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第六部:いにしえの遺構

手つかずの残骸

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薄らとした魔石ランプの明かりに照らされた部屋の中には、金属、硝子、陶器、木材その他諸々、元の姿も分からない・・・当然ながら用途なんてさっぱり分からない壊れた器物が転がっている。

「なんだろうなこれ...」
「まるっきり廃墟みたいだねー...」

ただし部屋の中に家具っぽいモノは見当たらず、これらの残骸は最初からこの部屋に置かれていたものらしくない。

まるで勢いよく乱雑に投げ込まれたような・・・

自分の魔石ランプを掲げて奥を照らすと、この部屋の向こうには更に空間が続いている。
それを見て合点がいった。
つまり、床に散らばっている残骸達は、そっちの方からこの部屋に吹き飛ばされて来たんだろう。
恐らくシンシアの『精霊爆弾』がこの奥にある空間で大爆発を引き起こし、その爆風で途中の部屋なんかに置かれていたもの達が吹き飛ばされてきたに違いない。
通路の床には魔石ランプが転がったままで弱い光を放ち続けている。

「シンシアのせ...魔道具がこの奥の空間で爆発したんだ。ここに転がっている残骸は、その爆風で吹き飛ばされてきたんだと思う」

「あー、なるほどねー」

この状態なら、もう声に出して喋ってもどうって事も無いだろう。
あと、咄嗟に『精霊爆弾』と声に出しかけたけど、魔道具って言い直したからセーフだ。

「そこに転がってる魔石ランプも高純度魔石を使ってるよ。おかげで、あの高原の罠を吹き飛ばした時からずっと点き続けてるままなんだな」

「ぜーたくー!」

「こんな深い地下でランプの光を途絶えさせる事は無いだろうから順当だよ。とにかく、ここは間違いなくエルスカインの施設だった場所だ。もっと奥に行ってみよう...ここに散らばってる残骸が何に使われてたモノなのか、分かるようなものが残ってるかもしれん」

何に使われていたか?って言うと、間違いなくパルレアの予想通りホムンクルスの製造じゃないかって思うけど、そもそも俺はホムンクルスの作り方というか製造工程を知らないし、見て分かるという気はしない。
それに加えて、ここにドラゴンを引き摺り込むつもりだったのだから、支配の魔法で魔獣達を従わせるための設備でもあったはずだ。

何か、エルスカインとの今後の戦いにヒントになるようなモノが残されていればいいんだけどな・・・

「あれっ?!」

「えっ、なーに?」
「あ、スマン。思わず考えが声に出たんだ。この状態ってなんか変じゃないか?」
「ぜーんぶ、ブっ壊れてることがー?」
「違う違う。壊れたモノが残ってるって事がだよ」
「へ?」
「シンシアの作った魔道具は強烈だった。この地下空間一体が廃墟になりそうな程の爆発で、その衝撃で地上にある歩廊の一部まで崩れ落ちた訳だ」

「さっすが精霊爆弾!」

オイ待て、この前は精霊爆弾って呼び方に憤ってたんじゃ無いのか?
俺も気を遣って言い換えたのに・・・まあいいスルーだ。

「なあ、俺たちへの攻撃に失敗して撤退する時には、転移門からなにから全部破壊して、絶対に痕跡を辿られないようにするほど慎重だったエルスカインが、なんで壊れたままの施設を放置してるんだ?」

「あれっ!」
パルレアも素っ頓狂な声を上げた。

「な、おかしいだろ?」
「うん、おかしい!」

「崩落してから随分経つのに残骸は放置されたままだ。俺は内心、跡形も無く綺麗サッパリ消えてる場所で何か手掛かりは残されてないかと探し回るか、俺たちが調査に来る事を見越して罠を張るなり待ち構えられてるなりの、どっちかだと思ってたよ」

「うん、アタシもたぶん戦闘が起きると思ってたから強引に付いてきたんだし、シンシアちゃんは残してきたかったのよねー」

「だよな。じゃあコレはどういうことだ?」
「確かに謎よねー」
「あれ以降もエルスカインの活動は続いてるから、ここでヤツ自体が痛手を負ったとは考えにくい。パルレアが推測したように、ここの設備が駄目になったせいで、ちゃんとしたホムンクルスを作れなくなってたっていうのは正解っぽいけどな」

「でもさー、それと残骸の放置とはかんけー無いよね?」

「そうなんだけどさ。なんか違和感があるって言うか引っ掛かるんだよ...」
「んー...」
「エルスカインなら、いつか俺たちが調査に来る事くらい予想してるはずだ。だったら証拠を消すか、罠を張るかしてるはずだろ?」

