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第七部:古き者たちの都
離宮の秘密
しおりを挟む一階に上がって玄関ホールの転移門からソブリンの宿屋に戻ると、アプレイスはベッドにゴロリと横になって窓の外を眺めていた。
マリタンはテーブルの上だ。
「おう、戻ったかライノ。二人はどうした?」
「屋敷の地下でスタンバイしてるよ。あのローブの男達が動き次第、ここに跳んでくる予定だ」
「そうか。ついさっき、ヨハルって言ったか? あのピクシーの男が来て伝言を残していったぞ。なんでも『徴収器のことを知っている人物が見つかったから話を聞きに行きます』だそうだ」
仕事が早いな!
情報を得るためにミュルナさん達が無茶をしてなければいいけど・・・
それにしても、探知地図の三角形を作って離宮の位置を探り出したのが今朝早くの事で、それからコリガンとピクシーの人達に会い、一緒にソブリンに入ったのがお昼前。
昼食代わりの揚げ菓子を食べながら宿屋を探して歩き、無事に部屋を借りられたのが昼過ぎだった。
それから屋敷に行ってエルダンを探り、また宿屋に戻ってきて・・・
別にお腹が空いてるとか疲弊してるとかでも無いけど、この二日間の怒濤の展開でちょっと息切れしそう。
「ライノさん?」
どうでもいい事をボーッと考えていたら、窓際から静かに声を掛けられた。
姿を消したままのヨハル青年が外に浮かんでいる。
そっか、この部屋は二階だったな。
真っ昼間にコリガンの人達が外からジャンプして上がってくるのは人目に付きかねないから、ピクシーの彼が連絡係を受け持ってくれるのは有り難い。
「ヨハルさん、どうぞ中へ」
「はい」
「静音の結界を張ってありますから声を落とす必要は無いですよ?」
「おお、それは凄いですね。承知しました。で、ミュルナさん達が手分けして徴収器の事を軽く調べたのですが、思いがけない事が分かりましたので、まず先にお知らせしておこうと」
「ほう?」
アプレイスも興味を持ったのか、ベッドの上で上体を起こしてこちらに向き直った。
マリタンは自力で向きを変えられないから、視線だけこちらに向けているのが分かる・・・なぜ分かるかと聞かれても困るが。
「あの徴収器ですが、最初に作られたのは二百年ほど前で、まず貴族家の方々に特別な通行証を発行するというモノだったそうです」
「通行証?」
「なあ貴族にそんなの必要か?」
「それが王宮内部に自由に出入りできるという通行証で、いわば特権階級の証のような...上級貴族達が自分の特別さをひけらかすためにこぞって手に入れて、むしろ目立つように持ち歩いていたそうです。相当な金額だったらしいですね」
なるほど、王家の特権状販売みたいなモノか。
王家にとっては良い収入になるし、貴族達にとっては自分が王家と近しいことを示すステータスシンボルになる訳だ。
「数十年後には議会の構成員にまで対象が拡大され、今度は逆に議事堂に出入りするために必須の身分証となったそうです。更にその数十年後にソブリン市に在住する市民の身分証として使われるようになり、最近は市壁を出入りする人々から入市税を徴収するためにも使われるようになったと」
「どんどん適用対象を広げてる訳ですね」
「そうなんですよ! いまは大人だけですけど、噂では数年後には子供にも全員身分証と入市税のトークンを持たせるって話も出てるそうです」
おお、そうなるとアトルの森のコリガン達には、ちょっと面倒臭い事態になるな・・・
「ところでヨハルさん、最初の身分証が作られたのが二百年前って...それって、ちょうど王宮が移転して『旧王宮』が『離宮』の扱いに変わった時ですよね?」
「ええ。当時、貴族向け身分証の発行で得た収入は、新しい王宮の建設費の一部として回されたという話でした」
「徴収器はずっと同じ工房が作り続けてるんですか?」
「それなのですが...王家直属の職人にしか作る事を許されておらず、その秘技も厳しく持ち出しを禁止されているそうです。実際に誰が作っているのかも極秘で、徴収器に関わっている職人の事は誰も知りません」
徹底してるな。
まあシンシアの予想通りの機能を持たせているとしたら、当然の秘密保持体制なんだろうけど・・・
「じゃあ、徴収器を作っている工房の場所も知られてないのかな?」
「いえ、徴収器の工房は離宮の中にあるそうです」
「そうきた!」
