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第五部:魔力井戸と水路

男爵への対応

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「何をしておる! さっさっとやらんか!」

手を出せない騎士達にしびれを切らしたモリエール男爵が金切り声を上げた。
ホントに気が短いね。

「はっ!」
返事だけは良い他の騎士も踏み込もうとするけど結果は変わらない。

どうやら、このヒステリックな少年男爵が理性に立ち返って剣を収める事は無さそうだな。
仕方ないか・・・

俺は最初に近寄ってきた騎士の前に出て、彼の持っている剣を指で掴んだ。
騎士が剣を引き抜いて俺の指を落とそうとするけど、剣はピクリとも動かない。
そのまま逆に彼の手から剣を抜き取り、パキンと二つに折って地面に落とすと、剣を取られた騎士とモリエール男爵が驚愕した。

同時に『内向きの防護結界』を前庭全体に広げる。
今回は魔獣では無くて、手下達とモリエール男爵を逃がさないためだ。
以前とチョット違うのは自分もその中にいる、って事だけどね。

そして姿を隠しているアプレイスに指通信で声を掛ける。

< いいぞアプレイス、囲い込んだ >
< よっしゃあぁっ! >

なんだか凄く威勢のいい返事が返ってきたな。

そして、いつもの魔力の旋風が男爵家の庭を吹きすさんだ後、俺たちの背後にはドラゴン姿で浮かぶアプレイスが現れていた。
とたんに騎士や衛士達が悲鳴を上げると腰を抜かして座り込み、ふんぞり返っていたモリエール男爵は口を開けたまま動けないでいる。
恐怖に目を見開いた顔は、少年そのものだ。

「モリエールよ、貴様は一線を越えたな...ドラゴンの友人に剣を向けるとは愚かな事だ。地獄の底で悔やむが良いわっ!」

「ひぃぃぃっ」

アプレイスの迫力満点な脅し文句に、モリエール男爵が腰を抜かして地面に転がる。
そのまま後ずさって逃げようとするけれど、同じように後ろで転がっていた騎士に突き当たって動きが止まる。
「どかんかバカモノっ!」
その騎士の鎧を掴んでなんとか立ち上がると一目散に屋敷に向けて走り出し、そのまま派手に防護結界に正面衝突した。
もんどり打って転がるモリエール男爵に向けてアプレイスが首を伸ばす。

「貴様の逃げ道など無い」
「か、金、金をっ、いくらでも金を払おうっ!」
「この期に及んで醜悪よのお。我がブレスで屋敷ごと焼き尽くされるか、家臣共々にこの牙を磨くボロ布となるか、どちらでも好きな方を選ぶが良い、愚昧なモリエールよ!」

なんか楽しそうだなアプレイス・・・

「ひっ、おぉ、お助けをぉっ!」
「早く選べ。貴様が人の命の奪おうとする際の躊躇せぬ様子は我も見習わねばな」
「お、お許しをっ、ドラゴン様!」
「許すだと? 許しを請う相手は我ではなく、我が友であろうが!」
「はははひぃ!」

ひっくり返った際にぶつけた鼻からダラダラと血を流しながら、モリエール男爵がその場でこちらを向いて土下座する。

「ここここここ此度は大変な無礼を致しましててててままことにに申し訳なく!」

レミンちゃんの場合は慌てふためいて噛む口調が可愛いんだけど、コイツの場合はひたすら醜悪なだけだな。
それに命乞いするモリエール男爵がこちらをチラリと仰ぎ見た瞬間の『目』を見て確信したのは、コイツは絶対に反省したり悔い改めたりしないだろうって事だ。

その目に浮かんでいる恐怖は本物だけど、同時に別の感情が隠せていない。
憎悪だ。
モリエール男爵は地面に頭を擦りつけながらも、自分が虚仮コケにされた事への凄まじい怒りを秘めて、なんとか形勢を逆転するチャンスは無いかとチラチラとこちらの様子を窺っている。
いや、あの表情は形勢逆転と言うよりも『後で覚えてろよ!』かな。

いつぞや岩塩採掘場でパルミュナを攫おうと企んでいた二人のゴロツキのように、目前の脅威が去ったら、またぞろ悪事を企むに違いない・・・

アプレイスがすごみのある声でモリエール男爵を脅す。

「愚かなモリエールよ。我はこれより南部大森林を住処とし、その山中よりルマント村を見守るとする。もしも友柄ともがらの暮らすルマント村とその住人に害を為す者が現れたときは、それが何処の何者であろうと貴様の差し金と見做してここを焼き払いに来るぞ? しかと心得よ!」

「しょ、承知致しましたドラゴンさま!」

「なんであれ貴様の配下がルマント村の領域に踏み込んだり、村の者に手を触れることがあれば我は貴様を焼く。貴様がこの地におらぬならポルミサリアの何処へだろうと追い掛けて焼く。分かったか小僧」
「は、はい。決してルマント村に手を触れぬとお約束致します!」
「ならば良し、我が二度とお前の元に現れぬよう、心して振る舞うのだな!」
「はっ!」

うん、ひらめいた!

