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第五部:魔力井戸と水路

クレアの記憶

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襲撃された場所からはだいぶ離れて、デコボコしているけど、まだ幅だけはかろうじて広い道を並んで歩きながら、シンシアがこちらに顔を向けてきた。

「御兄様、その、もし伺っても良ければ、ということなのですけれど...」

「うん、なにかな?」
「かつての妹さまだったクレアさんの事って、いまでも思い出せるのですか?」

「そうだなあ。昔の俺の『魂』が経験してきた事って、いまの俺にとっては記憶そのものじゃ無いんだ。だけど印象は残ってるよ。とても心を動かされた出来事とかね」

その一つがライムールの悪竜にクレアを殺されてしまった時だと言うことは、いまシンシアに伝える必要は無いだろうか。

「もし良ければ、私もクレアさんがどういう人だったのか知りたいんです」
「そっか...」
「だって、きっとクレアさんも私の御姉様ですから!」

「...それもそうだね。ただ、事件とか出来事って言うんじゃなくて、クレア自身について思い出せることはフワッとしてるんだ。日常の細かなことは分からないし、どこまで正確かも自信がないんだよ。印象なんて思い込みとか気持ち次第で変わるものだし...」

「それでも、出来れば教えて下さると嬉しいです」

「クレアは...魔法はホドホドだったけど代わりに剣の達人だったのかな? たぶん剣技っていうか、剣で闘う技術とかセンスとか、そういうのは過去の俺を凌駕してたんだと思う」
「えっ、当時の御兄様よりも強かったって言うことですか?」

「勇者になる前でもパワーとスピードでは俺の方がまさってたっぽいね。要するに、俺は技では負けてたけど力押しでクレアに勝ててたんじゃないかな? いつもそうかは分からないけど」
「へぇー...」
「シーベル城での演武大会を覚えてる? 最後は技巧的に秀でていたシルヴァンさんが優勝したけど、パワーで上回ってたアドラーさんが勝つ可能性もあったと思うんだ。あの時はシルヴァンさんが勝ったってだけで」

「えっと、『勝負は時の運』っていう格言みたいな感じですか?」

「そうそう。だから他の騎士...例えばサミュエル・スタイン君もシルヴァンさんと勝負して負けたけど、いつも絶対に負けるとは言い切れないだろ? そうだなあ...二十回か三十回に一回くらいはサミュエル君が勝つかも、とか」
「スタイン殿も強いそうですからね」
「俺が見た感じだと、若手じゃ頭一つ飛び抜けて一番ってとこかな」
「そんなに強いんですね。知りませんでした」
「だって、あの若さで姫様の護衛騎士に選抜されてるんだもの」
「確かに!」
「じゃあそれでシルヴァンさんとアドラーさんとサミュエル君...いや、サミュエル君よりヴァーニル隊長の方がいいかな? まあ、それくらいのレベルの人達が三つ巴で闘ったら誰が勝つかなんて、もう誰にも予想が付かないよ?」

「あ、なるほど...御兄様の仰る意味が分かってきました。『誰よりも全てが秀でてる』なんて、滅多にないって事ですか?」
「うん、そんな感じ」
「魔法の場合は、制御の細かさとか、術の複雑さとか、打ち出す力の大きさとか、全部をひっくるめて『強い・弱い』って言っちゃうことが多いですけど、きちんと分けて考えれば、それぞれの魔道士によって得意不得意ってありますものね...効果は弱いけど洗練されてるとか」

「だろうね。真面目な話、シンシアは全部が強いから、あまり気にしたことが無かったんだと思う」
「えー、そんなことは...」
「謙遜しなくっていいよ。アスワンだって誇っていいって言っただろ?」
「ええ、まあ」
「威張る必要も無いけど、出来ることを過小評価しても意味が無い。だって、世の中にはそれが出来ない人の方が多いんだから」

「いつかの、『普通とは』って話ですよね?」

「うん。で、俺が勇者の力を使って騎士と試合に勝っても全然誇れない。なぜなら、勇者の力は俺本来の力じゃ無くって『大精霊から借りてる力』だから」
「生まれつきではない、から?」
「それに努力の結果でもない。シンシアの場合、いま精霊の魔法を使えるのはアスワンの力が大きいかもだけど、そもそもの素養はシンシア自身の努力と才能だから、そこは誇っていいって事だな」

