上 下
331 / 912
第四部:郊外の屋敷

荷物の詰め直し

しおりを挟む

心優しいアサムは魔獣によって家を追われた人々の事を案じているが、ここの状況は南部大森林のルマント村とはかなり異なっている。

「魔獣の目撃談を集めると、『知らない魔獣』とか『これまで見た事も聞いた事もない』とかってセリフが出てくるそうだ...ねえウェインスさん、ウォーベアやブラディウルフなら北部大山脈にもいますよね?」

「普通に居りますな。餌が豊富なら里や街道には降りてこないでしょうけれど、存在自体は知られているでしょうし、シュバリスマーク側でも時たま山奥に深入りしすぎた樵や山菜採りが犠牲になったりしていました」

「じゃあ聞いた事もないって話にはならないな。こりゃ当たりか...ホントにアサシンタイガーかもよ」
「だけどレビリス、ちょっと不思議じゃないか?」
「なにがさ?」
「普通の村人がアサインタイガーを『目撃した』って後に、そのまま無事に生きて戻れるもんかな?」

「あ...」

凶暴な魔獣のテリトリーに入って遭遇すれば即座に襲われる。
破邪や手練れの狩人ならともかくも、農民や炭焼きにどうこう出来る相手じゃない。
魔獣を見たけど被害は出てないって言うのは、ちょっと旧街道の化物騒ぎを思い出させる話だ。

「まあ今はそれは置いといて...家畜を皆殺しにされたって話がある高原の牧場の場所も突き止めてあるな...それと避難所仲間で、ドラゴンが飛んでるのを見たって人も見つけたって。山奥できこりをやってる人で、レンツの真北に見える山並みで三番目の高さの山の中腹当たりに降り立つ姿を何度か見てるんだそうだ」
「おっ! ついに来たか!」
「何度か降り立ってるって事は、やっぱりそこにねぐらがあるのかな?」
「多分そうさ!」

ドラゴンは確実にいる。
だけど暴れてるのは魔獣だけ。
やっぱりレビリスの推測が有ってるとしか思えないな・・・とにかく、一日も早くドラゴンに辿り着けるように急ごう。

明日からは俺とパルミュナがみんなと少し離れて行動することになるから、早速準備に取りかかる。
なんの準備が必要かって言うと、俺がみんなの側を離れた途端に『革袋』からの補給が途絶えるっていう重大事があるからだ。

もちろん、シンシアがアスワンの屋敷に転移して補給物資の運搬を担うことも出来るけど、切迫しつつあるこの状況の中で可能な限り無駄な魔力を使って欲しくないし、なによりもシンシアが屋敷に戻ってる間は、こっちに残っているみんなの防護結界を動かせないというのが危ない。
かと言って、パンや塩漬け肉を取りに屋敷に戻る度に、八人で揃って転移するって言うのも馬鹿馬鹿しい話だろう。
それこそ魔力の無駄遣いだな。

なので、保存に問題の無い食料なんかを革袋から出して、できるだけ荷馬車の方に移しておく。
荷馬車はこのまま姫様達の側に置いておかないと、もしもレンツやドルトーヘンで俺たちを観察していた奴がいたら『馬車が一台少ない』となってしまうからね。

代わりに俺とパルミュナが明日からどうやって移動するかというと、実は取って置きの手があるのだ。

俺はみんなから少し離れて空いてる処に行き、初めてアスワンの屋敷に行った時に収納したままだった荷馬車と馬を革袋から引っ張り出した。
馬は、一瞬体を震わせてビックリしているようなそぶりを見せるが、怯えて暴れたりはしないようだ。
いま立っているのは収納した時の屋敷の玄関ではなくて森の中の草地だけど、この馬にとっての一瞬前と変わらず目の前には俺が立っている。
それに時間も午後遅めってくらいでそれほどズレてないし、どうやら納得してくれたらしい。

「おぉぅライノ、それどうしたんだよ?」

「コレか? リンスワルド牧場からアスワンの屋敷まで最初に乗っていった時の荷馬車だよ。元を正せばギュンター邸からシャッセル兵団が乗ってきた奴だ」
「そう言えばあったな、そういうの...」
「生きてる馬もずっと革袋に仕舞ってたのか、凄いな」
「明日から俺とパルミュナはこれに乗っていくよ。悪いがそっちの荷馬車の御者役はアサムかダンガに頼む」
「了解ですライノさん」

