上 下
360 / 912
第五部:魔力井戸と水路

姉と弟

しおりを挟む

なんとこの二人のドラゴン、エスメトリスとアプレイスは姉弟だった。

そして、どうやら立場的には姉のほうが圧倒的に上位らしい。
体格も上だけど。

それともドラゴン族の場合は体格と立場が比例しているとか?
あながち無いとは言い切れんな・・・アプレイスが『威風堂々』だったら、エスメトリスの姿は『荘厳』っていう表現がしっくりくる。

ともかく、エスメトリスはアプレイスに向かって『俺に従え』という指示を出したという事だろう。
ならば、エルスカインについての話もちゃんと受け止めて貰えるハズだ。

「なあアプレイス。良く分からないけど、取り敢えず俺たちは休戦ってことでいいのかな?」
「ああ、それでいい」

俺の疑問に対して、アプレイスがぞんざいに返事をすると、即座にエスメトリスの叱責が飛んだ。

「休戦では無かろうがっ! アプレイスが勇者ライノ・クライスに負けて戦いが終わった。そうだな?」
「くっ、はい姉上...」
「よってドラゴン族の決闘の掟に従い、アプレイスはこれより勇者ライノ・クライスの配下に下る。自らの命とドラゴン族の名誉を傷つけることでない限り、勇者ライノ・クライスの命に逆らう事は許されぬ」

これ・・・
ここでもしアプレイスが逆らったら、むしろエスメトリスにとどめを刺されそうな威圧感があるぞ。

「裁定者である我、エスメトリスが奉仕の責を終えたと認めるまで、アプレイスが勇者ライノ・クライスに再戦を挑むことはまかり成らぬぞ。良いな?」
「しょ、承知している姉上...」
「ならばよし。では勇者ライノ・クライスよ。我が不肖の弟は貴様に預ける。従僕として存分に使い倒すが良い」

いきなりドラゴンを従僕にとか言われても話について行けないんだけど・・・

「しかし...アプレイスを貴様に同道させるにあたり、この身体のままではただの厄介者となろう。今ここで、此奴の傷を治してやっても構わぬか?」
「回復が出来るのか? ああ、構わないよ」
「あ、いや姉上、しばらく放っておけば治るとおもい...」

「やかましい。その傷では飛ぶ事すら出来まいが!」

そう言ってエスメトリスがふわりと浮き上がり、まだ地面に横たわったままのアプレイスの上に着地した。
着地って言うか完全に踏みつけてるよね?
「グォッ!」
「情けない声を出すな。大人しくじっとしておれ!」
その場でエスメトリスはそっと身体を寝かせて、アプレイスの上に覆い被さった。

エスメトリスの方が身体が一回り大きいだけあって、アプレイスは完全に押しつぶされてるように見えるけど、これはアレだな、ドラゴン的にはエマーニュさんがダンガの傷を癒やしてた時と同じような体勢なんだろう・・・
光に包まれたアプレイスが苦しそうな声を上げているのは、傷が癒える際のショックとかかな。
うん、きっとそうに違いない。

しばらくしてエスメトリスが身体を起こした時には、俺が刻んだあちこちの傷はすっかり塞がっていた。
裂けた口元と折れた牙も元通りになっているし、切り落とした指先や、かなり危ない状態だった首筋も再び肉で覆われて鱗が再生している。
鱗の色がいかにも真新しい感じなので傷口自体ははっきりと分かるけど、首を動かす事に支障は無さそうだ。

さすがは魔力の塊、ドラゴンだな。

「これで良かろう。もう、あまり無茶をするなよアプレイス。自らの力量を知ってこそ相手の力量を測れるのだ。そうで無ければ測る基準に意味が無かろう?」
「は、はい姉上...」
そう言って聞かせるエスメトリスの表情は、俺にはとても優しく見えた。
アプレイスの方は苦虫を噛み潰したような顔をしているし、息苦しそうと言うか、人族だったらゼーゼーと肩で息をしてる感じだけど。

