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第七部:古き者たちの都

王位継承の方法

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二つの階段に挟まれた正面には、まるで地下室を見下ろす見晴らし台のように吹き抜けに向けて突き出た広い場所があって、四本の柱で支えられていた。

< 御兄様、ひょっとしたらあの張り出しは『昇降機』かも知れません >
< ショーコーキ? なにそれー? >
< 重いモノや大きなモノを上げ下げする魔動機です御姉様。あの広さなら徴税ゴーレムでも載せられるのでは無いかと >
< 大当たりだなシンシア! >

確かにこのホールから延びる廊下の一本だけは、他の三方に延びる廊下とは違ってひときわ幅も広くて天井が高い。

< どうしますか御兄様? やはり正面の広い廊下へ進んでみますか? それとも上の階へ? >
< いや、広い廊下の先に転移門がある事は確定だよ。存在が分かったからそれでいい。エルスカインに俺たちの侵入を検知されたら警戒が厳重になるだけだし、今回は見送ろう >
< そうですよねっ! 私もそれがいいと思います! >

シンシアの返事が急に明るくなった。
重ね重ね心配させてすまないね。

< それよりも左右の廊下の方が気になるな。念のためにどこかの部屋に人がいないか、一通り調べてみてくれないか? >
< はい! すぐに調べますから待ってて下さい! >

あのローブの男達が日常的に利用していた部屋があり、徴税ゴーレムを搬出入する経路が確保されているって事は、ここはルースランドにおける中枢部である事に間違いない。
広い廊下の先には、さらにエルスカインに繋がる転移門があるはずだけど、いまそこに飛び込んでも、逆に色々な事が台無しになるような予感がするのだ。

< やっぱりおかしいよなココ >
< ココってぜーんぶおかしいけど、特にお兄ちゃんが気になる部分は? >
< まず人がいない >
< そーね? >
< ココが日頃は王家のヤツが使わない場所だとしても、家僕や衛兵の姿が一人も見えないのはおかしいだろ >
< たしかに...その理由は? >
< ホムンクルス以外を立ち入らせたくないから、かな? >
< アタシもそー思う >

< 御兄様、いま左右の廊下に扉を持つ部屋を銀ジョッキで確認してみましたが、『明かりの点いている部屋』は一つもありませんでした。その先にも回廊のように通路は延びていますから地下全体では分かりませんが、このホールの近辺には誰もいないようです >

< 有り難うシンシア >

いまのシンシアの報告の仕方は俺の予想通りだったな。

エルダンの錬金室も、人が入った時に明かりが点く仕掛けになっていたが、あれがエルスカインの施設にとって一般的なものだったら、この離宮にも使われている可能性が高いと思ったのだ。
その場合、銀ジョッキの偵察で無人である事は分かるんだけど、室内に何があるかまでは分からないからね。

実際、真っ暗なエルダンの錬金室では銀ジョッキには何も見えない状態だったし、だから少々の危険を冒してでも、自分の目で確認したかったのだ。

さてと・・・
果たして離宮の『中身』は俺の予想通りかどうか・・・

通路は左右にあるけど、とりあえず勘で右側を選んで進んでいく。
俺たちに先行しているシンシアの銀ジョッキが周囲を警戒してくれているから、不可視とは言え、誰かとバッタリ会うなんて心配が無いだけでもありがたい。

ホールから三つ目の部屋までは扉に鍵も掛かっておらず、中にも何も無かった。
『大したモノが無い』という意味では無くて、本当に『何もモノが置かれてない』すっからかんの部屋だったのだ。
数十人は入れそうな大きな部屋に椅子一つ置いてないって言うのは、逆に怖い雰囲気だな。

< 空き部屋が多いねー! >

< 離宮と言っても人の生活感が無いし、エルスカインとのやり取りのためだけに維持してるような建物みたいだからな。きっと、部屋数が多くても使い道が無いんだろうさ >
< なるほどー >
< そもそも、なんで王宮を移転させたんだろうな? >
< えー? 手狭になったから? >
< 思いもしなかった真っ直ぐな回答をありがとうパルレア >
< 思いもしないって何よー! >

< ですが御姉様、実際にルースランド王家の理由...例えば見栄を張りたいとか住環境を良くしたいとかでは無くて、エルスカインにとっての理由があったはずですよね? そう言う意味で手狭になったのかも知れませんよ? >