「わー、懐かしい匂い! あの牧場の草の匂いがしっかり残ってますね!」
さすがレミンちゃん、恐るべき嗅覚・・・
だけどこれは人の匂いじゃないから暴露しても問題ないね。

俺とパルミュナが二人で使っていた馬車は、元からほぼ寝台車兼荷馬車状態だったけど、ここから先はもう完全に貨物専用車だ。
窓のカーテンを閉めていれば中に人が乗っているかどうかは分からないから、荷物が満載状態でも囮としては問題ない。

さらに緊急時には魔馬が牽く方の荷馬車を放棄することも考慮して、みんなの乗用馬車の方にも可能な範囲で食料を分散させて積むことにした。
俺の離脱で御者が一人減る分はダンガかアサムにカバーして貰えるけど、万が一、彼ら三兄妹が狼姿に変身して闘うとか周囲を警戒せざるを得ない羽目にでも陥ったら、レビリス、ウェインスさん、それに馬車の扱いを覚え立てのシンシアの三人に御者をやって貰うしかない。

その時点で荷馬車か、俺とパルミュナが使っていた乗用馬車か、どちらかは放棄になるだろうな。

++++++++++

荷物をまとめ直して夕食を作る頃にはすっかり夕暮れが近づいていた。

「では、今日の手紙箱を確認しようと思いますが、ライノ殿からは何かございますか?」

「例によってスライへの報告を頼みます。今日レンツを出たって事と、斥候班とは連絡が取れたけど合流するかどうかはまだ未定だって伝えておいて下さい」

「かしこまりました」

さっそく姫様は、シンシアが開いた転移門の上に乗って屋敷と手紙箱をやり取りし始めた。
これまでの処、俺たちがいなくなった後に王都やリンスワルド領で不穏な出来事は起きていないようだけど、一日ごとに状況は変わる。
ましてや、すでにレンツの街がエルスカインの影響下にあるとしたら、今後はどんな行動を取られるか想像も付かないからね。

「トレナからの報告では、まだいずこでも大きな問題は起きていないようです。それからジュリアがヒューン男爵について調べた結果を送ってきてくれました」

「どんな様子です?」

「今代のヒューン男爵家当主は病弱で以前から人前に出ることが少なく、日頃は摂政として男爵の伯父に当たるイステル卿がほとんどのことを取り仕切っていたようだと。王都での行事にもヒューン男爵自身が参加したことはなく、イステル卿が代理で来ていたようですね。ジュリアもすっかり忘れていたそうで」

「あちゃー...怪しさパンパンって感じだなライノ...」

「ねえライノさん、それに病弱って言うのも気になるよね? 新しい体とか長い寿命とか騙されて、ホムンクルスの誘惑になびきやすい気がするんだよ」
「アサムの言う通りだな」
「これまで病弱で人前に出ることがほとんど無かった当主がさ、今回のドラゴン避難民の件では陣頭指揮を執ってるってのは無理があり過ぎさ。いきなり健康でやる気満々の男に変身したってか?」
「ないよな、それは」
「となるとさ...これはヒューン男爵自身かイステル卿のどっちか...場合によっては両方が懐柔されてるとかさ、ホムンクルス化されてるって可能性もあるよな?」

「いやレビリス、懐柔されただけなら健康にはならないだろ?」
「あー、それもそうか」
「覚悟はしてたけど、なんだかキツイな」
「ライノ殿、確証はございませんがヒューン男爵の状態は推測通りと考えて動く方が安全でしょう。予定通りに明日からは少し離れて行動すると言うことに」

「ですね。姫様達はどのくらい間隔を空けて動きますか?」

「大きく離れる必要は無いと思いますので、明日は街道脇で馬車の修理でもしているフリをしておこうかと思います。もし、追ってくる者がいれば必ず引っ掛かるでしょう。何事もなければ、その後ライノ殿の跡を追ってみようかと」

「分かりました。俺とパルミュナは朝から北上して、その三番目に高い山というところの中腹を目指します」
「承知しました」
「ですが姫様、くれぐれも気を付けて下さい。ヒューン男爵が敵に回ったなら騎士団も敵です。ジュリアス卿からの勅書状で身分を明かしても信用されない...いや、あえて無視したり詐称だと言い出す可能性もあります。治安部隊も上からの指示なしでは味方になってくれないでしょう」

