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第四部:郊外の屋敷
家畜はどこへ消えた?
しおりを挟む畜舎の建物に近づいてみると、周囲にちびっ子たちもそれなりに居る事は分かるし長閑な雰囲気なのに、人々が動いているという気配が一切感じ取れない。
悪いものは何も感じられないのに、ただ、ぽかんと穴が空いてしまったみたいだ。
単純に全ての住民が残った家畜を連れて逃げてしまったら、こんな雰囲気になるモノなんだろうか?
「やっぱり誰も居ない?」
「らしい...音も動きも一切感じ取れない。いまはお昼時だろ? 外で野良仕事してる連中も畜舎に戻ってきてて不思議じゃないのに、人っ子一人居ないってのはあり得ないよな」
「でもさー、ちびっ子たちも居るし濁った魔力は感じないねー」
これはこれで、とても不自然に思えるんだけど理由が分からないな・・・
不審な思いが拭えないまま、街道から畜舎の方に向かう道に荷馬車を進めて、畜舎の手前で停めた。
「窓や扉も開いたままだし普通じゃないって事だけは確かだな。ここでなにがあったんだろう?」
「色々ほっぱらかして慌てて逃げ出してるって事はさー、やっぱホントーに魔獣に家畜を惨殺されたんじゃない?」
「うーん、それでも二度と戻ってこないとは考えないだろ?」
喋りつつ、足下の見えづらい荷馬車の御者台からパルミュナを抱き下ろし、まずは畜舎の扉から頭を突っ込んで中を覗いてみる。
ぱっと見の印象は外から見た時と変わらないな・・・つまり、色々なことをいきなり途中でほったらかして居なくなったという様子だ。
「夜中に家畜を皆殺しにされたって言い方になるのは、朝になってそれを確認して魔獣に...最初はドラゴンって思ったかもだけど...やられたって判断したからだよ」
「そーなると、家財道具まとめるくらいの余裕はあってフツーよね」
「そういうことだな。自分たちが避難してる間に獣に入り込まれて室内を荒らされるとか考えれば、戸締まりくらいしていくだろうさ」
「慌てすぎ?」
「窓も扉も開けっぱなして着の身着のまま逃げ出すほど慌てる状況なら、魔獣に追い立てられてるってレベルだろ? なら、村人の被害者くらい出てないとおかしい」
「じゃー、魔獣のまぼろし?」
「旧街道みたいにか...そう考えるとガルシリス城でエルスカインが『色々と実験していた』って言うのも、そのことかも知れないな」
「そーよねー!」
「ただ、それはそれで疑問が出てくる」
「なんで?」
「だったら家畜はどこに消えたんだって話だな。幻に殺されはしないだろ?」
どこの情報でも、家畜たちが魔獣に襲われたのが正確に『いつ』なのかは判然としない。
ドルトーヘンの破邪衆寄り合い所の情報でも、斥候班の情報でも、すべてが又聞きの又聞きって感じで当事者から直接話を聞けた様子がないんだよな・・・それも、引っ掛かることの一つではあるんだけど。
「なんかリクツに合わないってことねー...」
「微妙にアレコレが矛盾してる感じなんだよ。その理由が分からないから気持ち悪いんだ」
「そーねー...じゃー何かあったらすぐに跳べるように、ここにも転移門を開いとこーか? きっとエルスカインだって私たちへの対策は考えてるだろーし」
「ああ、それがいいな。それに、後でまたここに戻ってくることもあるかもしれない」
畜舎の前の空き地に、パルミュナが手早く転移門の魔法陣を描いた。
今から帰り道の事を考えても仕方が無いけど、ここなら姫様達と合流するポイントにも使えるかもしれない。
「ねー、家畜が殺されたのは放牧地かなー?」
「多分な。畜舎の中なら最初からドラゴンなんて話は出ないよ」
「建物ごと壊されちゃうよね...だったらさー、放牧地になんか痕跡が残ってるかも?」
「そうだな。もうだいぶ経つだろうけど足跡位は見つけられるかもしれん。ちょっと行ってみるか」
こういう状況でダンガ兄妹が一緒じゃないのが残念だけど、破邪だって本来は野山に魔獣を追うのが仕事だからね。
ポリノー村の一件の時はアンスロープ族の追跡能力に舌を巻いたけど、破邪も普通の人達よりはその手の能力を身に付けてるし、ダンガたちのように匂いに頼るのは無理でも、足跡や魔力の痕跡を追って逃げた魔獣を延々と追跡するってのは十八番なのだ。
荷馬車はそのまま置いて、二人で放牧地の方に歩いてみる。
初夏の陽射しを浴びて牧草は青々と茂っているし、言うまでも無く不穏な空気はない。
ただ、人も家畜も居ない。
それだけだ。
「ちびっ子たちが居るって事は、濁った魔力が澱んでたりはしてないって事だろ?」
「そーだけど、ギュンターおじさんの屋敷だって、外にはフツーにちびっ子たちが沢山居たもんねー」
「それもそうだったな」
