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第六部:いにしえの遺構
若き村長のもとに
しおりを挟む「お兄ちゃんったら、けっこーな無茶振りーっ!」
炊飯所へ向かって仲良く丘を下っていく二人の後ろ姿を見送りながら、パルレアがとても楽しそうに言う。
「そんなこと無いよパルレア。アサムが適任だと思うのは本気だし、世間の常識からすれば若すぎるのは事実だけど、それはオババ様や長老達も承知の上だ。仮にアサムに大失敗があった時には、あの人達が上手く収めてくれると思う」
「ふーん、まあノイルマント村はすっごく良いスタートだもんね。そうそう大問題なんて起きなさそー!」
「だからこそアサムが適任なんだよ」
「これなら若くても大丈夫って感じよねー」
「全然違う。むしろ逆かな」
「ん? なんでー?」
「いまのノイルマント村は大公家と伯爵家と子爵家から全力バックアップされてて、あり得ないくらいに恵まれてる状況だろ?」
「そりゃーもー」
「だから俺だって、『元のルマント村』の苦しさや危機を知ってる今の大人達がいる間に問題は出ないと思うよ」
「でしょ?」
「いや、つまり問題が出るとしたら、それはきっと次の世代からなんだよ。ノイルマント村の恵まれた状況で育って、それが当たり前だと感じてる世代が大人になったときに、問題が出るかも知れない」
「えーっ、そーゆーもん? 恵まれた状況だから問題出るとか?」
「人ってのはそんなもんだよ。だけど、アサムならそれを見越した采配って言うか、そうはならない村づくりが出来ると思う。『山の幸を捕り尽くして飢える事が無いように養魚場を作る』...あの若さでそんな事を思い浮かべられる人が世の中にどれほどいる? パルレアもリンスワルド養魚場で管理人のバイロンさんの話を一緒に聞いただろ?」
「あったねー。放っておくと、結局みんな捕り尽くしちゃうって...」
「そうなんだよな。それに炊飯所の炊き出し風景を見て見ろよ。みんな食料の心配に目が行きがちだけど、使ってる薪の量だって凄いぞ?」
「じゃー、あの高純度魔石で煮炊きできるようにしてあげれば?」
「ぜったいダメだ。あれは使い切ったら二度と補充が出来ないシロモノだよ。俺たちの世代が誰もいなくなった後かも知れないけど、その時にはみんなが途方に暮れることになる」
「そっかー。将来ノイルマント村も人が増えて、でも開墾が滞って食料生産が思い通りに行かなくてー、周囲の森も薪や建材に伐採して獣が捕れなくなってー...とか? そーゆー場合もあり得るってことかなー?」
「例えばだけどな。ま、そこで伯爵家に救援を求めるの容易いよ? 姫様やシンシアが当主の間はなんの問題もないだろうな」
「あ! でも『その先』はどーなるの? ってことね...」
「ジュリアス卿が狩猟地をダンガに移譲するって言ったのと同じ理由だよ。今を知らない未来の子供達が困らないようにな」
「人は寿命が短いもんねー」
「ああ。だけどアサムは『その先』を考えられる奴だと思うんだ。それこそ自分の孫や未来の世代の事までな...恵まれた状況を当たり前に過ごすんじゃ無くて、『恵まれてる時に飢饉に備えた手を打つ』とか『森を守り続ける仕組みを作る』とかな。そんなことが出来るのは、誰よりもアサムだよ」
「うん。なんか、お兄ちゃんの考えが分かった! アタシにもアサム君が適任に思える!」
「きっとオババ様や長老達も、ダンガ兄妹が次の『長』に適任だと思ってたからこその無茶振りさ」
それにダンガ達三人が読み書きやそれなりの計算が出来て、日常生活に関係ない知識も身につけていたこと・・・簡単に言ってしまうと『村の狩人には必要無い教養を蓄えていた』のは、ひとえにオババ様がいたからだろうと思えるんだ。
アサムはきっと、それをもっと発展させていく気がするよ。
++++++++++
翌日、アサムは正式に『村長』を引き受ける事を表明し、長老会議全員一致で賛成された。
そうなるとリーダー達を集めた村民会議でも反対者は出ない。
言うまでも無くルマント村の歴史上、最年少村長の誕生である。
ただしアサムの強い主張で、村長と言っても村内の揉め事を取り仕切ったりはせず、そういうのは長老会にお任せするという事で決着したようだ。
まあ後ろにはリーダーシップの強いダンガがいるし、その横には経済計画に関しては姫様も太鼓判を押すエマーニュさんが控えてる。
ウェインスさんも『アサム殿は地頭も良いですし、向上心、向学心はなかなかのモノです』と言ってたから大丈夫だろう。
