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第四部:郊外の屋敷

宣誓魔法の限界

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「お兄ちゃんの言う、ホムンクルスを防げてた理由の一つはその仕組みの結果だとしてさー、もう一つの理由はなーに?」

「これはシンシアさんにも聞きたいんだけど...」
「えっ、私ですか?」
「クルト卿も毎月宣誓魔法を受けてるって言ってたでしょう? ひょっとしたら大公家の掛けてる宣誓魔法って、凄く軽いんじゃ無いかなって気がするんですよ」

「えーっ軽い? キツいんじゃ無くって逆?!」
「ああ、その代わりに毎月受けてる宣誓の内容が細かくてはっきりしてるとかだな」

シンシアさんは、急に俺に問いかけられて戸惑った表情を見せたけど、しばらく考え込んでから口を開いた。

「そうですね...ライノ殿の仰ってるような可能性はあると思います。例えばですけど、『どこそこの部屋に入ってはいけない』とか『誰それの許可無く何をしてはいけない』とか、相手によって細かく対象を具体的に示して宣誓させている可能性はあると思います」

やっぱり、シンシアさんもあり得る方法だと思ってくれるらしい。
良かった・・・

「なんでー! そんなの面倒臭いだけじゃん!」

パルミュナは、考え方がストレートだからな。
良くも悪くも・・・

「お前が姫様の本城に結界を張った時に、『人の悪意ってあやふやだ』って言ってたじゃないか。あれとおんなじだよ...善意だって見た目の行動はあやふやなんだ」

「えー?」

「前に姫様と勇者の役目を話したこともあっただろ。俺が大勢を助ける為に少数の人を見放したら、見捨てられた側の『事情を知らない人』にとっては、俺は悪人に見えるだろうな」

「お兄ちゃんが悪人に思われるなんて絶対ヤダ!」
「でも多分すべての人は救えないぞ?」
「そーだけど...」
「だから俺は手の届くところから手を出していくだけだ...すまん、話が逸れたな。いまは軽い宣誓魔法のことだった」

「でもさー、軽い宣誓魔法なんて、わざわざそんなことしてどんなメリットが有るの?」

シンシアさんが、そのパルミュナの疑問に答えた。

「私の知っている例ですけれど、宣誓魔法が強すぎて問題が出た件として、『仲間を傷つけてはいけない』という強い宣誓が掛かっていたせいで、戦場で傷ついた仲間の治療が出来ずに死なせてしまったって話を聞いたことがあります」

「それこそなんでよー! それ治療でしょーっ?」

「その場に回復をできる治癒士がおらず、治療する為には傷口を切り開いて、埋まっているやじりの欠片を取り出さなければいけなかったんです。でも、それは新たに傷を作ることになります」
「あー...」
「早く鏃を取り出さないと危ないって仲間達も分かってたんですけど、宣誓のために誰も実行できず、結局その人はみんなの見ている前で亡くなられたそうです」

「可哀想...でも、それってさー掛け方の問題だよね? 『助けたい』ってゆー意志よりも、傷口を作るって『行為』の方に反応しちゃったって事じゃん?」

「だけど、怪我の治療みたいな話も、それをつくろおうとして例外条項を作りまくっていったら結局意味をなさなくなるぞ? 例外ってのは『穴を開ける』ってことだからな? 最後は穴だらけの盾になる」

・・・そんな盾を使って安心しきっていたら、いつか、どこかの穴をくぐり抜けた矢が飛んでくるだろうね。

「かと言ってだ。公国で禁止されてる『領主や雇い主に絶対服従』みたいな宣誓をさせれば、そこに人の権利や尊厳は残らない。それは、すべての国民を奴隷にするって言うのと同じだ」

「そのような国は滅ぶべきでございましょう。いえ、国とすら呼べません。一人も本当の『国民』がいないのですから」
姫様の言い方がしれっとキツいけど、言ってることは正しい。

「その通りですね。それに、絶対に逆らえない家来の中にホンモノの忠臣は一人もいられない。領主が誤った判断をしても諌言してくれる人は誰もいないんだ。早晩滅びるだろうって思いますよ」

「うーん...じゃー、どうするの?」

「魂への宣誓魔法に頼らずに、嘘や裏切りやホムンクルスの入れ替わりを防ぐ方法を考えなきゃダメなんだ」
「だから、どーやって?」
「それがさっきの軽い宣誓魔法なんだよ。逆転の発想だな」
「うーん、もうちょっと説明ー!」

