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第六部:いにしえの遺構

ルマント村移転と男爵邸

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結局、ダンガと村人達の努力によって、五日後にルマント村の移転を決行する事になった。
反対者はいない。

オババ様が強権発動するまでもなく、長老達も全員が一刻も早く移転を行いたがっていたし、荷物整理の時間を引き延ばしても持って行ける量が増えるわけじゃないという事で、アッサリと村人達も納得したからだ。
そもそもみんな貧しい村人なので、ちょっとした生活道具以外に個人の持ち物は少ないし、一部の職人などの仕事道具以外は、まとめるほどの荷物なんて無いも同然らしい。

会談申し込みのあった翌日に男爵からの使者が再び村はずれに訪れたので、『五日後にこちらから男爵の屋敷に向かう』と告げた。
それを聞いた使者はそのまま戻っていったけど、エマーニュさんの話によれば『申し込みから五日後に会談』というのは貴族同士の感覚なら異例の速さで、むしろ迎え入れる側から、『歓迎準備のためにもう少し猶予を貰えないか?』と打診されるレベルだという。

まあ、男爵にしてみればこっちは外国人でただの平民という解釈だ。
戦力的に勝てないから従っているだけで、敬意を表する気持ちは砂一粒もないって事は理解してる。

「アプレイス、ちょっと姿を消して領内をぐるっと一回り、空から見てきてくれないか?」

「ああ、いいけど何を調べればいいんだ?」

「男爵の手下っぽい者...騎士とか...とにかく馬に乗ってるような奴がルマント村から外に向かうルートを見張ってないかどうかだ」
「おう、了解だ!」
「さすがにミルバルナ王室からの書状はもう届いてるはずだから、男爵も移転計画の事は分かってる。その上で今回の会談申し込みだからな?」
「間に合う内に復讐を、か...」
「もし見張っててくれれば、むしろ好都合だからね。どの道にも村人の移住団が通ってなければ、みんながまだ村内にいると思わせられるだろ?」

「なるほど。確かに男爵達には、まだ時間的な余裕があると思わせといた方がいいもんな!」

そんな訳で、アプレイスが空から確認してくれたところ、案の定、ルマント村に繋がる道には騎士が佇んでいたらしい。

もともと村に繋がってる道自体がほとんど無いんだけど、村から北側の山を越えた先に伸びている街道にも姿があったそうだ。
つまり男爵側では、こちらが迎えの馬車なんか待たずに、こっそり山越えして村を抜け出す可能性も考えているって事だろう。

フフフ、『こっそり』って発想は正しいけど、『山越え』って手段は不正解だよ?

++++++++++

そして五日後、全ての村人がオババ様の家に向かって道に並んだ。

大人も子供もそれぞれにまとめた荷物を背負い、淡々と歩いて行く。
荷車を牽いているのは、道具の多い職人のように特別に許可された者と、グループや村の共有家財を預かっている者だけだ。

本当は、どうしてもって事があれば俺の革袋をフル活用する事も考えていたんだけど、逆にダンガから『どんなモノでも運べるとなったら、逆に許可するしないの判断基準が難しくなるからね』と、辞退された。
なるほど。

荷物を背負った人々は少し歩いては立ち止まり、また少し進んでは立ち止まって列が進むのを待って・・・という感じでシルヴァンさんとサミュエル君が戸口を守る集会所に入っていくけれど、家から出てくる者は一人もいない。
集会所の中に開いた転移門を通じて、シンシアとパルレアが村人達をフル回転でノイルマント村に送り込んでいるからだ。
それにしても、絶対に家の中には入りきらないはずの人数が着々と吸い込まれていくというのは不思議な光景だな!

ノイルマント側ではアサム達の現地受け入れ組と、先に行ってる長老やレビリス達が転移門から出てくる村人達を誘導しているはず。

俺とアプレイスは村側で警戒し、トレナちゃん達は不安な面持ちの村人達をケアしてくれている。
何しろトレナちゃん達と来たら、この恐ろしいほどの忙しさの合間を縫って小さな子供達に配る飴を作ってくれていたのだ。
移転という事の意味が良く分からないまま列に並ばされてソワソワしてる小さな子も、エルケちゃんやドリスちゃんに美味しい飴を貰ってニコニコ顔になっている。

さすがはリンスワルド家のメイドチーム・・・泣く子も黙る優しさと気遣いだよ。

まさか、こんなシーンでエルケちゃんとドリスちゃんがフォーフェンで大量に仕入れていた『サプライズ』のための製菓材料が役に立つとは、この勇者の目をもってしても見抜けなかったね!

