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第四部:郊外の屋敷

テレーズさん達の移動

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「長くフォーフェンに住んでいても、つい、いつも同じところで食べてしまうと言うか、旅先と違って地元では食べ歩きなどしないので、『銀の梟亭』がこんな良い料理を出す宿だとはついぞ知りませんでした」

ウェインスさんが羊肉の煮込みを味わいながらしみじみとした声で言う。

「分かりますよウェインスさん。俺もいったん気に入ると、ずっと同じ店に通い続けたりしますからね」
「しかも、同じものを飽きるまで何日も続けて食べたりしますな!」
「そうそう。わざわざ近所を探し歩いたりしないから、地元でも他の店はずっと知らないままのことって多いですよね」

「俺もそうだなあ...」
「レビリスは結構美味いものを喰ってたんじゃないのか? ホーキン村でもラスティユ村でも」

「生まれた村に住んでた頃は魚料理が多かったしさ、ラスティユ村の飯が一番美味いって思ってたなあ...それからフォーフェンに出た後は肉の値段と食材の豊富さで世界が変わったって感じだったけどさ、それでも知らない食堂に行ってみるのは人から評判を聞いた時だけだったな」

「俺たちなんて、店で食べるって言うこと自体がルマント村の外に出てから初めて経験したんだよ?」
「まあ狩人が、余所に肉を食いに出かけるってのは無いよな」
「いや、そもそも村の周辺に店なんか無いよ。時々来てくれる行商人から必要なものを買うのがせいぜいかな」

「その割にはレミンちゃんって買い物上手だったよな? 話を聞き出すのも凄く上手だったし」

「レミンはとにかく気が付くし器用なんだよ。料理も上手だよ?」
「やめてください兄さん」
「俺は姉さんの作る麦粥むぎがゆが大好きだな!」

「麦粥?!」

おおっと、珍しく俺とレビリスがハモった。

「うん。俺が麦粥を作ると固いかグズグズかどっちかって感じになるのに、姉さんが作ると麦の粒がプチプチしててとっても美味いんだ」
アサムがレミンちゃんの作る麦粥について解説してくれる。

何それ。
まるっきりパストの街で食べた麦粥を思い起こさせる描写じゃないか!

「食べたい!!」
再び俺とレビリスがハモった。
ラキエルとリンデル兄弟並に息がピッタリだぞ。

「えっ?! そんな、ただの麦粥ですよ?」
「いやぜひ食べてみたい」
「アタシもー!」
「ええぇぇ...逆に、そんな期待されると怖いです。本当に普通の田舎の麦粥ですから...」
「うん、プレッシャーは感じなくていいから、今度作ってみてよ?」
「ええまあ...その、食べたら期待外れかもしれませんけど...」

「レミンちゃんの作った料理だったらそれだけで満足さ」

それはレビリスの個人的心情だろ。
言わないけど・・・

そんな感じで進んだ庶民的夕食の宴は、みんな、あっという間に羊肉の煮込みを平らげて大好評だった。
なんとなく姫様も『銀の梟亭』の兄妹の料理がみんなに大好評だって事にとても満足そうな様子だな。

そしてデザートに切り分けて出されたパイの皿が下げられると、すぐに腸詰めと葉野菜の盛り合わせがやってきた。
こういうところが、トレナちゃんやテレーズさんをはじめとするリンスワルド家のメイドさん達の冴えてる処なんだよね。
お腹を空かせてるみんなに、まず熱々の煮込みをパンや付け合わせと一緒に出して、最後にデザートで大満足して一息・・・というところで趣向を変えて、エールとあっさりしたツマミを楽しむ『酒場の賑わい』に突入するっていう二段構えだ。

まさに『庶民の味わい』の王道!

特にお願いした訳でもないのに、キッチンで料理を渡したら、サッとそういう判断が出来るところが凄いと思うよ。

++++++++++

翌朝、パルミュナが別邸から追加の手紙箱を持ってきたので、それと一緒にテレーズさんとシルヴァンさんを連れてフォーフェンに行くことにした。
シルヴァンさんは自分の馬で牧場まで行ってる手はずだから、いったん一人で牧場まで跳び、厩の中で待っていたシルヴァンさんに声を掛ける。

「シルヴァンさん、まずは馬なんですけど、この革袋に収納して運びます。背負ってる荷物なんかも全部一緒に収納しますから馬の背から降ろさなくて大丈夫ですよ」
「は?」
「まあ見ていて下さい。ちなみに、この革袋に入った生き物にとっては、時間が止まってるようなものだから危険はありません」

「はあ...」

ぶっちゃけウェインスさん以降、もう精霊魔法について細かく説明するのは放棄したよ。
目の前で馬をまるっと革袋に収納してみせると、シルヴァンさんは目を丸くして絶句していたけど、さすがに歴戦の騎士・・・取り乱したり騒いだりはしない。

