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第六部:いにしえの遺構
ローザックさんの命名
しおりを挟む騎士団の方々が大勢、手助けに来て下さったのは良いものの、まだこの場所に村がある訳ではないのですから、防犯や治安維持という以前の状態です。
野盗を警戒して近隣を巡回?
いやいや、私はともかく変身したアサム殿の前に飛び出す野盗なんかいたら、むしろ哀れと言っても過言ではないでしょう。
「ちなみに、お手伝い頂けるというのはどのようなことを?」
「なんでも、です。ご入り用なら穴掘りでも荷運びでもやりますよ」
「さすがに騎士殿らにそんな作業をやって頂く訳には...」
「いやいや、リンスワルドの騎士にとっては領民と一緒に汗を流すなど日常茶飯事ですぞ。土木作業などお手の物です」
私がローザック殿に伺うと、豪快な答えが返ってきました。
「なんと申しますか...あの姫様にしてこの騎士団あり、という感じですな」
「仰るとおりですとも!」
ローザック殿が愉快そうに笑います。
現状でこの周辺を新ルマント村の第一候補として考えている理由をローザック殿に説明していると、騎士団の馬たちが急に嘶いてざわつきました。
まあ、理由は分かりますが無理もありませんね・・・
「ローザックさーんっ!」
アサム殿が大きな声を上げて丘の上から駆け寄ってきます。
おまけに今は白銀の豹まで横にいますからな!
それでも馬たちを押さえていられるのは、さすが騎士団というか、さすがリンスワルド家の軍馬というか・・・
二人とも、ここが街中ではないと言う油断から素のままで行動していますが、アサム殿には自分の狼姿が『大抵の生物にとって恐ろしく見える存在だ』と言う自覚が少々足りていない気が致しますな。
あのボーモン村の五人のならず者達が、アサム殿の姿を見た瞬間に揃って腰を抜かしたことをもうお忘れでしょうか?
「おおっ、アサム殿! さすがのご勇姿でいらっしゃいますな! いつぞやのご活躍を思い出しますぞ!」
ローザック殿が答えて、駆け寄ってくるアサム殿に手を振ります。
「おや、ローザック殿はアサム殿の変身姿を以前ご覧になっていましたか?」
「南街道で襲撃に遭った時のことです。そう言えばあの時にはウェインス殿は現場にいらっしゃらなかったですな」
「ええ、その頃はまだフォーフェンに居りましたので」
「アサム殿は私の命の恩人なのですよ。いや、そう言う意味では、クライス様とアサム殿らご兄姉は、私だけで無く視察団全員の命の恩人ですが」
なるほど、南の街道とポリノー村での話はクライスさんから聞いていたのですが、その時に見ていたのは当然ですね。
途中まで勢いよく丘を駆け下りてきたアサム殿とリリア嬢が少し歩を緩めて騎士団に近づいてきます。
さすがに馬たちを驚かせてしまったことに気が付いたのでしょう。
馬だけでなく、アサム殿と面識のない騎士や従者達も腰を抜かす程驚いていましたがね。
「どうしたんですかローザックさん?」
「姫様からのご命令で、アサム殿とウェインス殿の村づくりをお手伝いするようにと承り、罷り越しました」
「そうだったんですか。ありがとうございます!」
「とんでもございません。命の恩人の役に立てるなら僥倖というものです。ところで、そちらの美しい白豹のお嬢様は?」
おお、さすがは騎士なのでしょうか?