いつの間にか丘の頂上に設置されていた手作りのテーブルと椅子に陣取って、なんだかんだ誰かと言葉を交わしながら村づくりを眺めていると、あっという間に一日が過ぎてしまう。
アンスロープの人々の働きっぷりも凄くて、整地された場所がじわじわと広がっていくのが見ていて分かるほどだし、ちょっと目を離している隙に新しい小屋が建っていたりする。
夕暮れになると、あちらこちらで働いていた人達が三々五々と炊飯所に集まってきて夕食の炊き出しを受け取る。
トレナちゃん達の仕事は炊飯所の完成後に、そのまま料理指導員にシフトしていた。
なにしろ貧乏な田舎暮らしだったルマント村の住民達にとっては、調味料をふんだんに使って味付けに拘った料理なんて、これまでの常識の範疇外だからね。
しかしローザックさんをはじめとする騎士団の人達や、フォーフェンとの間で資材輸送と警護を併せて担ってくれているシャッセル兵団にも炊き出しをしているから、みんなに平等にそれなりの食事は提供してあげたい・・・という事もあって、若き辣腕教官トレナちゃんの料理教室と相成ったのだ。
どうやらアンスロープの奥様方には非常に好評らしく、加えて妙齢の女性達も軒並み参加したがるので逆に『人が多すぎる』ってことになり、ついに炊飯所の働き手というかトレナちゃんの生徒達は、希望者が日替わりで当番するという状態になったそうだ。
なにしろ必要な量が多いから凝った料理はムリだけど、その分、みんなで一気に手分けしながら作っていくから、ホントにトレナちゃんの生徒達が号令一下で作業を進めて行くみたいな感じ。
これほどの数の大鍋とカマドが並んでる姿は俺も見たことがない。
よくまあフォブさんもこんな大量に仕入れてこれたものだけど、もしも兵学校や魔法学校みたいな『料理学校』っていうのがあったら、きっとこんな感じに違いないな・・・
そして俺とパルレアも、炊飯所から貰ってきた食事を丘の上で頂く。
みんなが揃って汗水垂らしているこの状況で、革袋から銀の梟亭の料理を引っ張り出すのは、さすがに厚顔な俺でも気が引けるからね。
「そうだ、お兄ちゃん。今晩アレやるね!」
「パルレア、アレって、アレのことか?」
「おにーちゃん、文法!」
「お前に言われる日が来るとはな! でも助かるよ。あの大結界を貼って貰えるなら、この先俺たちがこの村に出入りする機会が減っても安心だからな」
正直、この先のエルスカインとの戦い次第では、俺たちが頻繁にノイルマント村を訪れることが出来なくなる可能性も高い。
いくらダンガ達が一緒に戦ってくれたがるとしても、『村づくり』と『結婚』という生活上の大変革を前にして、そんなこと言ってる場合じゃ無いと思うし、俺としてもノイルマント村を巻き込みたくないのだ。
「ここはアタシ達兄妹...アタシもお兄ちゃんもシンシアちゃんも、そのみんなの友達が集まって作れた場所だからねー。アタシ自身としてもずっと幸せで豊かな場所であって欲しーの!」
「うん、そうだな。ここはずっと荒野で出会う泉のような場所であり続けて欲しいと思うよ」
「きっと大丈夫。あのアンスロープの人達だもん」
「だな!」
「ねー!」
「魔法陣を開くのは丘の天辺あたりが良いのか? 村全体って言うか狩猟地を遠くまで見通せるし」
「そーだけど、アサム君が一番大事にしてるのって湖よねー?」
「ああ。あの湖があったからこそ、アサムもここにノイルマント村を造ることに決めたんだと思うよ」
「だったら湖側に張ろーよ。アタシもなんだかあの湖って好きだしさー、いい感じ。将来もノイルマント村の要ってゆーか? 象徴? なんか、そんな感じになりそーな気がするのよねー」
「なるほどね...じゃあそうしよう。お前が言うのなら間違いないだろうからな!」
「うん!」
初めて『ラスティユの村』でパルレア、と言うか当時のパルミュナが大精霊の結界を張ってくれたときの事を思い出す。
あの村のエルフ達もみんな心優しい人達ばかりだったけど、後からレビリスがその親戚だったと知って、物凄く納得したよなあ・・・
いったん屋敷に戻った俺たちは、その夜みんなが寝静まった頃合いを見計らって再びノイルマント村に跳び、大精霊の結界を湖の岸辺に刻み込んだ。
ダンガ、レミンちゃん、アサム、そして不思議な縁で知り合った全ての人々にとって、この村がいつまでも安らぎと安住の地であり続けますようにと願いを込めて・・・
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