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第三部:王都への道

狩猟地の番人

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オットーがカルヴィノを匿う・・・つまり二人の間に面識があったとすれば、当然ながらシーベル城でカルヴィノがやっていたことと、このギュンター邸でオットーが進めていたことは別々に動いていた話じゃなくて、組み合わさった一揃いの謀略だったってことだ。

そうなると本当の目標は大公家の治癒士に接触することじゃなくて、ゲオルグ青年を『城外に出してから殺すこと』だったんだろうな。
彼を城内で死なせたら、衆人環視の中で『死んだことが確認』されて埋葬されてしまうからね。
そうならないように、外に出してから殺すと言うか攫うと言うか、ホムンクルスを造る『素材』を手に入れるって訳だ。

橋で馬車を落してゲオルグ青年を殺すが、死体はこっそり回収する。
いや、まだ息があったっていい。
とにかくゲオルグ君の体を手に入れ、ホムンクルスを造って、『実は瀕死の重傷を負って川に流されていたところを漁師とかに偶然助けられて』というシナリオなんかで、後からひょっこり現れるって奴だな・・・

やっぱりホムンクルスを造るのは『その場ですぐに』という訳には行かないと思えるけど、そのホムンクルスの製造日数を稼ぐついでにショックで記憶喪失というのも言い張れるし、襲撃犯は家督を狙ったギュンター卿って話に出来る訳だ。
いったん彼のホムンクルスを作って送り込むことが出来れば、シーベル子爵家を乗っ取るのは時間の問題だし、そこから大公家にもリンスワルド家にも次の手を打てただろう。

それにしてもエルスカインって、こういう手が込んでいると言うか面倒と言うか、『搦め手』な陰謀ばっかりだよな。
性格が陰湿なだけだとは思えないんだけど・・・

なんであれ、カルヴィノの消息は確認しておく必要がある。

「ただし、オットーのホムンクルスがカルヴィノを敷地の何処かに勝手に匿っている可能性はあります。それこそ、傭兵団のところに世話係のフリでもさせて行かせてても不思議じゃないと思うので」

「確かにそうですね...」
ギュンター卿がまた不安そうな表情に戻った。

「さっき奥の草地とかに幕営の準備に行ったこちらの人員が、傭兵団と顔を合わす可能性はありますか?」
「いえ、屋敷の近くでバッタリ出くわす、という以外では無いでしょう。森へ向かう経路が全く違いますから」

「念のために、まずは俺が森に行って様子を確認してから、傭兵達をここに来させることにしましょう。変なのが混じってないと分かれば、こちらの隊列と顔を合わせても問題ないですから」

「しかしその...こっそりカルヴィノや仲間が紛れ込んでいたら危険では?」
「大丈夫ですよ。もしもマズいのが混じっている時は、見ればすぐに分かりますから」

さて、ギュンター卿が集めた三十人ほどの傭兵達を見てみるとするか・・・
俺が立ち上がるとパルミュナも当然のように立ち上がったが、思うところあって隊列の方を頼むことにした。

「いや、お前は草地の隊列の方に行ってやってくれないか? あっちにはダンガとレビリスがいるけど、防御魔法に強いのがいないだろ? 一応の用心ってことでな」
「あ、そっかー。わかったー!」
「うん、じゃあ頼むな。ギュンター卿、すみませんが誰かに妹を幕営地まで連れて行って貰えませんか? それと、傭兵団のいる場所が分かる人間を一人付けて欲しいんですが」

「承知しました。すぐに呼びましょう」

そう言ってベルを鳴らし、現れた家僕の一人に案内を用意するように言いつけた。

間もなく、二人の男性が現れた。
一人はごく普通のお仕着せを着た若い家僕で、こちらはパルミュナを馬車で草地に連れて行ってくれると言うことだ。
もう一人の壮年男性は動きやすそうなと言うか、いかにも狩りに出そうな服装をしている。

「彼は我が家で狩猟地の番人ゲームキーパーを務めてくれているバルテルです。この森が豊かで美しいのは彼の手腕に寄るところが大きい」

男性は分かりやすく照れて『そんなことはありません』と謙遜し、森の奥まで自分の馬車で連れて行ってくれると言った。

狩猟番という仕事は貴族家に雇われている使用人の中では特殊だ。
領地の自然を相手にする専門業種という意味では庭師と似たようなものだが、狩猟番は広大な敷地全体で動植物すべての相手をする。
立場的には使用人の一人ではあるけれど、専属の治癒士や料理長と同じように専門家としての敬意を払われる存在でもある。

森の状態を常に把握して、特定の動物が増えすぎたり、逆に主が狩りに出たときに得物がいないという状態にならないように目を配るし、更には、熊や魔獣のような危険なものが猟場をうろついたりしないように見張ったり、必要があれば対処するといったことまで求められる。

