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第六部:いにしえの遺構

エルダンからの帰還

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ドラゴン姿に戻ったアプレイスの背中に上がったのは、ここに降り立った時に較べると月の位置もかなり移動して、もう少しで東の空が色薄くなってくるだろうという頃合いだった。

「おいライノ、城砦の辺りを見て見ろ!」

背の上に腰を落ち着けた瞬間、ふいにアプレイスが低い声で言った。
誰かに聞かれないように声を潜めているという雰囲気だ。

「え?」

何事かと思って崖の上の城砦に目をやると、城の方向に向かって小さな光がうごめいているのが微かに分かった。
向きからすると、麓から西門へ向けて登っているコースだ。
光がチラチラして見えるのは、魔石ランプが歩廊の石垣に見え隠れてしていると言うことか・・・

まさか最後の最後に『人目の法則』が発動するとは、言ってた俺自身がビックリである。
タイミング的にも、階段を上って撤収していたら間違いなく途中の何処かで戦闘になっていただろうな。

「ライノよ、ありゃあ城砦へ向かってるよな」
「ああ、馬に乗って歩廊を進んでるんだろう」
「じゃあ新手か?」
「西からの一本道を上がって来たって事は、報告書にあった侵入者避けの結界を何事も無く通過してるって事だよ。この時間に営繕の職人が来る訳ないし、エルスカインの手下に違いないだろうね」

「よし、もう長居は無用だな」
「ああ、飛んでくれアプレイス!」
「了解だ!」

アプレイスが大きく、しかし静かに翼を羽ばたかせて飛び立った。

行きと同じように城砦周辺の山々を迂回し、大きな集落や街道を避けながらミルシュラントに向けて飛び続ける。
しばらく飛んだ後に街道を遠く離れた草原に着陸して貰い、そこで転移門を開いてようやっと屋敷への帰還だ。
まあ、エルスカイン相手は用心するに越したことはないからね。

++++++++++

「御兄様、魔導書の罠の解析と魔帳に入っているガラス箱のリストの解析、どちらを先に行いましょうか?」

屋敷の地下へと帰還してホッとした途端に、シンシアが急かすように聞いてきた。

「うーん、まずは魔導書の方かな?」
「でもおにーちゃん、ガラス箱の中にはひょっとしたらリリアちゃんのペンダントとカンケーしてるエルセリアの人も入ってるかも知れないんでしょー?」

「それはそうかもなんだけど、もしもガラス箱の中にエルセリアが入っていたとしても、早く救出した方がいいのか、それともエルスカインの企みの全容が分かるまでそっとしておいた方がいいのかも判断しづらいところだからな?」

「そっかー...」

「それに御姉様、もしも数千年前のエルセリアやアンスロープの方が眠っていたとしたら、その方々にとっての『今』は、ポルミサリア全体が荒廃した世界戦争の直後か、場合によっては戦争中だって可能性もあると思うんです」

「うわぁー、ソレは厄介よねー!」
「はい、まず状況を理解して貰うだけでも一苦労かもしれません...」

「俺たちの都合でいきなり起こされて、『いまの世界は平和です。でも次の危機が迫っているからエルスカインを倒すための情報を下さい』って感じだよな。意味わかんねぇって思うだろ、普通」

しかも、それらの人々が当時の基準では『エルスカイン側』の仲間だって言う可能性もあるのだ。

「そー考えると、ヤッパリ眠ってる理由も分かんない内に起こす訳にはいかないってことねー」
「そういうことだな」
「エルダンには次の手下が転移門を設置しに来た訳でしょうから、次回はこっそり入るという訳にもいかないでしょう。次に訪れる時は完全に城砦を占拠するつもりで行動しないといけないと思います」

「ああ。どのみちガラス箱を正しく開ける方法だってまだ分からないし、悩ましいけど直ぐにどうこう出来ないのも仕方ないよ。それよりも俺たちにまず出来ることを片付けていこう。」
「はい!」
「分かったー!」

「ところでライノ、もしかしたら魔導書に仕組んだ罠に捕らえられてる奴がいるかも知れないって言ってたじゃないか?」
「そうだな」
「で、それが闇エルフの一人だったりする可能性は無いのか?」

かもしれないけど、エルスカインとは無関係な錬金術師の商売敵が何百年も閉じ込められたままって可能性はないだろうか?
あるいは、単なる泥棒とかね。

「うーん、あの部屋を使っていた錬金術師のホムンクルスは、エルスカインの本来の仲間って言うか、眠っていた闇エルフの一族なんかじゃなくて、後世に...たぶんエルスカインが四百年ほど前に目覚めた後で、仲間にされてホムンクルスになった奴だと思うんだ」
「そうか?」
「太古の魔導書を罠に使ってたのは、つまりソレが『貴重品』だって意識があるからじゃないかな? 古代の人なら日用品とは言わないまでも、そこまで貴重品扱いしたかは怪しい気がするんだ。骨董品ってのはそういうもんだしね」

