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第五部:魔力井戸と水路
ドラゴンの噂を立てる
しおりを挟む「つまり御兄様の考えでは、とにかくアプレイスさんの噂が広まれば、いずれエルスカインの情報網にもその話が引っ掛かって、南部大森林のどこかにいるはずのドラゴンを罠に掛けようと、動きが出てくるかもしれない...と、そういう事ですよね?」
「そうだ」
「なるほど...」
「それがライノの言う『引っ張り出す』って意味か」
「ああ。これまでみたいに俺たちの知らないところでエルスカインが次に何かをしてくるのを待つんじゃ無くて、俺たちがエルスカインを動かすんだ。俺たちの見てる前でな」
「だったら、なんなら時々俺がドラゴン姿で森林地帯の上を飛び回って見せてもいいと思う。そうすれば、ついでに大結界の結節点にあたるエルスカインの拠点か設備が、森の奥深くに隠されてないかの偵察にもなるだろう?」
「御兄様とアプレイスさんのお考えは分かります。ただ、それはアプレイスさんに大きな危険が及ぶ可能性があると思います」
「心配してくれてありがとうシンシア殿。だけど、そこはライノとも話して納得済みなんだ」
「ですが...」
「シンシア殿の一番の問題は、予想外に強力な罠に俺がはまった場合、逆に俺が支配の魔法でエルスカインの戦力にされてしまうかもしれないって事だろ?」
「ええまあ」
「井戸の罠は失敗して破壊された。当然、次はもっと強力な罠を仕掛けてくるはずだ。ちょっとやそっとじゃ抜け出せないし、簡単にはライノとシンシア殿にも破壊されないようなものにね」
「はい、そう思います」
「だから、絶対に俺が支配されて敵の戦力にならないようにする必要がある」
「ええっと、それはつまり?」
「ライノに宣誓魔法のことを聞いたんだ。俺の魂に精霊の宣誓魔法を掛けて貰っておけば、支配の魔法がどんなに強力でも魂を動かすことは出来ないだろ? 俺がライノとシンシア殿に忠誠を誓えば、エルスカインは俺を取り込んで利用することが出来なくなるはずだ」
「アプレイスさん、それは!」
「正直、俺は反対してるんだけど...」
「忘れたのかい? そもそも俺はライノとシンシア殿の僕だぞ?」
「友達だよ!」
「私たちは友人ですよ!」
「なら友人として友のために提案する。俺に宣誓魔法を掛けるべきだ」
「ですが...」
「うーん...」
「それにシンシア殿だって、以前にパルレア殿から魂への宣誓魔法を掛けて貰ってるんだろう?」
「はい、ですがこれは忠誠と言うものでは無くて、あくまでもホムンクルスを造られないための方法に過ぎません。輪廻の円環の理から外れないように己が魂を守るのが目的です」
「じゃあシンシア殿、ちょっと考えてみてくれ。エルスカインがホムンクルスを作れるのは人族だけか?」
「えっ?」
「ライノの話を聞いた限りじゃ、これまで魔獣のホムンクルスは出てきてないっぽい。だけどそれは出来ないからじゃ無くて、意味が無いからだとしたら? 例えそれが百年掛かりの作業だったとしても、もしヤツがドラゴンのホムンクルスを作れるとしたらどうなる?」
アプレイスの持ち出した仮定にシンシアが固まる。
シンシアだけで無く、みんな揃ってゾッとしているのが分かる。
当然だ。
「エルスカインが人族のホムンクルスを造るのは、その手駒に頭を使わせる必要があるからだ。魔獣ならそんな面倒を掛けなくても、支配して『誰かを襲え』と命令するだけでいい。じゃあドラゴンはどうだ?」
「それは...」
「手間を掛けてホムンクルスを造る価値があるかもしれないだろ? もしそれが、作れるものなら、だけどな」
アプレイスはそう言って、みんなの顔をぐるりと睥睨した。
「そうなった場合はドラゴン族自身にとっても大きな危機なんだよ。たぶん姉上はライノから支配の魔法について聞かされたときに、かなり先のことまで考えたと思う」
「それは、そうかもしれんが...」
「だから万が一の時でも、俺は『ドラゴンのホムンクルスは作れない』という証拠になってみせる必要がある。エルスカインにとって、いま一番手が届きやすい場所にいるドラゴンが俺なんだからな」
「それでも、アプレイスの死体を元にドラゴンの身体を作れるのなら、魂の入っていないニセモノのホムンクルスは作れるかもしれないぞ?」
「ああ、分かってる」
「なら同じ事になるんじゃ無いのか?」
「いいや。その場合は姉上を呼んでくれ。そこに俺の魂が残ってないと分かってれば、姉上は俺のホムンクルスを灰も残さずに焼き尽くしてくれるさ!」
「かもしれないけど...だったら魂を守るだけでいいじゃ無いか。忠誠までいらないだろ?」
