上 下
571 / 912
第七部:古き者たちの都

呪い返しの帳尻

しおりを挟む

「えっと御兄様...その...」
「うん?」
「その、御兄様は日によって...その...いえ、なんでもありません!」
「シンシアちゃん、ドキドキーっ?」

恥ずかしがってる人を煽るなパルレア!
コレ全部、お前の要望で出した菓子類だってことは明白だぞ?

「そりゃ食べたいモノなんて日によって変わるさ」
「は?」
「行き掛かりで今日は俺も甘いモノばかりだったよ。ともかく、ミュルナさん達が徴税ゴーレムと魔銀のトークンについて面白い話を集めてきてくれたんだ」

「あぁぁ、やっぱり秘密がありましたか御兄様っ!」

早速シンシアが食いついてきたよ。
話題をお菓子の多さから逸らすのにも丁度いいからね!

「聞いて驚け。それも『とびっきり』だぞ?」

俺はゴーレムを製造している秘密工房が『離宮』の中にあるとされている事と、その経緯、そしてトークンに使用されている魔銀が普通のモノでは無く、刻印されている文字を魔道具で読み取れるように作られている専用のプレートだと言う事を二人に話した。

「これは予想通りでしたね御兄様...」

「ああ。あれは市民の管理と不審者の炙り出しを兼ねた仕組みだな。行く行くはソブリン市から他の都市や、最終的にはルースランド全体に広めていくつもりじゃ無いかな? 徴税には最高の仕組みだし、反逆者なんか出てもアッと言う間に探し出されるよ」

「それってさー、領民を『在庫管理』するってゆーコト?」
「ヒドい言い草だな!」

「そうですね御姉様。国民を資源として管理して...徴税ももちろんですけど、恐らく軍役や賦役ふえきに民を徴発することにも使われると思います。それに、徴税ゴーレムとトークン用の魔銀製造が王家の独占ですから、各地の領主達の実権も大幅に減っていくでしょう」

「じゃあ、やろうとしてる事は在庫管理と同じか。トークンを持ってない事が違法なんだから逃げ道は無いよな」
「その良し悪しは別として、凄い『仕組み』ですよね」

仕組み・・・仕組みかぁ・・・そうなんだよな。

いったん成立させたら個人の采配なんて関係なくなるし、誰でも何処でも、同じように実施して成果を得る事が出来るって訳だ。

かつてルースランド王家が破邪を『国が認定する免許制』にしようとして一悶着したって話を思い出した。
そりゃあ『魔獣使い側』にしてみれば、自分たちが使役する魔物や魔獣達にとって脅威になるかもしれない破邪なんて、ガッチリ管理下に置きたくて当然だろうとは思ったけど、あの話もトークンの活用が念頭にあったかもしれない。

あの一件は、幸い破邪という職業が、歴史的に国家の枠組みを超えて成立していたからこそ阻止できたのであって、もしもルースランド国内だけの組合的な存在だったら押し切られていたかもな・・・

「ねえお兄ちゃん。それってさー、きっと『ガラス箱と魔帳』みたいな感じじゃ無いのかなー?」

不意にパルレアの言葉で物思いが断ち切られた。

「え、それはどういう意味だパルレア?」

「だってさー、トークンに番号とか振って市民を在庫管理してる訳でしょー? だったら市民とか商人とか旅行者とかの、トークンの番号とオーラの波長?の組み合わせをぜーんぶ控えてるはずじゃん?」
「無論だな」
「徴税ゴーレムは幾つもあるんだから、それぞれが控えた内容を持ち寄って足し合わせないと全体が分からないじゃん? だったら、あの『魔帳ノート』みたいな魔道具もどっかにあって、その足し合わせって絶対ソレに控えてるよねー!」

「それもそうだな。つまり、あのガラス箱の帳簿には市民管理と同じ仕組みが使われてるってことか」
「ってゆーか、逆にガラス箱の管理を徴税に応用したって感じ?」
「おお、順番から行くとそうだな!」
「では、その『元帳』は離宮か王宮に保管されていそうですね」

