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第七部:古き者たちの都
離宮の奥深くに
しおりを挟む「まずは転移門の片付けだな。どうすればいいんだパルレア?」
さっきローブの男二人を吸い込んだ転移門は、奇妙にねじれた空間の様な姿で存在していた。
シンシアが仕込んだニセの罠の紙そのものは床に落ちているんだけど、その上に出現している魔法陣は屋敷で見たものと違って、不気味に渦巻いた状態になっている。
転移門と空間が一緒に引きずられたようにねじれて、ぱっと見では、そこの空間そのものが歪んでいるみたいな不思議な感じだ。
「コレは任せてー。お兄ちゃんは部屋の隅から動かないでねー。もし変な挙動が始まったら危ないから」
「いやそれ、お前が危ないだろ?」
「へーき。空間の連結を切ってねじれを元に戻すだけだし、もしも手に負えなくなったら『虚無』に放り込んじゃうから」
「あー、まあそうか。でも証拠隠滅とかより、お前の安全第一でな?」
「はーい!」
見えない・・・俺には微かに見えてるけど・・・透明化しているパルレアが中途半端に開き掛けてねじれた転移門のところにフワフワと飛んでいき、その正面に向けて両手をかざす。
見ている間に、転移門のねじれが逆方向に回り出し、徐々に整った姿へと変貌していく。
空間の歪みが正されていくのと歩調を合わせて魔法陣も綺麗な円に収束し、なんの歪みも感じ取れなくなった瞬間、魔法陣が紙に吸い込まれるようにして消失した。
「これでダイジョーブ!」
「よし、良くやったぞパルレア!」
「えへー!」
「で、無限牢獄に取り込まれた二人はどうなったんだ? もうここには戻ってこないのか?」
「あの二人はねー、エルダンの大広間脇の『檻の中』に実体化してるよー」
「おおぅ、そういう事か...」
無限牢獄から出されたら、今度は物理的な檻の中、か・・・
本来の罠の方も、シンシアが仕掛けたニセの罠の方も、どちらも『出口』は、最初に銀ジョッキが飛び込んだって言うか、錬金術師が設定した檻の中だったからな。
「二人がすぐにここに戻ってくる心配は無いかな?」
「あの檻ってさー、鉄格子の鍵が閉まってるから出られないまま? でー、魔法も封じられてる状態だし、心は絶望してるし、しばらく無気力に座ってると思う。まー、どーせホムンクルスだろうから飢え死にするとか無いんじゃないかなー?」
「なら放置でいいか。どうするかは後で考えよう」
「だねー!」
転移門が消えた後の床に落ちていた、シンシアの造ったニセの罠の紙を拾ってポケットに仕舞う。
さて、とにかく離宮には入り込めたし、ローブの男達の姿が消えた理由も証拠隠滅できた。
後は、どこまで調べられるかだな・・・
< シンシア。ねじれた転移門は消去して、シンシアの造ったニセの罠も回収したからもう大丈夫だ >
< はい御兄様! ですが...やはり、すぐには戻られないのですか? 罠の痕跡はなくせたのですから、後は銀ジョッキに偵察させれば...>
シンシアの声が見るからに・・・じゃなくて声色だけで・・・心配そうなことがありありと伝わってきて心が痛む。
だけどせっかくのチャンスだし、出来れば銀ジョッキ自体も回収してから一緒に戻りたいんだよな。
それに銀ジョッキの視界もさほど広いとは言い難いし、実は弱点もあるからね。
やはり今回は自分の目で確認してみたいのだ。
< 折角だから少し自分の目で探ってみたいんだ。まあ、あまり深入りはしないつもりだから心配しなくていい >
< ...分かりました。では、私が銀ジョッキで先行して周囲の様子を窺います。御兄様は安全を確認した後から部屋を出て下さい >
< よし、頼んだ >
< まず廊下を確認します >
俺もパルレアも不可視の結界で姿を隠しているけれど、エルスカインのお膝元で油断は禁物だ。
シンシアが俺たちの目にさえ見えない銀ジョッキを操作して行き先を偵察してくれるなら、敵に見つかる危険性はグンと減らす事が出来るだろう。
< 今のところ、廊下には誰もいません。明かりは点いています >
< 了解。室外に出るぞ >
部屋の外で何か物音がしないかを慎重に窺い、そっと扉を開けて廊下に顔を出す。
長い廊下には魔石ランプの明かりが点いているけれど、窓は無いっぽい。
まあ、窓があってもすでに暗くなってきてるから明かりは必要だろうけど、果たしてここが建物の中心部だから窓が無いのか、それとも地下だから窓が無いのか・・・
古い建物は魔石ランプの明かりに頼るよりも自然光を最大限に取り入れる方針だったものが多いので、大きな建物でも中庭が広かったり、棟が細く分かれてたりして、出来るだけ窓を多く設置できるように設計されている事が多い。
その点を考えると、この離宮が四百年ほど前に作られたまま増改築されてないのならば、ここが『地下』だという可能性が高いな。
< お兄ちゃん、調べるモノのアテはあるのー? >
パルレアも声を出さないように伝えてくる。
人気の無い、静かな廊下だ・・・いや静かすぎるだろうコレ。
まだ深夜にはほど遠いぞ?