一瞬、あの幕営地のど真ん中に突っ立ったままで『ちびっ子たちの串団子』になっていたレビリスを思い出して吹き出しそうになる。
二人でしばらく放牧地を歩き回ってみたけど、アサシンタイガーの足跡も家畜の死骸の痕跡もなかった。
牧場と言っても山裾の高原の一部だから平原地帯の牧場とはそもそも規模が違う。
柵で囲まれた範囲はそれほど広い訳でもないのにな・・・
「えーっと、殺された家畜たちは全部処分されたって事?」
「普通そんなヒマがあったら、避難する前に戸締まりするよな?」
「だねー」
「血は雨で流された可能性はあるけど、死骸の欠片もない。後から獣たちが来て食べたとしても、骨まで綺麗に無くなったりはしないぞ」
「こんな綺麗サッパリにはならないよねー!」
「なあパルミュナ...お前がガルシリス城の地下とかギュンター邸とかで、俺が斃した魔獣の亡骸を片付けてくれただろ? アレ、俺は見てなかったけど一体どうやったんだ?」
「ん? ただ虚無の空間に放り込んだだけー。見ないように目を瞑ってて貰ったのは、人が『虚無』を見つめてると意識を持ってかれちゃうかもしれないから」
「そうだったのか。あの時は血糊も綺麗に浄化して跡形も無くなってたよな...ここを見てて、あの場所を思い出したよ」
俺がそう言うと、パルミュナはちょっと考え込むように空を見上げて目を瞑った。
考え事なら邪魔をしない方がいいだろうと黙ってみていると、パルミュナは目を瞑ったままゆっくりと両手を持ち上げ、何かを探るように指先を前に伸ばす。
少しの間その姿勢でふわふわと指を動かして居たが、突然目を見開くと、ハッキリとした声で言った。
「そこ!」
「え?」
「そこにあるの」
「なにがだよ?
「転移門!」
「まじか!」
パルミュナが指差す辺りは、ただの平坦な草地だ。
いや、この放牧地全体が平坦な草地なんだから、つまりそこも周囲となんの変わりもない地面でしかないって事だな。
意識を集中して精霊の感覚を研ぎ澄ませてみても、パルミュナが指差した辺りに不穏なモノなど何も感じないし、周囲とは一切違いがないと思えるんだけど・・・
だけど、じっと眺めていてある瞬間に気が付いた。
そこだけすっぽりと、ちびっ子たちの気配がない。
地面に転がっている子や、意味もなく飛び跳ねているような子も、その辺りには姿が見えない。
一度、魔力の風でふわふわと流されているちびっ子が近くまで漂ってきたけど、なぜかふっと方向を変えて離れていった。
明らかに、避けているって事だろう。
それにしても俺も、随分くっきりと精霊の世界を感じ取れるようになったなあ・・・大街道の外れで初めてパルミュナにこの世界を見せて貰った時のことを思うと感慨深い。
「ちびっ子たちが入ってこない範囲が、つまり魔法陣の作られてる場所って事か? 結構広いな」
「そーだねー。あれは精霊魔法じゃなくって人族の作った転移門。だからちびっ子たちは厭がって寄ってこないの」
「転移門を作れる人族ってなると...」
「エルスカインだねー!」
「動かぬ証拠って奴か。当然、出会う覚悟はしてたけど目の当たりにすると重いな...ちょっと神経がピリピリしてくる感じだ」
二人で慎重にその場所に近寄ってみるけど、やはり怪しい気配に繋がるようなものは何一つ感じない。
爽やかで、清々しい牧場の空と大地。
みんなでピクニックに行ったリンスワルド牧場を思い出すな・・・
「それにしても、どうやって隠してたんだろう?」
「この魔法陣、たぶん完成してると思うんだけど、まだ動いてないよー。魔力が全然流れてないのかなー?」
「あの結界隠しみたいに偽装してるんじゃなくて?」
「違うと思う。魔法陣自体は地面の下に埋め込まれてるけど、それは単純に見た目を隠してるだけ、かなー? ちびっ子たちはこの魔法陣を構築して地面の下に埋め込んだ時か、以前に動かした時の魔法の気配が残ってるのを嫌ったみたい」
「そうか。これパルミュナが一緒じゃなかったら見落としてたかもな」
「どーかな? いまのお兄ちゃんって自分でちびっ子たちの存在も感じ取れるようになってるし、きっと気が付いたと思うなー」
「ありがと。それに関しては破邪のサインを見落としたレビリスと、どっこいどっこいって自信しか無いけどな」
以前に動かした形跡があるとすれば、理由はともかく、その時に家畜たちを一網打尽に飲み込んだって可能性もあるな。
パルミュナは以前に『人族の魔法で作る転移門は、魔力の消費量がもの凄いし、何度も使えない』と言っていた。
いま完全に休止させられてるのは魔力と魔法陣の消耗を抑えて、いよいよ必要な時になってから動かすつもりなんだろう。
だけどエルスカインが転移門を置く理由は・・・
まあ、ドラゴンだよな?
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