険者のスキルを使えるようになる】というとんでもスキルだった!
ララクは、他人のスキルを組み合わせて超万能最強冒険者へと成り上がっていく!
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
くじ引きで決められた転生者 ~スローライフを楽しんでって言ったのに邪神を討伐してほしいってどゆこと!?~
はなとすず
ファンタジー
僕の名前は高橋 悠真(たかはし ゆうま)
神々がくじ引きで決めた転生者。
「あなたは通り魔に襲われた7歳の女の子を庇い、亡くなりました。我々はその魂の清らかさに惹かれました。あなたはこの先どのような選択をし、どのように生きるのか知りたくなってしまったのです。ですがあなたは地球では消えてしまった存在。ですので異世界へ転生してください。我々はあなたに試練など与える気はありません。どうぞ、スローライフを楽しんで下さい」
って言ったのに!なんで邪神を討伐しないといけなくなったんだろう…
まぁ、早く邪神を討伐して残りの人生はスローライフを楽しめばいいか
南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語
猫村まぬる
ファンタジー
海外出張からの帰りに事故に遭い、気づいた時にはどことも知れない南の島で幽閉されていた南洋海(ミナミ ヒロミ)は、年上の少年たち相手にも決してひるまない、誇り高き少女剣士と出会う。現代文明の及ばないこの島は、いったい何なのか。たった一人の肉親である妹・茉莉のいる日本へ帰るため、道筋の見えない冒険の旅が始まる。
(全32章です)
父上が死んだらしい~魔王復刻記~
浅羽信幸
ファンタジー
父上が死んだらしい。
その一報は、彼の忠臣からもたらされた。
魔族を統べる魔王が君臨して、人間が若者を送り出し、魔王を討って勇者になる。
その討たれた魔王の息子が、新たな魔王となり魔族を統べるべく動き出す物語。
いわば、勇者の物語のその後。新たな統治者が統べるまでの物語。
魔王の息子が忠臣と軽い男と重い女と、いわば変な……特徴的な配下を従えるお話。
R-15をつけたのは、後々から問題になることを避けたいだけで、そこまで残酷な描写があるわけではないと思います。
小説家になろう、カクヨムにも同じものを投稿しております。
最強ドラゴンを生贄に召喚された俺。死霊使いで無双する!?
夢・風魔
ファンタジー
生贄となった生物の一部を吸収し、それを能力とする勇者召喚魔法。霊媒体質の御霊霊路(ミタマレイジ)は生贄となった最強のドラゴンの【残り物】を吸収し、鑑定により【死霊使い】となる。
しかし異世界で死霊使いは不吉とされ――厄介者だ――その一言でレイジは追放される。その背後には生贄となったドラゴンが憑りついていた。
ドラゴンを成仏させるべく、途中で出会った女冒険者ソディアと二人旅に出る。
次々と出会う死霊を仲間に加え(させられ)、どんどん増えていくアンデッド軍団。
アンデッド無双。そして規格外の魔力を持ち、魔法禁止令まで発動されるレイジ。
彼らの珍道中はどうなるのやら……。
*小説家になろうでも投稿しております。
*タイトルの「古代竜」というのをわかりやすく「最強ドラゴン」に変更しました。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる