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第四部:郊外の屋敷
アスワンの考え
しおりを挟む「さて、話が逸れたがエルスカインの事だ。驚くべきことに、パルミュナが五週間も不眠不休で奔流の乱れ方を絵図として描き起こしてくれた」
時間の流れを意図的に変えた精霊界に籠もって五週間か。
再会した時のパルミュナが『ほんの数日だけど、ずっと離れてた』と言っていた所以だな。
俺にとっては数日間だったけど、その間のパルミュナは五週間も不眠不休だったなんて、早く俺と合流する為に頑張ってくれたんだな・・・
しかもそのお陰で、沢山の人達をグリフォンの襲撃から守れたんだ。
「驚くべきってどーゆー意味よー?」
「その絵図がこれだ」
パルミュナの苦情をサクッと無視してアスワンが手を振ると、空中に一枚の絵図が浮かび上がった。
地図のようだけど、ちょっと違う。
輪郭は確かに俺たちがいるポルミサリアの...今で言う北部大陸西岸のはずだ。
だけど、そこには国境線も山や川や街も書かれておらず、大陸西岸の輪郭の上を無数の曲線がのたうっている。
ぱっと見では、まるで子供が目を瞑って描いた悪戯書きのようだけど、これは魔力の奔流だ。
「ほれ、ちょうどこの辺りがリンスワルド領のある辺りだな」
アスワンがそう言って絵図の一部を指差す。
そこにはそれぞれの線が区分けできなくなるほど沢山の奔流が重なり合い、他と較べても際だって色濃くなっていることが分かる。
まるでリンスワルド領が奔流で塗り潰されているかのようだな。
「リンスワルド領はこんなに奔流が濃密なのか...パルミュナの言っていた『渦』って意味が良く分かったよ」
「でしょー?」
「姫よ、お主のご先祖のシルヴィアは慧眼であったな。叙爵の際にここを領地として拝領したのは偶然ではあるまい」
「詳しくは分かりませんが、当時の大公陛下との御密談があったとか」
「であろうな」
「まあ、これを見れば姫様っていうかリンスワルド領がエルスカインに狙われるのは分かるけど、結局その目的はなんなんだ?」
「うむ、問題はそれだ。これを見ると良い」
アスワンがそう言うと同時に絵図上の線が動き出した。
これは奔流の位置が変わっていく様子だな。
「始めに見せたのは、四百年ほど前まで恐らくこうだったという流れを示したものだ。そして二百年ほど前にはこう変わっていた」
複雑に動き続けていた線が徐々に収束して、地図上に別の『塊』が現れ始めていた。
リンスワルド領を包む渦はほとんどそのままだけど、他にも三カ所ほど濃い渦ができはじめている。
場所で言うと・・・北側が北部の大山脈を越えたシュバリスマークの辺り、東はエルフ国家のメルス王国近辺っぽい。
「こんなに渦が増えたのか?」
「アスワン様、よろしいでしょうか?」
「思うことがあれば言ってみてくれ。前置きや許可などいらん」
「かしこまりました。新たに渦が増えた二カ所は、前の絵図でもそれなりには奔流が重なって濃い場所だったように思いますが...そこはシュバリスマークの旧王都とメルス王国の王都のある場所では?」
「姫は聡いな。東はメルス王国の王都『アンケーン』で、北はシュバリスマークの旧王朝が首都にしていた『サランディス』だな」
「アスワン、それって偶然じゃ無いよな?」
「そもそも、魔力の奔流が太く絡み合っている場所に古い都や古王国の名残があるのは偶然では無い。かつての人族は魔獣の一種として自然の魔力に敏感であったからな」
「昔の人はそういう場所を自然と選んでたって事か」
「然り。だが、いつの頃からか人族は世の理から遠くなり、今では奔流の太さで住む場所を決める者など滅多におらん。どういう経緯があったか知らぬが、シルヴィアなど珍しい類いであろうよ」
そう言うアスワンの口ぶりがちょっとだけ楽しそうだ。
「アスワン様、たしかミルシュラント公国建立前にリンスワルド領に存在した王国も、随分と歴史の古いものであったと聞き及んでおります」
「ゲルトリンク王国か。あれもサランディス王朝と同じ時代の成立であったはずだな」
そう言えば、橋の事件を調べに行った時にレビリスから領地をずらしたって話を聞いたな・・・
「だがそれはそれとして、この絡み合った塊を生じさせる為の、何らかの力の影響を受けて奔流が大きく乱れ始めたようだ」
「それが、エルスカインの『魔力井戸』か?」
「この絡まりの渦がすなわち魔力井戸なのか、別に魔力井戸と称するモノがあって、その影響で渦が発生しているのか判然とはしないがな...そして、今がこうだ」
再び絵図の線が動いて南にも新しい渦が現れた。
場所は・・・南部大森林じゃ無いか!
それもちょうどミルバルナ王国とポルセト王国の国境付近、まさにダンガたちの村に近い場所だろう。
横目で見ると、ダンガたちの表情が青ざめている。
「南の渦は人の住まぬ南部大森林のまっただ中であるが、ここには世界戦争時代の古い王国の遺跡が眠っているという話がある。よって、いずれの場所にもなにか古の由来があると言うことであろう」
だけど、アスワンが話している間も絵図の動きはまだ止まらない。
今度は四つの渦の位置はそのままで、それぞれの渦から地図の中央に向けて奔流が捩じ曲げられていくかのように感じる。
なんて言うか・・・真ん中に集まっていく感じ?
「これは!」
最初に気付いたのは姫様だった。
「どう思う、姫よ?」
「これまでの渦が四つの頂点となり、そして、それぞれの頂点から中心に向かって奔流が捩じ曲げられ、引き伸ばされているかのようです。ですが、その中心、交点にあるのは...もしや『ラファレリア』では?」
なるほど・・・
最大のエルフ国家であり、リンスワルド家の発祥の地、ついでに言うなら俺の産みの母親シャルティア・レスティーユの故郷でもあるアルファニア王国の王都、それがラファレリアだ。
「正解であろうな。仮にこのまま奔流の捩じ曲げられ方が同じ度合いで進んでいくと考えると、数年後にはこうなるであろう」
今、アスワンの前に浮かぶ絵図には、くっきりと四つの頂点を結んだ菱形と、それぞれの頂点から中央にあるラファレリアへ伸びる四つの直線が描かれていた。
いや、それとも二本の直線が交差する場所にラファレリアが有るって言うべきなのか?
なんにしても、この線は分かりやすくなるように書き足したものじゃ無く、本当に奔流がこの経路で流れ始めているということだ。
「人工的だよ。自然じゃあり得ない!」
魔力の『井戸』と『水路』って言うのは、そういうことだったのか・・・
「きっちりとした正方形の菱形とそれぞれの頂点を結ぶ直線...様々な理由で空に地に水に自在に流れる奔流が、これほど真っ直ぐな線を描くなど考えられん。まあ、儂も過去に一度も見たことはないな」
「だよなあ...エルスカインはとんでもない規模でなにかを企んでるって事か...」
「これがなにかはまだ分からん。だが、儂の目には大陸規模の巨大な魔法陣でも創り出そうとしているかのように見える。中心にあるラファレリアに、なにを引き起こそうとしているのかは分からんがな」
エルスカインが魔力の奔流をどういう風に弄ってきたのかは分かってきた。
だけど、一つだけ意外なのは、この歪まされた奔流の動きに、ルースランドがほとんど関わってないように見えることだ。
「なあアスワン、ちょっと意外な事って言うか不思議なことがあるんだけど?」
「なんだ?」
「俺たちはエルスカインの本拠地はルースランドにあるって思ってたんだ。だけど、この奔流の動きを見る限り、ルースランドは蚊帳の外って感じなんだよな」
「うむ、恐らくルースランドは、ただの拠点として利用しているだけであろうな」
「隠れ家みたいなもんか?」
「そうだな。何か利用しやすい理由があったのであろう。それに、この魔法陣は...これが魔法陣だとすればであるが、普通のように術者が中心に立って周囲に効果を広げているのでは無く、この範囲内に影響を与える類いのものであろうな」
「コレ、いくつの国に跨がってるんだよ! こんな広い範囲に効果を及ぼす結界なんて世界を変えるようなもんじゃ...」
俺は最後まで言い終わらずに言葉に詰まった。
そうだった・・・言うまでも無くエルスカインは世界を変えようとしているんだ。
それも何か恐ろしく悪い方に。
「まあ攻撃とは限らん。そう言った形式の魔法陣には土地に雨を降らせるものや澱んだ空気を払うものなどもあるから、目標の範囲にどのような影響を及ぼすかは術式を見ないことにはなんとも言えんぞ」
「そりゃそうだけどさ...エルスカインが良いことしようとしてるとはとても思えないよ」
「無論だ。単純に破壊的な攻撃かどうかが分からんと言うだけだな。しかしエルスカインが単にラファレリアや他の王都を攻撃したいだけならば、斯様に大規模な陣を展開する必要など無さそうにも思える」
「あー、北部ポルミサリア西岸一帯に、何百年も掛けて準備するほどのことかって話か?」
「これが戦争ならば他国の王都を殲滅するなど重大なことだろうが、戦争では勝つことによって得るものがあるはずだろう?」
「これは違うか...」
「ただ憎しみで各国の王都を焼け野原にしたところで、なにが得られる? それが可能だとしても何百年も掛けて、つまりは一族で延々と恨みを引き継いでまでやることであろうか?」
何百年もの間・・・ひょっとしたら何千年も? なにかの恨みを一族で引き継いでいくって言うのはおぞましいことだ。
ただ・・・
俺は、エルスカインが一族とか一味とかじゃ無くて、『太古からずっと生き続けている一人の存在』だっていう妄想が捨てきれないでいるんだ。
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