< この廊下は幅が狭い。もう少し広い廊下がどこかにあるはずだ >
< 意味わかんないんだけどー? >
< あの徴税ゴーレムだよ。あんなデカいモノを転移門で送ってきてるとするなら、そこに繋がる廊下もタテヨコ大きいはずだからな >
< なるほどー! >
< だから、仮にここが地下だと仮定するなら、地上に繋がる大きな廊下の、その逆側にエルスカインの転移門があるような気がするんだ >
< おにーちゃんってば、天、才、! >
< 御兄様、どちら側に向かいますか? >
< まず、ここが地下かどうかだな。シンシアはどう思う? >
< 少し待っていて下さい >
< じゃあパルレア、今のうちに部屋に中に転移門を張っておいてくれ>
< ここでいーの? >
< あのローブの男達は、エルスカインに報告する前に自分たちの戦果を調べようとしてこの部屋に来てたんだ。それに室内には他に転移門は無さそうだから、彼らがエルダンと往復したのも別の部屋からだろう。つまりここは日頃はあまり使われてない...エルスカインの目が届いてない部屋だって気がするからな >
< あー、わかったー! >
パルレアが室内にステップストーンの新型転移門を張り終わると同時に、シンシアの声が戻って来た。
< 御兄様、その廊下の周囲をぐるりと銀ジョッキで調べましたけど、明かりの点いている部屋や人のいる部屋はありませんでした。廊下の壁の向こう側も多くは地中の様ですから、そこはきっと地下ですね >
< ありがとう >
< 次は? >
< じゃあシンシア、地上に繋がる廊下か階段に誘導してくれ。まずはそっちに行って、広い廊下が無いかを確認してみよう >
< 分かりました >
考えてみれば銀ジョッキは地中でも関係ないんだよな。
壁にぐいぐい銀ジョッキを突っ込ませて、何も見えなかったから土か岩の中ってことか・・・
< 御兄様、廊下に出たら右手の方に進んで下さい。突き当たりを左に折れると扉があって、その向こうはホールのように広くなっています >
< 了解だ! >
銀ジョッキを操るシンシアの誘導に従って、迷わず進んでいく。
なんという便利さ!
いや、安心安全な潜入なんだ!
もしも破邪時代に銀ジョッキが使えてたら、追跡中に逆に魔獣から待ち伏せされてるかも知れないっていうハラハラドキドキは、ほとんど味わわなくて済んだんだろうな・・・
< そこを左です >
< 奥に扉が見えたぞ >
< 少しお待ちを...扉を開けて下さい。いま向こう側には誰もいません >
< よし、入るぞ! >
ふと、以前ドラゴンに会いに行くためにシンシアと二人で荷馬車に乗って進みながら、『破邪と魔法使いっていう討伐パーティーも悪くない』なんて考えた事を思い出してしまった。
確かに、腕っこきの魔法使いにサポートされるのはこの上なく助かる話だ。
今朝、シンシアにあんな事を言われたせいかな?・・・
・・・そうだよ、あれはまだ今朝の事なんだよ!
マジで今日は密度が高い一日だよな!
もうルースランドに潜入して三日ぐらい経ってる気分なんだけど?
< 広い空間だな。本当にホールみたいだ >
< ですね。地下にホールって言うのは、ちょっと不思議です >
扉を開けてホールっぽい部屋に突入すると、そこは玄関ホールのような吹き抜けのある部屋だった。
地下に玄関ホール?
いや、転移門があるのも地下だろうし、おかしくは無いのかな?
部屋の両脇には普通の屋敷にあるような踊り場付きの階段が伸びていた。
階段は途中で二回折れ曲がっていて、その階段の長さから自分たちのいる場所がかなり地下深いのだという事が察せられる。
コレは怪しい。
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