「一つ聞いても良いか? 勇者ライノ・クライス」
「なんだい?」
「貴様も結構な魔力を消費しているようだな。もしも我がアプレイスを回復させた上で、二人ががりで挑めば貴様を倒せよう。何故、用心しなかった?」

ごもっとも。
今、この二人に向かってこられたら終わりだ。
俺だけ死ぬならまだしも、シンシアを守り切れるはずが無い。

「あのライムールの悪竜みたいなのは例外で、本来ドラゴンは誇り高い種族だと思っている」
「それは少々甘くは無いかの?」
「いや。アプレイスは俺たちを不意打ちできたのにそうはせず、わざわざ戦いの宣告に来た。戦う意志がなければ逃がすという猶予もくれたし、いざ戦うとなっても勇者では無い妹を見逃そうとしてくれていた。それは尊敬に値する態度だと、俺は思う」
「ほう...」
エスメトリスが感心したように声を上げて、アプレイスがじっと俺を見た。

「だから一度は殺し合ったとしても、アプレイスは信頼できる相手だ」

そもそもエスメトリスだって、弟を救う為に俺を殺す気だったら現れた時にブレスを吐いてるだろう?
わざわざ俺を騙して弟を回復させてから二人がかりで挑んでくるような卑劣さとは対極にあるオーラを纏っているぞ?
人族だったら王のごとき風格だ。

「そうか、そうであったか...誇りを失わぬ事は何よりも大事だ。時には勝つ事よりも...。負けたとしても、我はお前が家族である事が誇らしいぞ、アプレイスよ」

「ありがとうございます姉上...」

「そうしょげるな。猛々しい竜の姿に憧れていた愚かなお前は今日死んだと思い、心を改めて勇者と共に見聞を広めてくるが良い」
そう言って今度はシンシアに目を向ける。
「さて、そなたが妹君だな。勇者に『御兄様』と呼びかけていたのを確かに聞いた。すまぬが慌てておった故に名を聞いておらなかったな」

「私はシンシアと申します」
「シンシアか。強き兄を持ったな...なにより仲が良さそうで妬けるわい」

あ、これエスメトリスの本音だろ!
アプレイスとエスメトリスの姉弟間には、なにかのわだかまりっていうか微妙な距離感があるって感じがするもんな・・・

「ありがとうございます。エスメトリスさん」
「それにしても可愛いのう...アプレイスも見蕩れたか?」
「馬鹿な事を言わないで下さい姉上」
「馬鹿?」
「馬鹿にしないで頂きたいという意味です姉上!」

うん、絶対になんかあるよ、この二人。

「勇者ライノ・クライス、そして妹君のシンシアよ、アプレイスの側へ寄ってくれるか」
「ん? 構わんが」

シンシアと一緒にアプレイスの足下に近寄った。
俺からすれば、この二人からの不意打ちを危惧する気持ちはもう無い。

「アプレイスよ手を出せ。勇者殿と妹君は、アプレイスの手の上に御身の手を置くのだ」

アプレイスが俺とシンシアの近くに指の再生された前足を伸ばしてそっと置く。
俺たちはエスメトリスに言われるがままに、その固い鱗に覆われた指先に手の平を置いた。
初めて生きているドラゴンの鱗に触ったっけれど、鉄の鎧と言うよりも鋼の剣のような堅さを感じさせるのに微かに暖かいのが奇妙な感じだ。

「悠久の時を経るドラゴン族の掟に則り、ここに忠誠の盟約を結ぶ。アプレイスは正しき決闘の伝統に基づいて勇者ライノ・クライスとその妹シンシアに戦いを挑み、そして敗れた。此度こたびの助命の恩に報いる為、二人のしもべとして責を果たすことを誓うのだ」

「...誓おう。我は勇者ライノ・クライスとシンシアのしもべだ」

アプレイスが静かに声を出した。
なんと言うか、いかにも観念したって感じが、ちょっと可哀想に思えてしまう。

実際のところ、いっぱいいっぱいだった俺は助命どころか、アプレイスにとどめを刺そうとしていたからな・・・
それを止めたのはエスメトリスで、つまりアプレイスの命を救ったのはエスメトリスなんだけど、あくまでも『俺がアプレイスに情けを掛けて命を取らなかった』という建前にして、誰も死なないよう決着させたのだ。

