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第六部:いにしえの遺構

アサム殿の意見

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ジュリアス卿とエマーニュさんの要望も納得できるモノとは言え、新しく作るのはアンスロープ族の村であり、肝心の当事者の意見が最優先です。

ダンガ殿に意見を求めると、『アサムに一任しました』とのこと。
レミンさんに尋ねてみると、『兄さんの決めたとおりで良いです』との返事。
アサム殿とはこれまでにかなり話し込んでいますから、おおよその要望は聞いています。
以前の考えでは『川縁かわべりの平坦地』が第一目標でした。

しかし、リンスワルド領であれば『川縁かわべりの平坦地』と言われてすぐに南側の原野が思い浮かぶのですが、キャプラ公領地の場合は難しい。
北西部などの大きな川に近い平坦地はほとんどが麦畑か牧草地で占められていて、いまさら村を新しく作れるような地域が思い浮かびません。
調整が必要でしょう。
すでにその地で生活している人々を押しやって新しい村を作るようなことは絶対に避けるべきですからね。

以前のご意見ではそれぞれ、ダンガ殿は『作物が不作の時でも森の恵みを期待出来る山際の森』で、レミン殿は『すぐに畑を開墾できそうな森の縁の草原』でした。
アサム殿を始め、御三方共によく考えていらっしゃるので、どれも納得の出来る結論です。

要は、なにを優先するか次第というところでしょう。

アサム殿が川縁かわべりの平坦地に拘っていたのは、『魚の養殖事業』を新しいルマント村の産業として育てることを視野に入れていたからです。
ダンガ殿やレミン殿の場合は村内での自給自足を重視していた訳ですが、アサム殿は逆に、換金できるモノを育てて麦や必需品は周囲の村から買えばいい、という発想ですな。
その点も含め、大きな川沿いであれば輸送というか交通の便も確保できます。

これはこれで慧眼と言えるでしょう。
いや、むしろアサム殿の年若さからすれば素晴らしい発想と着眼点です。
確かに養殖池を沢山作るとなれば川沿いの平野部が最適。
それに、育てた魚を売りに行くことも楽です。

「村の候補地ですが、やはり川縁かわべりの平坦地を望みますか?」

調査への出発間際、アサム殿に改めて要望を聞いてみたところ、思いがけない回答が返ってきました。

「いやウェインスさん、申し訳ないんですけどちょっと考えが変わって、やっぱり森に近いところも良いかなって思うようになりました。もちろん水利は最優先で、出来るだけ平坦地が良いですけど、平野部よりは山際やまぎわが良いかなって」

「おや、それでは魚の養殖事業を興すのは止めるのでしょうか?」

「いや、実はライノさんと姫様からリンスワルド家の養魚場のことを聞いたんですよ。凄い規模の養魚場だと言われてたから、てっきり川沿いの平地に畑みたいな大きな池が並んでるんだろうと思ったら、違うんですね」

「ええ、あそこは斜面を上手く使った棚池に、渓流からの綺麗な水を取り入れていますな。造成の手間は大変掛かりますが、あの方式は水を清潔に保つためには良いものだと思います」
「そうそう、綺麗な水が大事だなって」
「水質ですか?」
「はい。あれから色々と考えてたんですけど、キャプラ川って源流がリンスワルド領でもシーベル領でも無く、もっともっと遠くなんですよね」

「ですな。ほとんど北部大山脈に近い森林地帯の中だそうです。それこそドラゴンキャラバンが向かうつもりだったもう一つの候補地のあたりですよ」
「そんなに遠いんですか?」
「ええ、なにしろ国を東西に横切る大河ですからね」

「そっか...それで養魚場のことを教えて貰ったときにライノさんからキャプラ川の漁師さん達の話も聞いて、川が綺麗に保たれるかどうかは上流でなにが起きるか次第だなあって思ったんですよ」
「それはそうですなあ」
「川漁師達がどんどん小さな魚まで捕り尽くすようになったとか、リンスワルド領で魚が獲れなくなったら上流のシーベル領に買い付けに行っちゃうとか、それで姫様が将来を憂いて養魚場を作ることに決めたって話を聞いて...もしも上流に住んでる人達のせいで川の水が汚れたら、下流で育ててる魚も駄目になっちゃいますよね?」

「なるほど。それで水源に近い山際の方がいいと?」
「もし出来れば」
「確かにリンスワルド家の養魚場は水源が自領内の山なので、水が汚れる心配はありませんね。東に山を抱えているので朝日が差すのは遅いですが、代わりに夕日が長く当たって綺麗な場所です」

