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第七部:古き者たちの都
呪い返しの帳尻
しおりを挟む「えっと御兄様...その...」
「うん?」
「その、御兄様は日によって...その...いえ、なんでもありません!」
「シンシアちゃん、ドキドキーっ?」
恥ずかしがってる人を煽るなパルレア!
コレ全部、お前の要望で出した菓子類だってことは明白だぞ?
「そりゃ食べたいモノなんて日によって変わるさ」
「は?」
「行き掛かりで今日は俺も甘いモノばかりだったよ。ともかく、ミュルナさん達が徴税ゴーレムと魔銀のトークンについて面白い話を集めてきてくれたんだ」
「あぁぁ、やっぱり秘密がありましたか御兄様っ!」
早速シンシアが食いついてきたよ。
話題をお菓子の多さから逸らすのにも丁度いいからね!
「聞いて驚け。それも『とびっきり』だぞ?」
俺はゴーレムを製造している秘密工房が『離宮』の中にあるとされている事と、その経緯、そしてトークンに使用されている魔銀が普通のモノでは無く、刻印されている文字を魔道具で読み取れるように作られている専用のプレートだと言う事を二人に話した。
「これは予想通りでしたね御兄様...」
「ああ。あれは市民の管理と不審者の炙り出しを兼ねた仕組みだな。行く行くはソブリン市から他の都市や、最終的にはルースランド全体に広めていくつもりじゃ無いかな? 徴税には最高の仕組みだし、反逆者なんか出てもアッと言う間に探し出されるよ」
「それってさー、領民を『在庫管理』するってゆーコト?」
「ヒドい言い草だな!」
「そうですね御姉様。国民を資源として管理して...徴税ももちろんですけど、恐らく軍役や賦役に民を徴発することにも使われると思います。それに、徴税ゴーレムとトークン用の魔銀製造が王家の独占ですから、各地の領主達の実権も大幅に減っていくでしょう」
「じゃあ、やろうとしてる事は在庫管理と同じか。トークンを持ってない事が違法なんだから逃げ道は無いよな」
「その良し悪しは別として、凄い『仕組み』ですよね」
仕組み・・・仕組みかぁ・・・そうなんだよな。
いったん成立させたら個人の采配なんて関係なくなるし、誰でも何処でも、同じように実施して成果を得る事が出来るって訳だ。
かつてルースランド王家が破邪を『国が認定する免許制』にしようとして一悶着したって話を思い出した。
そりゃあ『魔獣使い側』にしてみれば、自分たちが使役する魔物や魔獣達にとって脅威になるかもしれない破邪なんて、ガッチリ管理下に置きたくて当然だろうとは思ったけど、あの話もトークンの活用が念頭にあったかもしれない。
あの一件は、幸い破邪という職業が、歴史的に国家の枠組みを超えて成立していたからこそ阻止できたのであって、もしもルースランド国内だけの組合的な存在だったら押し切られていたかもな・・・
「ねえお兄ちゃん。それってさー、きっと『ガラス箱と魔帳』みたいな感じじゃ無いのかなー?」
不意にパルレアの言葉で物思いが断ち切られた。
「え、それはどういう意味だパルレア?」
「だってさー、トークンに番号とか振って市民を在庫管理してる訳でしょー? だったら市民とか商人とか旅行者とかの、トークンの番号とオーラの波長?の組み合わせをぜーんぶ控えてるはずじゃん?」
「無論だな」
「徴税ゴーレムは幾つもあるんだから、それぞれが控えた内容を持ち寄って足し合わせないと全体が分からないじゃん? だったら、あの『魔帳』みたいな魔道具もどっかにあって、その足し合わせって絶対ソレに控えてるよねー!」
「それもそうだな。つまり、あのガラス箱の帳簿には市民管理と同じ仕組みが使われてるってことか」
「ってゆーか、逆にガラス箱の管理を徴税に応用したって感じ?」
「おお、順番から行くとそうだな!」
「では、その『元帳』は離宮か王宮に保管されていそうですね」
「あるいは離宮にある転移門の先か、だな」
俺がそう言うと、シンシアの目が少し光った。
「その場合もしも...もしもエルスカインがルースランドという国家の枠組みとは無関係に領民達の情報を集めて管理しているとすれば...御兄様にはどういう理由が思いつきますか?」
「ソレを何に利用するつもりかってコトだよな?」
「はい。エルスカインは意味の無い事はしません。ルースランド王家を利用するための行動は取っても、長期的に王家や国に対して『貢献する』なんて考えられませんから」
「もっともだ」