俺の僕に云々というのは、その落とし前ってことなんだろう。

それはともかく、一つはっきりさせておかないとならない事がある。
北部大山脈の奥地、シュバリスマークとの国境付近に陣取っているらしいドラゴンは、このエスメトリスだったのか?
もし違っていたら、アプレイスの代わりにそちらのドラゴンがエルスカインが高原の牧場に作っている罠に飛び込まないとも限らないからね。

「エスメトリスに一つ聞きたいんだけど、ここから東の山、大森林地帯の奥の辺りになるんだけど、そこに降り立ったドラゴンが地元民に何度か目撃されている。それは貴女の事だと思っていいのかな?」

「うむ。それは我のことであろう。この山脈に飛んできたのは我の方が先で、アプレイスはその後を追ってきたからな」
「別に姉上の後を追った訳では...」
声が小さいよアプレイス。

「この地方に来た理由を聞いても?」

「我らドラゴンは強い魔力を求める。ただ、人族が言うところの、この北部ポルミサリア西岸は沢山の人族が集まって住む街が数多く散らばっておるゆえ、ここ最近では積極的に来ようと思う場所では無かった」

「なのに来たって事は理由が出来た訳か?」

「その通りだ。近年になってこの地方を巡る奔流は目まぐるしく流れを変え、太く大きな流れとなりつつある。あちらこちらで奔流が噴出し初めている気配もあった。その理由を知る事が目的の半分、そしてもう半分は、ただ魔力の濃い場所へ我が身を置き続けて更なる強さを得る事だな」

なるほど!
じゃあ、アプレイスがこの山に来たのも姉上を追ってと言うよりも、むしろ姉を避けつつ、この辺りに噴出し始めた濃い魔力を手に入れる為だったのかも知れない・・・

しかし危なかったな。
姉に対抗する為かどうかはともかくとして、ここで力を付けようと狙っていたアプレイスは、いずれ間違いなくエルスカインの罠に自ら飛び込んでいっただろう。

この件は、ちゃんと二人に説明して、出来れば他のドラゴンにも伝えて欲しいところだな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この世界で唯一『スキル合成』の能力を持っていた件

なかの
ファンタジー
異世界に転生した僕。 そこで与えられたのは、この世界ただ一人だけが持つ、ユニークスキル『スキル合成 - シンセサイズ』だった。 このユニークスキルを武器にこの世界を無双していく。 【web累計100万PV突破!】 著/イラスト なかの

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【祝・追放100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました!

高見南純平
ファンタジー
最弱ヒーラーのララクは、ついに冒険者パーティーを100回も追放されてしまう。しかし、そこで条件を満たしたことによって新スキルが覚醒!そのスキル内容は【今まで追放してきた冒険者のスキルを使えるようになる】というとんでもスキルだった! ララクは、他人のスキルを組み合わせて超万能最強冒険者へと成り上がっていく!

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

父上が死んだらしい~魔王復刻記~

浅羽信幸
ファンタジー
父上が死んだらしい。 その一報は、彼の忠臣からもたらされた。 魔族を統べる魔王が君臨して、人間が若者を送り出し、魔王を討って勇者になる。 その討たれた魔王の息子が、新たな魔王となり魔族を統べるべく動き出す物語。 いわば、勇者の物語のその後。新たな統治者が統べるまでの物語。 魔王の息子が忠臣と軽い男と重い女と、いわば変な……特徴的な配下を従えるお話。 R-15をつけたのは、後々から問題になることを避けたいだけで、そこまで残酷な描写があるわけではないと思います。 小説家になろう、カクヨムにも同じものを投稿しております。

愛するオトコと愛されないオンナ~面食いだってイイじゃない!?

ルカ(聖夜月ルカ)
恋愛
並外れた面食いの芹香に舞い込んだ訳ありの見合い話… 女性に興味がないなんて、そんな人絶対無理!と思ったけれど、その相手は超イケメンで…

処理中です...