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第四部:郊外の屋敷
まぼろしの安寧
しおりを挟む「ライノ殿は、その以前の勇者の事はなにか?」
「いや、全然知らないですよ。アスワンから南方大陸の生まれだとは教えて貰いましたけど、『銀の梟』の祖父であるって事以外はなにも」
「銀の梟か...そう言えばライノ殿はシルヴィア・リンスワルド伯がミルシュラント公国建立の立役者である事はご存じかな?」
「ざっくりとは聞きました。特に初代大公と共に戦った戦場の功績で伯爵に叙爵されたと」
「大公家に伝わっている話では、もし銀の梟がいなければミルシュラント公国の成立はあり得なかったと。だからリンスワルド家がある意味で特別扱いされているのは、決して我の個人的感情などではないのだ」
「それほどでしたか」
「それに皆、リンスワルドの一族が建国の祖であるウィリアム大公直系の子孫である事は知っておるからな。我がリンスワルド家を少々特別扱いしたところで誰も不思議に思わぬし、他の諸侯達が文句を言う事もない」
「なるほど...まあ俺たちの状況にとっては助かる話ですけど」
「しかし過去の実績や血縁だけの話では無いのだ。いま現在もリンスワルド家の貢献は経済面でも政治面でも大きなものがある。リンスワルド家に並ぶ公国への貢献を成し得ている貴族家が他にない故、文句の出ようはずがないのだ」
「そりゃあ、さすが姫様の家系だって感じですね!」
リンスワルド領とフォーフェンの発展ぶりをこの目で見てきた俺としては納得できる話だ。
直接的な税収や事業収益だけでもかなりのモノだろうし、二大街道の発展といった間接的な効果も考慮すれば、並ぶモノが無いというのも大袈裟とは言えないだろう。
「キャプラ公領地も、エイテュール家が面倒を見るようになってから右肩上がりだ。あれほど豊かな土地がガルシリス家の時代にはどうしてあんなに痩せ細っていたのか、むしろ謎なくらいだと言ってよい」
「ガルシリス家は...恐らくかなり早い段階からエルスカインに籠絡されてたんじゃないかなって思いますよ。奴は手段を選ばない。狙った相手を陥れる為に魔法を使って畑を不作にしたり、相手の親しい人間の命を奪うことも平然とやる奴ですからね」
旧街道の農地が不安定な状態だったのは、その名残だったろう。
それにポリノー村の不作も恐らくは人為的なモノだ。
「では、ガルシリス家の領地で農作物の収穫がどんどん低くなっていったのも、エルスカインの仕業だと?」
「証拠はないですけど、やってた可能性は高いと思います」
「ふーむ、その挙げ句に叛乱騒ぎを起こさせた、か...」
「むしろ叛乱を起こさせる為に何年も掛けて色々と仕組んだんでしょう。辺境伯の甥っ子が離反したから良かったようなものの、それがなければ本当に王都に沢山の魔獣が解き放たれていたでしょうから」
「魔獣で騒ぎを起こそうとしていたという話は確かにあった」
「転移門があれば簡単ですからね」
「先日レティが襲われた時のように何十匹もの魔獣を転移門で送り込む気であったか...恐ろしい企みだ。あの当時はまだエルスカインが転移門を使えるという事は誰にも知られてなかったのだったな」
「えっと、ジュリアス卿。こんなことを言うのは不躾ですけど、エルスカインは今でも、好きな時に王都に魔獣を放つ事が出来ますよ? 意味がないからやらないだけで」
「なんと!...いや、それもそうか...王都に限らずミルシュラントの何処にでも魔獣を送り込める訳だ」
「だと思います」
「しかし、それをせぬ理由...意味がないとは?」
「まだ準備が出来てないからですよ」
「準備?」
「エルスカインはルースランド王家を牛耳ってるかもしれないけど、べつにミルシュラント公国っていう領土を狙ってる訳じゃない。いま奴が狙っているのはリンスワルド領を通る強大な魔力の流れです」
「それを我が物にしようとレティ達を襲った訳だ」
「いよいよそれが上手くいかなかった時には、ルースランド王家を動かしてミルシュラントに戦争を仕掛けるかもしれませんけど」
「そうなるか...」
「国ごと乗っ取ってしまえば、貴族の首をすげ替えるぐらい出来るでしょうからね。互いに総力戦になった時には王都に魔獣が溢れるかもしれない...でも今はまだ、そこまで切羽詰まってはいない、ということだと思います」
エルスカインは姫様達のホムンクルスが『作れない』ということをまだ知らないから、まずは『肉体』を手に入れようとしてくるだろう。
だけど、もうホムンクルスを作れないということを知ったら、その後はなりふり構わずルースランド王家も動かして、リンスワルド領の武力支配でも伯爵家や大公家の転覆でも、出来ることはなんでもやり始めたとしてもおかしくない。
それこそジュリアス卿が危惧するような、王都に魔獣を放っての総力戦だってあり得ないとは言えなくなる。
しかもエルスカインがドラゴンを手中に収めてしまったらどうなるのか?
