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第五部:魔力井戸と水路

コリガン族

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「確かに我がこの森に居座れば魔獣達は避けて通ろう。しかしながら、我らには急ぎの用があるゆえ、長くこの地に留まる事は出来ぬ。それに、ひとたび魔獣を脅して追い払ったとしても、いずれは元の状態に戻ろうな」

「左様でございますか...」
里長の二人がガッカリした表情を見せる。

「なあアプレイス」
「うん?」
「移動してきた魔獣達って、あそこの山にいた『例のドラゴン』の気配に怯えて出てきたって事は無いよな?」
「ん? どうかな? それは無いんじゃないかな?」

目が泳いだぞアプレイス。

「御兄様、私は実際のところエルスカインの魔力操作の影響が大きいのでは無いかと思いますが...」

「そうだよなシンシア殿!!!」

シンシアに庇って貰えて滅茶苦茶嬉しそうだなアプレイス。

「そうか...まあそうだろうな。だけどシンシア、となると抜本的な解決はアプレイスがここで魔獣に睨みを利かせる事よりも、あの罠をどうにかするしか無いんじゃないか?」
「ええ、位置的に言ってもここは高原の牧場の真西にあります。影響を受けたのは大山脈から降りてきた魔獣よりも、人の集落が多かった街道沿いの高原から、この森へ至るまでの間に住んでいた魔獣達でしょう」

そっか、大山脈の中腹からここまで僅か半日で飛んできたから近いように思っていたけど、馬車だったら七日はかかる距離なんだった。

「それが、井戸の影響で西に大移動って訳かな?」
「はい、恐らく」

俺とパルミュナは、高原の住民たちを追い払った魔獣が『旧街道の幻』と同じような物というか、あちらが実験でこちらが本番だった、という風に捉えた。
いきなり辺りに膨大な魔力が溢れ始めて、アサシンタイガーの姿が何十匹も現れれば、ウォーベアがダッシュで逃げ出していっても不思議は無い。
元から付近の森に住んでいた魔獣だって、エルスカインに操られていなければ心はあるし恐怖も浮かぶだろうからね。

後は、倒れた木が隣の木を倒していくように・・・
あるいは、上流の土砂崩れが下流で更に土砂崩れを引き起こすように順に押し出されて、魔獣達の大移動が伝達されていく訳だ。

この森は、おそらく一般的な人の住まない原野の中で、山と山に挟まれた隘路あいろとなっているんだろう。
奔流の魔力も濃く、普段なら獣の多い豊かな森だろうけど、今回に限ってはそれが裏目に出て、逃げてきた魔獣達が狭い範囲に押し込まれてしまったというところかも・・・

「キャランさん、パリモさん、俺たちは魔獣達が大移動を始めることになった原因に心当たりがあります。もし、その考えが正解で、それを消してしまう事が出来れば、この森に魔獣が押し寄せてくる事もなくなるでしょう」

「誠にございますか!」

「ただし上手く行くかどうかの保証はないんです。貴方たちの集落は、あとどの位だったら持ちこたえられそうですか?」
「この勢いで魔獣が増え続けていくとするならば...およそ一ヶ月、耐えても二ヶ月以内には里を捨てる事になるかと思います」
「なら十分か...」
「だけどライノ、罠を潰すとなったら、こっそり入ってこっそり出るって訳にはいかなくなるぞ。どうするんだ?」

「まあそうなんだけど、エルスカインの魔法陣はいずれにしても潰すしか無いから早いか遅いかの問題だ。パルミュナの支援なしでぶつからなきゃいけないけど、シンシアとアプレイスが一緒にいるんだ。やれるよ」

「そうか。だったら俺はライノの仰せのままに、だ」
「私も御兄様と一緒なら出来ると思います!」
「ありがとうシンシア、アプレイス。きっと二人を大きな危険に晒すことになると思うけど頼む」
「水くさいぞ...なあシンシア殿?」
「ですよね!」

おい、なんで急に仲良くなってる訳?
ちょっと庇って貰ったくらいで・・・まあ魔獣の大移動がアプレイスのせいだって言うのは俺の誤認だけど。

「キャランさん、パリモさん、俺たちはなるべく早く原因となっている場所へ向かって原因となっている魔法陣を壊そうと思います。でも、もし俺たちが戻ってこなかったら、その時は申し訳ないんだけど安全な場所へ里人達を避難させて下さい。その場合、恐らく待っていても魔獣の数が減る事は無いと思うので」