「あるいは離宮にある転移門の先か、だな」
俺がそう言うと、シンシアの目が少し光った。

「その場合もしも...もしもエルスカインがルースランドという国家の枠組みとは無関係に領民達の情報を集めて管理しているとすれば...御兄様にはどういう理由が思いつきますか?」

「ソレを何に利用するつもりかってコトだよな?」

「はい。エルスカインは意味の無い事はしません。ルースランド王家を利用するための行動は取っても、長期的に王家や国に対して『貢献する』なんて考えられませんから」
「もっともだ」
「ですが、エルスカインにとって徴税の上前を撥ねるなんて些事のはずです。恐らく古代の魔法や魔道具を持ち出してまでやろうとする事では無いかと...」

「まさに『費用対効果が釣り合わない』って話だろ?」
「そうです」
「なら、そこまでの事をする理由があるし、釣り合う目的がある。さっきパルレアとシンシアが言ったことさ、『国民を資源にする』だよ」

「ですが、賦役の労働力なんてたかが知れてますよ? それに魔獣でもホムンクルスでもない、ごく普通の人族をエルスカインが自分の軍隊として動かすというのも無理があると思います。仮に、それでミルシュラントや近隣国に戦争を仕掛けるとしても、マトモな戦争が出来るとは...」

「違うよシンシア。俺が思ってるのは、本当に国民を『資源』にするってコトだ。もちろん、タダの思いつきだから具体的にどんな事かは分からないし、根拠も無いけどね」
「えぇっと...」
「なあシンシア。アンスロープを造り出したイークリプシャンと呪い返しで生まれたエルセリア、あのガラス箱、それに魔力の波に反応するトークンと、それを持たされてるソブリンの市民達...それ全部を混ぜ合わせて『古代の魔法』を注ぎ込んだら何が出てくるんだろう?」

「まさか!...」

シンシアのこんな表情は初めて見たかもしれない。
驚愕と、嫌悪と、それに恐怖が入り交じったような感じだ。
俺だって、自分で口にしておきながら嫌な気分になる。

だけど、さっきのパルレアの言葉で、なぜか思いついてしまったんだ。

ひょっとすると、人数合わせの『帳尻が合わない』はずのイークリプシャンとエルセリアの呪い返しの一件には、どこかに帳尻を合わせられる『インチキ』が隠れてるんじゃないかと・・・

「でもタダの思いつきだからね。別に根拠も無いし具体的に思い浮かべられる手段だって無いんだよ。もし、そんな狙いだったら嫌だなあって...まあ、そんな程度かな?」
「ですが、それは御兄様の『直感』ですよね?」
「うん...」
「私は御兄様の直感を信じます。具体的に何が起きるかはまだ想像が付きません。ですが、その御兄様の直感に従うならば『とても悪い事』が世界に起こりそうな気がします」

「まあな...さっきパルレアがソブリン市の人員管理とガラス箱の帳簿管理が同じだって言ったのを聞いて、なにかが繋がったように思えたんだ。ひょっとしたらエルスカインは意図的に呪い返しの『帳尻合わせ』を引き起こそうとしているのかも知れないって気がする」

それは我ながら不思議な思いつきだった。
非常識と言ってもいい。
確かに数の帳尻は合っていなかったけど、それは多すぎるんじゃ無くて逆だった。実際は『エルセリアの数が少なすぎた』のだと・・・

「ねぇ、お兄ちゃん。もしもお兄ちゃんの思ってるようなエッグイことをエルスカインが実現したらさー、ソブリンの人達はどーなっちゃうワケ?」

「身代わりって言うか人柱って言うか生け贄って言うか...例えばだけど、エルセリアに変容したイークリプシャン達を元に戻すために、あるいは、何処かのガラス箱に隠されているイークリプシャン達をエルセリアに変貌させずに外に出すために、その『魂』を利用するとか?」

