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第六部:いにしえの遺構
旧ルマント村を去る日
しおりを挟むすでに無人になっているルマント村に戻ると、思った通り、魔獣が入り込んだ形跡はなにも無かった。
俺たちは念のための用心として今夜はノイルマント村に転移せず、このまま無人のルマント村で一晩を過ごしてから明朝跳ぶ予定だ。
考えてみると南部大森林での滞在は、到着早々のモリエール男爵の相手で始まり、移転完了後のモリエール男爵の相手で終わった感じ?
いや、そもそもルマント村が移転することになった理由自体もモリエール男爵に起因していたんだよな・・・
しかも最初に会ったモリエール少年と、目の前で土くれに変わっていった少年姿のホムンクルスは、俺たちが村にいる間のどこかのタイミングで密かに入れ代わっていたのだ。
つまり俺にとっては『人』だった時と『人で無くなった後』の両方を見ている、唯一の相手でもある。
ちょっと複雑な気分だ。
「この村ってさー、もうこのまんま、だーれも住まないで朽ちていくのかなー?」
パルレアが荷馬車を降りながら、と言うか御者台から浮かび上がりながら、周囲を見渡して言う。
「さあどうかな。この村に限らず、モリエール男爵のいなくなった領地全体がどうなるか次第だろうね」
「そういやあライノ、理由はどうあれ領主のいなくなった土地って、結局どうなるんだ?」
「普通は国の所有に戻るか、もし、その地域一帯を治めてる大領主とかがいれば、その上位貴族のモノって扱いだ」
「そういや貴族にも上下関係とかあるんだよな」
「ああ。例えば侯爵だの辺境伯だのって大領主が元締めっていうか寄親で、階位の低い貴族家が小さな領地を分けて貰ってる寄子だとかな。ま、ここのモリエール男爵領はミルバルナ王家が接収するか、モリエール家を断絶した代わりに誰かを新しく叙爵して、領地として渡すかってところだろうね」
「そうか...しかし何も知らずにこの領地を貰う奴も可哀想だよな。ここも早晩、押し寄せてくる魔獣に飲み込まれるかも知れないのに」
「そうなっても俺たちがエルスカインを止めるさ」
「まあそうか」
「だけど、奔流の乱れを正して南部大森林が以前の状態に戻っても、もうダンガ達はここに戻っては来ないから『旧ルマント村』の領域は最高の空き地だな」
「もったいねー」
「いやあ、次の領主がマトモな人物なら、すぐに入植希望者で埋まるだろうと思うけどね」
「そうか...それはそれで良い事のような、でも元のルマント村の住人にとっては勿体ないって言うか切ないような...って感じだな」
まさかドラゴンの口から『切ない』なんて言葉が出てくるとは驚いたな!
アプレイスも最近では時々村の中を散歩したり、それで偶然、魔獣に襲われていた小さな女の子を助けて懐かれたりして、この村の雰囲気というか滞在を居心地良く感じていたらしい事は分かっていた。
助けられた幼女がニコニコしてアプレイスの膝の上に座っているのを見た時は、エンジュの森でアプレイスにお礼を言いに来た、コリガン族の小さな少女を思い出したりもしたな・・・
短期間の滞在とは言え、アプレイスにもこの村になにがしかの想いを抱くだけの印象があったんだろう。
「お兄ちゃん、明日、ノイルマント村に跳ぶ前に害意を弾く結界は消しとくー?」
「いや、このままでいいよ」
「そう?」
「なんとなくな。まあ気分の問題なんだけどね...」
こういう感情は『センチメンタル』って言うのだろうか?
