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第六部:いにしえの遺構
丘の向こうへ
しおりを挟む元々が大公家の狩猟地だっただけあって、丘を登る道の痕跡もすぐに見つかりました。
ただし、重い馬車を通すことを考慮した道なので、真っ直ぐに丘を直登するのでは無くて斜めに切り返しながら緩やかに上っていくコースです。
これを徒歩で辿るのは少々かったるいですね。
馬車道の状態を検分するのは後にして、今回は草をかき分けながら最短コースを上ってみることにします。
三人で湖の南東側を囲む丘を黙々と登っていき、離れて先頭を進んでいたアサム殿が頂上付近に辿り着いた瞬間、『あっ』と声を上げました。
リリア殿も、すぐに追い付いて二人並んで立ち止まっています。
私も少し急ぎ足になって二人のところまで上がった時に、アサム殿が声を上げた理由が分かりました。
眼下に広がる広い緑の草原と、その先の森林。
キラキラと光る銀の帯のよう小川が草地の縁を真っ直ぐに伸びて森の中へと消えています。
北に位置する山稜は分水嶺なのでしょう。
登ってきた方を振り返ると綺麗な水を湛えた青い湖が一望でき、湖から西は水源に恵まれた豊かな森。
森では鹿狩りを楽しみ、丘陵では鷹狩りを楽しむ、狩猟地として考えるならばそんな土地ですね。
「綺麗だなあ」
「きれいな場所だねー、アサム君は、ここに村を作るの?」
「作りたいなあ...ウェインスさんはどう思いますか?」
いま眼下に広がる南西側の土地には、ここまで登ってきた斜面と同じような草地が広がり、かなり先で森に変わっていきます。
「そうですな...丘陵の東斜面は集落を作るのにいいでしょう。高低差はありますが、その分だけ見晴らしのいい家を多く建てやすいし朝日もよく当たる。ただ、下の平地に畑を作るのは少し大変かもしれません」
「どうして?」
「彼方にはあんなに立派な森が育っているのに、この周辺だけが草地ですからね。細い木は沢山生えていますが、大きな樹木が茂る森になって無いという事は木が育たない理由が何かあるからです。大抵は水が足りないとか寒すぎるとか一年中風が強いとか...あるいは土壌自体の問題だという時もありますが」
丘の両斜面には大きな木が生えて居らず、少し大岩が顔を出していますが大体は草地ですな。
さすがに鷹狩りを楽しむためだけに、これほどの面積を伐採したと言うことは無いでしょう。
酔狂にも程があります。
「そっかあ、じゃあダメかな...」
「もしも水不足であれば灌漑でも解決できるでしょう。しかし...ここは別に標高の高い寒い場所でも無いし、余所に較べて雨が少ないと言うことも無いでしょう。小川も流れているのに不自然ですね...普通なら森になっていておかしくない場所に見えますが」
湖の周囲も草地の彼方も生い茂った森ですから、全体に木が育ちにくい土質だと言うことは無いはずです。
そもそも雨の少ない土地ではありませんし、丘陵の斜面だけ異様に水はけが良すぎるとか?・・・いや、草地には小川も流れているのでそれは無さそうですな。
「まあ、ちょっと歩いてみましょうか?」
「うん...」
少々しょげた感じのするアサム殿と一緒に斜面を少し下って行くと、岩陰に黒いシミがへばりついているのを見つけました。
なるほど。
「アサム殿、ここは一度酷い山火事に遭ったようですな」
「えっ山火事!」
「理由は分かりませんが、この辺りの森は一度全部焼け落ちたのでしょう。遠くに見える森の縁が、火が消えた辺りでしょうね」
「うわー、こんな広いところが元は全部森で、それが全部燃えちゃったって言うことなの?」
「そうなります」
「酷いなあ...」
「人里離れてますから、落雷で火がついて、やがて雨が降って自然消火とか、そんなところでしょう。たぶん土を掘ってみれば、炭の層が出てくると思いますよ?」
この丘の縁が防火壁になって湖側まで延焼しなかったのか、それとも湖近くはすでに木を切り倒されていて燃えるものが無かったのか・・・いまとなっては分かりません。
アサム殿が近くの枯れ枝を折って、地面に突き刺してみました。
案の定、表面の茶色い土の下には黒い層が薄く見えています。
「火事に遭った場所って、畑としてはもうダメなのかなあ?」
「そんなことはありませんよ。時間が経てば復元するし、以前より植物が育ちやすくったりもするそうです。ここも山火事からだいぶ年月が経っているようですから、影響は少ないでしょうね」
