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第六部:いにしえの遺構
長老たちの移転先見学
しおりを挟むとにかく長老達を悩ませていても仕方が無いので、その場でシンシアが集会所の中に転移門を張って実演してみせることにした。
転移門の中心に立ったシンシアの姿がスッと消え去ると長老達が一斉にどよめく。
そして、ざわついている長老達が自分を取り戻し、口々にダンガに質問を浴びせかけようとしたところで、シンシアが戸口を開けて外から入って来た。
何のことは無い、集会所の中から借りている隣の家に数十歩ほど転移しただけなのだから。
だけど効果は明白というか絶大。
シンシアが目眩ましのように姿を消したのでは無く、確実に移動したって事が分かったからね。
「なんとまあ信じられん!」
「この世にそんな魔法があるとはなぁ!」
「こりゃ凄い!」
「ほなら、隣の家に行くみたいに村を引っ越せるっちゅうんか?!」
沸き立つ長老さん達をダンガが押さえた。
「ですが、この魔法は絶対に秘密です。本来は誰でも使えるものじゃないけど、今回は特別にルマント村のために使わせて貰えることになりました。だから、村人達みんなが使うのは、ここからノイルマント村に移動する一回だけ。ひとたび向こうに行ったら、もう戻りはありません。それは忘れないで下さい」
ダンガの言葉に、長老達が神妙な顔をして頷く。
貴族のエマーニュさんが『夫の故郷』と明言して村を訪れ、大公家・・・ミルバルナ風に言えば王家・・・の狩猟地を村の開拓地として譲ってもらえ、挙げ句に極秘の魔法まで使わせて貰えるとなれば、自分たちが普通では無い特別扱いをされていることは心底理解できる。
「ですが、長老の皆さんには事前にノイルマント村を見て来て貰う必要があると思っています。どんな場所なのかも知らないままじゃあ不安でしょう? 向こうではアサムとリンスワルド家の方々が用意をして待ってくれていますから、これからみんなで一緒に現地を訪問しましょう」
再び長老達がどよめく。
「おおっ...」
「危険は無いんか?」
「今回は、ちゃんとここに戻ってこれるんかの?」
「もちろん大丈夫ですよ」
すっかり転移慣れしてしまった俺たちにとっては馬鹿馬鹿しい質問のように思えるけど、初めてアスワンの屋敷に転移した時の姫様やエマーニュさんの様子を思い出せば笑えないというか、むしろ不安で当然だと納得出来るよ・・・
ビクついている様子が隠せない長老達に転移門に入って貰い、魔石をセットした転移メダルを各自に渡した。
シンシアの転移メダルの大きな特徴として、精霊魔法の使い手が一緒ならメダルを持って転移門に入っている人達を自分と一緒に転移させることが出来る。
今回はそれでまとめて跳んで貰うってやり方だ。
まずはダンガとエマーニュさんがノイルマント村に跳び、それからシンシアが転移メダルを強制起動させて長老達を送り込んだ。
続けてレミンちゃんとレビリスが跳び、俺も後を追う。
そしてノイルマント村に移動した俺たちが目にしたのは、丘の上で涙を流している長老さん達の姿だった。
++++++++++
「ちょっとビックリしたよね!」
俺がそう言うと、シンシアが呆れたような目で俺を見た。
「ちょっとどころじゃないですよ御兄様。長老のみなさん、最後は地面に手をついて泣いてたじゃ有りませんか!」
さきほど長老さん達のノイルマント村視察ツアー引率を終えて戻って来た俺たちは、借りている家に集まって少し早めの一杯をやっていた。
レビリスとレミンちゃんは『もう少しここを眺めていたい』と言う事で、ノイルマントに置いてきたから、今頃は二人並んで丘に座って、沈む夕日と湖を眺めながらロマンチックな気分に浸っているに違いないな・・・ちくしょう。
まあ、実際はアサムとか騎士団とかも一緒だから、そんな雰囲気じゃないかも知れないけどね。
「アサムも驚いてたよなあ...」
「ついこの前まで俺たち兄妹の末っ子で『若造』って扱われ方してたんだよアイツは。それが急に長老達が泣きながら握手を求めてきたら、アサムもそりゃあ驚くさ」
凜々しくて村一番の狩人だったぽいダンガと、オババ様のお気に入りで村中の若い男性から『お嫁さんにしたい女性ナンバーワン』だったっぽいレミンちゃんの下で、末っ子のアサムはあまり目立たない存在だったのかも知れない。
「リリアちゃんがサッと受け入れられたのも良かったな!」
「ですよね! ホントは少しだけ心配してたんです」
シンシアの言うとおりで、実は俺も内心ちょっとだけ心配してた。
ダンガ達から『エルセリアとの間に隔意なんて全くないよ?』とは聞かされていたけれど、この兄妹が優しくて心が広いことは疑う余地もない。
他のアンスロープ族の人々がどうなのか不安に思う気持ちもあったんだけど、案ずるより産むが易し、だったな!
