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第七部:古き者たちの都
再びルースランドへ
しおりを挟む転移した先の草原のど真ん中でアプレイスがドラゴン姿に変身したけれど、それを見ているモノは周囲に誰もいない。
ハッキリ言って無人地帯。
シンシアの説明によると、この辺りはキャプラ公領地の中でもルースランドに近い事と同時に、水源となるキャプラ川からも遠いせいで、農地開拓があまり進んでいないエリアなんだそうだ。
要は乾燥地帯だな。
ここまでは転移で一瞬だったけど、ここからソブリンまでの距離は地図で見る限り、王都キュリス・サングリアからフォーフェンまでよりも遠い。
如何にアプレイスの翼と言えど、この時間から飛ぶのなら途中のどこかで一泊することになる。
いつも通りにシンシアを抱きかかえてアプレイスの背中に飛び上がると、そのシンシアに抱きかかえられているマリタンが声を出した。
「シンシア様、ふゆぅ...」
「その件はいいですマリタンさん!」
「ん、どうした?」
「なんでもありません御兄様。これからルースランドに入国したらまずは何処へ向かいますか?」
「ぶっちゃけ、俺はルースランドって一度も入国したことが無いから、聞いた話でしか知らないんだよな...」
「この前、みんなで入国したばかりじゃねえか?」
「アレは入国とは言わないだろう、入国とは!」
なにしろ夜闇に紛れての『侵入』だからな。
しかもミルシュラント公国君主の一人娘・・・もしも公式発表したら大公位継承権第一位のシンシアが一緒だったんだから、『侵略』と言われても反論できない感じだよ。
表沙汰になることは絶対に無いけどさ。
「私もルースランドについては、父上と母上から教わった以上のことは知らないのです。もちろん先日の件以外で訪れた経験もありませんし...」
「まあシンシア殿が行く理由は無いよな」
「アタシもー!」
「お前が行ってたら別の意味で驚くわ」
「えー」
「シンシアも正式にジュリアス卿の娘だって事を公示してたら、親の代理で外交に行くとかあったかもしれないけどね」
「いえ、父上の場合そういうのは無かったと思います。私が言うのも変ですけど、どちらかと言うと父上は『貴族的な外交』とか『家同士の関係造りの婚姻』とか、むしろ大嫌いっていう方ですから」
「あー、分かるよ...」
そりゃ、ジュリアス卿だもんなあ・・・
「結局はライノ、ルースランドの土地に詳しいメンツはここに誰もいないって事だよな?」
「そうなるな」
「じゃあ、今夜の停泊地は俺が雰囲気で選んでいいか? なんなら一晩中飛び続けても構わないけど?」
「いまから飛び続けてもソブリンを越えるのはきっと夜明け前ぐらいだろう? だったら今夜はギリギリのところで停泊して、数刻でもいいからゆっくり身体を伸ばそう。どうせ今夜の間に露呈するかしないか決まるくらいなら、夜明けまでの数刻を焦っても大差ないよ」
「そうですね、真っ暗な中では位置の確認も難しいですし」
探知魔法の露呈リスクを考えると、早ければ早いほどいいのは事実なんだけど、明け方の数刻で勝負が決まる可能性は低いと思える。
それに、ここ最近ずっと寝不足気味だったシンシアが心配だ。
場合によっては、ルースランド国内で探知を行う際に個別に単独行動する可能性も出てくるだろう。
パルレアとは違う意味で『世間に疎い』シンシアには迂闊な行動を取って欲しくないし、少しは休養して頭をスッキリさせてやりたい。
「了解だライノ!」
アプレイスが大きく優雅に翼を羽ばたかせて飛び上がった。
いつ見ても惚れ惚れするような勇姿だけど、中身を知らない人にとっては畏怖、いやむしろ恐怖の対象なんだよなあ・・・
中身は昼寝好きでロマンティストなドラゴンなんだけど。
「それで御兄様、探知魔法の分担なのですけれど...あのローブを着た男性がソブリン近郊にいると仮定して、私たちが囲むにはこのくらいの距離感が適切だと思われます」
シンシアが持ってきたルースランドの地図を広げて指差してくれる。
ソブリンを中心にした正三角形の、指差したそれぞれの頂点には一応、街か村があるようだ。
「なあシンシア、探知魔法を掛けるのは街や村の近くよりも周りに人が居ない場所の方がいいんじゃ無いか? そこまではアプレイスに運んで貰う訳だし、不可視結界があると言っても、その方が場所選びも悩まなくて済むだろ?」