「じゃあ、畑を作れる?」
「埋まってる燃えかすというか、燃えて倒れた大木や焦げた木の根を掘り起こしたりという手間は掛かるでしょうが、森を伐採するよりはむしろ簡単です。掘り出すのは大変ですけれど、アンスロープの方々なら力もある」
「うん、なんとかなりそうな気がする」
「いまでも草が育つのだから大麦やライ麦は大丈夫でしょう。少し時間を掛けて土地を肥やせばアブラナやケールのような野菜もきっと大丈夫です。そうやって少しずつ場所を選んで開墾していけばいい」
「そうだね、なにも全部一気に畑にしなくてもいいんだし!」
「ですな。それに奥に広がる森の木々を家を建てる資材として伐採した後は、そちらの地面も農地にしていけるでしょうから、草地は小さな街のように家を集めるエリアにする手もあります」
「湖の西側の森は?」
「北西側や山側の森には手を付けない方がいいでしょうね。森の恵みを期待できますし、なにより樹が消えて土地の保水性が悪くなると湖にも影響が出るかも知れない」
「とにかく希望が湧いてきた!」
アサム殿が元気になりました。
とにかく、土地そのものに大きな問題が無いのだとすれば、ルマント村の規模から言っても余裕のある、理想的な土地だと思えます。
なにより雰囲気が明るくて風光明媚なのが良いですね。
破邪として色々な土地を歩いてきた経験からしても、言葉にしづらい『暗い雰囲気』を漂わせている土地では、なにかと問題が起きていたり、住人たちが不満を抱えている傾向が強かったように思います。
更にそこが人口の多い街だったりすると、思念の魔物まで生まれ出てくるようになってしまったりする訳です。
ここは今のところ、そういう懸念とは無縁な土地に思えますな。
「アサム君、やっぱりここに村を作るの?」
「出来ればね! きっといい場所だと思うんだ」
「わたしもここ綺麗な場所だから大好き。アサム君が村を作るなら住みたいな」
「ホント? だったらみんなで住もうよ! フォブさんも一緒にさ」
「うん、そうなるといいなって思うの」
ちなみにいまはアサム殿もリリア嬢も普通の青年と少女の姿ですから、単純に甘酸っぱさを感じさせる情景です。
我々のような年長者から見ると、こんなやり取りを見ることが出来るというのも中々に趣のある一幕でしょう・・・
湖畔の馬車まで戻ると、フォブ殿は焚き火の脇でのんびりと寛いでいました。
まだ午後の陽射しは明るいですが、頑張って麓の道まで降りる意味は有りませんから、このまま湖畔で夜を過ごして明日も南東エリアを少し歩いて調べるのが良いでしょう。
それで大きな問題を感じなかったら、ここを第一候補地として各所と調整・・・と言うところでしょうか?
少し早いですが気が向いたらいつでも食事に出来るように、お湯を沸かして夕食を作り始めておくことにします。
「ウェインスさん、俺たちも何か手伝おうか?」
「いやいや、大した手間の掛かることはないですよ。お腹が空くまで、適当に湖畔の様子でも調べていて下さい」
「うん、そうするね!」
アサム殿とリリア嬢が連れ立って湖畔を歩いて行きました。
初々しいお二人の様子を見ていると、こちらもほのぼのした気持ちになります。
この湖の大きさなら道の無い森の中を抜けたとしても、湖畔をぐるりと一周するのに二刻も掛からないでしょう。
そうすれば、ちょうど陽射しも少し傾いて、歩いてお腹も空いてと、夕食に良い頃合いになるはず。
昼食の際に水に浸けておいた塩漬け肉は、そろそろ塩が抜けて良い塩梅になっていると思えたので、試しに肉の端っこを小さく切って焚き火で炙り、口に入れてみたら大丈夫でした。
もちろん、そのまま食べるにはまだ塩辛すぎますが、これはシチューにするので問題ありません。
お湯が沸いたら刻んだ肉と野菜類を調味料と一緒に投入して煮込みますが、その間に手紙を一通したため、荷馬車の荷台に仕込んである転移魔法陣でこっそり手紙箱を送っておきました。
新型手紙箱に付与したラベルの宛先は王宮のジュリアス卿の居室です。
ここに送っておけば絶対に大丈夫でしょう。
手紙には、『スターリング家の狩猟地とされている場所に湖を見つけて周辺を探索したところ村づくりに良い場所のように思えたので、この場所を新ルマント村として開拓することに問題ないかどうか、ご教示頂きたい』という内容をしたためてあります。
後は致命的な弱点が見つかるかどうか次第ですな。
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