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第四部:郊外の屋敷

危機不感症

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「そりゃあ昔の話なんて、何処の国でも似たようなもんですよ。俺も自分の地元の昔話なんて、本当のところはほとんど知らないですからね」

「でしょうね。ただ、いまでもレンツに市壁と門番が残ってるのは自由都市の名残って言うよりも、もっと現実的な理由ですよ」
「と言うと?」
「余所から来た方々に大っぴらに言うのもなんですけど、ぶっちゃけ魔獣避けなんです」
「え?!」
「だから魔獣が入ってこないように夜は本当に門を閉めるし、市壁もぐるりと一周、今でもそのまま保全されてます。破邪の方にとっては不思議な話かもしれないですけど」

マジか!

破邪にとっては常識だけど、魔獣、特に大型で強い魔獣や危険な魔獣ほど『人族の気配』を嫌う。
だから、沢山の人が住んでいる場所というか、人の気配が濃厚な場所に自分から寄ってくる事は少ない。

ただし何処でだろうと、そんなデカブツにバッタリ出くわしたら問答無用で殺されるけどね。
昔は、その理由も分からなくてただの経験則だったけど、パルミュナに『人族はことわりから外れつつある』と聞かされて、なんとなく理解できる気がした。
きっと奴らにとって人族の気配は、単純に『嫌な感じ』なんだろうな。

「いやあ...正直ちょっと驚きました。こんな人が沢山住んでる場所に平気で入ってくる魔獣がいるもんなんですか?」

「沢山いたそうですよ。と言っても実はこれも昔の話で、俺が生まれてからは街に魔獣が入り込んだなんて聞いた事は一度もないですけど...ただ、昔は実際にそういう事があって被害に遭った人も大勢いたらしくて、いまだに用心する習慣が残ってるって感じでしょうね」

「どうして昔は街の中に魔獣が入り込んできたんですか? いまはそんな事も無いんでしょう?」
「さあ、どんな理由だったのやら...俺みたいな人間族だったら、もう覚えてる人もいないでしょう。今ではノンビリ長閑な、ただの田舎街ですよ」
「でも、ノンビリ長閑ってのは悪い事じゃないですよね」

「確かにねぇ、退屈でも平和なのが一番ですかね?」

「そうですとも。だって俺みたいな破邪が忙しいってのは、そこに住んでる人にとっては悪い事ですから」
俺がそう言うと、門番はプッと吹き出した。

「いや失礼! でもまあ、その通りですね」
「そういうことです。そりゃあ以前に有った事はいつかまた有るかもしれないって考えた方がいいですし、用心するのは必要でしょうけどね」
「ええ。そんな訳で、いまでも門番は一日中張り付いて暇を持て余してる訳ですよ」

門番は喜んで話に乗ってきてくれるし、ヒマだって言うのは自虐じゃなくって本音なんだろう。
実際、ドルトーヘンからここまでの道程を振り返ってみると、この街道の通行量は道幅の割に少ない方だったもんな。

「でも街中はいいとして、周辺に住んでる人は色々と大変でしょうね?」

「そうですね。さすがに人が殺された話は聞きませんけど、家畜がやられるとかの事故はたまに有るそうです」
そう言うと、門番は左右を少し見回してから、声を潜めるように続けた。

「実はここだけの話なんですけど、つい最近も、山際の集落にある牧場で家畜たちが魔獣に根こそぎにされたんだそうですよ」

おっと。
出たな『ここだけの話』という伝言ゲーム!

「そうなんですか?!」

牧場の家畜が殺された話は、本当はもう二言三言やり取りして、こちらから誘い水を向けるつもりだったけど、思いがけず向こうからぶっちゃけてくれたので一応は驚いてみせる。

「ただ、随分前に...春祭りの頃かな? 北の方の大山脈にドラゴンが飛んできたのを見た人達が何人もいて、最初はその家畜たちを殺したのもドラゴンじゃ無いかって話も出たんだそうです」

「ドラゴンですか...それはまた怖いな」

「でも家畜を殺したのはドラゴンじゃ無くて魔獣ですよ。だけど一匹二匹ならともかく、そんな凶暴な魔獣がわらわら出てきて暴れるなんて事件はこれまでに無かったので、ドラゴンのせいじゃないかって思った人がいたんでしょうね」
「そりゃ、もっともだ」
「ま、魔獣達が森の奥から沢山出てきたのはドラゴンに怯えたせいだって言うんなら、それも元を正せばドラゴンのせいってことになるんでしょうけどねえ...」

「いや仕方ないでしょう?」

「直接ドラゴンが手を下した訳じゃ無いのに責任を押しつけられるのはドラゴンも嫌でしょうけどね。きっと魔獣達だって追い出したんじゃ無くって勝手に怖がって逃げ出したんだと思いますし」