「そうだな...まず、お前の張った結界みたいに、『邪念や害意を防ぐ』のはゆるくて大雑把でいいんだ。きっちり見分けられなくても、家に外からやってくる悪いものを弾ければそれでいいし、仮に副作用があっても後から対応できる。でも、宣誓魔法はそもそも逆なんだよ。だって最初から中にいる人に対しての術なんだから」

「あー、確かに!」

「家の中、家人達に掛けるって事は、まず、家人を信用しちゃいけないって事が前提だ。でもこれは仕方が無いだろ、人ってそう言うものだからな?」
「うん...」
「誰でもちょっとくらい嘘もつくし、出来心も起こす。酔っ払えば秘密も話す。それは良し悪し関係なく、人って生き物にくっ付いてる性質なんだ...そこは前にパルミュナの言ってた通りだと思う」

「小さな悪まで気にしてたら人の世なんて成り立たないって?」

「そうだ。だから、大きく宣誓を掛けて例外を沢山作るんじゃ無くて、逆にやっちゃいけないことを細かく決める。人によってやって良いこと悪いことも変える。例えば『主に害をなすな』みたいな大きな網を掛けるんじゃ無くて、夜は宝物殿に入るなとか、屋敷に魔道具を持ち込むなとか、いちいち細かくな」

「それでー?」

「まず、ちゃんとした記憶を持たないニセモノのホムンクルスはその複雑さに対応できない。自分がやれることとやれないことの見分けが付かないからな。あっという間に挙動不審でバレちまうだろう」
「なるほど!」
「ホムンクルス対策としてだけでなく、ただの悪人もそれでしっかり防げるし、宣誓範囲が広すぎて困るって事も起こりにくい」
「うんうん」
「ただ、『宣誓の細かさ』だけじゃあカルヴィノみたいに魂、つまり自分の記憶を持ったままのホンモノのホムンクルスは防げない。その場合は本人が今まで通りのことをやってれば済むからな」

「ダメじゃん!」

「だから毎月掛け直すんだよ。カルヴィノの場合もホムクルスの体を造る為に一月以上も留守にしてる。普通の家人にとって長期の休暇や旅行は滅多にないし、カルヴィノのように一ヶ月も休むなんて一生に一度あるかないか...だけど、戻ってきたらまたすぐに宣誓魔法を受けさせられる」

「あ、そっかー! ホンモノのホムンクルスを防いだり見分けたりするのは難しくても、単純になーんにも悪事が出来ないようにすればいいんだ!」

「そういうことだな。単純に、軽い宣誓魔法を毎月掛け直すってのを貴族家が守らなければいけないルールにすれば、仮にホンモノのホムンクルスになった家人が一月後に戻ってきても、結局は宣誓魔法を受け直すことになって大した悪事は働けないだろ?」

「人でもホムンクルスでも出来ることが同じなら脅威としては同程度ってことかー」

「まあ、魂の宣誓魔法ほど確実な方法じゃ無いけど、応急処置というか普及版としては十分に効果があるって感じだな」
「実際それでも安心よねー!」
「その代わり、これってパルミュナが言う通りすっごく面倒だ。腕のいい魔道士が沢山いないと対応しきれないって言うか...大公家だからこそ出来るやり方で、資産の薄い貴族家で真似をしたら破産するかもしれない」

「確かにねー...毎月ごとに家人全員に細かく人それぞれの宣誓魔法って、いくら何でも手間掛かりすぎかなー?」

「ですがパルミュナちゃん、それは魔道士側の工夫でなんとかなるかもしれません」
「そーなの?」

「はい。魔道士が相手ごとに、誰になにを許してなにを禁止するか、一つ一つを全部考えながら毎月やっていくとしたら本当に大変です。ですが、例えば『家令だったらこう』とか『メイドだったらこう』、『護衛騎士はこう』みたいなパターンのバリエーションをあらかじめ決めて、それを貴族家同士で共有していけば、魔道士は家ごとの調整を施しながら、それに沿って宣誓を掛けていくだけで済んじゃないかと思うんです」

おお、これって宣誓魔法の『模範文例集』って事か!

「なるほど! そりゃいい案ですねシンシアさん」
「そうですか?」
「ええ、ぜひミルシュラント公国全体に広めるべきですよ。最初のパターンは大公家を参考にさせて貰わないと大変でしょうから、その許可を頂かないとなりませんけど」

「シンシア、わたくしも、それは大公陛下に上奏してみる価値があるアイデアだと思います。こんど手の空いた時に、そのやり方をまとめてみて下さいね」
「はい、わかりました」

思わぬ処から、いいアイデアが転がり出たな・・・
これは、貴族家のホムンクルス対策として広める価値がある気がするよ。
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