シンシアが微かに目を伏せた。
まだ若く、伯爵家の名前にも守られてきたから社会の荒波を知らない。
自分で自分を誇らしく思うことの塩梅が分からないのだ。

「だって『威張らないこと』と『謙遜すること』は同じじゃないからね。逆に謙遜しすぎない方がいいよ。天才に謙遜されても周りの人は自分が惨めになるだけだ」

「はい、わかりました!」

「それで言うとクレアは俺より剣が上手くて、もし剣だけの試合なら俺が負けてたのかもしれないって...でも勇者は剣の指導者になる訳じゃ無いからね。当時のアスワンがクレアじゃ無くって俺を勇者に選んだのは、そういうことなんだろうと思うんだよ」

「そうだったんですね。でもクレアさんってきっと素敵な方だったんでしょうね。御兄様の妹さまですもの」

「俺の妹はみんな素敵だよ。クレアもパルミュナもシンシアも...でも考えてみると、それぞれに特徴があって面白いな...前に顕現した時のパルミュナはクレアを取り込んでいたから、たぶん性格的にも混じり合ってたんだろうなって思うけど...甘えん坊なところはクレアで、オフザケが好きなところは本来のパルミュナとか、そんな感じかな?」

「甘えん坊だったんですか?」
「だと思う...クレアの名前が浮かんでからは一気に思い出すことが増えたけど、まあ、その記憶っていうか印象が正しいかどうかは不明だけどね」

「以前も御兄様は記憶では無く印象だって仰ってましたけど、それでも大切なポイントは絶対に外していないんじゃ無いかなって思いますよ?」
「そうかな?」
「ええ。だってクレアさんに関する記憶がとても大切なのは間違いないでしょう? だから御兄様の魂に強く残っているはずです」

「そうだな...うん、確かにそうだ」

「甘えん坊ってところもパルミュナ御姉様を見てると納得できますね。後は、甘い物好きなのもクレアさんの影響?」
「いや、そっちは純粋にパルミュナの趣味だな」
「あはっ!」
「悪戯好きで甘い物が好きなのはパルミュナらしさってところ。ただ、口は悪い癖に根っ子がもの凄く優しいっていうのは、クレアとパルミュナの共通してるところかなあ...」
「それも良く分かります」
「クレアは正義感が強くて、人の役に立ったり困ってる人を助けたりするのが大好きだったはずだ。それで暴走することも時々あったと思うけどね」

あれが暴走だったのかどうか、その場にいなかった俺には分からない。

絶対に勝てない相手に挑んだっていう意味では暴走だったかも知れないし、無茶を承知で人々が逃げる時間を稼いだのだとしたら、その真っ直ぐさもクレアらしいって言うことなのだろう。
それでも・・・恐らく当時の俺は、後に残される家族の気持ちを考えて欲しかったと思ったんじゃないだろうか?

大義の為に自分自身や家族を犠牲にして欲しくは無いと。
それに命を賭けるのは勇者だけで十分だ。

それに、もしもクレアが殺されていなかったとしても、当時の俺は結局、ライムールの悪竜と戦うことになっていただろう。
『悪竜』と呼ばれるほどの所業を重ねたのだから致し方ない。

「御兄様?」
「あ、何でも無いよ。色々と思いだそうとして頭の中がグルグル回ってた」

「分かります! わたしも王宮魔道士の学校に行ってる頃は、年に何度かある試験の度に暗記してることを無理矢理に思い出そうとして頭がグルグルしてましたから!」
「シンシアに思い出せない事なんてあるの?」
「もちろん沢山ありますよ!」
「そう?」
「ずっと他のことに熱中していて、試験の直前になってから必要な科目を全然調べてなかったことに気付いて...それから大慌てで本一冊分を頭に詰め込んだりしてると、いざ必要となってからすぐに思い出せなかったりするんです」

「なるほどねえ...むしろ急いで本一冊分を頭に詰め込んだり出来るのがシンシアらしいって気もするけど」

シンシアには、俺とは全く違う勇者の血が引き継がれているし、加えて元を辿れば俺の実の母親であるシャルティア姫のレスティーユ家とリンスワルド家が血縁関係にある以上、俺とシンシアも薄く・・・水のように薄くとも、血の繋がりがあるとは言える。
冗談抜きに、血筋と才能と人格で判断するなら俺よりもシンシアの方が勇者向きだろうって思えるけど、そこには魂の強さとか、精霊ならではの視点が他にも色々とあるのかもしれない。

ただ、それは人には分からないことだ。

きっとアスワンに聞いても・・・
聞いたら彼なりに答えてくれるだろうけど、人にはその真意が理解できないような気がするんだよね。
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