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第四部:郊外の屋敷

大公家の宣誓魔法とは

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「分かりましたクルト卿、俺には自分が勇者であると言うことを信じて貰う術がありません。だけど、いつか必ず信じて貰えるような存在になりたいと思います。その時にはまたお逢いできればと思います」

俺がそう言って席を立つと、姫様とシンシアさんも合わせて席を立った。
二拍遅れてパルミュナも。

・・・今日は侍女だろ、お前は!

いや、そもそもヴァーニル隊長と一緒に立ってるべきだったのか?
こういう時の貴族の振る舞いって、なにが正解なのかサッパリ分からない俺が言えることでも無いか・・・

「いやクライス殿、なにか私に依頼したいことと言いますか、やらせたいことが有ったのでは?」
クルト卿も慌てて立ち上がりながら言った。

「いえ? 失礼な話ですが先ほど申し上げたように、もしもクルト卿がホムンクルスにされてしまっていた場合、ギュンター卿の身が危険だと思ったので一緒に付いてきただけですから」
「それだけだったのですか?」
「はい。もうその心配は無いと分かりましたし、クルト卿もエルスカインの存在を知って対処していると聞いて大いに安心しました」

「その...魔獣使いに関する情報を得るとか?」

「正直、王都に来るまでずっと魔獣使いのエルスカインに関して大公家と公国軍はなにも知らないと思っていたんです。ですので情報を得ると言うよりも危険を知らせるのだ第一だと考えていましたので...」

クルト卿に頭から信じて貰おうなんて虫の良すぎる話だったし、実際に俺やパルミュナに危機を助けられて、精霊の力を目の当たりにした人以外には早々飲み込めるはずも無い話だ。
かと言って信じて貰う為に、勇者や精霊の力をデモンストレーションするって言うのも何か違う気がする。

それこそ、『人心を集める』行為そのものじゃ無いかな・・・?

単に『人には出来ないことをやってみせる』っていうだけならクルト卿が懸念したように、エルスカインが勇者を名乗っても通じるだろうな。
だから、それは違う。
そうじゃなくて・・・
俺は出会う人達に対して、自分の行動で勇者だって事を信じて貰えるようにならないといけないんだ。

「お待ちくださいクライス殿、これでは私が無礼な物言いをしたままになってしまいます...」

「いえ、どうか気になさらないでください。クルト卿のご懸念は、むしろ要職を預かる軍人として必要なことだと思います。さっきも言いましたけど、クルト卿がすでに敵の存在を知っていたと言うだけで勇気づけられましたよ」
「ですが...」
「クルト殿、どうかお気遣い無く。クライス殿も近々大公陛下とお会いする事になるでしょう。今日は皆、公式な訪問では無く忍びという建前でございます。この場での会話はすべて忘れて頂いても、なにも差し支えございませんゆえ」

姫様も納得してくれたみたいだ。
結局、信じるか信じないかは、何処まで行っても理屈では答えの出ない話だからね。

ギュンター卿も、しかめ面から爽やかな笑顔に戻った。
「姫様、クライス殿、わざわざお付き合い頂いて申し訳なかった。これでは、体のいい護衛を依頼したようなものでしたな!」
「それで良かったんですよ?」
「その通りですわギュンター卿」
「痛み入ります...クルトよ。姫様方をお見送りした後に、もし良ければ奥方と我が甥っ子にも会わせて貰えるかな?」

「え、ええ、もちろんです兄上」

クルト卿は少々ばつの悪そうな表情で押し黙ると、辞去する俺たちをギュンター卿と一緒に玄関の外まで見送ってくれた。

++++++++++

流れで、思っていたよりも早くクルト・レミング家を離れることになったけど、これはこれで良かったかもしれない。

元々、クルト卿がホムンクルス化されていないかどうかを確かめる為に付いていっただけだし、クルト卿になにか手助けを求めるつもりも無かったからね。

あえて言うなら、クルト卿が治安部隊の責任者で・・・
ポリノー村での襲撃事件を知っていて・・・
そこから俺が勇者で有ると話すことになったのが予定外だっただけど。
姫様としてもシーベル卿の弟さんに嘘をつけないから喋っただけだろうし、今後の為には俺にとって有意義だったくらいだ。

レビリスが回してくれた馬車に乗り込んでクルト卿の屋敷を離れると、姫様が急に謝ってきた。

「申し訳ございません、ライノ殿」
「えっ、なにがですか!」
「ライノ殿が勇者であることをわたくしが前置きなしでクルト殿に告げてしまったので、却って話の信憑性が薄れてしまったかと」
「とんでもない、それは違うと思いますよ姫様」
「左様でございましょうか?」

「もちろんです。クルト卿は内心では信じてくれていると思います」

「ですが信じる根拠が無いと...」
「公国の軍人で有る以上は、この話を元になにか動くことは出来ないってだけですよ。でも、こっちもそんなこと望んでないですからね!」
「それは確かに...」
「元々はクルト卿がホムンクルス化されていないか確かめる為だけに行ったんですから、それが分かっただけで十分なんです」
「そう言って頂けるとホッとしますわ」
「姫様、大袈裟ですって」