「で、やっぱり水を抑えるのが大事かなあって...もちろん平地と違って輸送の便は悪くなるだろうから、そこは痛し痒しかなって思うんですけどね」

「水源を自分たちの村で確保できれば水の心配は少なくなりますな。まあ、山そのものが荒れた場合はどうにもなりませんが...しかし水源近くとなればかなり山奥です。大きな平地は期待できないですし、そこまでの道を作ることさえ大変かもしれませんぞ?」

「そこは理想論なんですけど、山奥で大きな湖のあるところとか無いかなあって思ったんです。それで、平地は出来るだけ住居と畑に回して、養魚場は湖の岸辺かリンスワルド家みたいに斜面に棚池を作る方向で考えれば、なんとかならないかなって...」
「なるほど」
「往来の楽さを優先するより、長く保つ場所がいいなって」

「しかし棚池を作るのは大工事になると思いますよ?」

「ですよね。ただ、農作業やるにも溜め池や湖はあった方がいいから、それをスタート地点にして徐々に拡張出来ればいいと思うんです。なにも養魚場だけで新しいルマント村を支えられるとか思ってませんから」

「そうですな。やはり自給できる畑の類いはそれなりに必要でしょう。いきなり村人全員がフォーフェンに出稼ぎするという訳にも行きません」
「まずは畑ですよね」
「ええ、できる限り食料を自給できるようにするべきでしょう。その上で、『現金収入』としての養魚事業が出来ると大変良いと思いますよ」

「うん、俺も一つの生産物に村全部が頼るようなやり方は避けたいです。兄貴が『森の恵み』に拘ってたのも、日頃の飯の種以外に、イザって時に頼れる別口があるかって話だと思うんで」

「それに森があれば僅かでも日常的に肉や毛皮が供給できますからな。分かりました。山あいで水源に近く、出来れば大きめの池や湖がある場所、というのを探してみましょうか?」
「はい。今のルマント村が山あいの盆地なんですよ。出入りできる道は少ないけど、山が東西にあるんじゃ無くて南北で挟まれてるから朝晩の陽当たりもそんなに悪くないんです」

「ふむ...出来れば東西が抜けていて、それなりの平地が確保できそうで、水源がある、と...そうなると...」

それを聞いて、一つ候補地が思い浮かんだのでした。
しかも、幸いキャプラ公領地の中です。

エドヴァル王国と国境を接するキャプラ公領地の南端は、エドヴァル側に森深い山脈が横たわっているせいで往来する道が無く、ほとんど開発が進んでいません。
それこそタウンドさんの育ったホーキン村よりももっと南の地域で、南北本街道と旧街道の合流点にあるコリンの街より西側になります。

人々の往来はフォーフェンとエドヴァルの首都カシンガムを結ぶ南北の本街道に集中していて、南側に横たわる山地を通り抜ける人はほとんどいないでしょうし、かくいう私も、通り抜けるルートがあるのかを知りません。
開発が遅れて不便な田舎、と言うよりも純粋な僻地。
大きな池や湖があるのかは存じませんが、あの地域がキャプラ公領地の一部だと言うことさえ認識している人が少ないというレベルですから、むしろ好都合です。

考えてみれば、確かホーキン村も魚の養殖が盛んで、魚料理を名物にしていたはず・・・山あいでの養殖事業に関しては、先達として参考にさせて貰えることも色々とあるかもしれませんな。

++++++++++

と言うようなことが諸々あって、キャプラ公領地としては南端のエリアが、私とアサム殿の調査対象として一番のターゲットになりました。

私もアサム殿も、姫様の手配したリンスワルド家の家紋入りペンダントを身に着け、さらに大公家、エイテュール子爵家、リンスワルド伯爵家、それぞれの勅命による領内調査の特権状を出して貰っています。
簡単に言うと、リンスワルド領と公領地に関してはどのような場所にでも立ち入って調査できるという素晴らしい免状です。
仮に地元の人間が私たちの立ち入りを拒んだりしたら、むしろ罪に問われるというシロモノなので、誰かに調査を邪魔されることは無いでしょう。

実は破邪としての仕事をしているときに何度も経験していたのですが、田舎の人々は閉鎖的で余所者の立ち入りを嫌うことが、ままありました。
そのこと自体は無理もないのですが、だからと言って危険な魔獣を放置できないでしょう? と。
もしもの場合に、ご自分達で討伐できるのですか? と。

魔獣の調査に来たフォーフェンの破邪に難癖を付けまくって追い返した直後に、村人が被害に遭ったからと手の平を返して寄り合い所に討伐依頼を持ってきた、とある村の村長を思い出しますな。
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