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第五部:魔力井戸と水路

ドラゴンとの対峙

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リンスワルド城でみんなと話し合い、エルスカインを退ける為にドラゴンに会いに行こうと決めてから、ここまで長い道のりだった。

途中で色々な事があったけど、最後は思いがけず簡単にドラゴンに出会えたというか、向こうから会いに来てくれたというか・・・
それだけで大事件のハズなのに、意外に俺もシンシアも平静だ。

ゆっくりと朝食を取って食後のお茶まで楽しんだ後、シンシアと二人で尾根の付け根まで登っていくと、下から見上げていた時には分からなかった、広くて平らな場所があった。
長い年月の間に大きな窪地の上に砂礫が溜まって、池のように平らな地面が出来ているというところだろうか?

アプレイスはドラゴンの姿でその奥に陣取っている。
人の姿でもハンサム顔だったけど、ドラゴンに戻っても厳ついと言うよりカッコいい系の顔に見えるのが面白い。

「おう、来たか...って言うか、やっぱり妹連れなのかよ?」
「まあ俺たちなりの理由があってな」

地上に佇んでいても、均整の取れた体躯と大きな翼が威光を放っている。
威風堂々という言葉は、このドラゴンの為にあるかのようだ。

だけど恐怖は感じない。
どう戦えばいいか、俺には分かっているはず・・・

「連れてきちまったモンは仕方ない。シンシアお嬢ちゃんはそっちの端っこで見学しててくれ...お嬢ちゃんも兄貴が死ぬとこなんざ見たくもないだろうし、本当は俺も見せたくは無いんだがな?」

「アプレイスさん、卑怯だと言われない為に先にお伝えしておきますけれど、もしも私たちが戦うことになってしまうのなら、その時は私も御兄様と一緒に、あなたと戦います」
「本気かお嬢ちゃん?」
「はい」
「おい勇者、これは心理作戦か何かか?」
「よしてくれアプレイス。さすがにドラゴン族のことをそんな甘い相手だとは思ってないよ。それと名乗るのが遅れて申し訳なかったけど、俺の名前はライノだ。ライノ・クライス。よろしくな」

「ライノか...良く分からんな。お前からは俺を倒せるという自信...違うな...経験か...それを感じる。だけどなあ、お前たち人族の寿命で届く範囲の過去に、勇者に殺されたドラゴンなんていないはずだぜ?」
「その通りだよ、俺の経験は古い話だからね」
「ん?...そうか、そういうことか。お前は古き勇者の生まれ変わりだな?」

「ああ。かつて俺の魂はライムール王国があった時代を生きていた」

「はっ! ライムールだと? そいつは面白い。アイツは人族から『悪竜』って呼ばれてたそうじゃないか? 人から見た善悪なんか知ったこっちゃ無いが、同族は同族だ。お前を倒せば、俺はアイツより強いって事になるかな?」

「そうだな...だけどまずは俺の話を聞いては貰えないか?」
「人族の事情なんかに興味は無いぜ」
「それは分かってる。だけどこれは人族だけの事情じゃ無い。ドラゴン族にとっても深く関わる話だ」
「ほう?」
「世界が戦火にまみれていた太古の時代には、人族の魔法使いにもドラゴンを操れるほど強力な『支配の魔法』を使う者がいたことは知ってるか?」

「眉唾だと思うがな...」

「その術を今に蘇らせたエルスカインという奴がいる。そいつはすでに禁忌の魔法だったホムクルスを創りだしてるし、失われたはずの転移魔法さえ操ってるんだ。実際に俺は、エルスカインに操られた魔獣やグリフォンと戦ってきたぞ。眉唾なんかじゃ無い」
「阿呆かお前は。あんなトリ頭とドラゴンを一緒にするな」
「そんなつもりは無いよ」
「じゃあなんだ」
「だけどネズミを自由に操れる魔法があるなら、その威力を万倍にすれば虎でも操れるだろうさ。グリフォンを操れる魔法を万倍に出来るなら、それでドラゴンを操れないとは言い切れないだろ?」

「...まあ、お前の言うことには一理あるな。分かった、気を付けるとしよう」

「分かってくれるか? エルスカインは本当に危険な存在だ。絶対に近づくな。奴の口車には乗らないでくれ」
「ああ分かった。だからサッサと決着付けようぜ?」
「は?」
「ソレはソレ、コレはコレだ。警告は痛み入るが、お前と戦うのは別口の話だ。勇者が訪ねて来たってんなら、正々堂々と戦わない訳にはいかないだろうが?」

なんでそうなる・・・このトカゲ頭め!