「オババ様なんて昔のレミンを見るような目で可愛がってたからなあ...」
「あれって、そんな感じだったのか?」
「ああ。レミンは幼い頃からオババ様が本当に可愛がっててさ、畑でもお使いでも、ちょっと帰りが遅くなると心配し始めて、やたらと俺が探しに...って言うか単にお迎えにだけど...行かされてたもんだよ」
「なんだか分かりますね」
「俺たち兄妹は両親を早くに亡くしてただろ? レミンもオババ様のことを本当のお祖母ちゃんみたいに慕って懐いてたから、余計に可愛かったんだろうな」
リリアちゃんは俺にとって初めて接近遭遇したエルセリア族なんだけど、尻尾と耳に気持ちに出ちゃうのはアンスロープ族と同じみたいだ。
オババ様にあれこれ構われてる時のリリアちゃんの尻尾がぐるんぐるん動いてたし、それを見れば構われて喜んでるって分かるから、余計に可愛く思えたんだろうね。
「まあ、アサムが一番ほっとしてるだろうよ」
「だなあ」
「それにオババ様の中ではアサムの嫁に確定って感じの扱いだったからね。むしろ、いまレミンにやってるみたいに『母親の心得』とか、いきなりリリアちゃんに言い始めたらどうしようかと思ってたよ」
「さすがにリリア殿はまだ若すぎますよね...」
シンシアがいきなりお姉さんな口調で言うけれど、そういうシンシアにだって早すぎる話題だよ?
「とにかく長老の皆さんが考えてた以上の良い場所だったって事だろ? 喜んで貰えて本当に良かったよ」
「それはもう言うまでも無いさ。なんだかんだ言っても長老達は内心、これからみんなで掘っ立て小屋に住んで荒れ地を開墾して、それで何年も食うや食わずの苦しい生活を頑張っていかなきゃって覚悟してたんだから」
「やっぱ、そんな予想だったか?」
「常識的に考えればな。それがさあ、蓋を開けてみたらどうだい?」
「まあ、あそこは特別良い土地ではあるよね」
「森と湖、緑滴る草原、平地にはすぐに寝泊まりできる幌馬車が十分に並んでいて、草地じゃあ放牧されてる馬たちが何十頭もいる。それを全部自分たちの自由にしていいって言われたんだ。歓喜もするさ」
「それもそうか...」
「俺たちは外国人の平民だぞ? 幾ら功績を立てたなんて言っても、あんな素晴らしい土地を無償で譲って貰えるなんて思うはず無いじゃないか? 挙げ句に永年納税免除とか、なんの冗談だって思う」
「食料部隊もちょうど良いタイミングで来たしな!」
「アレが最後のダメ押しだったなあ...これまでも食料の心配は無いって何度も言っておいたけど、実際に山積みの穀物や塩漬けを見せられたら納得するしか無いさ」
アサムが長老達を村のあちこちに案内している最中に、スライが食料輸送部隊を引き連れて入ってきたのだ。
俺はスライから、『なんで遠出の任務が無くなったんだよボス? 楽しみだったのに!』と文句を言われたけど、タイミングとしては絶妙だった。
村人全員が二ヶ月は過ごせそうな量の食料が次々と運び込まれてくるのを見れば、長老達の最後の不安も吹き飛ぶってもんだ。
これからしばらくの間、スライ達シャッセル兵団にはノイルマント村への資材搬入を手伝って貰うので、事情を知らない部外者を狩猟地に立ち入らせる必要がなくなって、その点でも大いに助かる。
シャッセル兵団の遠征がなくなった埋め合わせは・・・まあ別途、考えるとしよう。
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