だけど次の入植者達が来るまでの間だけでも、ダンガ兄妹が育った村を出来る限りそのまま荒らされないよう、綺麗に残しておきたいと思ったんだよ。
例え、彼ら自身がここを二度と訪れる事がないとしてもね・・・
++++++++++
翌朝は三人でゆっくりと朝食を取ったあと、見納めに村の中を少しだけ散歩してからノイルマント村に跳ぶ。
丘の上の転移門に着いた途端に感じたのは一種の喧噪だった。
丘の両脇、湖側でも草地の側でも沢山の人々がせわしなく動いていて目まぐるしい。
まるで、これから始まる朝市の準備でも眺めているかのようだ。
「おお、ライノ。お疲れさん!」
「凄いなダンガ。朝の市場か漁港みたいな活気だ」
「漁港か、いつか見てみたいな...とにかく村人たちは昨日初めてココに来ただろ。実際に土地を見て大騒ぎだったからな」
「そんなだったか」
「昨夜は久しぶりにオババ様が強権発動したほどだよ」
「へえー、なんて?」
「騒ぐのいい加減にして、もう寝ろって!」
そう言ってダンガが大笑いする。
「で、夜も明けきる前からみんな落ち着かずにゴソゴソ起き出して、なんやかんやと手を出し始める始末さ」
「待ちきれないって奴か?」
「それそれ。早く村造りを始めたくてウズウズ。まるで祭りの日の朝の子供達みたいだよ!」
ダンガも村人達もみんな幸せそうで良かった。
「エマーニュさんやレビリスは?」
「フローラはリンスワルド騎士団の人達と一緒に物資の調達と輸送の計画を練ってるよ。レビリスとレミンは早速こっちでも子供達の世話だ」
レビリス、本当に変わったなあ・・・
いや、ラスティユ村の親戚であるラキエルとリンデルの性格を考えると、ひょっとしたらレミンちゃんと出会ってからのレビリスこそが本来の人物像で、フォーフェンの破邪衆として孤独に悩みを抱えていたレビリスの方が『破邪である事』を意識して頑張っていた姿だったのかも知れないな。
そして、あの時にレビリスが俺とパルミュナの事を心配して一日がかりで追い掛けて来てくれたからこそ、いまの付き合いがあるのだ。
ウェインスさんが口癖のように『人生とは面白いものです』という意味が、俺も最近になって少し分かってきた気がするよ。
ダンガと並んで湖の側を見下ろしていると、騎士団と一緒にいるシンシアの姿が目に入った。
ほぼ同時にシンシアも俺たちを見つけて丘を駆け上ってこようとして・・・
すぐに止めて横に走る。
そしてそのまま、丘の下の転移門から丘の上の転移門までサクッと跳んできた。
うん、まあ気持ちは分かるよ。
この丘を全力で駆け上がるのって結構な体力を使うもの。
「御兄様、御姉様、アプレイス殿、よくぞご無事で!」
大袈裟だな。
昨夜、ちゃんと手紙箱で顛末を詳しく書いて送ってあるはずなんだけど?
「シンシアちゃんのお陰で助かったのー!」
「いえ、そんな!」
「ホントよー。ねーお兄ちゃん!」
「ああ、あのシンシア渾身の魔道具が無かったら、あんなに上手く運ばなかったと思うよ。アプレイスの『完全に隠しきれずに気配が漏れ出ている様子』が、完璧に表現されていたからな!」
「そうだったら良かったのですが...」
「いやいやシンシア殿。俺自身でさえ『隠れてるようで隠れ切れていない、でも隠れてるつもりの俺』をあれほど見事に再現できるとは舌を巻いたよ?」
「いえ、その、なんだかすみません...」
気を抜いたアプレイスの『ヘッポコぶり』を魔道具化した事への申し訳なさを感じるのか、シンシアがアプレイスから目を逸らす。
しかし実際に、シンシアの魔道具がなければアプレイスが危険だった可能性も高いからね。
あの魔道士が見事に騙されてくれたのは、間違いなくシンシアのお陰だ。
「それにしても、色々と予想外だったよ」
「みたいですね」
「ドラゴンの檻もだけど、男爵と魔道士が二人いっぺんにホムンクルスにされてたのも驚いたしね」
「でもさー、今回はエルスカインのホムンクルス造りって余裕が無い感じがしたよねー?」
「ん、二人も同時に使ってたのにか?」
「じゃーお兄ちゃん、なんでホムンクルスが三人じゃ無かったって思うの?」
「お?」
「余裕があったならさー、魔道士だけじゃ無くて護衛騎士もホムンクルスにしといた方が間違いなかったじゃん?」
「おお...」
「ギリ二人でしょー。それも事が終わると同時に、速攻で処分して使い捨て!」
「そうか...それは確かに余裕の無さに思えるな」
「でしょー?」
「けど、あそこの土地でウォームを使った地下工事を始めるつもりなら、即座に使い捨てなくても良かったはずだよな?」
「んー、なんでだろ? 制御力?」
「分からんけど、そういうのもあるかもな」
「御兄様、御姉様、それにエルスカインは、どうせモリエール男爵の家が長続きしないと踏んでいたのではないでしょうか?」
「そっかー。公式にはあのボウヤってさー、親を殺して爵位簒奪の挙げ句の失踪だもんね!」
「ああ、そうなると男爵を生かしておいても大して役に立たない...次に誰があそこを領地として分け与えられるか、あるいは新しい貴族として王室に叙爵されるか、それを見極めてから動いた方が間違いないってことかい?」
「はい、恐らくそうではないかと思います」
「だよなあ...」
「だったらさー、捕縛して裁判して爵位剥奪して領地を取り上げる手間を掛けるより、逃げたから罪は明らかーって断罪する方が手っ取り早いから、その点でも死んでる方がいーのかもね!」
「確かにな。それにまかり間違って自害でもして、ミルバルナ王の目の前で土くれになられたりしたら大騒ぎだよ」
「やりそー! あのボーヤ、死ねば何度でも生き返られるとか、勘違いしてそーだもん」
『永遠の命を得た』とかほざいてたしなあ・・・
勘違いしたまま笑いながら自害しそうだけど、もしそうなったら魔法の解明に国中の魔法使いがミルバルナの王城に駆り出されただろうね。
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