「ライノ、エルスカインがドラゴンを操れるほどの『支配の魔法』を持っていると言ったのはお前だぞ? 忘れたのか?」
「そうだけどさあ...」
「俺に精霊の宣誓魔法で、ライノとシンシア殿への忠誠、それと魂の保護、その両方を掛ければ当面の課題は解決だろ。俺はエルスカインとの戦いに最後まで付き合うと決めたんだから構わない。躊躇する意味は無いと思うね?」
まったくアプレイスという男は・・・
結局、『友人云々』なんて押し問答しても意味は無いって事で、パルレアが意外に神妙な顔でアプレイスに宣誓魔法を掛けて、そっちの懸念は払拭された。
北部大山脈で俺たちが出会えたのは、シンシアの言うように『未来に向けた意味があるから』だとしか思えなくなってきたよ。
++++++++++
さて、アンスロープの娘達を自分の奴隷にするために、村を荒らす魔獣をワザと放置していたという悍ましい領主の件が一段落して村人達もホッと胸をなで下ろし、すぐさま移転準備が始まった。
見ているとオババ様をはじめとする長老達は中心になって指示を出すと言うよりも、村人が悩んだ時の相談役みたいなポジションだ。
実際の作業や段取りを取り仕切っているのはほとんどダンガで、各グループのリーダー達がダンガと相談して内容を決め、それを持ち帰ったリーダーが自分のグループを動かすという感じ。
ダンガも悩んだ時には長老達が出てくるけど、それほど揉める様子は無い。
もしエマーニュさんと結婚する話になっていなければ、ダンガがこのまま長老になって、いつかはオババ様的なポジションに着いていたのかもしれないなあ・・・とも思える。
逆に言えば、いまのダンガはいずれ自分が村を離れるという前提で、自分自身の利害に関わることや後腐れを考えずにバッサバッサと指示を出していけている様子もあるから、なにが幸いかは分からないもんだけどね・・・
それにリンスワルドからの来訪組も、出来る範囲で移転の段取りを手伝っている。
もちろん力仕事を手伝うって話じゃ無く、主にエマーニュさんを中心にして移転先であるミルシュラント公国の風土や文化など、さまざまな生活情報を提供しつつ移転後の暮らしについてアドバイスしている感じだな。
もはや集会所の一角はエマーニュさん主催の『ミルシュラント新生活相談室』の様相を示していて、村の女性達がひっきりなしに訪れているし、時々は順番待ちの列が並ぶ。
ダンガの奥方となるエマーニュさんが『身分を気にせず触れ合う気さくな貴族女性』だと言うことが知れ渡ったせいで、村の女性陣達の憧れも大きいのだろう。
実は貴族の縁者どころか、子爵家当主だって事がバレたらみんな卒倒しそうだな・・・
そのエマーニュさんは、ダンガについて言及する時は『夫は...』と躊躇無く言い切って、ダンガの妻ポジションを揺るぎないものにしている。
ちなみに俺がトレナちゃんに、『エマーニュさんの料理の腕前』についてさりげなく質問したときにはトレナちゃんの目が泳いだけど。
シルヴァンさんやサミュエル君も、自分から積極的に村人に話しかけていったお陰で、あっという間に頼られる存在になっていて、こちらは村の若い男性陣・・・それも少年達・・・から物凄く慕われている。
やっぱり種族や生活環境なんかには関係なく、『男の子』っていうのは『騎士』に憧れるものなんだろうね。
そして特に、オババ様の家の移転準備に向けて、俺の予想外な大活躍を見せているのがメイドチームの三人だ。
いつのまにか家財一式の目録が出来上がっていると思ったら、ミルシュラントへ持って行くもの、可能なら売るもの、破棄していくものが区分けされて、輸送量の見積が立てられていく。
その合間に俺たちリンスワルド組だけで無く、オババ様と世話役の女性に対しても持ち込んだ材料で三度の食事を提供し、なにがしかの営繕が必要と判断した家財には手を入れていくのだ。
もう八面六臂の大活躍。
オババ様も世話役も舌を巻いて全てを三人に任せ、挙げ句に『あん娘ら、村の若衆と所帯を持ってくれんかのう...』とか言い出す始末だ。
念のために、トレナちゃんはサミュエル君の婚約者だと釘を刺しておいた。
「でもトレナちゃん、あんまり気合い入れ過ぎなくていいからね? 根を詰めて倒れられたりしたら姫様にも申し訳が立たないよ」
さすがの仕事量に危惧を抱いた俺がトレナちゃんを気遣ってみたら、にぱっと全開の笑顔が返ってきた。
「まさか。これこそメイド冥利に尽きるお役目というものです!」
出たな、久々のメイド冥利発言。
しかし家財や収支の帳簿類までメイドの管轄業務だとトレナちゃんが認識しているのは、さすが姫様に仕込まれてきたからこそ、だろうな・・・
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