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第四部:郊外の屋敷

ちびっ子

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本来、この転移門はドラゴンを捕らえるための罠だったはずだ。
なのに、パルミュナが使った精霊魔法を引き金にして転移門が起動したとしか思えない。

周囲にはそれほど濃密な魔力が溢れているわけでもないし、少なくとも、この程度でドラゴンが引き寄せられて降りてくるって事はないはずだ。
じゃあ俺たちは、隠してあった作りかけの罠をウッカリ起動させちまったのか!?
触らなければ、そのまま通り過ぎれた罠を・・・

パルミュナの消えた辺りを見つめていると、涙が溢れ出てきた。

くそっ! くそっ! くそっ!
俺が死ねば良かったのに・・・

ダメだ、涙が止まらない。
なんでだ、なんでだ、なんでだよ!
なんでパルミュナが死ななきゃいけないんだよ!

・・・俺が馬鹿なせいだよな。
状況判断が甘いって、昔から自覚してたじゃないか。

なにが大丈夫なんだよ!
死なないってなんだよ!
ここに来て、もう一回頬っぺた膨らませて見せろよ!
お前、ずっと俺と一緒に居るんじゃなかったのかよ・・・

そのまま俺は、立ち上がることさえ出来ずに涙を流し続けていた。
最後のパルミュナの言葉、俺に向けた笑顔が目に焼き付いて離れない。

『お兄ちゃん思い出して! アタシが...』

パルミュナ・・・
忘れないでなんて馬鹿なこと言ってるなよ、忘れる訳ないだろう!!!





いや違う。

その時、俺の頭の中でなにかが違和感を感じとった。

違うぞ。

パルミュナは『アタシを忘れないで』と言ったんじゃ無い。
『思い出して』って言ったんだ。
『アタシが』と。
そうだ、思い出せ! 
以前、パルミュナは俺になんて言った?

革袋を伝って精霊界と繋がってるって話か?
精霊界から細い糸を引っ張って現世に出てきてるようなモノだとかなんとか・・・自分を毛糸玉だなんてフザけたことを・・・

いや、その話じゃない気がする。
そう言えば始めてアスワンの屋敷に二人で訪れた時、パルミュナは少し不吉な事を言っていたよな。

・・・『もしも、アタシがすべての力をなくしてちびっ子に戻ったとしても、アタシはアタシだから...どんなに細いえにしの糸でも必ずたぐり寄せて、いつか必ずお兄ちゃんの側に戻るから。それは絶対に覚えててね...』・・・

『アタシがすべての力をなくしてちびっ子に戻ったとしても』

そうだ!
パルミュナはそう言っていた・・・『ちびっ子に戻ったとしても』
・・・それは具体的にはどういう意味だ?
さっきパルミュナは『アタシは死なないから』と言っていたよな?

俺は涙を拭い、精神を集中して精霊の感覚を研ぎ澄まさせた。

人の目でならば長閑のどかにしか感じられない牧場まきばの光景・・・その中に一カ所だけ、ちびっ子たちが近寄ろうとしない円形の空隙くうげきがある。
地中に魔法陣が埋め込まれているはずの場所、そのちょうど中心に、小さな小さなちびっ子が一体だけへばりついているのが見えた。

「パルミュナ!」

俺は魔法陣の有った場所に駆け寄ってちびっ子の脇に跪いた。
丸くて、ちっちゃくて、可愛らしいちびっ子だ。
オレンジ色のような紫色のような、不思議な色合いのちびっ子。
見る角度によって色が変わる感じだな。

この場所で精霊魔法を使うわけにはいかない。

心を研ぎ澄ます。
いまの俺になら、きっと精霊に触れることも出来るはずだ。
俺は慎重にちびっ子に向けて手を差し出した。
ゆっくり、できる限り優しく、そっとちびっ子の両脇に手を添える。
手のひらに、ちびっ子の存在を感じることが出来ている。

いける!

俺は静かに力を込めて、そのちびっ子を地面から持ち上げた。
手の平の上で、ちびっこがプルンと振るえたように感じる。

間違いない、この気配は絶対にパルミュナだ。
間違えるもんか!
忘れるもんか!
なにかと言えば理由を付けて俺にくっ付きたがっていたパルミュナの気配そのものだよ。

俺はそのまま、ちびっ子になったパルミュナを胸に抱いて立ち上がった。

パルミュナを取り落とさないようにしっかりと胸に抱え、荷馬車に向かって歩きながら、言葉を解すのかも分からない手の上のちびっ子なパルミュナに話しかける。
だって話しかけてでもいないと、パルミュナが他のちびっ子たちのようにふわっと何処かに流れて行ってしまいそうな気がして不安になったから。

「初めてパルミュナを抱っこして運んだ時のことを思い出すなあ。覚えてるかパルミュナ? ラスティユの村で、お前が守護の魔法陣を村に造ってくれた時だ。あの時は女の子ってこんなに軽いんだってビックリしたんだぞ? 何しろ女の子を抱き上げて運ぶのなんて、あれが生まれて初めての経験だったからな」