「どうやら我が国の安寧は頼りない土台、いや幻想の上に載っていたようだ...だがまあ、これは勇者の行いとは関係ない事。我は大公としてなすべき事に取り組むまでだが」
「俺はなんとしてでもエルスカインを倒す、いや、この世界から消し去るつもりでいます。そのために、仲間になってくれたみんなには迷惑も掛けるし危険な目にも遭わせてしまうだろうけど、誰かがそれをやらなきゃ世界が崩れる。後戻りも先延ばしも出来ないんです」
「うむ、そこは承知した。さっきも言ったように、我に出来る事はすべて惜しまず行う」
戦力云々は置いておいて、とにかくジュリアス卿が味方に付いてくれた事で、動きやすさは各段に上がるはずだ。
後は俺とパルミュナで、みんなから借りてる力を上手く使いこなせるように頑張らないとな・・・
「してライノ殿、これからドラゴンを探しに行かれるとして、資料でお分かりの通り、どうやら北部山岳地帯には二頭のドラゴンが住み着いているらしい」
「そのようですね。どちらを目的地にするかで悩みました」
「であろうな。近い方に住み着いているドラゴンは、送られてきた情報からすると暴れ者の様子だ。だが、もう一方は狼藉の様子は無いものの、北部大山脈の奥地で辿り着くまでにはかなり日数というか苦労が掛かろう。どうされるおつもりか?」
「今のところ、近い方の暴れん坊を目指そうと思います」
「手前の方はかなり危険かもしれぬという話だが?」
「いや、そこは言い切れない気がするんですよ。奥にいる方だって、人嫌いだからこそ人里に近づかないだけって可能性はあるし、もし、静かに眠りにつこうとして山の上にいるんだったら、探し出せない可能性もありますからね」
「確かにその可能性もあるか...魔獣のうろつく大森林を通り抜けるだけで一苦労な気もするが、そのうえ北部大山脈で一番高いと言われている山の中腹となれば、登って探すだけでも大変だろうな」
「どうしても手に負えないって気がしたら、途中で奥地に目標を変えるかもしれませんけどね。取り敢えずドルトーヘンの街まで行って決めますよ」
「ヒューン男爵領の街道の分かれ道にある街だな?」
「ええ。その辺りで情報を探って、特に代わり映えがしなければそのまま北に進んで近い方のドラゴンを目指します。よほど危険だと感じれば、考えを変えて奥地に向かうかもしれませんが」
「なるほど」
「実はシャッセル兵団の数人に現地の斥候を頼んであるんですけど、その報告次第ってところもあります」
「ヒューン男爵に対して、ライノ殿に全面協力するよう勅令を出す事も可能だが?」
「うーん、助かるようなリスクが増えるような...ヒューン男爵って人がどんな相手か分からないんですけど、口が軽かったりして下手に情報が広まるようだと逆効果かなと」
「わたくしもヒューン男爵にお目に掛かった事はありませんし、どのような方かの噂も存じませんわ」
「実は我も直接言葉を交わした事が無い。たぶん大きな行事の時には王都に来ていたのだろうが、レティのように夜会で他の貴族達と一緒に踊ると言う事もないからな」
「あら? わたくしが最後にジュリアと一緒の夜会に出た時の話を致しましょうか?」
「あー。いまのは言葉のアヤだ」
なんだか良く分からないけど、ジュリアス卿って完全に姫様に制圧されてる感じがするよ?
「じゃあ、ヒューン男爵の人となりが良く分からない以上、俺たちの事は伏せておいて下さい。必要以上に興味を持たれてもマズい気がしますからね」
「分かった。ではせめてもの手助けとして、ライノ殿の部下であるシャッセル兵団とその斥候達に大公の名でお墨付きを出すようにしておく。また、追ってこちらでも物資の補給と情報収集員を準備させておこう。ライノ殿は人目に付く事を案じられているだろうから、目立たず隠密に動ける者だけを選んでおく」
確かに、幾ら革袋があると言っても、そこに最新情報まで入って来る訳じゃあない。
物資だって、二重三重の備えがある方が絶対に安心だろうな。
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