「ヤバいかも?」
「なんでだ?」
「つまりそれって、アタシ達ごと証拠もまとめて、ぜーんぶ吹き飛ばせるような罠を張ってるんじゃ無いの?」

「可能性が無いとは言わないけど俺はそうは思わないな。って言うか俺だって、そんな可能性が高いと思ってたら踏み込んでないよ。それほど苛烈な攻撃手段を持ってるなら、もっと前に使ってるだろうし、チャンスに出し惜しみするエルスカインじゃ無い」

「そーかー...」

だからこそ、なぜ『ドラゴンの檻』を初手で出さなかったのかが謎だけど。

「なあ、だったら罠を張ってないのは、張れないからじゃ無いか?」
「ホムンクルスが作れないから?」
「そうだ」
「えーっ、なんでー!」

パルレアの『なんでー!』という叫び声で、ボンヤリと頭の中に浮かんでいた解答がはっきりとクリアになった。
なんでエルスカインはココに罠を張れないのか?

以前にパルレア・・・じゃ無くてパルミュナとホムンクルスのエルスカインの手下の数について話した時と、全く同じ事を思い出したのだ。

『やればいいと思うことを相手がしてこないのは、それが出来ないからだと考えればいい』という、俺の師匠らしいシンプルな思考。
じゃあ手の込んだ罠が好きで、念には念を入れる用心深いエルスカインが、罠も張らず、手掛かりになるかも知れない残骸を放置しているのは、その対応が出来ないからだって事になる。

そして師匠は、『相手になぜそれが出来ないのか?』を考えれば、こっちが打つべき次の手が思いつけるものだと言っていた。

「ひょっとしたらなんだけど、エルスカインって転移門以外の方法では移動する事が出来ないんじゃ無いかな?」
「ナニソレ?」
「歩くでも飛ぶでも馬車に乗るでも、とにかく転移門以外の方法じゃあ物理的に動けないのかも知れないって気がしてきた」

「えっとー...なんで?」

「さあ分からん。ここの内部は精霊爆弾で完璧に破壊され尽くしてる。多分、ドラゴンを取り込む罠だけじゃ無くて、日常的な活動に使ってた転移門も吹っ飛んでるんだろうな」
「だけどココの転移門がぜーんぶ吹き飛んでるとしてもさー。どっか近くの転移門に出て、そっから馬車か魔獣に乗って移動すれば済むんじゃー無いの?」

「それが出来ないと仮定すれば、って話だ」
「馬車に乗れない?」
「って言うか、自分の力で移動できないとか...例えばだけど、病で床から起き上がれない人みたいにさ」

「ゼータクしすぎて太りすぎて、とうとう王宮から出られなくなったどっかの王様みたい」
「誰だよソレ?」
「大昔の話だけどねー。それにエルスカインはルースランドの王宮にいるかも知れないんでしょー?」

「とにかく、さっき俺たちが通り抜けてきたルートも落盤で塞がれたまま放置されてただろ。誰もあそこを通ってないし、通ろうと努力もしてない。お前が虚無に放り込んだ結界の仕掛けは別として、ココまでのところは他に罠の一つも無かった」

「えーっと、例えば自分たちはココと外との出入りに転移門を使ってるから通路が塞がった事を気にしてない。それでー、アタシ達が階段を通ってここに来られるとは思ってないから罠も張ってないとかー?」

「前半はあり得るけど、後半はあり得ないと思う。エルスカインはそんなに甘いヤツじゃあ無いよ」
「まー、そーよねー」

「エルスカインの居場所がルースランド首都のソブリンだろうとアルファニア王都のラファレリアだろうと、あの高純度魔石を使った転移門なら移動に制約は無いよな。でも仮にエルスカイン本人が転移門でしか動けないとすれば話は面倒だ。必ず露払いが必要になる」

「つゆはらい?」

「エルスカインが行くつもりの場所を先に訪れて転移門を用意する役目の魔法使いだよ。どうせホムンクルスだろうけど、それでも、かなり優秀な魔法使いを実際に走らせる必要があると思うんだ」

貴族が訪問先に先触れを走らせるみたいな優雅な話じゃ無い。
先に手下を送り込んで転移門を開かせておかないと、自分がそこに行く事が出来ないとなったら、転移門が破壊される事は活動に致命的だろう。

あの高原の罠を吹き飛ばした精霊爆弾が切っ掛けになって、いまのエルスカインは俺たちが狙ってた以上に追い詰められてるのかも知れないな・・・
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