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第四部:郊外の屋敷
ひとときの休息
しおりを挟むみんなでダンガを二階の私室に運び入れてベッドに寝かせたけど、レミンちゃんはまだ心配なのでダンガの横に付いていると言う。
エマーニュさんもトレナちゃんが介添えして私室で寝かせたようだ。
さすがのエルスカインもアスワンの屋敷には手を出せないだろうし、とりあえず安全は確保できたけど・・・この先の行動をどうするかは大きな問題だ。
あの高原の牧場に置かれていた転移門は、本来はドラゴンを取り込む為の仕掛けだろう。
俺たちを嵌める為の罠としても意図的に使われたのかどうかは分からないけど、仮に俺たちが罠にはまらずに通り過ぎていたとしても、ドラゴンを手中に収めるという本来の目的に使われるだけだ。
レンツの街の魔力井戸と連携するのかどうかはハッキリ分かってないままだけど、早晩、ドラゴンをここに呼び寄せて支配の魔法に掛けるなり、エルスカインの拠点に引き込むなりに使われるだろう。
だから、できるだけ早くドラゴンを見つけ出して交渉しなきゃいけないってことは変わらないんだけど、パルミュナを元に戻す方法も考えながら行動したいという気持ちもある。
この後は、やっぱり俺が一人で行動するしかないだろうな。
なんとか全員を連れて無事に屋敷に戻ることが出来てホッとすると同時に、これからやらなきゃいけない説明のことを考えると正直ちょっと気が重いな・・・
++++++++++
「ところで御兄様、その...パルミュナ御姉様はどうされたのでしょうか?」
ダンガを寝かせた後、残った面子でなんとはなしにダイニングルームに集まると、すぐにシンシアがパルミュナの不在を気にしてきた。
襲撃前に俺から、のっぴきならない声色で通信を受けているから誰よりも不安感が強かったのだろう。
「パルミュナは革袋の中に居るんだけど、以前の状態じゃないんだ」
そう言うと、みんな一斉にぎょっとした顔になる。
「実はな...」
俺はみんなに高原の牧場で起こった顛末を説明した。
それを一通り聞いた後のみんなは、沈痛な表情を抑えきれない様子だ。
逆に俺がいま平静でいられるのは、誰も見ていない牧場でたっぷり泣きはらした後だからとも言える。
「そういう訳で、パルミュナは俺を助ける為に身替わりになったような感じなんだ。正直、俺の考えが甘かったんだと思う」
「そんなことはありません御兄様!」
「ええ、魔力が罠の発動条件であったのなら、誰が調べようと同じ事だと思いますわ」
「そこはなあ...ドラゴンを探し出すことが第一優先だって、パルミュナとも話した直後だったんだよ。今さら言っても詮無いことだけど、不穏な状況だなんてことに引っ掛からずに無視して進むべきだったんだ」
あの罠に俺たちが引っ掛かったりしなければ、エルスカインは姫様達を襲撃してくることもなく、ダンガが大怪我を負うこともなかったという可能性はある。
まあ、襲撃そのものに関しては時間の問題だったのかもしれないけれど・・・
「ですがライノ殿、大精霊としての力を失って顕現していた姿を保てなくなったとは言っても、パルミュナちゃんという存在は健在なのでございましょう?」
「まあ一応はね。今も革袋の中で、姫様から貰ったソファの上に居ますよ」
「お姿は見られなくても、それなら一安心でございます。パルミュナちゃんを元に戻す方法は必ずや見つけ出せるでしょう」
「俺もそれを優先したいです。もちろん、ドラゴンを探し出して交渉すること、と言うか、エルスカインを倒すことが目標であることは何も変わりません。ただ、個人的な心情だけじゃなく、目的を完遂する為にもパルミュナには元の姿に戻って欲しいと思ってます」
これはまあ、本音だった。
シンシアにも話したけど、俺という勇者の存在よりもパルミュナとシンシアの存在の方が、人族の未来に向けて重要だという考えは変わらない。
「承知致しましたライノ殿。それでは、わたくしどもはこれからどうするのが一番良いでしょう? この状況では、なんであれライノ殿のお考えに従いたいと思います」
「ありがとうございます姫様。ダンガもしばらくは動けないでしょうし、パルミュナが居ないままでキャラバン全体を守りながらドラゴンを探すのは難しいと思うんです」
「それは確かに...」
「それにあの牧場にエルスカインの仕掛けが設置されてたことで、ドラゴンを呼び寄せる準備がされてることもハッキリした。もう調査して回る必要は無いです」
「では、みなはこの屋敷で待機する方が良いと?」