< あ、そーだよねー! シンシアちゃん鋭ーい >
シンシアは優しいなあ・・・

< 大戦争が終息してルースランドが成立してからの二百年ほどは、この離宮でやってこれたんだからな。建物が老朽化して建て直すとかなら分かるけど、ヨハルさんの話だと、ただ新しい王宮を離れた場所に建設しただけで、ここは建て直しもせずに、そのまま離宮として使ってるんだ。場所を分けたい理由が出てきたって事じゃないか? >

< 御兄様、それが徴税ゴーレムの使用開始と同じタイミングなのは偶然のはずありませんよね? >
< そうだ。そんなワケ無い >
< そーよねー。あのゴーレムおっきいし! >

どこまで『手狭になったから』っていう視点に拘るつもりだパルレア。

< 随分前の事だけど、ルースランド王や、濡れ衣だったけどギュンター・シーベル卿がホムンクルスだったら、どうやって周囲にバレずに世代交代してるのかって話をした事があっただろパルレア? >

< うん、覚えてるー >

< 年取った身体を、ただそのままホムンクルスとして複製しても意味は無いし、自分の若い頃の身体をホムンクルスにして何十年も取っておくって言うのも、ちょっと無理がありそうな気がするよな? >
< あからさま過ぎますね >
< いきなりさー、数十歳若い姿の王様とか出てきても、『ソイツは誰?』って感じよねー! >
< うん、周囲は騒ぐよ。見た目で本人とは思えないし、なんでソイツが王位継承するんだ?って話になるだろうね >

< 無理矢理にでも『血縁のある隠し子』と言い張る事は出来なくも無いと思いますけど、王位継承の度にそれを毎回繰り返すのは不可能だと思います >

< そうだ。結局は王族を支配してると言っても、ホムンクルス化してるのは王様本人とごく一部だけだろ。要は王宮じゃあ人目が多すぎるんだよ >
< 家族の目とかー? >
< 家族でも親族でも家臣でもな。ホムンクルスの体が高齢化して入れ換える時に、人目の多い『王宮』だと周囲をウロウロされて邪魔になる相手が多すぎるんだと思うよ >

< 確かに宣誓魔法だけで秘密を守っていくのは困難だと思います。例えばお父様とお母様の事や私の事も、大公家でも伯爵家でも主要な家臣の方々は皆さんご存じでしたし、そうでないとなにも出来ません >

< だよな。それが徴税ゴーレムとトークンで出入りするヤツの管理が出来るようになったから、衛兵や護衛の騎士さえ必要なくなった。それに合わせて王宮を移設したんだと思うね >
< なーるほど >
< だからこの離宮の...一階から上はともかく、地下にはエルスカインが認めてないヤツは誰一人として入らせてない、入れない。そんなところだろう >

三人で指通信というよりも、もはや『脳内会話』をしながら進んでいく。
こういう事が出来るようになった点でも魔力量の制限がほぼ無くなったのは有り難い。

四つ目の部屋の扉には鍵が掛かっていた。
鍵穴から中を覗くと真っ暗だ。
革袋から、エンジュの森では使わなかった『極細魔石ランプ』を取り出して明かりを灯し、鍵穴の奥に突っ込むと見事に部屋の中が照らし出される。
室内が視認できたところで即座に跳躍だ。

< シンシア、お前の造った極細魔石ランプの効果は抜群だぞ。これさえあれば鍵穴の向こうが真っ暗でも問題なく跳躍できる >
< 役に立って良かったです! >
< ねーお兄ちゃん、覗き見と盗み聞きの魔道具とか、鍵穴越しの侵入とか、身分証トークンの偽装とか、そーゆーのって勇者的にどーなんだろ? >

< そこだけ聞いてると俺たちって盗賊みたいだよな! ちょっと笑える>
< でも相手は魔物ですよ御姉様? >
< 確かにー! >
< シンシアの言う通りだな、手段を選べるような相手じゃ無い。とにかく中を調べよう >

物理的に扉を開かないと室内の明かりが点かないらしい。
指先に光魔法を灯して室内を照らしてみると、そこは部屋中にぎっしりと本棚が詰まった図書室だった。

< シンシア、ちょっと興味深いな? >
< え? えぇ、そうですね色々な本がありそうです...>
< 俺には良く分からないけど、やはり魔法関係の本が多そうだな >
< 順当ですよね >

シンシアにとっては宝の山だろうに、一生懸命に興味なさそうな素振りを演じようとするのが可愛い。

いまは本を眺めてる暇は無いとは言え、マリタンの事もあるし、古代の魔法関連書籍や『魔導書』にどんなものがあるか分からないからな・・・もしも必要だった時に又ここに来れるように、こっそり転移門を張っておこう。
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