531 / 912
第六部:いにしえの遺構
エルダンからの帰還
しおりを挟むドラゴン姿に戻ったアプレイスの背中に上がったのは、ここに降り立った時に較べると月の位置もかなり移動して、もう少しで東の空が色薄くなってくるだろうという頃合いだった。
「おいライノ、城砦の辺りを見て見ろ!」
背の上に腰を落ち着けた瞬間、ふいにアプレイスが低い声で言った。
誰かに聞かれないように声を潜めているという雰囲気だ。
「え?」
何事かと思って崖の上の城砦に目をやると、城の方向に向かって小さな光がうごめいているのが微かに分かった。
向きからすると、麓から西門へ向けて登っているコースだ。
光がチラチラして見えるのは、魔石ランプが歩廊の石垣に見え隠れてしていると言うことか・・・
まさか最後の最後に『人目の法則』が発動するとは、言ってた俺自身がビックリである。
タイミング的にも、階段を上って撤収していたら間違いなく途中の何処かで戦闘になっていただろうな。
「ライノよ、ありゃあ城砦へ向かってるよな」
「ああ、馬に乗って歩廊を進んでるんだろう」
「じゃあ新手か?」
「西からの一本道を上がって来たって事は、報告書にあった侵入者避けの結界を何事も無く通過してるって事だよ。この時間に営繕の職人が来る訳ないし、エルスカインの手下に違いないだろうね」
「よし、もう長居は無用だな」
「ああ、飛んでくれアプレイス!」
「了解だ!」
アプレイスが大きく、しかし静かに翼を羽ばたかせて飛び立った。
行きと同じように城砦周辺の山々を迂回し、大きな集落や街道を避けながらミルシュラントに向けて飛び続ける。
しばらく飛んだ後に街道を遠く離れた草原に着陸して貰い、そこで転移門を開いてようやっと屋敷への帰還だ。
まあ、エルスカイン相手は用心するに越したことはないからね。
++++++++++
「御兄様、魔導書の罠の解析と魔帳に入っているガラス箱のリストの解析、どちらを先に行いましょうか?」
屋敷の地下へと帰還してホッとした途端に、シンシアが急かすように聞いてきた。
「うーん、まずは魔導書の方かな?」
「でもおにーちゃん、ガラス箱の中にはひょっとしたらリリアちゃんのペンダントとカンケーしてるエルセリアの人も入ってるかも知れないんでしょー?」
「それはそうかもなんだけど、もしもガラス箱の中にエルセリアが入っていたとしても、早く救出した方がいいのか、それともエルスカインの企みの全容が分かるまでそっとしておいた方がいいのかも判断しづらいところだからな?」
「そっかー...」
「それに御姉様、もしも数千年前のエルセリアやアンスロープの方が眠っていたとしたら、その方々にとっての『今』は、ポルミサリア全体が荒廃した世界戦争の直後か、場合によっては戦争中だって可能性もあると思うんです」
「うわぁー、ソレは厄介よねー!」
「はい、まず状況を理解して貰うだけでも一苦労かもしれません...」
「俺たちの都合でいきなり起こされて、『いまの世界は平和です。でも次の危機が迫っているからエルスカインを倒すための情報を下さい』って感じだよな。意味わかんねぇって思うだろ、普通」
しかも、それらの人々が当時の基準では『エルスカイン側』の仲間だって言う可能性もあるのだ。
「そー考えると、ヤッパリ眠ってる理由も分かんない内に起こす訳にはいかないってことねー」
「そういうことだな」
「エルダンには次の手下が転移門を設置しに来た訳でしょうから、次回はこっそり入るという訳にもいかないでしょう。次に訪れる時は完全に城砦を占拠するつもりで行動しないといけないと思います」
「ああ。どのみちガラス箱を正しく開ける方法だってまだ分からないし、悩ましいけど直ぐにどうこう出来ないのも仕方ないよ。それよりも俺たちにまず出来ることを片付けていこう。」
「はい!」
「分かったー!」
「ところでライノ、もしかしたら魔導書に仕組んだ罠に捕らえられてる奴がいるかも知れないって言ってたじゃないか?」
「そうだな」
「で、それが闇エルフの一人だったりする可能性は無いのか?」
かもしれないけど、エルスカインとは無関係な錬金術師の商売敵が何百年も閉じ込められたままって可能性はないだろうか?
