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第三部:王都への道
ホムンクルスの命
しおりを挟む小径をしばらく進んでいくと、森の縁に小さな小屋が建っているのが見えてきた。
その脇には二台の馬車が停まっていて、一台は、さっきバルテルさんが乗ってきた物、もう一台は・・・
俺が、牢から連れ出したカルヴィノに与えた奴だな。
実際に用意してくれたのは家令のボーマンさんだけど。
カルヴィノは、あの真っ黒なモヤで充満した部屋の中から、どれくらい俺の顔を正確に見て覚えているだろうか?
いや、こちらの位置を掴んで攻撃してきたことは確かだし、顔を見てると思っていた方がいいだろうな。
「バルテルさん、いるかい?」
わざと大声で小径から声を掛けてみた。
「ああ。すまんが、今ちょっと手を離せないんで、入ってきてくれんか」
小屋の中からバルテルさんの声がした。
そう来ると思ってたよ。
俺は防護結界を強めて、ゆっくりと小屋の扉を押し開けた。
途端に、中から黒いモヤの腕が伸びてきて俺に纏わり付こうとし、あえなく防護結界に弾かれて霧散する。
シーベル城を出る時には、濁った魔力もモヤの気配も綺麗さっぱり消し去っておいたから、ここでまたオットー経由で力を分けて貰ったのか?
それにしても、攻撃パターンに彩りのない奴だ。
ホムンクルスと言っても中身はただの従僕だから仕方ないだろうけどね。
小屋の中は前回のようにモヤが充満して真っ黒という風ではなかった。
たぶん、あの時はカルヴィノも全力を出してたんだろう。
俺は加速して小屋の中に踏み込んでいき、正面でモヤを口から吐き出しているカルヴィノに正拳を喰らわせた。
カルヴィノが小屋の奥まで吹っ飛び、壁にブチ当たって床に落ちる。
その脇にいるバルテルさんは、ぼーっとして立っているだけだ。
乗っ取ったのがエルスカインじゃなくてカルヴィノだったから、同時に俺を攻撃させるまでの支配というか制御は出来なかったかな?
俺は右手でバルテルさんの顔を掴むとその場にしゃがみ込んで引きずり倒し、床に転がったカルヴィノの顔を左手で掴んだ。
両手それぞれで二人の顔面を押さえつけ、精霊の水を発動する。
意識のあったバルテルさんが少し暴れたけど、窒息させてる訳じゃないし我慢して貰おう。
そのまましばし・・・
カルヴィノから濁った魔力が消失し、バルテルさんに取り憑いていたモヤも跡形無く消え去ったところで両手を解放した。
途中でバルテルさんも気を失って、今は二人とも床に倒れたままでずぶ濡れの状態だ。
さて、ここからどうするかなあ?
折角、慣れない小芝居を打って『放流』したカルヴィノをまた捕らえてしまったのが残念だけど仕方ない。
ホムンクルスの不明な危険性を考えるとギュンター卿の屋敷に連れ帰るのは憚られるし、かと言ってここに放置して見えない危険というか、目の届かないところで行動されるのも気掛かりだ。
シンシアさんの探知地図は俺が欲張ったせいで、こんな近場じゃ意味をなさないし・・・
とりあえずバルテルさんが目を覚ますまで待つことにしてカルヴィノは結界に閉じ込めておく。
++++++++++
幸い、先に意識を取り戻したのはバルテルさんの方だった。
やはりカルヴィノは必死でここまで逃げてきたものの、完全復活には遠かったようだ。
呻き声を上げたバルテルさんを助け起こして、とりあえず手近な椅子に座って貰う。
「や、すいません...いや儂はどうしたんでしょうか?」
「ちょっと記憶が飛んでるでしょう。最後に見たのがなんだったか思い出せますか?」
「うーん、肉を持ってこの小屋に来たらオットーの連れてきた家僕の男がいたんで声を掛けて...」
そこまで言ってからバルテルさんは、急にカルヴィノが床に転がっていることに気が付いてぎょっとした。
「あ、大丈夫ですよ。訳はこれから話します」
「そう、そうだ、この男です! 儂の目の前でこの男が口からなんか黒いモノを吐き出したのは覚えてるんですが...いやダメだ、そっから覚えてないですな...」
乗っ取ったのがエルスカインじゃなくてカルヴィノだったのが幸いだったのか、それとも乗っ取られてすぐに解放されたからなのか、バルテルさんは乗っ取られる直前までの記憶をちゃんと持っていた。
「コイツの魔法で一時的にやられて気を失っただけですよ。もう浄化したから問題ありません。後遺症もないです」
「そうですか。それはありがとうございます」
「いや、むしろ俺がウッカリ巻き込んじゃったようなモノなんで謝るのはこっちですよ。何より、バルテルさんに怪我がなくて良かった」
「恐縮ですな...ところで、こやつは一体なにものです?」
「オットーと入れ替わっていたニセモノの仲間です」
「ニセモノ?」