「はい、相手はエルスカインでございます故、元より伯爵家や大公家の肩書きなど役に立つことはないと弁えております」

「危険だと感じたら、躊躇せずアスワンの屋敷に戻って下さいね?」
「かしこまりました。無理はしないとお約束します」
「お願いしますよ。姫様達に危険が迫っていると感じたら、俺もドラゴン探しに注力できませんから」
「優しいお言葉、ありがとうございます」

姫様の返答がなんとなく固い。

ここまで言っておいても、姫様が無茶をしないかどうか微妙なところだと内心思ってるんだけど、やっぱり・・・

いや正直かなり心配だよ。

ヒューン男爵がエルスカインに下ったのなら、もはや大公陛下に従う謂れは無いだろう。
直接の叛乱計画では無いにしても、存在としては二百年前のガルシリス卿と大差ない。
ジュリアス卿の勅書状があろうと、すべて見ない振り・・・いや、皆殺しにした後で知らない振りをするだけだし、仮に治安部隊が味方についても、こんな田舎に常駐している人数なんてたかがしれてる。

加えて姫様がリンスワルド伯爵家当主であることがバレた時点で、姫様もエマーニュさんもシンシアも、もはや誰一人ホムンクルスに出来ないって事を知らないエルスカインは、むしろ積極的に姫様を殺してホムンクルス化しようと動くはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!

のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、 ハサンと名を変えて異世界で 聖騎士として生きることを決める。 ここでの世界では 感謝の力が有効と知る。 魔王スマターを倒せ! 不動明王へと化身せよ! 聖騎士ハサン伝説の伝承! 略称は「しなおじ」! 年内書籍化予定!

【祝・追放100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました!

高見南純平
ファンタジー
最弱ヒーラーのララクは、ついに冒険者パーティーを100回も追放されてしまう。しかし、そこで条件を満たしたことによって新スキルが覚醒!そのスキル内容は【今まで追放してきた冒険者のスキルを使えるようになる】というとんでもスキルだった! ララクは、他人のスキルを組み合わせて超万能最強冒険者へと成り上がっていく!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

くじ引きで決められた転生者 ~スローライフを楽しんでって言ったのに邪神を討伐してほしいってどゆこと!?~

はなとすず
ファンタジー
僕の名前は高橋 悠真(たかはし ゆうま) 神々がくじ引きで決めた転生者。 「あなたは通り魔に襲われた7歳の女の子を庇い、亡くなりました。我々はその魂の清らかさに惹かれました。あなたはこの先どのような選択をし、どのように生きるのか知りたくなってしまったのです。ですがあなたは地球では消えてしまった存在。ですので異世界へ転生してください。我々はあなたに試練など与える気はありません。どうぞ、スローライフを楽しんで下さい」 って言ったのに!なんで邪神を討伐しないといけなくなったんだろう… まぁ、早く邪神を討伐して残りの人生はスローライフを楽しめばいいか

父上が死んだらしい~魔王復刻記~

浅羽信幸
ファンタジー
父上が死んだらしい。 その一報は、彼の忠臣からもたらされた。 魔族を統べる魔王が君臨して、人間が若者を送り出し、魔王を討って勇者になる。 その討たれた魔王の息子が、新たな魔王となり魔族を統べるべく動き出す物語。 いわば、勇者の物語のその後。新たな統治者が統べるまでの物語。 魔王の息子が忠臣と軽い男と重い女と、いわば変な……特徴的な配下を従えるお話。 R-15をつけたのは、後々から問題になることを避けたいだけで、そこまで残酷な描写があるわけではないと思います。 小説家になろう、カクヨムにも同じものを投稿しております。

最強ドラゴンを生贄に召喚された俺。死霊使いで無双する!?

夢・風魔
ファンタジー
生贄となった生物の一部を吸収し、それを能力とする勇者召喚魔法。霊媒体質の御霊霊路(ミタマレイジ)は生贄となった最強のドラゴンの【残り物】を吸収し、鑑定により【死霊使い】となる。 しかし異世界で死霊使いは不吉とされ――厄介者だ――その一言でレイジは追放される。その背後には生贄となったドラゴンが憑りついていた。 ドラゴンを成仏させるべく、途中で出会った女冒険者ソディアと二人旅に出る。 次々と出会う死霊を仲間に加え(させられ)、どんどん増えていくアンデッド軍団。 アンデッド無双。そして規格外の魔力を持ち、魔法禁止令まで発動されるレイジ。 彼らの珍道中はどうなるのやら……。 *小説家になろうでも投稿しております。 *タイトルの「古代竜」というのをわかりやすく「最強ドラゴン」に変更しました。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...