「いや、俺は戦うつもりで来たんじゃ無いんだが...」

「だいたい、お前がドラゴンに勝てると思ってるなら、なんで俺と交渉する必要があるんだ? 俺だろうが他の奴だろうが、もしも、そのエルスなんとかに操られるドラゴンが出てきたとしても、お前が倒せば済むことだろう? それが出来るんならよ!」

「それまでに沢山の犠牲者が出る。この世のドラゴンと片っ端から戦っていくなんて無意味だし、それじゃあ何も解決しないだろ」
「知るかよ」
「どうしても戦うのか?」
「むしろ戦わない理由がないな!」
「仕方ないか...」

俺の呟きを聞いたシンシアがすっと一歩前に出て俺と並んだ。

「だからお嬢ちゃんはあっちに行ってろって言っただろ!」
「私も戦うとお伝えしたはずです!」
「俺は勇者と戦いたいんだよ。邪魔するんじゃ無い」
「確かに私は勇者ではありません。ですが僅かながらも大精霊さまから力を授かり、この身体は勇者だった先祖の血を引いています。それでも不足ですか?」

「面倒くせえ...おい勇者、妹を盾にする気が無いんなら、お前が言って聞かせろ!」

「シンシア?」
「約束です、御兄様」
「そうだな...すまんアプレイス。俺はシンシアがしたいことを妨げないと約束した。俺はシンシアを盾にはしないし、むしろ俺がシンシアの盾になる。気にしないでくれ」
「ふざけんなっ! まとめて焼くぞ!」
「それで大人しく焼かれる程度だったら、ここまで二人で登ってきたと思うか?」
「てめえ...」

アプレイスが憤怒の形相で俺を睨み付ける。
『シンシアだけは見逃す』という姿勢を見せているが、逆にシンシアが自分から引くことは無いだろう。
いずれにしても、さっきの言動からしてこいつとの戦いは避けられなさそうだし、仮に俺が死んだら、シンシアが一人で屋敷に戻ってくれるとは到底思えない。

ならば・・・二人で力を合わせて戦うのみだ。

「警告はしたぞ?」
アプレイスが身体を起こし、後ろ足で立ち上がる。
俺が革袋からガオケルムを抜き出して構えると同時に、シンシアが二人を包む防護結界を張った。
人族の魔法で組んだ結界だ。
それ単体ではドラゴンのブレスを押し留めるほどの強度はとても期待できないけれど、それでいい。

ここには精霊魔法の使い手が二人いると言うことをアプレイスに教えてやろう。

当然、初手で炎のブレスを吐いてくるかと思っていたが何故かそうはせず、アプレイスは一瞬の間に俺との間合いを詰め、鋭い鉤爪を叩きつけてきた。
俺は避けずにガオケルムを掲げて踏みとどまるが、その手前でアプレイスの爪は防護結界に弾かれて二人に届かない。
シンシアの編み出した二重結界の技だ。
鉤爪が振り下ろされた箇所だけに瞬時に反応して、力を集中した精霊の防護結界がいくつも自動的に生成されている。
生成された一つずつの結界の大きさは人の手の平ほどに小さいが、それぞれには広域結界ほどの魔力が込められ、ドラゴンの爪先を完全に跳ね返してみせた。

岩をも砕くはずの爪先を弾かれたアプレイスは、用心したのか再び下がって距離を取る。
どうでもいいけど、いまの攻撃は正確に俺だけを刻むコースだったな・・・

「なかなかどうして、大したもんじゃ無いか勇者よ?」

「アプレイスさん! 私も覚悟の上でここに来ています。手加減をされても結果は変わりません!」
シンシアも、いまの鉤爪が狙っていた範囲に気が付いていたか。

「はっ、戦ってる相手をさん付けで呼ぶのかよ? お嬢ちゃん」
「私はシンシア、勇者の妹です!」
「分かったよ...お前らに敬意を表して手抜きはナシだ。せめて苦しまずに死なせてやる!」
「シンシア、俺の後ろに!」

アプレイスがこちらに向けて大きく口を開けた。
開いた喉の奥に視認できるほどの魔力が渦巻いているのが分かる。
そこから出てくるモノは、瞬時に生き物を消し炭にするほどの炎のブレスだろう。

だがそれこそは俺が期待していた動きだ。
刃を上に向けたガオケルムを両手で顔の脇に掲げて前に突き出し、なにかが赤黒く渦を巻くドラゴンの喉奥に、その切っ先を真っ直ぐに向ける。
防護結界は完全にシンシア任せで、もしもいま俺が待ち構えていること以外の攻撃があったら、それを防ぐ力はシンシアにしか無い。

一拍後、貯め込んだ魔力を一気に放出するかのようにアプレイスが炎のブレスを吐いた。
空に浮かぶ太陽が、見えている大きさそのままで地上に降りてぶつかって来たのかと思うほどの眩しさ・・・

だけど俺は避けない。
一度は、このブレスを真っ向から受けて耐えきる必要があるからだ。
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