アサム殿と一緒にいる時点で、変身した獣人族だと理解したのでしょう。
しかも、豹の姿でもリリア嬢が『若い娘さん』だということを見抜いたようです。
「わたしはリリアと言います」
「リリア殿ですね。私めはリンスワルド伯爵家騎士団でフォーフェンの分隊長を務めますローザックと申します。以降お見知りおきを」
「リリアちゃん、ローザックさんは俺たちがとってもお世話になってる方なんだ」
「ローザック殿、こちらの方がリリア嬢の保護者で、行商人をしていらっしゃるフォブ殿です。いまは一緒に村探しをお手伝い頂いているのですが、いずれフォーフェンに店を出すことも視野に入れておりますので、その節には是非よろしくお願いしますぞ」
「承知しました」
「フォブと申します、騎士様」
「我々に敬称など不要ですぞフォブ殿。むしろリンスワルド騎士団はアサム殿やウェインス殿を支援させて頂く立場にありますゆえ、もしフォーフェンでお困りのことがあれば何なりとこのローザックにお申し付け頂きたい。可能な限りのご助力をお約束致しましょう」
「なんとまあ...有り難いお言葉で...」
ローザック殿の言葉にフォブ殿が呆気にとられています。
これまでの人生で『騎士』と関わった経験からは予想も付かない対応というところだったのでしょう。
「ところでウェインス殿、私めはまだ詳細な事情を掴んでいないのですが、この地を村づくりの場所に決められたと言うことで宜しいのでしょうか?」
「そこはまだ、アサム殿の判断待ちですな」
「なるほど」
「でもウェインスさんは、どう思う?」
「わたしの目で見て、特に悪いところは見当たりませんでした。ですが、問題は世の中に絶対はないと言うことですな」
「え、どういう意味なのウェインスさん?」
「今は気が付いていなくても、実際に村づくりを始めたら色々な問題が出てくるでしょう。それらは当然『予想していないもの』ですし、中には村の再移転を考えるほど大きな問題だって出ないとは限らない。ですが、そのリスクは何処の土地にだって有るものです」
「だよねえ...心配してたらキリがないし」
「その通り。ですが、そういったことが起きた時に『この場所を選んだのはアサム殿だ』と言い出す者も出るかも知れません。責任を取る必要は全く無いですが、その言葉を受け止める必要はある。その覚悟がアサム殿にあれば、どの土地を選んでも良いのです。『自分が決めた』と言い切る覚悟があるならば、です」
「そっか...でも...それもそうだよね。いまルマント村にいる人達は、俺たち兄妹が探した結果を待ってるしか無いんだものなあ...」
「そういうことですな」
「俺たちは村のみんなに選ばれて委ねられた。そして兄貴も姉さんも、俺の考え方に任せるって言ってくれたんだ...うん。ウェインスさん、決めたよ! 俺はやっぱりこの土地に村を作りたい!」
「他の土地を見て回る必要は無いですか?」
「だって、いま時点で良い候補地が浮かんでる訳でも無いでしょ? しばらくすればルマント村の人達がここにやってくるんだし、それまでに出来るだけの準備はしてあげたいんだ」
「分かりました。ならば、アサム殿の選択が最善でしょう」
「うん!」
「おお、ではこの地がノイルマント村になる訳ですな! 誕生の瞬間に立ち会えたとはなんたる幸運!」
「え、ローザックさん、ノイルマントってなに?」
「ああ、これは失礼しました。わたしの母方の実家の方の言い方でしてな。新たに作り直したモノや代替わりしたモノの頭に『ノイ』という語を付けるのです。そのまま『新しい』という意味ですから、新ルマント村と言うのと同じ事です」
「北部地方の言葉ですな?」
「左様ですウェインス殿」
「そうなんだ。ノイルマントか...なんだか響きもいいね。よし、じゃあ新しく作る村の名前は『ノイルマント村』にしよう!」
「ま、誠にござりますかアサム殿?」
「うん、ローザックさんの名付けを使わせて貰うけどいい?」
「言うまでもございません! よもやアサム殿の新しい村に命名させて頂けるとは、このローザック生涯最大の感激でございます! おお、なんたる感動、なんたる歓喜!」
「大袈裟ですよローザックさんってば」
「いえいえアサム殿、心の底からの思いにございますとも! ノイルマントの命名は、我が生涯の誇りです!」
正直、私もローザック殿の言葉は少々大袈裟すぎないかと思いますが、口を挟まないのが賢明でしょう。
「フォブ...わたしもノイルマント村に住みたい...」
リリア嬢が俯き加減に小さく口にしました。
反対されるであろう事は、なんとなく感じているのでしょう。
長い尻尾がそわそわと動いています。
「そうやろうなあ」
「だめ?」
「ダメや無いよ。ダメや無いけど難しいことはある」
「あたしが...エルセリアだから」
「そうやな。いくらアサム君がええ人でも、他のアンスロープにはリリアを歓迎出来んっちゅう人だっておって不思議や無いからね?」
「嫌われないように頑張るの...」
なんという健気さ!
こんな愛らしい少女が・・・もっともいまは白豹姿ですが・・・ずっとアサム殿と一緒にいたいと苦難に耐える決意を見せているのです。
おもわず涙腺が緩みそうになってしまいますな!
まあ、なんとか耐えましたが。
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