「でも、それって数が逆じゃ無いのー?」

「いやパルレア、変容したエルセリアの数がアンスロープにされた人の数より多いって意味なら、それは逆なんだよ」
「えーっ?!」
「だってなパルレア、もしもイークリプシャンの一族って言うか『国民全員』が呪い返しを受けてエルセリアになったって言うのなら、逆にいまの世界にいるエルセリア族の数が少なすぎるように思うよ?」

「あれれっ? そうなのかなー?」

「同族だけでまとまって、他種族と関わらずに生きてきたから目立ってないって言うのはその通りなんだろうけど、それにしても少ない気がするんだ。遍歴でアチコチ歩いてた俺だって、リリアちゃんに出会うまではエルセリア族には親しい知人なんていなかったしね」

「最近では見掛ける機会も増えましたけど、街で同族集団を造るほどの団体は私も見た事がありません」

「じゃーさー、じゃーさー、終戦時に消えたイークリプシャンの人達は、実際はエルセリアにはなってなかったってコト?」

「そうだパルレア。だから戦争が終わった時に『イークリプシャンが一人残らず消えていた』という事と、『エルセリア族が生まれていた』ってのは事実だろうけど、それは決して『イークリプシャン全員がエルセリアに変容した』って事と同じじゃないんだ。分かるか?」

「へ?」

パルレアがきょとんとした表情になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

転生令嬢の幸福論

はなッぱち
ファンタジー
冒険者から英雄へ出世した婚約者に婚約破棄された商家の令嬢アリシアは、一途な想いを胸に人知の及ばぬ力を使い、自身を婚約破棄に追い込んだ女に転生を果たす。 復讐と執念が世界を救うかもしれない物語。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

エッケハルトのザマァ海賊団 〜金と仲間を求めてゆっくり成り上がる〜

スィグトーネ
ファンタジー
 一人の青年が、一角獣に戦いを挑もうとしていた。  青年の名はエッケハルト。数時間前にガンスーンチームをクビになった青年だった。  彼は何の特殊能力も生まれつき持たないノーアビリティと言われる冒険者で、仲間内からも無能扱いされていた。だから起死回生の一手を打つためには、どうしてもユニコーンに実力を認められて、パーティーに入ってもらうしかない。  当然のことながら、一角獣にも一角獣の都合があるため、両者はやがて戦いをすることになった。 ※この物語に登場するイラストは、AIイラストさんで作成したモノを使っています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

くじ引きで決められた転生者 ~スローライフを楽しんでって言ったのに邪神を討伐してほしいってどゆこと!?~

はなとすず
ファンタジー
僕の名前は高橋 悠真(たかはし ゆうま) 神々がくじ引きで決めた転生者。 「あなたは通り魔に襲われた7歳の女の子を庇い、亡くなりました。我々はその魂の清らかさに惹かれました。あなたはこの先どのような選択をし、どのように生きるのか知りたくなってしまったのです。ですがあなたは地球では消えてしまった存在。ですので異世界へ転生してください。我々はあなたに試練など与える気はありません。どうぞ、スローライフを楽しんで下さい」 って言ったのに!なんで邪神を討伐しないといけなくなったんだろう… まぁ、早く邪神を討伐して残りの人生はスローライフを楽しめばいいか

Crystal of Latir

ファンタジー
西暦2011年、大都市晃京に無数の悪魔が現れ 人々は混迷に覆われてしまう。 夜間の内に23区周辺は封鎖。 都内在住の高校生、神来杜聖夜は奇襲を受ける寸前 3人の同級生に助けられ、原因とされる結晶 アンジェラスクリスタルを各地で回収するよう依頼。 街を解放するために協力を頼まれた。 だが、脅威は外だけでなく、内からによる事象も顕在。 人々は人知を超えた異質なる価値に魅入られ、 呼びかけられる何処の塊に囚われてゆく。 太陽と月の交わりが訪れる暦までに。 今作品は2019年9月より執筆開始したものです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。

処理中です...