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第三部:王都への道
シンシアさんの宣誓魔法
しおりを挟むシンシアさんになんと声を掛けようかと思案していると、廊下から複数人の騒めきと、こちらに走ってくる足音が響いてきた。
あ、いかん。
失神してる家僕やメイドさんたちがそのままだったよ!
「御領主様、無事でございますかっ!!」
衛兵を引き連れた執事が血相を変えて飛び込んでくるが、数歩ほど入り込んだところで固まった。
あまりにも急に停まったので、後ろを付いてきていた衛兵がぶつかりそうになって慌てて脇へ除ける。
「御領主様、こ、これは一体何事でございましょう...」
「すまぬなボーマン、心配させたようだが大事ない。いま、姫君のご一行にゲオルグの病の様子を見て貰っていたところだ。どうやら、その魔法の余波で廊下の者たちが失神してしまったようだが」
おお、子爵の言い方が上手いな。
まだ身内に『獅子身中の虫』が潜んでいるかもしれない状態なら、出来るだけ情報を外部に漏らさない方がいいだろう。
「さ、左様でございますか。して、カルヴィノが床に倒れているのはなにゆえでございましょう?」
「それを言う前に、ボーマンにやって貰いたいことがある」
「はあ」
「いまここで、新たに秘密を守る宣誓魔法を受け直してくれ。後ろにいる衛兵諸君も一緒にだ」
「それは一体、なにゆえに?」
「必要なことなのだ。もちろん離職するなら拒否は出来るが」
「なにを仰いますか! 拒否するわけがございません!」
「ならば良かろう? ということでジットレイン殿、お手数を掛けて申し訳ないのだが、この者たちの魂へ宣誓魔法を掛けて頂けないだろうか?」
「はい、かしこまりました。子爵家ではどのような内容で宣誓を行っておられましたか?」
それにはボーマンと呼ばれている執事が答えた。
「魔道士様、当家で家人に掛けております宣誓魔法は、子爵家に関して知り得た秘密を黙秘すること、子爵家に害をもたらす一切の行為を行わないこと、そしてミルシュラント公国と大公陛下に忠誠を尽くすことです」
どうも、これが標準的な貴族家の宣誓らしい。
以前にシンシアさんが、もしも『主への絶対服従』を宣誓させたりすると、外部に露呈したときには『大公陛下の臣民への蹂躙行為』と見做されて厳しい追及に晒されることになる、と言っていた。
どんな宣誓魔法を掛けられているかは魔法陣を浮かび上がらせれば見えてしまうので、宣誓内容自体の完全な秘匿は難しいし、外部の魔道士に抜き打ち検査でもされたら一発で露見する。
貴族や領主、あるいは雇用主だからと言って領民や使用人を好き勝手に出来ない、と言うのは好ましいことだろう。
「分かりました。では、皆様よろしくお願いします」
シンシアさんは明るく返事をして執事たちの方へ進み出た。
相変わらず執事と衛兵たちは状況がさっぱり掴めないせいで、疑問符にまみれたような表情をしているが、特に恐れを感じているわけでもなさそうだし、逃げ出すチャンスを窺っているようにも見えない。
シンシアさんが手慣れた様子でシーベル家の条項を追加した魂への宣誓魔法を掛けると、何事もなく魔法陣が光って承認された。
とりあえずセーフだ。
この中にはホムンクルスはいないし、仮に悪意を持った者がいたとしても、もうなにも出来ない。
「よろしいボーマン、廊下の者たちも起こして連れてきてくれんか?」
「承知致しました」
少々待っていると、部屋の外から軽い呻き声や衣擦れの音なんかが聞こえてきた。
恐らく精神操作を途中で急に切断されたショックで気を失っていただけで、痛みや苦痛で失神したわけじゃないだろうから、後に引き摺ることはないだろう。
頭を抑えながら部屋の中に入ってきた家人たちに対してボーマン氏がシンシアさんの前に並ぶように指示し、これまた『なにが何やらさっぱり分からない』という表情のまま、大人しく宣誓魔法を受けていく。
ここまでもセーフだな。
「とりあえず、ここにいる方々はシンシアさんの宣誓魔法を受けましたから安心でしょう。当面、出来るだけ今ここにいるメンバーを中心にして物事を進めた方がいいですね」
「そうですな。いや助かりましたジットレイン殿。ではボーマンや皆にも事情を説明しよう。聞いてくれ」
シーベル子爵の説明が続く間、家人たちはみな半信半疑というか不可解な表情を浮かべていたが、ゲオルグ青年の病が綺麗さっぱり消失したという話になると途端に全員揃って明るい顔になり、口々に若君へのお祝いを述べ始めた。
家臣たちから愛されてるなあ、ゲオルグ青年。
++++++++++
「シーベル卿、ご子息が回復したことは、まだ外部に伏せておいた方がいいかもしれません。あのホムンクルスの眼を通じてエルスカインがこの状況を直接見ていた可能性もゼロでは無いですが、もしそうだったら、こう易々と倒されてない気もします」
「なるほど。独断で動いてるから弱かったと?」
「そんな感じですね。エルスカインの用意周到さを考えると、この襲撃は稚拙すぎますから」