「あ! たしかにそうですね御兄様!」

「シンシア殿も思わず惹かれてたもんな!」
「はい、すみません...」
「別に悪くないさシンシア。俺は、あの本が貴重品だって知識がないからあの罠に反応しなかったってだけだ。アプレイスだってそうじゃないか?」

「同感だよ。俺は三人の間でのやり取りを知らなくて、あの魔帳ノートに気軽に触っただろ? もし罠の対象がドワーフとかで、あの魔帳に罠が仕掛けられてたら、俺が嵌まってる」
「そんなもんだ。だから罠として機能する」
「だよなあ」
「まあ、あの魔帳は日常的にガラス箱の管理に使ってるものだろう。アプレイスが触れたのは偶然だけど、幸い、罠を仕掛けるようなシロモノじゃなかったってコトだな」

「帳簿は自分一人しか扱わないモノじゃないってことか」

「ああ。それにあの錬金室は、間違いなく余所者がフラッと入ってくる心配の無い場所だぞアプレイス?」
「たしかにな」
「城砦地下に何人ぐらいのホムンクルスがいたのかは分からないけど、全員エルスカインの手下で、言うなれば同僚じゃないか。なのに自分の仕事場を荒らされないように罠を張ってたのか?...それがエルスカインの指示だとすればおかしいだろ?」

「言われてみれば、私も少しばかり奇妙な行いだと思います。あの場から盗み出しても外の世界に持っていって売り払う、なんて意味はないでしょうし...」

「だから、あの罠は錬金術ホムンクルスが自己裁量でやってたことだと思う。昔の習い性って奴でな...やってないと落ち着かないとか、そういうことかもしれないな」
「神経質だなぁ! 洞窟のドラゴンかよ」

「錬金術師ってのは魔法使いや魔道士以上に秘密が多いから、仕方が無い面もあるんだよ。特別な魔法の才能が足りて無くても、『レシピと素材と道具』さえあれば真似できることも色々ある。だから商売上の秘密を守ることに掛けては商人以上に敏感なのさ」
「なるほど...それで表舞台に出て来ないヤツが多いのか」
「まぁそんなもんだな」

ともかく、俺にとって接点があった『魂を持つホンモノのホムンクルス』であるカルヴィノやモリエール男爵を見た限りでは、ホンモノのホムンクルスには自由意志がある。

シーベル城で衝動的に姫様に襲いかかった事とは裏腹に、その後のカルヴィノは静かな男で、宣誓魔法で秘密を喋れない状態ながらも、出奔するかどうかを自分の意思で決めた。
逆にモリエール男爵は勝ち誇った気分で不要なことまでペラペラと喋ってくれたけど・・・
これらの件からすると、エルスカインの宣誓魔法があまり細かく行動を縛ってないことは確実だ。
強く縛り過ぎると臨機応変に動かせなくなってしまうからだろうな。

あの錬金室を預かっていたホムンクルスも恐らくは魂を持ったホンモノで、自分なりの考えをもってエルスカインに仕えていたはずだと思う。

「でもライノ、そうだとすれば錬金術ホムンクルスがあの部屋を預かるようになってから、実際に罠に掛かった奴なんていないんじゃないか?」

「かもしれない。アレを置いてあることが錬金術師の心の安寧になるってだけなら同僚か部下達に触るなと通達してあった可能性もある。でも、それがどこであれ、あの転移門は今もどこかに繋がってるんだ。エルスカインの拠点じゃなくても、ヒントにはなるだろう?」

「おおっ、それもそうだな!」

「錬金術師が自分の裁量で置いたとしても、転送先をエルスカインの影響下に設定してある可能性も高いからね。何よりも、『動かせる状態の転移門』そのものなんだよ」
「そうですよね! ここ数百年の近代の錬金術師が独力で転移門を扱えたはずが有りませんから」

「言われてみればそうか...それがエルスカインの配下になってから転移門を自由に扱えるようになり、魔導書の罠にも応用したと。そんなところかも?」

エルスカインの手下が想定通りの行動を取ってくれて、かつ、探知魔法が想定通り動けば、エルダンに続いて別の拠点を暴けるかも知れない。
エルダンの城砦はホムンクルスの製造と魔獣の保管、それに恐らくは古代のドラゴン奪取においても重要な施設だったことは明らかだけど、予想通り『エルスカイン本人の居場所』とは遙かに遠かった。

もしも俺たちの仕掛けた『罠』が上手く行ったら・・・今度こそ、こちらがエルスカインへの攻勢に転じる事が出来るだろう。
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