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第七部:古き者たちの都

入市税徴収ゴーレム?

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もちろん、市壁内に住所を持っている領民は身分証で肩代わりできるので購入不要だし、『物品税』も無いので、市内への商品の持ち込みや持ち出しには税金は掛からない。
だが万が一、市内で共和国軍兵士・・・ミルシュラントで言う治安部隊兵士の臨検にあった時に、トークンも身分証も持っていなければ即逮捕、だそうだ。

「ミュルナさん、市民が持っている身分証って言うのはどんなモノなんですか?」

「有効期限の長いトークンのようなモノです。成人にしか発行されませんが、年に一度、人頭税と居住税の支払いをすれば受け取る事が出来ます」

「それが身分証と徴税証明を兼ねてるって訳ですね」
「左様でございます」
「でも、人に掛かる税金と家に掛かる税金が別なんですか?」
「はい。住まいの方は借家であろうと持ち家であろうと、広さと部屋数で課税されますので」
「あ、なるほど」

「逆に言えば未成年は身分証を発行して貰えませんので、独立して大きな商いを行ったり、家を借りる事も出来ません。誰か庇護者、つまり人頭税の支払者でもある大人の後ろ盾が必要になります」
「じゃあ孤児の子とかは?」
「市内ではあまり見掛けませんね。国で扶養する仕組みがあると聞いた事はございますが」
「へぇー、いいじゃないですか!」
「その代わり、働ける年齢になると国が定めた職業に就く事を強制されるという話です。共和国軍や開拓団などだそうですが」

それは...痛し痒しか?
でも幼い身で路頭に迷ったり飢え死ぬよりはいい気がする。

「そういう、身分証が必要な話になった時には、コリガンの人はどうしてるんですか?」
「市内にはコリガンの存在を知る協力者がおりますので、その方に幾ばくかの謝礼をお支払いすれば融通を利かせて貰えます。それに、ちょっとした事であれば普通通りトークンを買えば済む話ですし」

「なるほど...」

さすがにこの土地で長く暮らしているだけあって、色々な伝手や手段は持っているようだね。

ミルシュラントに来て以来、通行税だの入市税だのの類いとはトンとご無沙汰だったけど、世界的には通行税的なモノを取らない国や領主の方が少数派だ。

関所や橋、渡し舟、ありとあらゆるトコロで税を取ろうと手ぐすね引いている。
あるいは、そういう場所での仕事を免状制にしたり特権状の販売を税収代わりにしているか・・・
市壁の無い場所だって荷物を積んだ馬車は街道を外れる訳に行かないから、通用門一つで徴税できる。

ま、やり過ぎると地域の経済が悪化して逆に衰退しちゃうワケだけど、愚かな領主ほど『目前の現金』につられて税収を上げたがるものだ。

それにミルシュラントだって通行税を撤廃して各地での商売や貿易を活性化させる代わりに、その売り買いやら倉庫の保管やら色々なところで税を取っているし、免状制の商いや組合で一括して納税するものも多い。
税収なしで国は維持できないし、産業が多様化すれば農産物から徴税していれば済むって話でもないから、そこら辺は君主の考え方次第だな。
なんで有れ『金は必要』なのだから。

ただソブリンの場合、入市税さえ払えば出入りで身元確認が行われないのは有り難い話だ。
なんと言っても、いまの俺たちって『不法入国者』だもの!

そしてミルシュラントとの違い、その二。
酒に関する事が全て免許制。

組合が厳しいとかそう言う話かと思ったら違っていて、酒に関するモノはすべて国の管轄なんだそうだ。
醸造するのも売るのも、どちらも免状が居る。
さすがに飲むのは自由だろうと思ったけど、酒を買う時には量に関わらずトークンか身分証が必要だから、事実上、子供は酒を飲めない。

「ええぇーっ、マジで?!」

ずっと大人しかったクセに、いきなり驚くなよパルレア。
って言うかお前、一体ソブリンに何をしに行くつもりだった?

