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第三部:王都への道
晩餐会とシーベル子爵
しおりを挟むしばらくすると、再びサミュエル君とトレナちゃんが呼びに来てくれた。
この二人の実際の年齢は知らないが、寄り添うように並んで醸し出す雰囲気から、もはや俺的にはご近所の若手カップル扱いだ。
そこかしこに天幕が張られた中庭では、子爵側の用意した夕食の準備が進んでいたが、エールらしき大樽が幾つもセットされた上、なんと盛大に火を焚いて豚の丸焼きまで始まっている。
これは・・・
つまり中庭を使ってのリンスワルド騎士団とシーベル騎士団の大親睦会、という名の宴会だな。
レビリスとダンガ兄妹よ、君たちはこっちに留まって正解だよ!
若手カップルに先導されて石造りの建物に入り、広い廊下を歩いてくと、要所要所に立つ衛兵が敬礼をしてくる。
彼らが俺やパルミュナのことを知ってるはずはないので、これはリンスワルド騎士団員であるサミュエル君に対する礼だろうな。
なんだか、『徹底的にリンスワルド家のご機嫌を取るのだ!』とシーベル子爵から厳命されてるんじゃないかって気すらしてくるよ。
「どうだパルミュナ、寒々しく感じたりするか?」
「ううん、ふつー」
「そっか」
普通って事は、悪意や陰謀が渦巻いてるって感じでは無さそうだな。
そのまま途中誰にも誰何されることもなく、会場らしき広間まで辿り着いた。
「こちらでございます」
部屋に近づいた段階で、扉の開け放たれた部屋の中からそれなりの騒めきが伝わってくる。
シーンとした静かな気配だったらどうしようかと少しだけ心配していたが、杞憂だったようだ。
ただ、大勢の声の騒めきは響いているのに会話の内容は伝わってこない。
パルミュナの整音の結界とは違う感じだが、ここの魔道士の手によってテーブルごとにプライバシーを守れる類いの結界が張られているのだろう。
サミュエル君とトレナちゃんも一緒に部屋に入ってそのまま進んでいくのだが、どう考えても部屋の中央を突っ切って一番奥の、つまり上座というか領主や主賓がいるべき場所に向かっていく。
そりゃそうだよね、主賓の伯爵様だもの!
席次がないとか、集まって過ごせるとか、テーブルで過ごすのも離れるのも自由だとか、そういう言葉に惑わされていたが、主賓が目立たない端っこのテーブルに陣取ったりなんかしてるわけないよな・・・
俺たちが近づいていくと、到着を察知していた姫様が和やかに手招きしてきた。
「姫様、ライノ・クライス様とパルミュナ様をお連れ致しました」
「お二人とも、まずはお掛け下さいませ...ご苦労でしたねスタイン、トレナ、あなた方もこのテーブルにお着きなさい」
「はっ!」
「かしこまりました」
相変わらず臣下の扱いもフリーダム・・・この二人はポリノー村帰還組だからなにを話すにしても気苦労がなくていいけどね。
それに、大きな丸テーブルには、レビリスとダンガ兄妹が参加しても一緒に座れた数の椅子が用意さていていたから、むしろ隙間が埋まって丁度いい感じでもある。
「ライノ殿とパルミュナちゃんにご足労頂き申し訳ありません。少々相談したいことが出て参りましたので、食事をしながらでも気軽にお話しできればと思いまして」
「もちろん構いませんよ姫様」
「まずはライノ殿とパルミュナちゃんに、ここの主をご紹介しましょう。こちらのお方がご領主のシーベル子爵フランツ・ラミング殿ですわ」
そう言って同じテーブルに着いていた年配の男性を柔らかに指し示す。
えええぇ? 俺たちに子爵を紹介するのが先ってどういうことだ?
礼儀的には逆じゃないのか?
驚いている俺を余所に、豪華な礼服に髪をかっちりと整えたシーベル子爵は和やかに言葉を発した。
「着座のままにて失礼致します。レティシア姫殿が出来るだけ目立たないようにと仰ってますのでな...ようこそ当家にお越し下さいましたクライス殿、パルミュナ殿。歓迎致しますぞ。今日はどうか当家にてごゆるりとお寛ぎ頂きたい」
「ご丁寧にありがとうございますシーベル子爵様。遍歴破邪のライノ・クライスと妹のパルミュナにございます」
「クライス殿、わたくしめに敬称など不要ですぞ。ぜひフランツとお呼び頂きたい。呼び捨てが言いづらければ『フランツさん』でも構いませんがな!」
シーベル子爵はそう言って破顔した。
なにそれ?
なんか妙だよ・・・
「あのライノ殿。実はご相談というか、ご報告しなければならなかったことの一つがシーベル卿に関することでございまして...シーベル卿は先ほどシンシアの手による魂への宣誓魔法を受けて下さいました」
マジか!
まさかそれって・・・・
「なにしろレティシア姫殿は悩みを抱えておられるのに、内容が極秘なので口に出来ないと仰いますからなあ。どうすれば聞かせて貰えるかと伺ったら、『秘密を守る宣誓魔法を受けてもらうしかない』と。これは男子たるもの、姫のためにはお受けせざるを得んでしょう?」
いや? いやいやいや。
ご領主様がお隣の領主一族からの宣誓魔法を受けるって、普通あり得ないよね?
いくら仲良しでも政治的に越えない一線というか、立ち位置というか。
どんだけ姫様のご機嫌取りたいんだよ?
「シーベル子爵家とリンスワルド家は長い付き合いです。それに領地を接しているのですから、もし協力し合えるならばそうするべきでしょう」
・・・うん、そっか。
これこそ姫様の交渉力というか政治的手腕ってモノなんだろうな。
たぶん。
「と言うわけで宣誓魔法を受けましてな。レティシア姫殿からクライス殿のお話を伺ったわけです。また、お二人を過度に敬うなとの忠告も頂戴しましたので、そうさせて頂きましょう」
「クライス殿、先ほどシーベル卿には宣誓魔法の元ですべてをお話しし、秘密を守ることと、共同してエルスカインと対抗するということのお約束を頂戴しました」
「じゃあ俺の正体も、エルスカインと向き合う危険も知った上でご協力頂けると?」
「もちろんでございますぞ。いやはやこの老骨、話を伺って久しぶりに血が滾りましたわい。後は息子に家督を譲って隠居するばかりと考えておりましたのになあ!」
髪に白いものが混じりつつある年齢だけど、『老骨』と言うのは大袈裟な物言いだ。
まあ一種の冗談なんだろう。
「ところでライノ殿やパルミュナちゃんの目で見て、この会場に怪しい人影は見当たりますか?」
姫様からの問いを受けてパルミュナの方を見やると、静かに首を振った。
「俺も妹と同じ意見です。ここで妙な気配は感じませんね」
「ならば幸いです。心置きなく食事が楽しめましょう」
「ですな。皆様、どうかごゆるりとお楽しみ頂きたい。ビュッフェと申しまして、あちらのテーブルに料理を並べておりますので、お好きなモノを好きなだけ選んで頂く方式です。では失礼して...」
シーベル子爵はそう言って立ち上がると、料理を並べたテーブルの方に歩いて行った。
トレナちゃんとサミュエル君も立ち上がって姫様の脇に控える。
なるほど、ホストと言うか領主が自らの手で料理を取りに行くとなれば、他の列席者も立場だの威厳だのを気にする必要は無くなるからな。
面倒なら給仕に行かせればいいし、自分で選ぶことを楽しみたいなら、人目を気にせず見に行けばいいって訳で、なかなかいい気遣いだ。
「ライノ殿、このビュッフェ形式には『無礼講である』という意味も込められているのですわ。立場や上下関係を一切気にせずに好きに動いて構わないという約束ごとですので」
「席次がないとか、いつ退席しても平気だってのは、そういう事だったんですね?」
「はい。むしろ自由に振る舞う方が賑わいが出ますので、主催側から喜ばれます。本当はわたくしも自分で料理を取りに行きたいのですが、あそこに赴いてしまうと大勢の方々から声を掛けられてしまいますので...」
そりゃそうだろう。
あまり人前に出ることのない『リンスワルド伯爵家の深窓の姫君』が来訪しているとなれば、興味津々の方々が姫様と一言でも言葉を交わそうと押し掛けてくるだろう事は想像に難くない。
「でも、誰もここにやってこないと言うことは、着座してるテーブルに押し掛けるのはマナー違反なんですか?」
「失礼しました。説明不足でしたわね...出来るだけ大勢と会話したり、この機会に知己を増やしたいと思う方は、料理台の近くにある赤いテーブルクロスの掛かっている場所に座ります」
「へえ」
「逆に、壁際に近い白いクロスのテーブルは、静かに過ごしたい人向けという区分けになっております。もちろん基本が無礼講ですので絶対という事ではございませんが、大まかにはそういう仕立てです」
「なるほど。うまく出来てるんですね!」
それなら親しい人だけと過ごしたい人も、パーティーの場で新しい知り合いを増やしたい人も両方が満足できるよな。
「トレナ、あなたに任せますから、私たちに適当な料理を選んで持ってきて貰えますか?」
「かしこまりました。クライス様とパルミュナ様の分も一緒にお持ちしてよろしいでしょうか?」
「トレナちゃん、アタシも一緒に行くねー。お兄ちゃんの分はアタシが選ぶから大丈夫よー」
パルミュナがそう言って立ち上がった。
自分で見て選べるとなれば興味津々だろう。
と言うか、パルミュナがここに来ているのはそれが目的だからな。
もしも誰かに話しかけられても、パルミュナなら流れるような口八丁で躱すだろうし。
「私もご一緒しますかな」
ヴァーニル隊長もそう言って席を立った。
ちょっとワクワクしている表情を隠しきれずに料理に向かっていくトレナちゃん、サミュエル君、パルミュナの三人と、保護者のようなヴァーニル隊長を妙に微笑ましい気分で見送って、姫様たちの方へと向き直る。
「ところで、このテーブルにシーベル子爵のご家族は来ないんですか?」
「奥方様は大分前に亡くなられておりまして、跡継ぎのご子息がお一人。ですが、今年に入って難しい病を得ているそうで、最近はずっとお部屋で休まれていると聞いております」
「それは大変そうですね」
「子爵殿もさぞ気に病んでおられるでしょう。今日は少しでも子爵殿の気晴らしになればと言う思いもあって、お招きを受けることに致しました」
単なる近所付き合いと言うだけでは無く、姫様からの子爵への心遣いだったって訳か。
「実はそれに関してライノ殿にもご相談がございまして...子爵殿から、わたくしたちに若君を王都まで一緒に連れて行って貰えないかという相談を受けました」
「え? 病気のご子息を隊列に加えるんですか? エルスカインの動きによってはその方にも危険が及ぶのでは?」
「その危険性を説明したいということもあって、子爵殿には宣誓魔法を受けて頂いたのです」
ああ、そういう流れで宣誓魔法を受けてエルスカインの存在を知ることに、と。
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