「これは驚きましたな...さすがは...クライス様だ」

「まあ勇者の力って言うのは俺自身の力じゃなくって、単に精霊から借りてる力ってことですけどね。じゃあシルヴァンさんも一緒に転移しましょう。まずは俺たちが使っている屋敷に跳んで、そこでテレーズさんと合流します」

シルヴァンさんを連れて兵舎の荷物部屋兼転移部屋から屋敷の地下に戻ると、すでにテレーズさんが鞄を提げてパルミュナと一緒に地下室に降りてくれていた。

テレーズさん達は、この屋敷に来る時にも本当に僅かな身の回りのものしか持ち込んでいないので手荷物は少ない。
と言うか、本当に鞄が一つだけ。

「テレーズさん、別邸の方に残してきている荷物があるなら、折を見てトレナちゃんに持ってきて貰いましょうか? 聞いているとは思いますが、ここから本城にはすぐに行けますから」

「ありがとうございますクライス様。ですが、必要なものはそれほどございませんし、本城の屋敷には大抵のものが揃えてありますので大丈夫でございます」

「まあ、思い出したモノであったら、いつでも手紙に書いて寄越してくださいね。あの手紙箱は緊急時や重要事項専用ってものじゃなくて、もっと日常的な連絡に使いたいと思ってるので」
「かしこまりました。いざという時にはお言葉に甘えさせて頂くかもしれません」

「ええ、シルヴァンさんも気軽にどうぞ。すみませんが、フォーフェン側の準備を確認してくるので、ここでちょっと待ってて下さい」

いったん、二人にはそのまま地下室で待っていて貰い、今度はパルミュナと一緒に銀の梟亭の二階に跳ぶ。
そこから騎士団の連絡所までは普通に歩いて行ってローザックさんに声をか掛けた。

「ローザックさん、準備の方はいいですか?」
「おはようございますクライス様、パルミュナ様。なにも問題はありません」
「じゃあ、ちょっと厩の方を借りますね?」
「騎士も使用人達も、今朝は厩への立ち入りを一切禁じておりますのでご安心を。馬車の準備も出来ておりますが、目立たないように建物の後ろの方に回しておきました」

「助かります。ローザックさんも一緒に来て下さい」

ローザックさんと一緒に騎士団の厩に入って、一番奥の目立たない馬房ばぼうに転移門の魔法陣を設置する。
ここなら、人目に付かずにシルヴァンさんの馬を革袋から出せるし、もしも今後、騎士団関連でフォーフェンに移動することがあれば銀の梟亭を使うよりもスムーズだ。

「これで、この場所に二人を連れてくることが出来ます。この転移門は使ってない時は目に見ないですけど、存在自体がリンスワルド家の極秘設備と言うことで誰にも知らせないようにして下さい。今後ここを転移に使うことがあったら、その時は先にローザックさんに声を掛けますから」

「承知致しました。この馬房は出来るだけ使わないようにさせておきますので、万事お任せ下さい」
「じゃあ、二人を連れてくるからパルミュナはちょっと待っててくれな」
「はーい!」

騎士団の厩から一人で屋敷に跳び、地下室で待っていてくれた二人を連れてフォーフェンにとんぼ返りする。
三人一緒に騎士団の厩に転移すると、パルミュナと並んで待っていたローザックさんが目を見開いていた。
さらに革袋からシルヴァンさんの馬を出すと、その場で腰を抜かしそうになっている。

とうの昔に転移と革袋に慣れてるテレーズさんは一切動じないね。
馬の方は何が何だか分からなくてきょとんとしている感じだけど、横にシルヴァンさんがいるから安心しているようだ。

「さ、さすがでございますな、クライス様...」
「そのうち見慣れますよ」
「そう言うものでございましょうか?...ところでクライス様、本城まではわたくしも護衛していきます。テレーズ殿はシルヴァン殿と一緒にフォーフェンまで来たと伝えておきましょう。まあ、聞かれることは無いと思いますが」

「助かりますよ。じゃあテレーズさん、シルヴァンさん、本城に着いてからは姫様の指示通りにお願いします。不明なことがあったら手紙で知らせて下さい。俺たちの居室や離れの部屋には自由に出入りして貰って構いませんので」

「かしこまりましたクライス様。色々とお気遣い頂きありがとうございます」
「こちらこそですよ。ではまたいずれ。ローザックさん、後はよろしくお願いします」
「ローザックさん、またねー!」
「はっ! 恐縮であります!」

テレーズさんとシルヴァンさんを無事ローザックさんに預けて、俺とパルミュナは銀の梟亭に向かった。
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