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第六部:いにしえの遺構

魔石の転移門

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床から拾い上げた一つをシンシアの顔の前にかざして見せた。

「凄いだろ、物凄い高純度の魔石だ」

「凄い...こんな...こんな純度、密度の高い魔石なんて...私、これまでに見たことがありませんよ御兄様!」
「だよなあ。俺も初めて見た」
「一個くれ」
急に気の抜けたことを言うアプレイスの口めがけて、魔石を一つアンダースローで放り込む。
「あんがとさん!」

「この建物、たぶん、この黒い巨岩みたいな建物は、上から下までびっしりこの魔石が詰まってる。言うなれば魔石のサイロだな」
「そんな...」
「シンシアは転移で来たから見えてないけど、周囲に同じような建物が幾つもあるんだ。もし、それが全部魔石サイロで、この高純度な魔石が詰まってるとしたらどうだ?」
「...どこかの領地、いえ小さな国が、一つ買い取れそうです...」
「だよなあ」

「これを、どうされるおつもりですか御兄様?」

「うん、それでシンシアに相談したいから来て貰った。いまの俺には金銭的な価値はどうでもいいし、エルスカインに勝つためなら、この魔石を全部一気に使い切ったって気にはしない」

「もったいねー...」
うるさいよアプレイス。

「はい。それは私も同じです。ただ...」
「なんだい?」
「ここはミルバルナの領土ですから、勝手に採掘するというか持ち出してしまうのはマズいのではないかと...」

さすがシンシアは生真面目だな!
きっと将来は良い領主になるだろうね。

「そこは大丈夫なんだよ。南部大森林は北側のミルバルナとエドヴァル、南側のポルセトとミレーナ、四つの国に跨がっている。で、四カ国がそれぞれに領有権を主張する立場にあるんだけど、主張してない」

「え? ですが、大まかにでも取り分を区切っているのでは?」

「大戦争当時、ここに目を付ける勢力はいなかったんだよ。だって利用価値が低いから...もっと開拓しやすい場所は他にいくらでもあったし、なにも好き好んで、畑を作るのさえ大変な魔獣の巣窟に入っていこうなんて思わないさ。むしろ開拓できるモノなら誰か開拓して見ろってなモンだったろうね」

「あー、それはそうかも知れませんね。ミルシュラントだって、いまだに北部の森林地帯は事実上未開拓ですし、いつぞやのエンジュの森のような場所もまだまだ沢山残っていますから」

「だけど領土として宣言して占有すれば、軍事力を投入して守らないといけなくなる。誰も手を出さないからそのままなんであって、誰かが権利を主張すれば必ず異を唱える奴は出てくるものだから」

「ええ、まあ、人とか国って言うのは...確かにそう言うものですよね...」

「だけど結局、大戦争の当時は役に立たないことに余力を割ける領主なんか誰もいなかったってことだな」
「それがそのまま...」
「ミルシュラント公国が成立した大戦争の終結後も、この地域はずっと小競り合いが続いて地方領主達も血気盛んだった。で、そのまま国境線も引かずに放置されてるんだ。いまさら誰かが南部大森林に線を引こうとすれば間違いなく争い事になるな」

「はあ...私はてっきり想像上の国境が地図の上で引かれているモノかと思っていました」

命を狙われていた俺の『生みの両親』がアルファニアから南部大森林のどこかに落ち延びたのも、それが理由だろう。
大森林の中に一歩踏み込んだような場所に有る集落は、近隣の領主や国家との関係があやふやな処も多い。
追われる者が身を隠すには向いている場所だと言える。

恐らくはダンガ達のご先祖がここにルマント村を作ったのも、戦争中にどこからか難民として流れ着いて・・・という結果じゃあないかな?

「だからどの国も、公式には南部大森林の扱いに言及しないんだよ。まあ、いずれはここも領土争いの火種になる日が来るかも知れないけど、いまは誰も表立って手を出さない状態だな」

「なるほど...むしろ魔石サイロの存在が公になったら間違いなく奪い合いでしょうね」
「しかも大森林の中には、これ以外のサイロが他に無いとも言い切れないからな。いや、欲深ければあるはずだって思うだろうね」
「そうなったら戦争が起きかねません。でしたら御兄様の仰るとおり、これは秘密裡に私たちのモノとして扱ってしまいましょう」
「それでいいか?」
「はい。それにいまは国家間の力関係を考えるよりもエルスカインと対峙する方が重要です」