「ふむ。クライス殿の仰ることも尤もでしょうな。となれば、いまのカルヴィノは糸の切れた繰り人形か...」
とりあえず、今この部屋にいる家臣たちは信頼できる相手と言うことで、シーベル子爵は執事に付いてきた衛兵たちに、カルヴィノを捕らえて牢に入れるように命じた。
どのみちカルヴィノを尋問したところで有益な情報が得られると期待できるわけでもない。
カルヴィノが『エルスカインからの宣誓魔法』を受けている可能性は高いし、それにエルスカインの力を知っている奴ほど、自分が裏切ったときにどんな目に遭うかの恐怖心も大きいだろうからな。
「牢に入れた後は、ここにいるお前たちのうちの誰かが必ず見張りにつくのだ。決して他のものに見張らせてはならんぞ?」
「はっ!」
「お前たち以外のものと見張りを代わる時には、必ず私かボーマンがその者に付きそって牢まで行く。もし、一人きりで交代だとやってきた者がいれば、それは敵の内通者だと思え。良いな?」
「承知致しました!」
「ボーマンよ、取り急ぎお前が一緒に行って邪魔立てするものがいないか確認してくれ。それから、いまここにいる者は全員、通常の役回りから外してゲオルグとこの件の専属とせよ」
「かしこまりました」
カルヴィノは封じ込めの結界を解除した時にいったん意識を取り戻したが、全身脱力してるというか、目が虚ろでまともに立つことすら出来ない感じだ。
たぶん、あの人造魔物を引き出して制御するのにほとんどの魔力を出し切ってたんだろうね。
それを俺が残らず吹き飛ばしちゃったし。
さてと・・・
両脇から引き摺られるようにして牢へと引っ立てられていくカルヴィノのホムンクルスを見送り、今後の行動を考えてみる。
果たして子爵家にエルスカインの手下がどれくらい紛れ込んでいるのか?
もちろんカルヴィノだけという可能性もあれば、嫌になるほどワサワサ紛れ込んでる可能性だってある。
とにかく確認するまでは予断も楽観も禁物だろう。
でも・・・
確認するとなると、やっぱりシンシアさんに頼ることになるよな?
まずはリスクの高い魔道士や騎士団からか。
宣誓魔法は掛ける相手の人数に応じて術者側の魔力を消費するんだから、家臣全員に掛け直すって何日ここに滞在することになるんだ?
「シンシア、もちろんパルミュナちゃんの許可を得てのことですが、シーベル家の魔道士殿に魂への宣誓魔法を伝授する訳にはいかないのですか?」
おっと、姫様も同じ事を考えていたか。
それにはシンシアさんでなくパルミュナが答えた。
「構わないけど上手く使えるかどうかは分かんないよー? って言うか、シンシアちゃんが膨大な魔力を持ってて、魔法の天才だから普通の宣誓魔法並みに使えてる感じなのよねー」
「そ、そうなのでございますか?」
「うーんとね、人族は精霊や勇者とは違うから力業になっちゃうの。シンシアちゃん並の魔力量と才能じゃないと、そうとう練習しても掛けられる相手は週に一人が限界とか? そもそも全然使えないとか?」
「さようでございましたか...」
さりげなくパルミュナに天才と褒められてるシンシアさんは、さも人ごとのようにそっぽを向いてるけど、ちょっと顔が赤いぞ?
実に可愛いらしい反応だが、困った状態であることに変わりはない。
姫様にとっても、領地を接するシーベル家がエルスカインに蹂躙される事態は避けたいだろうけどなあ・・・
とは言え仕方がない。
キャプラ公領地を後回しにしたのと同じように、とりあえずドラゴンと会うことを最優先にして、シーベル家には日々少しずつ家人への宣誓魔法を掛け直しつつ、しばらく頑張って貰うしかないか。
「お兄ちゃん。代わりに、この部屋に害意を弾く結界を張ってみたらどうかなー?」
「ああ、そりゃ若君にはいいことだろうよ。シーベル子爵も安心できるしな」
「そーだけど、そーじゃなくってさー...害意や邪心を弾く結界をこの部屋に張るの。それで家の人たちをここに呼んでみればいいじゃん? もしも部屋に入れなかったら怪しいよ?」
「おう? なるほどそうか、別に一人ずつに宣誓魔法を掛け直さなくても当面の安全は確保できるって事だな!」
「うん。おにーさ、ゲオルグさんの回復祝いとかの理由にしてさー、家臣全員に声を掛けたいとか言って順番に部屋に呼ぶの。どうかなー?」
「それ中々いいアイデアじゃないかパルミュナ!」
「でしょー!」
「姫様、シーベル卿、この案はどうでしょうね?」
「素晴らしいですわ。それでしたら宣誓魔法を掛け直さなくても、部屋に入れなかった者を即刻解雇するだけで、ホムンクルスやエルスカインに寝返った者を排除できますわね!」
「いや確かに素晴らしい案です。と申しますか、そんな事まで出来るとはお二人の力に瞠目ですなあ」
「ライノ殿の仰る通りです。当面は新たに採用する者もこの部屋で若君自ら面接を行うようにすれば、不穏な者をすぐに弾けるかと思います」
おお、シンシアさんの声が明るい。
宣誓魔法を掛け続ける苦行から解放されそうな予感で、少し元気そうな顔色になったな。
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