もちろん返事なんか無い。

いま俺が抱き上げているちびっ子は間違いなくパルミュナそのものだけど、ほとんどの力を失って形を保てなくなり、人族で言えば『魂だけ』のような状態になってしまっている。
でも、なんとなくパルミュナが反応しているように感じるんだ。

「いまはあの時よりもっと軽いけど、パルミュナの体を抱きしめてるんだって、俺にはちゃんと分かってるからな? 帰ったら...屋敷に帰ったら、また一緒に毛布にくるまってぐっすり寝ようか。二人で野宿してる時みたいにな?」

ダメだ。
止まっていたはずの涙がまた滲んできた。
でも話しかけることは止めない。

「なあパルミュナ。お前の姿を元に戻してエルスカインをやっつけたら、また二人で旅がしたいなあ...誰もいない田舎道を二人で並んで馬鹿な話をしながらテクテク歩いてな...荷馬車でもいいか。で、日が暮れたら適当なところで焚き火をして野宿するんだ。お前は焚き火の炎を眺めてるのが好きだろ?」

気のせいか、パルミュナがまたプルンと震えたように感じる。
きっと、気のせいだろうな・・・でも、いいんだ。

「ちゃんと途中で狩りもして肉も手に入れてさ。いや、革袋があるから大量に食材を持っていってもいいな。フォーフェンでお前の好きな色々な種類のエールを仕入れて樽ごと持っていくんだ。肉だけじゃ無くて、新鮮な葉野菜もたっぷりな。それで、銀の梟亭のおつまみみたいに、腸詰めと葉野菜に塩を付けて囓りながら、焚き火を眺めてエールをゴキュゴキュやる。もちろん食後のデザートもたっぷりな...イチゴのタルトに杏やチェリーのケーキに...どうだ、最高そうな感じがするだろ?」

また一筋の涙がすっと目から溢れたことを感じるけど、拭き取ろうとは思わない。
ようやく荷馬車に辿り着き、のろのろと御者台に上がって座りこむ。

そのまま動く気になれず、しばし空を見上げながら考え込んだ。
もちろんパルミュナはしっかりといだいたままだ。
腹の上に両手を載せ、パルミュナを包むようにして支える。
かすかな感触ながらも、手の平にはパルミュナが触れていることをちゃんと感じ取れている。

この旅を始めた時、パルミュナは革袋を伝って精霊界と細い糸で繋がるように現世うつしよに出てきていると言っていた。
だから精霊界から魔力の補充はあるけれど、それは細い経路で少しずつだから一度に大きな力は振るえないと。

いまのパルミュナはちびっ子の姿になってしまっているけれど、その有り様自体は変わらないはずだ。
と言うか、むしろ革袋経由で出てきていたからこそ、あの転移門に完全に取り込まれずにちびっ子姿でこちらに残ることが出来たんじゃないかって気さえする。

だったら、ちびっ子のパルミュナも革袋の中に入れるんじゃないだろうか?

パルミュナが自分で構築した、あの『部屋』を使えるかもしれないし、それがダメでも、革袋の中に居る限りは精霊界から魔力を供給されて安全なはずだよな?

ちびっ子たちの動きは不明瞭で予測不可能だ。
パルミュナ自身でさえも、ちびっ子たちを一カ所に留めておくことは難しいと言っていたしな・・・
それにこの先、パルミュナを腕に抱いたままでエルスカインと闘うなんてのも無理な話だろう。

俺はパルミュナを乗せている手を、恐る恐る革袋に近づけてみた。

手の上のパルミュナがプルンと震えたように感じる。
ただの思い込みかもしれないけど、なんだか喜んでいるようにも見える。
そのままじっとしていても、パルミュナのプルンプルンと動くような気配は続いた。
いや、むしろ激しくなってる気さえするな?

「ほら、ここがパルミュナの部屋だぞ。今度はもっと居心地良くしてやるから、しばらくの間は、ここで大人しく休んでいてくれな?」

意を決して、革袋の中・・・パルミュナの部屋に意識を集中して送り込むようにイメージする。
次の瞬間、手の上からちびっ子パルミュナの気配が消えた。
慌てて革袋の中に手を入れて、以前、パルミュナが自分の部屋を俺に見せてくれた時のことを思い出しながら気配を探ってみる。

部屋が見えた!
と言うか、居た!
あのカーテンが掛かってラグを敷いたパルミュナの部屋、姫様にねだって分捕ったソファの上に、ちびっ子パルミュナがちょこんと鎮座ましましている。

ああ、良かった!!!!

俺は、安心と同時に全身が脱力するような感触に襲われて御者台の背もたれにぐったりと寄りかかり、溢れ出る涙を拭く気にもなれないまま、ただぼーっと青い空を見上げた。
まだ視界がぼやけているけれど、悲しみの涙じゃなくて安堵の涙に変わったことで良しとするさ・・・

例えどんな苦労があろうと、俺が絶対に元の姿に戻してやるからなパルミュナ! 
また二人で馬鹿話が出来るように。
お前がわざとらしく頬っぺたを膨らませていられるように。

俺の全力を出し切って見せる。
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