「承知致しました。ですが、原因を絶つということはそれほどに危険な事なのでございますか?」
「それは気にしないで下さい」
「そうは仰いましても...」
「いや、俺たちにとっては役目みたいなモノですからね!」

これでも勇者なんだから。
ここのところずっと『対エルスカイン』という目線でしか動いてないけれど、本来は奔流の乱れで増しつつある混乱を抑える為に雇われたんだし・・・

「それはなんとも...私らの我が儘を聞き届けていただき、一族を代表致しまして、心の底より感謝致します」
「いえ、これも行き掛かりですからね」
「とんでもございません...ところで皆様、今夜はこの森で過ごされる事になりますか?」
「そうですね。特にご迷惑で無ければ」
「迷惑だなど、とんでもございません。本当であれば里にお招きして僅かばかりのおもてなしでもさせて頂きたいところなのですが...」

言い淀んだキャランさんの言葉をパリモさんが引き継いだ。

「私たちの里は狭い上に、他の人族の集落とは少々造りが違っておりまして...とてもアプレイス様にお越し頂く事が出来そうにないのでございます」

なんて言うか、完全な子供の姿から年寄り臭い言葉遣いが出てくるので、違和感が半端ない。
少年賢者姿のアスワンとどっこいどっこいだ。
しかもこっちは男女ペア。

「ああ、いや。お構いなく」
「ええそうです。食料も十分に持っていますからご心配は無用ですよ?」

「って言うか、俺が人の姿になればいいだけじゃ無いのか?」

さらっとアプレイスが俺とシンシアの遠慮を打ち消した。
でもその通りだな・・・それにおもてなしは不要だけど、内心ではコリガン族の里って場所をちょっとだけ覗いてみたい気持ちもある。

「まあそうか」

俺がそう言うが早いか、アプレイスの周囲を魔力の風が吹きすさぶ。
その旋風が収まった時には、始めて会った時と同じ姿の青年が俺たちの前に立っていた。

「よし、これならいいだろ?」
「おおっ、さすがはアプレイス様! 偉大なるドラゴンは人の姿を取れると伺っておりましたが、本当だったのですね!」
「痩せても枯れてもドラゴンだからな。それと俺にも様付けは不要だ」
「は、失礼致しました」
「で、里はここから遠いのかい里長よ?」
「いえ、歩いて...皆様の足で歩いても一刻も掛かりますまい」
「よし、お邪魔するとしよう!」
「キャランさん、俺たちはもう食事を済ませているので、そっちのお気遣いは不要ですよ。何処か横になって休める場所だけ貸して頂ければ有り難いです」

正直、ここの岩盤の上で寝るとしたら革袋から馬車を引っ張り出すつもりだったけど、コリガン族の里に行ってそれをやる訳にも行かないだろう。
納屋でも何処でも、平らな地面のあるところを貸して貰えればそれでいい。

「かしこまりました。ですが勇者殿も妹君も遠慮は無用でございますので、なんなりとお申し付け下さい。出来る事が限られているのが心苦しい次第でございますが...」
「いやホントにお構いなく」
「では、わたくしは一足先に里へ戻って準備をさせておきます。パリモ、お前が皆さんを下の道で案内してきておくれ」
「わかりましたキャラン」
「では失礼致します」
そう言ってキャランさんは木の上に飛び上がった。

「え?」
「ええっ!?」

驚いている俺たちを尻目に、キャランさんはそのまま枝から枝へと飛び移り、あっという間に暗い木立の中に姿を消してしまった。
月明かりが有るとは言え、この深く薄暗い森の中でのリス、いやムササビのごとき動きに瞠目どうもくする。
素早いどころの話じゃ無いよ・・・あれもう暗殺者並の動きだろう。

『魔獣に殺されるほど愚鈍ではない』というキャランさんのセリフはマジだった。

パリモさんの後をついて歩く事しばし、前方の森の中に点々とともる明かりが見えてきた。
あそこが里か!

ただ、見えている明かりの距離感がおかしい。
明るさや明かりの大きさからすればもう近いはずなのに、まだ遠くにあるみたいに見える。
不思議に思いながらもそのまま進んで里の端に着いた時に、ようやく理由が分かった。

明かりが全て大樹の上の方に灯っていたのだ。
逆に足下は真っ暗。
見渡す限り沢山の家屋は全て巨木の幹に沿って空中に建てられていて、四方八方に渡された綱や吊り橋、階段、梯子、渡り廊下などで縦横に結びつけられている。
地面に建っている建造物はごく少数で、いかにも納屋というか物置小屋というか、人が住んでいなさそうなものばかり・・・

言うなればコリガン族の里は『樹上にある集落』だった。
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