「ちなみに酒の製造が免許制ということに例外はありません。自分で飲む分を自宅で作るとか、飯屋が客に出すものを自前で用意するといった事も禁止です。免状を受けた醸造職人が作ったもの以外の酒がソブリン市内にあってはいけない、という意味です」

「ほぇ...それはまた厳しいですね」
「酒造や酒の売り買いには税が掛かるので、それを一切取りこぼさないため、ということだそうですね」
「なるほど」
「売っている酒を薄めたり、他の酒で割ったり混ぜたりして売る事も禁止です。これは自分で飲む分には構いませんが、それを店や飯屋で人に売ってはいけません。割って飲む方が美味しい酒は、のままの酒と割るモノを別に出し、飲む時に客が自分で混ぜる、というスタイルになっているそうです」

市中の酒が水増しされたら税収が減る訳か・・・
地方領主にも酒税を取る権限は与えられていないそうで、結構厳しいな。

「まあコリガンの方々は、里で自分たちのお酒を作るから関係ないでしょうね」

コリガン族は基本が狩猟採集民族だから、エンジュの森で出された酒は山の恵みを利用した果実酒の類いがメインだった。
エールっぽい飲み物も出されたけど、アレは恐らく草の種子なんかを発酵させたもので、その辺りから考えても大麦を原料にしたエールや蒸留酒の類いを森で自作するのは難しいだろう。

「ですが、街でしか手に入らない蒸留酒などを欲しい時には、先ほどお話しした『融通を利かせてくれる協力者』にお願いする訳です。
「あー、なるほど...」

例えコリガンであろうと酒飲みを止める術は無い、ってワケだな。

++++++++++

ひょっとしたらソブリン市はエルスカインの本拠地だっていう可能性もあるし、少なくとも重要拠点である事は明白だ。

用心して、少し手前の小さな街の郊外で密かにアプレイスに着地して貰い、そこから歩いて街へ。
その街からソブリンへは乗合馬車が出ていたので、『姿を隠して潜入するならともかく、トークンを買うのであれば乗合馬車の乗客である方が目立たない』というミュルナさんのアドバイスに従って、俺たち五人とミュルナさんはその馬車を使ってソブリンに入る事にした。

残りのコリガンとピクシーの人達は、いつも馬車を使わずにバラバラに歩いて門をくぐっているので、今回もその方式をとるそうだ。
馬車が着く門から内側に入ったところで待ち合わせるって段取りにして、いったん彼らとは別れる。

そこから馬車に揺られて半刻ほどで、街道の先にソブリンの市壁が見えてきた。

シンシアに教えて貰った話によると、この市壁が作られたのはルースランド共和国の成立前、ソブリンが自由都市・・・いわゆる都市国家の一つとして権勢を誇っていた時代だそうだから、ざっと四百年以上は前の事になる。
最終的に大戦争の荒波に飲み込まれたソブリン市は疲弊して内紛状態に陥り、現ルースランド王家の軍に開城して現在に至る、と。

どうせ、その『内紛状態』だってエルスカインの陰謀だろうって気がしないでも無いけどね・・・

「アレが入市税の徴収器ですか、思っていたものより凄いです!」

シンシアが市壁に近づく馬車の席上から、門の脇に立っている見上げるほど大きな徴収器の姿に感嘆の声を上げた。
俺たちはなんとなく気分で、自立して作動する魔道具を『○○ゴーレム』なんて呼ぶけれど、コイツに手足を付ければホントに古代のゴーレムみたいな雰囲気になるだろう。
遠目に見てもそれぐらい、デカくてゴツい箱。
まさに『入市税徴収ゴーレム』だな。

前面には硬貨を投入する場所があって、入市税分のお金をそこに投入すると替わりに滞在証となるトークンが出てくるそうだ。

「入市税代金の確認までは人手なんですね」
俺がそう呟くと、ミュルナさんが脇からそっと囁いた。

「昔はそれも自動で来訪者が自分で入れるようになっていたそうですが、市に出入りする人が増えてくると、硬貨の代わりにヘンなモノを入れて入市税を誤魔化そうとする人が続出するようになって、いったん係員が正当な硬貨かを確認する方法に改められたと聞きました」

「そんなことで税金をちょろまかされたりしたら堪らないもんな。変なモノを入れられたら徴収器が壊れないとも限らないし」

「いえ、この徴収器自体には、硬貨を見分ける力があるのだそうです。だから、おかしな振る舞いをする者はすぐにその場で捕まえられたそうなんですけどね」
「なにがダメだったの?」
「捕縛しなければならない違反者が増えすぎて、面倒になったとか...」
「あー...」
「それに結局、捕縛して罰金を取ったところで入市者の列を滞らせるだけにしかならないので、いまの方法に」

なるほど・・・まあ人って、そんなもんだろうね。
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