「シンシアにそう言って貰えて良かったよ。ともかく、エルスカインは人の魔法で転移門を動かしてるよな。以前にパルレアが言ってたような『空間に橋を架ける』転移門だ。動かすためにはメチャクチャ沢山の魔力が必要だってパルレアは言ってたけど、もし、エルスカインもココと同じような魔石倉庫を持ってるとしたらどうだ?」

「きっと動かせますね!」

「だろ。俺たちはこれまでエルスカインが人の転移魔法を使う為に奔流から汲み上げた魔力を使わないとダメだと思い込んでた。あるいは、恐ろしく強い魔力を持つ術者を使役してるか...」
「でも、この魔石があれば?」
「こんな高純度な魔石を潤沢に使えるなら、そうも言えなくなるよな」

「考え方を変える必要がありますね!」

「ああ。で、それは俺たち自身についても言える」
「つまり?」
「シンシアが開発してくれた新式の転移門は、魔力収集装置と一体化して土地の魔力を吸い上げて蓄積しながら稼働する。あれをもうちょい弄って、この魔石を利用できるようにすれば、距離の制約や飛び石の自由度も改善されるんじゃないか?」

「はい、きっと出来ます!」

「それでだ。まあこれで直接エルスカインを攻撃できる訳じゃないけど、こっちの戦力というか機動力を強化するために上手く活用できるんじゃ無いかって思うんだ」
「ええ、具体的には?」

「...もし出来ればなんだけど、手紙箱にこの魔石を使えないか?」

「え? いえ、それはもちろん使えると思いますけど、さすがにもったいなさ過ぎませんか? 手紙を一つ送るのに、こんな高密度な魔力は必要ありませんから」
「手紙だけ、ならな」
「...あっ! まさか、御兄様...手紙箱でモノ、いえ、人を?」

「あたりー! いや、本当にそんな事が出来ればって話なんだけどな?」

「えっと...でも、この密度なら...ええ、出来るかも知れません! 精霊魔法の術者が一緒にいなくても、手紙箱と同じ原理を使って人を転移門で送る魔道具...出来そうな気がします!」

「よし! それが出来れば最高だ」
「ですね!」
「それでなシンシア...こんだけ潤沢にある魔石を使えば、ルマント村の人達を残らず転移門でミルシュラントに送り込むってことも出来たりしないかな?」

もしもそれが可能なら、村の移転がどれほど簡単になるだろうか?

「なるほど...もしも村人全員を転移門でミルシュラントに移動させることが出来るなら、あらゆる段取りが簡単になりますね!」

「あれだけの人数の国外移動が実質的に不要になるからな。手間も費用も比べものにならないだろうさ」
「むしろ費用の点に関しては、この魔石をそれなりに売れば十分に購えるかと思われますが?」
「おおぅ、そうか!」
「それよりも御兄様、転移門で村人を移動させるとすれば、精霊魔法と転移門の存在についても知らせることになります。それは宜しいのですか?」

「うん、もうアプレイスの存在も広めて噂にしたし、アンスロープの人達は基本的に信頼できる。人の口に戸は立てられないから、いずれは世間に露呈していくだろうけど、そこは伯爵家の家臣の人達だって同じだろ? 何十年も宣誓魔法だけに頼って秘密を守り続けようとしても、いずれ、人は入れ代わっていくもんだ」

「それは...確かにそうですね」

「なにより、転移門の存在を一番隠したかったエルスカインに知られてるんだからね。そもそも精霊魔法の使い手は限られてるんだし、俺とシンシアとパレルアがちゃんとしてれば、世の中に大きな問題は起こさなくても済むような気がする。シンシアはどう思う?」

「そうですね。ルマント村の方々にも秘密にすることの重要性を理解して貰って、しっかりと管理して使えば...」
「いけそうかな?」
「はい。特定の国家だけを利するような使い方をせずに、当面は伯爵家と大公家の外に出さないようにしていけば大丈夫だと思います」

特定の国家だけって・・・ミルシュラント公国以外にどこがあるというのだシンシアよ? こう、なんと言うか、もう少し父親に対するアタリを優しくだな・・・ま、いまはそんな事どうでもいいけどさ。

「よし。なら最優先事項はエルスカインへの対抗だ。ルマント村の移転はそのためにも重要だと思ってる」
「はい。おば...んっ、エマーニュさんとダンガさんにも、後顧こうこの憂うれいを断って欲しいと思いますし、その方が御兄様ご自身も全力を発揮できるかと思います」

「ありがとうシンシア」
「私の心は常に御兄様と共にありますから...当然の思いです」

そう言ってくれると本当に嬉しいよ、シンシア。
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