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第五部:魔力井戸と水路
男爵家の噂話
しおりを挟む移転準備が本格的に始まってバタバタしている中、付近の村へ仕入れと販売に行っていた村人を通じて、シルヴァンさんに不審者の報せが舞い込んできた。
まさか馬鹿な男爵の自殺行為かと驚いたけど、話を聞いてみると、どうも不審者というよりも、不審な行動を取っている『元村人』というところらしい。
以前この村を出た数人の若者が、村の境とされている場所で道の脇に座り込んで、『ドラゴンさまの友人に村へ戻る許しを請いたい』と言っていると聞いて、これは俺とアプレイスのやったことに関係あることだと話を聞きに行ってみることにした。
そもそもルマント村のある辺りは他に住む人族もいない大森林の間際だから、村の境と言っても別に柵や標識がある訳でも無く、里の外れに一本の小川が横切っているだけだ。
この小川が近隣と村の境だという暗黙の了解があるらしい。
急いだ方が良さそうだと思ってサミュエル君に馬を借り、一人で村の境まで駆けつけてみると、そこに三人の青年が座り込んでいた。
もちろんアンスロープだけど、村人よりはちょっと良い服を着ている。
服装とかになんとなく見覚えがあるのは、この三人がモリエール男爵家の前庭で奥の方に突っ立っていた従者だからだろう。
つまり、俺とアプレイスが暴れた一部始終を見ていた訳だな。
「えっと、君たちはモリエール家にいたよね?」
「はい。俺たちはルマント村の出身なんですけど、三人とも男爵様の屋敷で騎士団の下働きをしていました」
「それが、どうして村に戻りたいと?」
「あれからもう男爵家は滅茶滅茶なんです。ルマント村のことでも、俺たち自身もずっと騙されてたことが分かって...男爵様がレミンさんや村の娘達に目を付けていたことなんて知らなかったし、もう、あそこにいたくはありません!」
一番年上っぽい青年がそこまで言うと、もう一人が後を継いだ。
「でもドラゴンさまとご友人さまは、男爵家の者は二度とルマント村に立ち入ってはならぬと仰いました。俺たちはもう辞めたつもりですが、村に戻れると決まるまでは男爵家の人間だと言われるかもしれないから、村には入らずに、ここで許しを請おうと待っていました」
うーん、なんというかアンスロープらしい律儀さだね。
言葉巧みに男爵家で働かされていたのだろうけど、きっとこれまでも酷い扱いだったんだろうな・・・
「事情は分かったよ。でも君たちが村の一員に戻れるかどうかは俺が決めることじゃないからね。村に立ち入ることは咎めないから、後は自分たち自身でオババ様や長老達と話して貰えるかい?」
「入ってよろしいのですか?」
「そりゃ村に入れないと長老と話も出来ないだろう? 村への害意が無いのなら入ること自体は問題ないよ」
「ありがとうございます!」
三人が揃って頭を下げるけど、なんとなく俺としては、この若者達も被害者の一部なんじゃ無いかって気がする。
とは言え、村の共同体がこの若者達をどう処遇するかは俺が口を挟むことじゃないしな・・・
ついでだから男爵家でモリエール男爵がどんな様子になってるか、ドラゴンの噂が広まっているかどうかを聞いておこう。
滅茶苦茶ってのは具体的にどうなんだろう?
「ところで、ドラゴンが男爵家に来たことはみんなが話題にしてるのかい?」
「はい。あっという間に領内で噂になっているそうです」
「そんなに早くか!?」
レミンちゃんが村に戻ったことがあっという間に男爵の耳に入り、間髪入れずにあの馬鹿な四騎士が寄越されたことを思い出す。
ホントに人の噂話ってのは俊足だね!
