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第六部:いにしえの遺構

地下を造った順番

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「それに、この設備が城砦の地下から離れた場所にまで、かなり広がっていることも不思議ですよね? ここは城砦の西門から麓へ降りる歩廊を進んだ先の地下になります。支配の魔法を使う『大広間』と魔獣を保管しておく『倉庫』をこんなに離したことには、なにか意味があるように思えます」

「城砦下の大広間を最初に作って、その後でこのガラス箱を保管する場所を掘り広げたんだろうけど、城が建ってるのは台地で三方は崖だから、掘り広げるとしたら山際に進むほか無いからな」

「それ以外の方向だと、崖を突き破っちゃうもんねー!」

「って言うか鉱山みたいなもんで、真下に掘り過ぎたら崩れ落ちやすくなる。補強も大変だし、広い部屋は作れないよ」

「となるとエルスカインは、当初はこんな広い地下施設を造るつもりじゃなかったって事だよな? ガラス箱の保管にどれだけの面積が必要かを分かってれば、わざわざ半島みたい台地の内部を掘り下げようなんて思わないだろう」

そのアプレイスの言葉を聞いて、一瞬、エルスカインがそんな行き当たりばったりな行動を取るだろうか?って言う疑問が頭を過ったけれど、次の瞬間にはシンシアがそれを否定した。

「いえアプレイスさん、これは推測なんですけど、私は逆の可能性もあると思うんです」
「逆って?」
「最初から地下に、この保管場所と大広間、それを繋ぐ通路があって、エルダンの城砦は本来、その入り口に過ぎなかったのでは無いかと」
「えーっ!」
「この地下基地ってか地下倉庫? みたいなのを地上の城砦よりも先に作ってたって言うのかい?」

「推測ですけど、その可能性があると思うんです」
「うーん。そう思う理由は?」

「アスワン様がお屋敷に顕現された時に、古来の人々は魔力の濃い場所を選んで住み着き、街を作っていたと仰っていました。その通り、古い都はエルスカインが大結界の頂点に選んだ位置にあります」

確かにメルス王国の王都アンケーンや、シュバリスマーク旧王朝の都サランディスがそうだし、リンスワルド領も古い王国のゲルトリンクが隆盛りゅうせいを誇っていた場所にある。
ここもそういう場所だってことなのか?

「アプレイスさんに乗せて貰ってここまで飛んでくる途中でも、奔流の魔力が地表に濃く滲み出ていることを感じました」
「ああ、シンシア殿の言うとおりだな」
「そう言えば、二人ともそんな話をしていたよなあ...」

ここにいる四人の中で、天然の魔力を知覚して『視る』というコトをもっとも苦手としているのが俺だった。
悪かったな! だって精神を集中させないと見えにくいんだよ俺には!

「そうだとしても、そのこと自体は『先にコッチ側を掘った理由』には繋がらないって言うか、関係ないんじゃ無いのかな?」

「ですから、この保管場所は城砦を利用してエルスカインが掘ったものでは無く、古代の世界戦争の時からここにあって、逆に台地の上の城砦は本来、その出入口を守っていたんじゃないかと思えたんです」

「え? この場所自体はエルスカインが作ったんじゃ無いってこと?」

「はい。ここが造られたのは、ガラス箱と同じく古代の世界戦争時代の事だったと思います。その頃にもうエルスカインが活動して最初からこの場所を知っていたのか、目覚めた後で偶然知ったのかは分かりませんけど」

「で...エルスカインが眠っている間に、後の人が、その本来の用途を知らずに天然の要害だと考えてここに城を建て直したと」

「もしもそれまでに数千年も期間が開いていたのなら、放置されていた台地の出入口は崩れ落ちてただの草むらと壊れた石垣にでも見えていたかもしれませんね。エンジュの森の、あの黒い岩場のように」

「あり得る話だな...」

「エルダンにあった小さな王国を治めていたのも、ルースランド王家が台頭する以前の人達ですからね。その王国がどの位の期間存続していたのかは知りませんが、エルスカインがここを占拠したのは、ずっと後のことだという可能性が高いと思うんです」

そうだなよあ・・・その王国が当時からエルスカインの支配下にあったんだったら、ルースランド王家に敗れ去っていないだろうし・・・

あれっ? 

待てよ・・・逆に言うとエルスカインは、この施設を手に入れるためにルースランド王家を操って、四百年前にエルダンを支配させた可能性もあるんじゃ無いのか?