「こっちへ来いモリエール男爵」
「は、はひ」

俺が呼ぶと、モリエール男爵が這いつくばったまま、ずるずるとこちらに寄ってくる。
『少年な見た目』だけ気にすると、まるでこちらが彼をいじめているようで嫌な気分になるけど、実際の中身は、とても少年と呼べるシロモノじゃ無いからな。

そして、不意にもう一つの事実に気が付いた。
さっきからこの無様な状態を晒している『主君』を、身を挺して守ろうとしている騎士が一人もいないことに。

「お前はルマント村を人質にして、我が友であると同時に我が友レビリスの妻でもあるレミン嬢を我が物にしようとした。その罪は重いぞ」
「も、申し訳ございませんっ!」
「反省するならば我らの宣誓魔法を受けろ。そうすれば命は助ける。選べ」
「は、はい。命ばかりはお助けを!」
「いいだろう、そこになおれ」
「はい」

そう、あの岩塩採掘場の悪党達みたいに宣誓魔法を掛けてしまうのだ。

本来はアプレイスに散々脅かさせてルマント村に手出しさせないことを約束させればいいかと考えていたんだけれど、実際のモリエール男爵を見て気が変わった。

モリエール男爵は絶対に悪巧みを諦めないタイプだし、ただ気に入らないと言うだけで国外からの来訪者を簡単に殺そうとする輩だ。
このまま罰を与えずに見逃したら、なんとかして復讐しようと企むだろう。
それも俺たちでは無く、ルマント村の無関係な人々に。
一度対立した以上、その芽を摘むのは俺の責任だ。

コイツの両親はなんでこんな醜悪な人物を育ててしまったんだろうか。
まあ、きっと前男爵の両親も似たり寄ったりだったんだろうな・・・

「パルレア、いつぞやの宣誓魔法を頼めるか?」
「塩の時のアレね! いーよー」
パルレアがフワッと肩から飛び上がり、モリエール男爵の前に浮かぶ。
地面に這いつくばっている男爵の下に魔法陣が浮かび上がった。

「モリエール男爵、ここで死にたくなかったら、これから俺が言うことに『はい』と答えろ。いいな?」
「ははははは、はい!」
「アンスロープ族とルマント村に関わりのあるもの一切に危害を与えること、それを誰かに指図、示唆することも禁止だ」
「う...はい」
コイツ、この期に及んで答えるのを躊躇ためらいやがったよ!
復讐する気満々だったな・・・
まあ承認はされたから良しとするけど。

「これから二度と嘘をつくなよ。嘘、隠し事、欺し、誤魔化し、真実の沈黙、とにかく人を欺く行為や発言は一切禁止だ」
「はい」
魔法陣がフワッと青く光をあげて承認したことを示す。

「これでいいぞパルレア」
「えっ? こんだけでいーの?」
「ああ、コイツには十分だ」
「そっかー。分かった!」

パルレアが軽く手を振り、魔法陣を赤く光らせてから消す。

仮にもコイツは領主なのだ。
なのに、ドラゴンの前に飛び出して盾になろうとする騎士が一人もいなかったのはどういうことか?
嘘をつけなくなった彼が、これから家臣たちに一体どういう差配をすることになるか、それに対して家臣たちがどう振る舞うか、互いに考える時間はたっぷりと有るだろう。

「我が見ていることを忘れるなよ、愚昧なモリエール」

「は、はい! 決して忘れません」
うん、本気でビビっているからこれは本音が出てるな。

「いいかモリエール男爵、お前はこの先の人生で嘘がつけない。どんなに隠したくても、聞かれたことには本音を喋ってしまう。その意味が分かるか?」

「わからん」

これが嘘偽りの無い本音なのか!
本当に馬鹿なのかこの少年・・・

「なぜレミン嬢に目を付けた?」

「ルマント村は貧乏だ。少し餌をちらつかせれば我が輩への生け贄に女を差し出すくらい当然だと思ったからな」

生け贄って・・・なんなの?
ここは東の果ての蛮族の領地なのか?
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