「あの後、騎士や家僕の人達もどんどん辞めたり追い出されたりして、男爵家は大混乱してるんですよ。俺たち以外でも下働きの連中は毎日のように屋敷から逃げ出し始めてます」
なんせ家臣達の前で親殺しの主導を自白しちゃったからな・・・
早晩ミルバルナ王室の耳に入りそうな勢いに思えるけど、表沙汰になったコレを『モリエール家内の揉め事』で押し切れるかどうか甚だ怪しい・・・と言うかジュリアス卿だったら絶対に許さないだろうな。
それこそ治安部隊遊撃班の調査する案件だ。
例え当主の息子であろうと『男爵家当主』を殺したとなったら、それは即ち貴族を害したことになり、その首謀者が『たまたま』身内だったと言うだけの話だからね。
本音と建て前の乖離している貴族達だからこそ、『建前』をないがしろにする行いに対しては厳しい目が向けられる。
親殺しを人前で吹聴するなんてその最たるものだ。
いかに血縁同士の暗殺や謀略の横行する貴族社会とは言え、もしミルバルナ王室の耳に入ったら現男爵やグルになった家令たちも捕縛、処断されて、モリエール家はお取り潰しとなってもおかしくないだろう。
「それで逃げ出した連中があちこちで吹聴して回ってる訳か」
「たぶん...だと思います」
「まあ騎士連中もロクデナシ揃いだったけど、次の仕官先を探すにも辞職した理由は聞かれるだろうからなあ。紹介状も無いだろうし、男爵がどれほど悪いかを言い触らすことに躊躇しないってことか」
「えっと、いままで我慢してた分だけ、急に堰を切ったってところもあるのかも知れませんけど」
「でも男爵様って本当に悪い人だったしな!」
「そうそう。以前、急に姿を消したメイドが、実は男爵に殺されちゃってたらしくて...」
うわあ・・・親殺しに留まらず、叩けばまだまだ余罪が出てきそうだ。
「もう洗濯する人まで辞めちゃったそうですよ」
「男爵自身も、誰とも顔を合わさなくて良いように、魔道士と護衛騎士の一人だけ連れて別荘に引き籠もったとかって話で」
「うん、最近は男爵の姿を見てないよね?」
「それで俺たちも慌てて逃げ出してきたんです」
これはヒドイ。
誰だって逃げ出したくなって当然だ。
「君らはあの場でドラゴン自身の声を聞いてるだろ? どういう風に言ってたか覚えてるかい?」
「えっと...森林地帯のどこかに住処を定めて、そこからルマント村を見守ると言ってましたよね? それで、もしもルマント村に害を与える者が出たら、それが何処の誰だろうと男爵を殺すって」
ちなみに彼ら三人も含めて男爵家の家臣たちもルマント村の住人たちも、人姿のアプレイスと園庭に現れたドラゴンとの関連性を分かっていないので、ドラゴンは南部大森林のどこかに住んでいるのだと本気で思っている。
まあ俺たちが『ドラゴンの友人』であるということは間違ってない。
「だいたい合ってるな」
「それで男爵は、あの後でルマント村に関する命令を出そうとして凄く混乱したらしいです」
「どうなったの?」
「命令を出すと言って騎士達を集めたんだけど、ずっとなにも言わなくて、なにか言いかけて途中で止めたり、言ってることが支離滅裂だったりして、結局、ちゃんとした命令にはならなかったそうです」
うーん・・・いまだにモリエール男爵は、宣誓魔法の効力をまったく理解していない気がするな。
きっと、直接はルマント村を攻撃しないけど遠回しにダメージを与えるような命令でも出そうとしたんじゃないのか?
実行できない悪事でも、頭の中で考えること自体は止められないからね。
しかし、彼自身がそれを『ルマント村へ復讐したい』という考えで頭の中に思い浮かべている以上、自動的に宣誓魔法の及ぶ範囲になってしまう。
あの若さで爵位欲しさに親殺しを行ったという最悪の人物で無かったとしても、この先まともに領地運営をしていく思考力があるのか甚だ疑問だ。
もしも、読み書きが十分に出来なかったとしても驚かないぞ?
想像するに、最終的に我が子に謀殺されてしまった親も酷い人物だったんだろうけど、きっと周りの家令や摂政的な役割の家臣たちも良いように男爵家を利用していたに違いなさそう。
++++++++++
結局、青年達は俺が付き添ってオババ様に事情を伝えて引き渡し、後はそちらで決めてくれと言うことにした。
俺にしてみれば彼らは元々アンスロープの一族なんだし、いまは自主的に男爵家を離れたんだから、レミンちゃんの件で責を問うつもりはサラサラ無い。
三人の内の一人は村を出て男爵家に奉公すると決めた際に一悶着あったらしく、長老の一人と親族らしい年かさの男性に激しく叱責されていた。
ちらっと聞こえてくる言葉から推測するに、良くある話で『冒険に憧れて村を飛び出す』とか『出世すると大見得を切って家を出た』とか、そういう類いのやり取りがあったんだろう。
シルヴァンさんとサミュエル君の騎士姿を憧れの目で見ている少年達も似たようなものだけど、どこの国でも村を飛び出す若者の意識なんて変わらないもんだよね。
まあ最後は三人とも許されて一緒にミルシュラントに行くことに決まったようだ。
良かった、良かった。
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