あるいは、単なる泥棒とかね。
「うーん、あの部屋を使っていた錬金術師のホムンクルスは、エルスカインの本来の仲間って言うか、眠っていた闇エルフの一族なんかじゃなくて、後世に...たぶんエルスカインが四百年ほど前に目覚めた後で、仲間にされてホムンクルスになった奴だと思うんだ」
「そうか?」
「太古の魔導書を罠に使ってたのは、つまりソレが『貴重品』だって意識があるからじゃないかな? 古代の人なら日用品とは言わないまでも、そこまで貴重品扱いしたかは怪しい気がするんだ。骨董品ってのはそういうもんだしね」
「あ! たしかにそうですね御兄様!」
「シンシア殿も思わず惹かれてたもんな!」
「はい、すみません...」
「別に悪くないさシンシア。俺は、あの本が貴重品だって知識がないからあの罠に反応しなかったってだけだ。アプレイスだってそうじゃないか?」
「同感だよ。俺は三人の間でのやり取りを知らなくて、あの魔帳に気軽に触っただろ? もし罠の対象がドワーフとかで、あの魔帳に罠が仕掛けられてたら、俺が嵌まってる」
「そんなもんだ。だから罠として機能する」
「だよなあ」
「まあ、あの魔帳は日常的にガラス箱の管理に使ってるものだろう。アプレイスが触れたのは偶然だけど、幸い、罠を仕掛けるようなシロモノじゃなかったってコトだな」
「帳簿は自分一人しか扱わないモノじゃないってことか」
「ああ。それにあの錬金室は、間違いなく余所者がフラッと入ってくる心配の無い場所だぞアプレイス?」
「たしかにな」
「城砦地下に何人ぐらいのホムンクルスがいたのかは分からないけど、全員エルスカインの手下で、言うなれば同僚じゃないか。なのに自分の仕事場を荒らされないように罠を張ってたのか?...それがエルスカインの指示だとすればおかしいだろ?」
「言われてみれば、私も少しばかり奇妙な行いだと思います。あの場から盗み出しても外の世界に持っていって売り払う、なんて意味はないでしょうし...」
「だから、あの罠は錬金術ホムンクルスが自己裁量でやってたことだと思う。昔の習い性って奴でな...やってないと落ち着かないとか、そういうことかもしれないな」
「神経質だなぁ! 洞窟のドラゴンかよ」
「錬金術師ってのは魔法使いや魔道士以上に秘密が多いから、仕方が無い面もあるんだよ。特別な魔法の才能が足りて無くても、『レシピと素材と道具』さえあれば真似できることも色々ある。だから商売上の秘密を守ることに掛けては商人以上に敏感なのさ」
「なるほど...それで表舞台に出て来ないヤツが多いのか」
「まぁそんなもんだな」
ともかく、俺にとって接点があった『魂を持つホンモノのホムンクルス』であるカルヴィノやモリエール男爵を見た限りでは、ホンモノのホムンクルスには自由意志がある。
シーベル城で衝動的に姫様に襲いかかった事とは裏腹に、その後のカルヴィノは静かな男で、宣誓魔法で秘密を喋れない状態ながらも、出奔するかどうかを自分の意思で決めた。
逆にモリエール男爵は勝ち誇った気分で不要なことまでペラペラと喋ってくれたけど・・・
これらの件からすると、エルスカインの宣誓魔法があまり細かく行動を縛ってないことは確実だ。
強く縛り過ぎると臨機応変に動かせなくなってしまうからだろうな。
あの錬金室を預かっていたホムンクルスも恐らくは魂を持ったホンモノで、自分なりの考えをもってエルスカインに仕えていたはずだと思う。
「でもライノ、そうだとすれば錬金術ホムンクルスがあの部屋を預かるようになってから、実際に罠に掛かった奴なんていないんじゃないか?」
「かもしれない。アレを置いてあることが錬金術師の心の安寧になるってだけなら同僚か部下達に触るなと通達してあった可能性もある。でも、それがどこであれ、あの転移門は今もどこかに繋がってるんだ。エルスカインの拠点じゃなくても、ヒントにはなるだろう?」
「おおっ、それもそうだな!」
「錬金術師が自分の裁量で置いたとしても、転送先をエルスカインの影響下に設定してある可能性も高いからね。何よりも、『動かせる状態の転移門』そのものなんだよ」
「そうですよね! ここ数百年の近代の錬金術師が独力で転移門を扱えたはずが有りませんから」