「なあシンシア、そうだとしたら現在のルースランド王家が、ここにあった王国を制圧して自分の版図はんとに組み込んだこと自体が、エルスカインが後ろで糸を引いていたって可能性があるよな?」

「ええ、そうですね...御兄様の仰るとおりだと思います」
「辻褄は合うな?」
「その頃からエルスカインはルースランド王家...当時はまだ西岸地方の一領主に過ぎなかったはずですけれど、彼らを表向きの支配者として操ったのかも知れないですね」

「シンシア殿、つまりエルスカインはココを手に入れるために、他人にエルダンの旧王国を滅ぼさせたって事か?」
「ええ、まあ」
「ひでえ...」
アプレイスがウンザリした顔を見せる。

大抵の揉め事の決着を戦いで付けるドラゴン族にしてみれば、『自分が戦わずに、人を戦わせて利を得る』というのは人族が考える以上に許しがたい行為なのだ。

「辻褄が合いすぎて嫌な感じだよアプレイス。大戦争が起きてポルミサリアが混乱したのが四百年前で...まあルースランドだけじゃ無くてミルシュラントの建国だってそうだけどね...そして、その時にこのエルダンもエルスカインの支配下に収まったと」

しかも北部ポルミサリアが混乱の極みに陥っていた大戦争が始まった頃から、『魔獣使い』という名前が人々の間で上るようになったとも言える。

・・・だとすると?

「そして破邪の間でも噂されてた『魔獣使い』の二つ名が黒い噂と共に出てくるようになったのはその頃からだ。つまりエルスカインは、その当時から色々なモノを支配下に収めるために暗躍してたって事になるだろうな」

「それはつまり...」

賢いシンシアはすでに俺の答えを予想していて、静かに、しかしはっきりと瞳の奥に怒りを滲ませる。
金色の二重のリングが浮き上がって見えてきそうなほど冷たい炎。

「だとすれば、実は裏で糸を引いて『大戦争を引き起こした張本人』が魔獣使いのエルスカインだってことさえあるかも知れない」

パルレアとアプレイスはビックリした表情で目を見開いているけど、シンシアはそっと頷いて俺の推測を肯定した。
ことエルスカインの絡んでいる話になると、自分で口にしておきながらも嫌な気分になるような事が多すぎるよ・・・

勘弁して欲しいぞ。

そして仮にエルスカインが大戦争を引き起こした黒幕で、その頃から『魔獣使い』として暗躍していたのだとしても、まだ他に重要な謎は色々と残っている。

その一つは、これまでも散々パルミュナやパルレアと話してきたことで、何故『それまで』は活動していなかったのか? って言うことだ。
二人の間では『それまで眠ってたんじゃないか?』という荒唐な仮説に至っていたけど、ここに並んでいるガラス箱を見た後では、むしろそれが一番マトモな推理だろう。

「戦争の発端は置いとくとして、どうして古代からの因縁を引きずってるっぽいエルスカインが四百年前まで活動していなかったかって言う謎があったんだけど、このガラス箱の大群を見たら納得だな」

「自分自身も、どっかのガラス箱の中で眠ってたって事よねー?」

「ここかどうかは別としてな。ポルミサリアのあちらこちらに同じような設備があるか、あった可能性は高いだろうと思う。ここはその中の一つに過ぎないだろうし、それにエルスカインは目覚めた場所から大して動いてないような気がするんだよ。例によって勘だけどね」

「御兄様の勘は当たると思います」
「おう、有り難うシンシア」
「ふーむ...じゃあライノ、眠ってた理由はともかく置いといて、エルスカインは四百年ほど前にどこかで目覚めて活動を再開したわけだ」

「根拠は無いけど、そうとしか思えなくなってきてる」

「で、支配してる魔獣を使ってアチコチの国で傀儡を操って政変を起こしたり戦争に持ち込んだりして、欲しいものを力尽くで手に入れてきたってか。やりたい放題だなあ!」
「さいてー...」
「だよな! そこまで強欲な奴って見たこと無いぞ。洞窟に籠もって宝を守ってるドラゴンが可愛く思えるくらいだ」

しかも、そう言う強欲な奴に限って『自分だけは、自分だけが大切』だったりするんだよなあ。
そのエルスカインが『自分自身のため』に何を企んでいるのか、まだサッパリ分からないけど・・・
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