「徴収器は最初から離宮...当初は王宮でしたが、その中に置かれている秘密工房で製作されているらしく、誰にも詳しいことが知らされていません。ただ、出来上がった徴収器は離宮から運び出されてくるし、たまに調整や修理の必要があると、やはり離宮の中に運び込まれていくそうですよ」
「じゃあ、その秘密工房を造るために元王宮を増築か改築するって事で、新しい場所に王宮を移したんですね?」
「いえ、中は分かりませんが、建物自体はいまでも最初に建造された時のままだそうです」
「なるほどね...ところでミュルナさん達はいまどちらへ?」
無茶なことをしてなければいいけど。
「工房の中は探れないと言う事が分かりましたので、別のアプローチという事で魔銀の精錬工房へ向かいました」
「魔銀の?」
思わず自分の買ったトークンをポケットから引き出してまじまじと眺めてみる。
『破邪の印』と同じような魔銀を使っているっぽいし、魔銀自体はどうと言う事の無い魔法素材だ。
これに何か秘密や特徴が有るとは思えないんだけど・・・
「トークンに使われている魔銀も、決まった工房で精錬されたモノしか購入されないのだそうです。最初はプレート自体も離宮の中の工房で作っていたらしいのですが、使用する量が年々増え続けているので、いまは数カ所の指定工房で精錬しているとか」
「なるほど...そこまで『指定』されてるってコトは、なにか魔銀の素材にも理由があるかも知れないって言う読みですね?」
「仰るとおりです。見て分かる事ではないかも知れませんが、一応調べてみようと」
「助かりますよ。ただ、くれぐれも無理はしないようにお願いしますね。ミュルナさん達にもお伝え下さい」
「かしこまりました。では、私も彼らと合流してきます」
そう言ってヨハル青年は再び窓から飛び出していった。
「なあライノ、いまの話を聞いてて思ったんだけどな?」
「なんだい?」
「工房なんて実際は離宮の中には無くて、徴税ゴーレムは転移門でどっかから送ってきてるってコトだよな?」
「たぶんな。職人だって離宮の中に一生閉じ込めておくって事でもしない限り、二百年もの間、誰が関わっているかさえ秘密にし続けるなんて出来ないさ」
「俺もそう思う。だけどライノ、あの徴税ゴーレムはデカいし、シンシア殿の魔道具造りの様子から見ても、あんなものをエルダンの地下で作ってたとも思えないんだよな。大広間以外じゃ、造ったモノを運び出すのさえ大変だろう?」
「それも同意だ。俺とパルレアが調べた限りじゃあ、エルダンに魔銀の備蓄なんて無かったし、さすがにあのサイズを手作りって言うのも厳しいだろう。どこかに本当の工房がある」
「そこがエルスカインの本拠地か?」
「可能性は高いな」
「もしそうだったらとして、だ。次はどういう手を打つ?」
「問題は地理的な位置だよな」
「ふむ...」
「兄者殿、それは転移門の繋がる先が『どこ』にあるって話かしら。ね?」
「そうだよマリタン。人がその場所に居を構えた事には、なにかしら経緯があるもんだ。歴史って言うと大袈裟だけど、それを読み解くのが相手を知るために重要だと思ってる」
「でも転移で移動している相手なら、常に居場所が決まっているとは限らない、のではないかしら?」
「確かに転移門で移動するなら何処にいようと関係ないとも思えるけど、エルスカインは遍歴破邪のように旅空で暮らすヤツじゃあ無い。勘だけど、アイツはそれほど...いや全然だな、自分の『巣』から動かないような気がするんだ」
シンシア流の表現を借りて、エルダンが『戦略物資の製造補給所』で、ソブリンが『前線指揮所』なら、エルスカインのいるところは『指令本部』か、あるいは『王の城』か・・・
「エルスカインの転移門の基準点はラファレリアだったから、それが偽装じゃ無くて事実なら、彼らの本拠地かもしれない。あと、ポルセトのウルベディヴィオラも調べてみたいし、リリアちゃんの出自も不明瞭なままだろ。候補地は色々あるよ」
「まあエルダンのガラス箱の件も有るしな?」
「だから色々考えると、次にどう動くか悩ましいところだって思うんだ。暴れてすむならいっそ楽かもしれないけど」
「え、なんでだよライノ? どこだろうと本拠地を叩いてエルスカインを消滅させれば、終わりは終わり、だろ?」
アプレイスがきょとんとした顔をして聞いてくる。
それはそうなんだけど・・・
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