「俺も昔、聞いた事がありますよ。ドラゴンは強い魔力を持ってるから魔力に敏感な魔獣が逃げ出す。で、今度は魔獣に追われて普通の獣たちが森から逃げ出してくるんだって」

「それで魔獣に追われて逃げ出すのが獣だけじゃ無いってのが厄介ですけどね」
「何か他にも?」
「魔獣が大挙して山から下りてきてるって事で、奥地に住んでた人達が逃げ出して来てるんですよ。殺されたかどうかは知りませんが実際に魔獣に襲われた人もいるらしいです。まだ騒ぎにはなってませんけどね」

「それで、家を捨てて逃げ出してるとか?」

「畑を持ってる人はそう簡単には逃げ出せないでしょうけど、山際に住んでる人達ってのは、大抵が猟師とかきこりとか炭焼きとか薬草取りだとか、そういう連中なんで身軽なんですよ」

住民が逃げ出し始めてるってのはこういう話か。
ただ、想像していたよりは軽い感じというか、この門番の口ぶりからも大災難って雰囲気じゃ無い。

「なるほど。結局、逃げ出した人達はどうしてるんですか?」

「領主様が保護して街の外に仮住まいさせてます。とりあえず彼らは収入の道が絶たれてるんで、いまは領主様のご慈悲の炊き出しなんかで暮らしてますね。ただ、ずっとそのままって訳にもいかないから、そのうちレンツの外壁修理とか道の整備なんかに人足として雇うって話だそうです」

「へぇ...要は、その避難民の人達を養ってるって事でしょう? ヒューン男爵ってなかなかの篤志家とくしかなんですね」
「珍しく陣頭指揮を執ってるそうですよ。実を言うと、今回の件があるまでヒューン男爵家のご当主様って顔を見た事もなかったんですけどね!」

当たりだよ!
これもう、レビリスの推測で大当たりだろ、たぶん。

「でもドラゴンよりも、魔獣の方が怖くて逃げ出すってのも凄い話ですね。いや、それとも魔獣の方が現実感のある脅威って事なのかな?」

「そんなもんでしょう。ドラゴンは別にねぇ?」

「別にって...ドラゴンは本当に山にいるんですよね? 近くにいて怖くないんですか?」
「魔獣の方は実際に事件もあったし危険も感じてるでしょうけど、ドラゴンの方は遠目に見ただけですからね。飛んでるところや大山脈に降り立つ姿は何度か目撃されたらしいですけど、言ってしまえばそれだけですよ」

「それだけって...山国の人は度胸がありますね!」

「いやあ、気にしてても仕方ないですから。それに結局こっちの方に飛んできた事は一度もないし、もう、みんな忘れ始めてるんじゃ無いかなぁってくらいです」

あー、そうか・・・これはあれだ。
師匠に教えて貰った事がある『危機への不感化』って奴だな。

どうやら人族は、ずっと晒されていると危険な状況にさえも慣れてしまう生き物らしい。
で、端から見ると凄く危ない状態なのに、しばらくすると状況に慣れて、それが日常というか当たり前のことになってしまう。
危険があるのに怖さを感じなくなってしまう。
なぜなら日々の生活を維持することに意識が向いてしまうから・・・

それが『危機への不感化』だ。
そしてある日、それが本当に起きた時に・・・すぐ側に危険がある事さえ忘れてきた頃に・・・物陰から魔獣が飛び出してくるんだ。

「でも、ドラゴンよりも魔獣の方が怖いなんて、破邪の目からしたらとても信じられないですよ?」
「そこはホラ、日常的にどっちに出会うかって話ですよ」
「確かにレンツは大山脈に近い街ですもんね。どこでも、山に近づくほど魔獣は増えるもんですし」

「余所から来た商人に聞いた話だと、レンツだけじゃ無くもっと東の方とかでも同じらしいですよ。東の国境間際の大森林なんて魔獣の巣窟で、一人じゃ森に踏み込む事さえ出来ないって言ってましたからね。山国の悩みはどこも似通ってるもんだなあと」

ちなみに後ろの馬車を御している年配の破邪は、そこを一人で通り抜けてきた人です。
あえて言わないけど。

++++++++++

友好的だった門番に礼を言って馬車を街の中に進めながら、俺はドルトーヘンの街でのみんなとの会話を思い出していた。

間違いなくレンツは『暴れ者ドラゴン』の居場所に一番近い街だ。
そして、ヒューン男爵が絡んだなにかが動き出している気配がある。
その『なにか』と言うのがエルスカインの謀りごとだと考えるのは当然として、奴はここでなにをやろうとしているのか?

ドラゴンを手中に収める為に必須のなにか・・・
それも、ヒューン男爵の権力を操ってこそ出来る事・・・

あの時にレビリスの言った、『古井戸跡を掘り返して大工事するみたいなこととかさ?』という推測と、さっきの門番さんが言っていた『避難民を工事の人足として雇う』って言うセリフが、あまりにもマッチしすぎてるんじゃないかな?
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