実際、破邪が狩猟番から『猟場に出た魔獣を討伐してくれ』と依頼されるのもたまに聞く話だからね。

++++++++++

そのバルテルという名の狩猟番と一緒に馬車に乗り、傭兵達が野営をして過ごしているという場所まで運んで貰う。

「すみませんね、お手数を掛けちゃって」
「いえいえ、お客様に気遣って頂くなんてとんでもないことです。それに、どうせもうしばらくしたら彼らのところへ行かなきゃいけない頃合いだったんですよ」
「おや、そうだったんですか」

バルテルさんは荷台を振り返って荷物を指差した。

「ええ、食料というか肉を届けてやらんとね。兵隊連中はやっぱり肉を食いたがりますし、かと言って、森の中で勝手に狩りなんかされたら堪ったもんじゃありませんからな」
「それは確かに...日頃の森への気配りが水の泡だ」
「ええ、そうならんように、儂が他の場所で間引いた獲物を、こうして届けてやっとるんですよ」
「なるほどね」

傭兵なんてやってるのは基本的に荒事が好きな連中だ。
少数の歴史の長い傭兵団を除くと、大抵はどこかの国の正規兵崩れだけど、なにしろ『国軍にいたんじゃ訓練と見回りばかりで実戦がないからつまらない』と飛び出したような連中ばかりだからな。

大きな戦争のない時代が長く続いているとは言え、逆に正規軍が動くほどでもない小競り合いや、騎士団のいない貴族や商人の護衛程度の仕事には事欠かないと聞く。
そういうところへ好んで首を突っ込みたがる連中が、大人しい人達な訳はないよね。

なので、パルミュナを荒くれ者の傭兵達のところに連れて行きたくなかったのは、単純に彼女が美少女だからで、それに起因する揉め事を防ぐためだ。
パルミュナが危険な目に遭う可能性はつゆほども無いけど、不愉快な思いをする可能性は高い。

主に俺が。

屋敷を出てすぐの辺りは風通しの良い林だったが、木立の中の小径をしばらく馬車に揺られて行くと、徐々に森が深くなってきた。
綺麗というか、雰囲気の良い森だ。
こういうところを見ても、このバルテルさんが森の管理をかなりしっかりやっていることを感じるな。
単に動物たちの数を調整しているだけじゃなくて、きこりや人足を呼んで小径脇の草を刈ったり木々の下枝を払ったりという、森自体の手入れも定期的にやってる証拠だ。

この森を愛しているギュンター卿が評価するのも分かる。

「連中は三十人ばかしいるんでしょう? 間引いた獲物だけで肉は足りるんですか?」
「はっはっは、ここは鹿が多いですからな。三日に一頭も捌けば、連中の持ち歩く干し肉まで作れますよ。牧場の家畜を潰すほどのことはありません」
「いや、逆にそんなに沢山の鹿を狩って大丈夫なんですか?」
「ご主人様は、ご自分ではそれほど狩りをされないんですよ。客が来たときに付き合うくらいでね...それよりも釣りの方がお好きですな」

「なるほど。さっきチラリと見えたけど確かに感じの良い川ですね」

「ありがとうございます。ここは鱒が多くて、ご主人様の好きな毛針釣りには最高ですな。牧場にはでかい池があって、そこなら子供でもブリームやチャブの類いを釣って遊べます。本家のゲオルグ様が子供の頃は、よくその池で釣りをして遊ばれていたもんです」

「元気になったら、またここに釣りに来るかもしれませんね」
「是非ともそうなって欲しいですなぁ」

馬車にゆったり揺られながら半刻ほども過ぎた頃、前方の木立から視線を感じた。
敵対的と言うよりも警戒してる感じ・・・傭兵達の斥候だろうな。
森に入ってくる人間を見張っていると言うことは、一応は自分たちの任務の危険さを承知しているってことだ。

バルテルさんは気づかないのか単に慣れてるだけなのか分からないけど、突き刺さるような視線を気にも留めずに馬車を進める。
いや・・・考えてみれば狩猟番がこの気配に気が付かないってことは無いか。
今日は俺が横にいるから当然って感じなんだろう。

「バルテルさん、お願いなんですけど、さっき屋敷で起きたこと...オットーのニセモノを倒した件はまだ黙っておいて貰えますか?」
「おや、なんだか家僕連中が大騒ぎしてたのはそんな話ですか?」
「ええ、ちょっとややこしいというか危険な話なんで」
「承知しました。ご主人様を訪ねてきたご友人だということにしておきましょう」
「助かります」

そのまましばらく進むと小径の脇に少し開けた草地があって、そこに一人の男が立っていた。
どうやら野営地自体は道から見えない木々の奥に設営しているらしく、ここまで俺をお出迎えに来てくれたようだ。

その男は使い込まれた軽装の胸当てと剣を身につけているだけで、他に仰々しい防具はなにも装備していない。

いかにも傭兵と言う出で立ちかな?
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