俺がそう言うと、ようやく姫様も表情を緩めてくれた。

「ねー、クルトさんがエルスカインに狙われてなかった理由ってさー、やっぱりエルスカインの人手不足?」
「人手不足って...なんだよその言い方。でも実際に操れる対象数の限界ってのは大きいだろうな。ただ、クルト卿に関しては大公家側の防護が強かったのと、彼の立ち位置の問題だろう」

「立ち位置って、クルトさん自身に理由があるってこと?」

「実際、クルト卿はホムンクルスの危険性を良く分かっていなかった。これは大公家の人達も今のところ同じだろう?」

「じゃー知らずに防げてた? それって話がうまくないー?」

「まあな。俺が思いつく理由は二つだよ。昨日、エルスカインの謀略の本質はなにかって話をしただろ?」
「えーっと、嘘と裏切り!」
「それだ。罠ってのは何でもそうかもしれないけど、相手を騙してその気にさせてから、一番いいところで裏切るとか足下を掬うとか、そんな嫌な考え方だろ?」
「気分悪いよねー」

「でも、クルト卿はシーベルの一族だけど、爵位継承も放棄しているし、フランツ卿やギュンター卿とは違って、彼をどうこうしてもシーベル子爵家の乗っ取りには繋がらない」

「あ、それもそーか!」

「それに彼は、大勢いる軍人の一人に過ぎないからな? 一見、治安部隊を牛耳れれば色々なことが好き放題出来そうに思えるけど、実はそんなことも無いと思う」
「なんでー?」
「さっき彼が、『本来、貴族の系譜は治安部隊の指揮官になれないし、地位の世襲も出来ない』って言ってただろ? つまりな、誰か個人の思惑で組織を動かせないような仕組みにしてあるんだよ。良し悪しは別として貴族社会とは真逆の仕組みだな」

「その仕組みを王様が作ったって言うのが面白いねー!」

「大公な...だから、クルト卿を騙しても絶対的な影響は出ないし裏切って踊らせる相手がいない。無理にやっても、誰かがそれに気が付くか、防ぐか、役目を肩代わりするか...」
「そっか!」
「つまりシーベル家にとっては爵位継承権を放棄した三男、公国軍にとっては組織の中の一人の指揮官、どっちにしても要石かなめいしじゃないってことだ」
「かなめいしってなーに?」
「石組みのアーチとかで一番上に嵌まってる石のことだな。それを抜くだけで、アーチ全体がガラガラと崩れ落ちる」
「なるほどー」

「つまり、宣誓魔法に頼らずに『仕組み』で裏切りや謀反むほんを防ぐことが出来るようにしておいた。その結果として、クルト卿の立場がエルスカインにとって狙う価値が低い上に、仕掛けるのも面倒だったって事だな」

「今後はわたくしどものような貴族家は、宣誓魔法を万能だと信じ込んで頼りすぎることを、あらためていかないといけないかもしれませんね」

「宣誓魔法だけじゃ弱いのかなー...」

「前にパルミュナが盗賊やゴロツキに宣誓魔法をかけただろ? ああいうのはいいんだよ、処罰の代わりだからな。でも、家人に宣誓魔法を掛けて、これで裏切られないし危害も加えられないって安心しきってると、シーベル家みたいな事が起こるかもしれない...ま、ホムンクルスは特殊例かもしれないけどな」

「ですが、事実として発生致しました。今後も起こりうることでございましょう...それに往々にして弱点というものは、打ち破られてから初めて気が付くものでございます」

確かにそうだ。
ホムンクルスを特殊例として別扱いしない方が、色々と安全だって言うのは姫様の言う通りだろう。

「姫様の仰る通りですね。一度起きたことはまた起きる...俺たちはパルミュナとシンシアさんのお陰でそれを防げます。でも、ほとんどの貴族にとっては今後も『魂への宣誓』を使うのは難しいでしょう」

「仮にシンシアが全国行脚をして魂への宣誓魔法を広めたとしても、それを実行できる魔道士がほとんどいないということですわね...」

「それは多分そーだと思うなー」

「シンシアさんほどの天才じゃ無くても、年に数人ならなんとかならないかな? それだけで大分違うと思うんだけど」
「まず、使えるかどうかがアヤシーよ?」
「やっぱりそうか?」
「きっとさー、頑張って練習したけどダメでしたーって人の方が多いと思うなー」

「それはキツいな...魔道士の心が折れそう...って言うか、新しいヒエラルキーが生まれちゃいそうだ」

魂への宣誓がパルミュナも言うように誰でも真似できるモノじゃ無いとすれば、やっぱりそれに変わる簡易な仕組みを考えた方が良さそうだ。
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