「ええ。別邸に戻っちゃっだめだと思います。もうデモンストレーションなんて意味ないし、エルスカインも俺を取り逃がした以上は、さっき同様になりふり構わず姫様達の体を手に入れようと何度でも襲ってきますよ?」
街道で一行に襲いかかった魔獣の群は、あきらかにレンツの近郊に以前から設置してあった転移門から送り込まれたのだろう。
間抜けな俺は、すでに以前からあの地域で活動していたエルスカインの掌の上に自分から飛び込んでいったという訳だけどね・・・
「そうですね...エルスカインはわたくしたちのホムンクルスを『もう作れない』ということを知りませんから...」
「そういうことです。俺が戻るまでこの屋敷で過ごして下さい」
「王宮の居室も危険だとお考えですか?」
「姫様達の姿が見えなければムダに襲っては来ないでしょう。でも、あの居室にいると王宮のメイドや家僕に気付かれる可能性があるし、エルスカインが全力で来たら、どんな手段をとられるかも分からない」
「魔獣やホムンクルスが王宮に入り込む危険性も絶対に無いとは言い切れませんものね」
「そう思います。だから、姫様達は端から見たら『姿を消している』って状態がいいと思いますよ。ジュリアス卿以外には居場所を教えない方がいいでしょう。なんならジュリアス卿もここに連れてきて貰ってもいい。シンシアがいれば公務の際に王宮に戻ることにも不便はないでしょう」
「承知致しました」
「それと姫様...これは忘れないで下さい。パルミュナがこんな事になっちゃいましたけど俺たちは負けてない。絶対に負けない。パルミュナも元に戻すしエルスカインは消滅させる。それは約束します」
「もちろんここに居る誰一人それを露とも疑ったりは致しませんわ」
その姫様の言葉に、同じテーブルに並ぶみんながまるでシンクロしてるみたいに頷いてくれた。
いつもなら茶々の一つも入れたくなる光景かもしれないけど、今はただ、みんなの気持ちが一つになっているように感じられて有り難い。
ヤバい、干しきったはずの涙がまたこぼれてきそう・・・
「ライノよ、何があった?」
そこで不意に部屋の隅からこの場に居ないはずの声が聞こえてきた。
おっと!
また、その声が聞けたことが嬉しいよ、アスワン。
「なにかに気付いてここに来たのか?」
「うむ。先ほど急にパルミュナの気配が変化したように感じた。消えてはおらんがごくごく弱くなっておる。恐らく力を失ったな?」
「ああ、俺を助ける為に全力を使い果たしてちびっ子に戻ってしまったんだ...いまは革袋の中で休ませてるよ」
「そういうことか...だが、とりあえず革袋の中におる分には安全であろう」
「なら一安心だけど」
俺はアスワンに、レンツの街と高原の牧場でのことを説明した。
恐らくドラゴン奪取を目的に隠されていた転移門と結界の罠が、パルミュナの魔法によって起動してしまったこと。
そして最終的にパルミュナの体が転移門に吸い込まれて消失し、後には『ちびっ子』になってしまったパルミュナが残されていたこと。
あの強烈な結界・・・パルミュナでさえ抗えなかった強烈な吸引力を持つ結界に俺が取り込まれずに済んだのは、ひとえにパルミュナが自分を犠牲にして、俺を結界から遠ざけることに全力を注いでくれたからだ。
そうでなければ、間違いなく俺も転移門に飲み込まれていただろう。
俺の説明を聞いたアスワンは、少し考え込んでから言った。
「ではライノよ。エルスカインはレンツの街の魔力溜りと、奔流が脇を通っている高原の一角を組み合わせてドラゴン奪取の罠に利用しようとしていると?」
「あの高原の住民達は魔力井戸を作るためには邪魔だったから、恐らく旧街道のような魔獣の幻影に追い立てられて逃げ出したんだと思う」
「幻影だから物理的な犠牲者がいないという訳か」
「たぶんね。逆に牧場の家畜は一匹残らず転移門に吸い込まれたようだけど、それも罠がきちんと稼働するかどうかのエルスカインの実験だったように思う」
「なるほど。ガルシリス城の井戸や杭の仕掛けと、ポリノー村だったか、あそこの仕掛けの合わせ技という感じもするな」
「でも、あの強烈に吸い込まれる結界は初見だよ」
「ドラゴンを飲み込めるほど強力かもしれないと?」
「恐らくはね」
俺を庇ったせいだとは言え、痩せても枯れても大精霊のパルミュナを吸い込んだ転移門だ。
しかもレンツとの連携がまだ未完成だとすれば、完成時には凄まじい力を発揮することだろうと思える。
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