移転作業は朝から問題なく進んで、午後早くには村人の転移がすべて完了し、リンスワルド家チームも全員ノイルマント村に移動した。
シルヴァンさんとサミュエル君の愛馬はそのまま転移させたけど、村に入るときに使った馬車とかは、さすがにノイルマント村で出しても仕方が無いから俺の革袋に収納する。

残るは荷馬車が一台に、俺とアプレイスとパルレアの三人だけだ。
シンシアもこちらに残りたそうだった、と言うか内心ではモリエール男爵がどんな人物かを見たがっていたような感じだけど、念のためにノイルマント村でエマーニュさんの側にいて貰う事にする。
あの少年男爵にシンシアみたいな美少女を引き合わせたら、またしても余計なコトをやり始めかねないし・・・

「しっかし、いきなり空っぽになると不思議な雰囲気だな、ライノ」

「廃村みたいな寂れた雰囲気がなくて、さっきまで大勢の人が暮らしてた気配が残ってるからだろうね。ほんの数刻前まで使われてた建物や道具類がそのままで、人の姿だけが掻き消えてる...これ、事情を知らない人間が村に踏み込んできたら、逆に恐ろしく感じるんじゃないかな?」

「違いない!」

「ほらさー、お伽話であったじゃない。笛だかハープだかを鳴らして街中の子供達を音楽で魅了してさー、みんなを森の中に隠しちゃったっていう悪者の話」
「へー」
「俺はソレ、遍歴修行の先で聞いた事あるな。約束されてた仕事の報酬を貰えなかったとかで、魔法使いが腹いせに街中の子供を攫ったんだろ? 恐ろしいほどの復讐心だよ」
「でもそれだったら約束を破る方が悪いんじゃないのか?」
「理屈はそうだけどさあ、モノには限度ってのがあるだろアプレイス」
「まあな...」

そりゃあ確かに、そもそも原因を作ったのは誰か?って言うならば、悪いのは魔法使いに対する約束を破った街の連中の方だろう。
だけど復讐するにしても、やっていいレベルを超えているよ。

何よりも『攫われた子供達』自身に罪は無いんだから、強欲な大人同士の争いに巻き込まれた被害者だよね・・・

++++++++++

仮に街道や村はずれで見張っている者がいたとしても、害意を弾く結界があるからモリエール男爵の配下は村内に踏み込んで来れない。
まったく無関係な第三者・・・例えば本当に通りすがりの行商人なんかは入ってこられるだろうけど、そう言う人物でも男爵家の誰かから指示を与えられたら、その時点で入られなくなる可能性は高い。

まあ、もし入ってきても居残ってる俺が適当な説明をして追い返せばいいだけなんだけど、会談に赴く日と移転の日を同じにしたのは出来るだけそういう隙を作らないためだ。
モリエール男爵、ひいてはエルスカインにこちらの状況を掴ませる可能性は出来る限り減らしておきたいからね。

「じゃ、そろそろ行くか?」
「午後遅め、夕刻前に訪問するって言ったんだよな。これから向かえばちょうどいい時間だろう」
「ねー、お昼ご飯はー?」

「移動しながら馬車の上で食べようパルレア。どうせ革袋には色々入ってるし好きなモノを出してやるぞ」
「甘いモノがいー!」
「有るけど、ちゃんと肉とパンも食えな?」
「はーい...」

三人で荷馬車に乗って、長閑な田舎道をぽたぽたと進んでいく。

これまでずっと大事なところでは天候に恵まれていて本当に助かったけど、今日もぶっちゃけ暑い。
俺の知っている南部大森林は夏は蒸し暑くて雨の多い地域だったんだけど、まさか、天候にまで奔流の乱れが影響してるんだろうか?・・・
それとも、単にルマント村がある東側と、以前に俺が通った西の端っこじゃあ地域差があるだけかな?
伊達に『大森林』と呼ばれてないだけあって、国が一つ収まりそうな面積があるもんな。

「ところで前回、アプレイスは人になった姿を男爵に見せてないよな? 今回はどうする気だ? どっかに隠れて見てるか?」

「ライノは、もうエルスカインが罠を張り終わってると思うんだろ?」
「そうだな。罠が出来上がったからこそ、モリエール男爵が会談を申し込んで来たんだろうと思ってる」
「なら、下手に隠れているよりも人の姿を晒しておいて、『罠の相手』はシンシア殿の知恵に頼ろうぜ」
「わかったよ。そこらへんはアプレイスの判断に任せる」

男爵の元にミルバルナ王室から移転許可の書状が届いて、それで慌てて復讐しようと思ったにしても、勝算なしで動くはず無いからね。
あの少年は愚かだけど、後ろに付いているエルスカインはそうじゃない。
絶対に、自信を持った仕掛けを用意しているはずだ。
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