「そうなのですけど、勝手の分からない土地ですから、目印になるモノがなにも無いのも厳しいかと...」
「ああ、そうか。アプレイスも初めて来た山や草原のど真ん中で降ろして、また迎えに来いって言われても探しにくいよな?」
「ええ、最後は指通信で連絡を取り合えばなんとかなるとは思いますけど、街や村を目印にして、そこから少し離れた場所に降ろして貰うのが良いかと思います」
「了解だよシンシア」
「では、そう言う選び方にします。実際の着陸地点は、私が地図と方位を見比べながらアプレイスさんに教えますね」
「頼んだよシンシア殿。俺は言われたとおりに飛ぶからな」
「そうしますと、まず最初に御兄様と御姉様に降りていただき、次に私とマリタンさん、最後にアプレイスさんには大まかな目印と飛行時間をお伝えしておきますので、それで目星を付けて下さい」
「あー、それなんだけどねー、シンシアちゃん?」
「はい、なんでしょう御姉様」
「アタシとしては、シンシアちゃんにはルースランドの中ではお兄ちゃんと一緒に行動して欲しーのだけど?」
「えっ! でも二カ所だと探知の精度が...」
「だーから、もちろん一カ所はアタシが受け持つわよ。どーせ不可視結界もあるんだし固有魔法もあるんだからピクシー姿でもコリガン姿でもだいじょーぶ!」
「ですが...」
「だってさー、シンシアちゃんって世間に疎いし、あんまり庶民と会話したこととかなさそーだし、ましてや知らない外国の田舎に一人で放り出すなんて心配なワケよー。わかるでしょー?」
「そ、そうなんですか...」
なるほど・・・パルレアの言い分も正しいか。
俺にしてみればパルレアを一人にするのも心配と言えば心配だけど、イザとなった時の底力があることも知っている。
有る意味で何をしでかすか分からないとも言える、パルレアの向こう見ずな『はっちゃけぶり』を心配するのとは逆に、なんだかんだ言ってもシンシアは『お嬢様』だからなあ。
一人にしておくと、どっちの方が心配かって言うと・・・うん、どっちも?
実際のところ、シンシアは知恵も魔法の才能も凄いし、普通の相手ならとても太刀打ちできないほど膨大な魔力の持ち主だけど、それでどんな状況でも切り抜けられるかって言うと少々心許ない。
何より、他人の『悪意』に対して鈍感というか免疫が無いというか、アンスロープ並みに純朴なだけに、悪人に騙されたりする可能性は圧倒的に高いだろう。
ま、人としては良いことなんだけどさ・・・
「たしかになぁ...悩ましいところだけど、パルレアはホントに一人で大丈夫なのか?」
「モッチローン!」
「その返事が心配なんだよ!」
「えー!」
「まあ冗談はともかく、パルレアの言いたいことは分かるし、正直その点に関しては俺も心配だ。よし、ココはパルレアの意見に従ってシンシアは俺と一緒に行動しよう」
「それで良いのですか御姉様?」
「モッチローン!!」
「は、はい!」
探知の分担が決まったところで、早速シンシアは小箱から材料を取り出して、何やら作り始めた。
「それは、何を作ってるんだいシンシア」
「えっとですね。マリタンさんのストラップです」
「本のストラップ?」
「ええ、小箱に入って貰っている間は良いのですけど、腕に抱えていると、その...結構、筋肉に負担が来るので...マリタンさんを肩から下げられるようにしておこうかと」
「なるほどね」
「その方がうっかり取り落とすといった心配も無くなりますから。それに、このストラップは魔力で長さも調整できますし、防護メダルを付けられます。マリタンさんが自力で扱うのは少し難しいかも知れませんけど、工夫次第でなんとか出来ると思うんです」
「ああ、それはいいアイデアじゃないかな!」
「シンシア様はお優しいのですわ。わたくしを貴重な財産と認識なされて、傷つかないように配慮して下さっているのですね」
「ん、それは違うだろうマリタン?」
「どうしてですの? 兄者殿」
「シンシアはマリタンを財産だなんて目で見てないよ。仲間だと思ってるから大切にしようとしてるだけだ」
「え、あら...そうなのですか、シンシア様?」
「ええ、そうですよ? 私たちはもう仲間だと...昨日は御兄様とも、そうお話したつもりでしたけど?」
「え、えぇ、覚えておりますわ。シンシア様」
あれ、本が照れてる?
これまた珍しい光景だな・・・
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