「ええ、本当のオットーさんは恐らく故郷で亡くなられてます。さっきまで屋敷でオットーのフリをしていたのは魔法で創られたニセモノで、人のカタチをしてるだけです」
「そんなことまで出来るのですか? いや恐ろしい話ですな...」
バルテルさんは本当に恐ろしそうに首を振って溜息をつく。
「バルテルさん、歩けますか?」
そう聞くと椅子から立ち上がって数歩歩いた。
「大丈夫ですな」
「じゃあ、馬車で屋敷に戻っていて下さい。それと、ギュンター卿とうちの姫様に伝言をお願いします。『カルヴィノは森に匿われていた。傭兵達は問題ない』と、そう言って頂ければ伝わります」
「承知しました。では先に戻らせて頂きます。道は難しくないのでお分かりだと思いますが、もし枝道で悩んだらいつも南側を選べば必ず館に着きます」
「ありがとうございます。じゃあお気を付けて」
「はい、それでは失礼します」
さてと・・・
バルテルさんが小屋から十分に遠ざかったと思える頃合いを見計らって、カルヴィノを閉じ込めておいた結界を消す。
いつまでも寝かせていたって問題は解決しないからね・・・
軽く小突くと、カルヴィノは小さく呻き声を上げながら気を取り戻した。
「起きなよ、教えて貰いたいことがある」
カルヴィノは憎々しげに俺の顔を睨み付けると床に胡座をかいた。
「知るか! なにも言う気は無い。殺すなら殺せ」
「永遠の寿命に惹かれたくせに、随分と潔いじゃないか?」
「うるさい! お前に何が分かる。それに俺は宣誓魔法を受けてるから、どんなに脅されても秘密を喋ることも裏切ることも不可能だ。おあいにく様だったな!」
実際その通りだろう。
そもそも、大して重要なことは教えられていないとしても、エルスカインの秘密を口にすることは一切出来ないはずだ。
「それは想定内だな。お前はホムンクルスだ。お前の体はエルスカインが作ったニセモノの人体だけど、魂は本物らしい。と言うことは、自分から望んでホムンクルスになったんだろうな?」
「お前の知ったことじゃない」
「ああ。だけど一つ教えてやろう...ホムンクルスの寿命は人と変わらない」
「えっ!」
おや? これは想定外だったのかな。
「いや、このことはお前も知ってると思ってたぞ? 俺が言いたかったのはその先だ...」
カルヴィノはなにも言わずに俺を睨んでいた。
つまり、早く先を言えってことだ。
「だけど、ホムンクルスを作って魂を移し替える技術を持つ奴に頼めば、体の寿命が来た時には新しい体を作って貰い、そこに魂を載せ替えることで生き延びることが出来る。だから、本当は『永遠の寿命』じゃなくて『延命の繰り返し』だ」
「それがどうした? 死んでも生まれ変われる。それで生き延びられるなら同じことだろうがっ!」
明らかに苛ついているな。
だけどその表情には、その先を聞きたいという思いが浮き出ていることが隠せない。
そう言えば、カルヴィノは『あまり冴えた男ではない』とシーベル卿に評されているんだった。
「同じじゃない。似てるけど全然違う。それに死んだ者を生き返らせることはできないぞ? 死体を元に作れるのは魂のないニセモノだけだ。そいつの振りをしてるだけで中身は空っぽの人形だ」
「なっ...そんな馬鹿な!...いや嘘をつくなっ! 俺は騙されないぞ!!! お前は俺を騙そうとしてる!」
カルヴィノが急に激昂して唾を吐きながら喚く。
「嘘じゃないさ。死体から作ったオットーは魂のないニセモノだったろ? お前は『生きているうちに』ホムンクルスに魂を移されたから、お前のままなんだ。同類の目でオットーを見れば分かったはずだ」
「じゃ、じゃあ二度と生き返らないのか?...」
「死体にはもう魂が残ってない。だから作れるのは操り人形だけなんだ。一度死んだ人は生き返らないよ」
カルヴィノの表情が見て分かるほどに青ざめた。
口が何かを言おうとして半開きになり、また閉じて、また開く。
でも言葉は何も出てこない。
「それに宣誓魔法なんか受けてなくても、お前は決してエルスカインに逆らうことは出来ないし、そばを離れることも出来ない。エルスカインから黒いモヤを注ぎ込まれて強くなったつもりでいたか? あれはお前の力じゃ無い。お前はただの容れ物だ」
「そ、そんなことは、承知の上だ」
引き攣った声だ。
「本当にそうか?...いいか良く聞け、お前は永遠の命とか不死の肉体とかを手に入れたんじゃないんだ。エルスカインがお前という『永遠の奴隷』を手に入れたんだよ。未来永劫、僕として主に仕え続けることがホムンクルスの宿命だ」
本当に気が付いていなかったのか。
いや、そもそも気が付いていたらホムンクルスになる誘いを受けるはずがないよな・・・
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