「ですが、エルスカインにとって徴税の上前を撥ねるなんて些事のはずです。恐らく古代の魔法や魔道具を持ち出してまでやろうとする事では無いかと...」
「まさに『費用対効果が釣り合わない』って話だろ?」
「そうです」
「なら、そこまでの事をする理由があるし、釣り合う目的がある。さっきパルレアとシンシアが言ったことさ、『国民を資源にする』だよ」
「ですが、賦役の労働力なんてたかが知れてますよ? それに魔獣でもホムンクルスでもない、ごく普通の人族をエルスカインが自分の軍隊として動かすというのも無理があると思います。仮に、それでミルシュラントや近隣国に戦争を仕掛けるとしても、マトモな戦争が出来るとは...」
「違うよシンシア。俺が思ってるのは、本当に国民を『資源』にするってコトだ。もちろん、タダの思いつきだから具体的にどんな事かは分からないし、根拠も無いけどね」
「えぇっと...」
「なあシンシア。アンスロープを造り出したイークリプシャンと呪い返しで生まれたエルセリア、あのガラス箱、それに魔力の波に反応するトークンと、それを持たされてるソブリンの市民達...それ全部を混ぜ合わせて『古代の魔法』を注ぎ込んだら何が出てくるんだろう?」
「まさか!...」
シンシアのこんな表情は初めて見たかもしれない。
驚愕と、嫌悪と、それに恐怖が入り交じったような感じだ。
俺だって、自分で口にしておきながら嫌な気分になる。
だけど、さっきのパルレアの言葉で、なぜか思いついてしまったんだ。
ひょっとすると、人数合わせの『帳尻が合わない』はずのイークリプシャンとエルセリアの呪い返しの一件には、どこかに帳尻を合わせられる『インチキ』が隠れてるんじゃないかと・・・
「でもタダの思いつきだからね。別に根拠も無いし具体的に思い浮かべられる手段だって無いんだよ。もし、そんな狙いだったら嫌だなあって...まあ、そんな程度かな?」
「ですが、それは御兄様の『直感』ですよね?」
「うん...」
「私は御兄様の直感を信じます。具体的に何が起きるかはまだ想像が付きません。ですが、その御兄様の直感に従うならば『とても悪い事』が世界に起こりそうな気がします」
「まあな...さっきパルレアがソブリン市の人員管理とガラス箱の帳簿管理が同じだって言ったのを聞いて、なにかが繋がったように思えたんだ。ひょっとしたらエルスカインは意図的に呪い返しの『帳尻合わせ』を引き起こそうとしているのかも知れないって気がする」
それは我ながら不思議な思いつきだった。
非常識と言ってもいい。
確かに数の帳尻は合っていなかったけど、それは多すぎるんじゃ無くて逆だった。実際は『エルセリアの数が少なすぎた』のだと・・・
「ねぇ、お兄ちゃん。もしもお兄ちゃんの思ってるようなエッグイことをエルスカインが実現したらさー、ソブリンの人達はどーなっちゃうワケ?」
「身代わりって言うか人柱って言うか生け贄って言うか...例えばだけど、エルセリアに変容したイークリプシャン達を元に戻すために、あるいは、何処かのガラス箱に隠されているイークリプシャン達をエルセリアに変貌させずに外に出すために、その『魂』を利用するとか?」
「でも、それって数が逆じゃ無いのー?」
「いやパルレア、変容したエルセリアの数がアンスロープにされた人の数より多いって意味なら、それは逆なんだよ」
「えーっ?!」
「だってなパルレア、もしもイークリプシャンの一族って言うか『国民全員』が呪い返しを受けてエルセリアになったって言うのなら、逆にいまの世界にいるエルセリア族の数が少なすぎるように思うよ?」
「あれれっ? そうなのかなー?」
「同族だけでまとまって、他種族と関わらずに生きてきたから目立ってないって言うのはその通りなんだろうけど、それにしても少ない気がするんだ。遍歴でアチコチ歩いてた俺だって、リリアちゃんに出会うまではエルセリア族には親しい知人なんていなかったしね」
「最近では見掛ける機会も増えましたけど、街で同族集団を造るほどの団体は私も見た事がありません」
「じゃーさー、じゃーさー、終戦時に消えたイークリプシャンの人達は、実際はエルセリアにはなってなかったってコト?」
「そうだパルレア。だから戦争が終わった時に『イークリプシャンが一人残らず消えていた』という事と、『エルセリア族が生まれていた』ってのは事実だろうけど、それは決して『イークリプシャン全員がエルセリアに変容した』って事と同じじゃないんだ。分かるか?」
「へ?」
パルレアがきょとんとした表情になった。
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