「言われてみればそうか...それがエルスカインの配下になってから転移門を自由に扱えるようになり、魔導書の罠にも応用したと。そんなところかも?」
エルスカインの手下が想定通りの行動を取ってくれて、かつ、探知魔法が想定通り動けば、エルダンに続いて別の拠点を暴けるかも知れない。
エルダンの城砦はホムンクルスの製造と魔獣の保管、それに恐らくは古代のドラゴン奪取においても重要な施設だったことは明らかだけど、予想通り『エルスカイン本人の居場所』とは遙かに遠かった。
もしも俺たちの仕掛けた『罠』が上手く行ったら・・・今度こそ、こちらがエルスカインへの攻勢に転じる事が出来るだろう。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
転生令嬢の幸福論
はなッぱち
ファンタジー
冒険者から英雄へ出世した婚約者に婚約破棄された商家の令嬢アリシアは、一途な想いを胸に人知の及ばぬ力を使い、自身を婚約破棄に追い込んだ女に転生を果たす。
復讐と執念が世界を救うかもしれない物語。
僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~
SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。
ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。
『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』
『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』
そんな感じ。
『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。
隔週日曜日に更新予定。
エッケハルトのザマァ海賊団 〜金と仲間を求めてゆっくり成り上がる〜
スィグトーネ
ファンタジー
一人の青年が、一角獣に戦いを挑もうとしていた。
青年の名はエッケハルト。数時間前にガンスーンチームをクビになった青年だった。
彼は何の特殊能力も生まれつき持たないノーアビリティと言われる冒険者で、仲間内からも無能扱いされていた。だから起死回生の一手を打つためには、どうしてもユニコーンに実力を認められて、パーティーに入ってもらうしかない。
当然のことながら、一角獣にも一角獣の都合があるため、両者はやがて戦いをすることになった。
※この物語に登場するイラストは、AIイラストさんで作成したモノを使っています。
Another Of Life Game~僕のもう一つの物語~
神城弥生
ファンタジー
なろう小説サイトにて「HJ文庫2018」一次審査突破しました!!
皆様のおかげでなろうサイトで120万pv達成しました!
ありがとうございます!
VRMMOを造った山下グループの最高傑作「Another Of Life Game」。
山下哲二が、死ぬ間際に完成させたこのゲームに込めた思いとは・・・?
それでは皆様、AOLの世界をお楽しみ下さい!
毎週土曜日更新(偶に休み)
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
【祝・追放100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました!
高見南純平
ファンタジー
最弱ヒーラーのララクは、ついに冒険者パーティーを100回も追放されてしまう。しかし、そこで条件を満たしたことによって新スキルが覚醒!そのスキル内容は【今まで追放してきた冒険者のスキルを使えるようになる】というとんでもスキルだった!
ララクは、他人のスキルを組み合わせて超万能最強冒険者へと成り上がっていく!
異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件
有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる