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第五部:魔力井戸と水路
事実上の夫婦として
しおりを挟む四人の騎士達は一刻も早くこの場から立ち去りたいという思いが溢れているせいか、微妙に馬の足が速い。
「なあライノ、俺はああ言うヤツらって心底...うん、心の底から大嫌いなんだよな。男としての誇りとか矜持とか無いのかって」
アプレイスがいかにもウンザリしたという表情でボソッと口にする。
「実は俺もなんだ。見てるとぶっ飛ばしたくなるよ」
「だよな!」
「だけど、あいつらの主君のモリエール男爵って、賭けてもいいけどもっと嫌なヤツだと思うぜ?」
「マジかよ...」
「マジだよ。だいたい騎士達の態度とか言動は、そのまま主の言動だと思っていいからな。上が傲慢なヤツだと、部下達も弱い者に対しては傲慢な態度を取るようになるもんだ」
「最低だなあ」
「人族ってのはそんなもんだよ...俺が言うのも『どの口で』って感じだけどな! まあそれでも一応は筋を通せるかどうかやってみよう。話し合いで向こうが引くならこっちから攻める必要は無いし、ルマント村の人達にとってもその方がいいだろう」
「もし引かなかったら?」
「その時は力づくで分からせるしか無いんじゃないか?」
「ちょっとぐらい暴れるのはありか?」
「誰か死ぬとあちこちに迷惑が掛かるけど、強く脅すくらいだったらいいんじゃないかな?」
「よし、なんなら竜の姿で男爵の屋敷の庭に降りてやるか?」
「うーん、最初からアプレイスが出て行ったら、男爵はすぐに逃げるか隠れるかして絶対に表に出てこない気がするね」
「雰囲気的に卑怯っぽいもんなあ...」
「だから、まずは俺が行って煽って表に引き出してからアプレイスが空から登場するって言うのはどうだ?」
「いいねえ。不可視の結界を張って様子を見てればいいか」
「そんな感じだな」
「乗ったぜ!」
「うん、ついでにちょっといいことを思いついたよ。本気でアプレイスのドラゴン姿を披露しよう」
咄嗟の思いつきだけど、ルマント村を守って、かつ、南部大森林に探りを入れる事も出来る、そんなことが出来るかもしれない。
さっそく思いつきを実行するための段取りに掛かる。
まずは指通信でパルレアを呼び出した。
< なーに、お兄ちゃん? >
< パルレア、みんなの騒ぎにならないようにレミンちゃんとレビリスをそこから連れ出せるかな? >
< なんか理由を付ければいーんじゃない? >
< じゃあ...ダンガの家に防護結界を張るから一緒にとか、そんな理由でもいいかな? >
< うん、いーと思う >
< よし、そうしたら二人を連れ出して、本当にダンガの家の中に転移門を張ってくれ。それから今朝アプレイスが着地した場所に二人を連れてきてくれるか? そこで合流する>
< わかったー! >
< 俺たちがあそこの脇を通るまで、たぶん後半刻くらい掛かるから慌てなくて大丈夫だよ。着いたら不可視の結界で姿を隠しておいてくれな >
< はーい >
荷馬車からは食品や日用品関係をあらかた降ろしてあるので、荷台の隙間は十分にあるし、逆に姿を消さなくても幌と荷物の影に隠れていられる程度でもある。
「何をやるつもりだライノ?」
「不意打ちでレミンちゃんとレビリスを男爵に紹介する。先日結婚したって言ってな。レビリスはミルシュラント公国の人間だから、結婚に当たって、本来ここの領主の許可を取る必要は無い。オババ様に許可を求めたのは今後の人付き合いって言うか、レビリスにとっては村への礼儀的なモノだよ」
「ああ、レミン殿はもう人妻だってことにするのか。だから手を出すなと!」
「そういうこと。ま、事実上そうだし?」
「知ってる」
「知ってたか?」
「まあな」
この前、俺がアプレイスやシンシアと『人以外の姿になれる種族が羨ましい』って会話をしたことがあったけど、その後でみんなと一緒にいるときにシンシアがその話題を出した。
すると案の定レビリスは『変身願望派』で、出来ることなら自分も狼やドラゴンの姿になりたいと思うって言い出したんだよね。
さすがは俺の親友である。
「ねえパルレアちゃん、アンスロープになれる魔法とかないのかな?」
「いまは無いと思うねー」
ちょっと酔ってるレビリスのセリフを聞いたダンガがニヤリと笑って言った。
「アンスロープには成れなくても、アンスロープの子供を持つ方法はあるぞ?」
「え? どういう意味?」
「レビリスがアンスロープの女と所帯を持てばいいんだよ。アンスロープの女が産む子供は、相手がどの人族だろうとアンスロープだそうだからな!」
ダンガにそう囃されたレミンちゃんとレビリスの顔が真っ赤になった。
・・・どういうことかな君たち?
と言うこともあって、大体みんな、もう二人はそんなものだろうと思ってる。
もちろんダンガとアサムも分かってる。
アンスロープ族の最も苦手なことが嘘と隠し事だからな!
「さすがに領主と言えども、大っぴらに人妻に手を出すのは外聞が良くないよな?」
「ドラゴンのクセに良くそんな知識があるなアプレイス」
「まあ伝聞だ」
「貴族同士の浮気なら良く聞く話だけどね。でも、権力をかさに着て領民の人妻を自分のものにしようなんて輩だったら、こっちも遠慮はいらないさ」
ドルトーヘンの街で、あの不埒なオッサンを完膚なきまでにやり込めた姫様を思い出すな。
ただ、あの時にオッサン自身は『コテンパンにやられた!』と思っただろうけど、実はあれでも穏便に済ませて貰えているのだ。
++++++++++
パルレアに指通信をしてから半刻ほどで、道の脇の空き地に『姿を消した』三人が佇んでいるのが感じ取れた。
もちろん前を行く四人の騎士達は欠片も気が付くこと無く横を通り過ぎていく。
俺はそこで荷馬車を停めて素早く三人を乗り込ませ、また何食わぬ顔で発車させた。
仮に騎士の誰かがこちらを見ていたとしても、ただ俺がいったん馬車を停めただけにしか見えないし、車輪に不具合でも感じたのかと思うことだろう。
「で、ライノ。俺たちはどうすればいいのさ?」
「このままレビリスとレミンちゃんを連れて行って、男爵に夫婦だと紹介する」
「ええっ?」
「もうオババ様の許可は取ったんだし、式を上げてなくても二人は事実上の夫婦だと言って問題ないだろ?」
「そーよねー。もう二人は夫婦だって、みんなも認識してるんだしー」
「そそそそそ、そうななんでしょううか?」
「そうだよ」
「ででででもラララララライノさん...」
「いいの! 結婚式の日取りなんて誤差だよ誤差!」
「ま、まあな」
レミンちゃんの歌うような慌てっぷりを耳にするのも久しぶりだな。
「二人を正式に夫婦だと紹介するんだよ。レビリスはミルシュラントの国民だから結婚にここの領主は関係ない。だってレミンちゃんはタウンド家に嫁入りした訳だからね」
「まあそうなるか」
「レミンちゃんおめでとー!」
「パルレアうるさい。とにかく自動的にレミンちゃんはミルシュラントの国民になる。勝手に国外に出たとかはこの際無視だ。往来自由な破邪が一緒だからな」
「なるほど」
「それでもモリエール男爵が難癖を付けてくるようなら、後は俺とアプレイスに任せて見物しててくれ」
「はい、ライノさん!」
「分かった、そこは全部ライノにお任せさ」
「パルレアは俺の革袋に入ってるか、それともピクシーサイズに戻ってるか?」
「じゃー、ちっさくなってるー!」
言うが早いかパルレアはその場で身体をピクシーサイズに縮ませた。
パルレアの言によるとコリガンサイズでいるよりも、本来の顕現姿であるピクシーサイズでいる方が何かと楽と言うか動きやすいらしい。
ただ、いま着ていた服はルマント村訪問に備えて姫様に用意して貰った『本物の子供服』であって、魔力で作ったものじゃ無いのだ。
つまりパルレアの身体がいきなり小さくなると、そのまま服だけが一式全部ストンと床に・・・
人形サイズのパルレア相手でも咄嗟に目を逸らすレビリスが律儀だ。
「バカモン、先に革袋に入ってから着替えんかっ!」
「えへー、失敗」
本当に突拍子も無いことをしやがる。
床に落ちた子供服一切合切をまとめて拾い上げ、全裸で革袋に飛び込んだパルレアの後ろから押し込む。
少しするとピクシーサイズの服に着替えたパルレアが革袋から出てきたけど、意外なことにお気に入りの『元花嫁衣装ドレス』ではなくて、仮縫い中の繋ぎに貰ったシンプルな白いワンピースの方だ。
ただ正直に言うと俺はこの服装のパルミュナの方が妹っぽさに勝るというか、愛らしくて好きなんだけどね。
「お、そっちの服にしたか?」
「お兄ちゃんとアプレースが暴れるかもしれないから、こっちの服の方が動きやすいかなーと思って」
「お前は暴れるなよ?」
「えー!」
「えーじゃない。精霊が人を相手に暴れてどうする」
「だってピクシーの悪戯好きは有名だしー」
「俺は、『皮』がピクシーだってことが問題なんじゃ無くて、『具』が大精霊だってことが問題だと言ってるんだ。いいから俺の肩で大人しくしてろ」
「はーい」
さて。
しばしレビリスとレミンちゃんには荷台に収まっていて貰おう。
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