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第三部:王都への道

闇エルフの系譜

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「それって? じゃあすべての闇エルフがエルセリアに変貌したわけじゃないってことですか?」

「真実は分かりませんが、噂通りであるならばそうなるかと」

俺は思わず、パルミュナの方を見やった。
長生き? な大精霊として、何か知ってることでもあるだろうか?

「んー。詳しくは分っかんないんだけどさー、ヘンなことって言うか、辻褄が合わないって感じのことはあるらしいのよねー、ソレ」
「なんだそりゃ? なんでもいいから教えてくれよ」
「そもそもさー、な・ん・で、闇エルフのいた一族がエルセリア族に変貌したのかなってはなしー」

「んん? だからそれが呪い返しなんだろ?」

「えーっとね、当の悪辣な魔法使いたちだけでなくってさー、その氏族が一人残らずエルセリアになっちゃったわけでしょー?」
「そうらしいな」
「でも、実際は知らないけど、たぶん闇エルフの魔法使いたちが産み出したアンスロープ族の人数って、闇エルフの同族全員よりは少なかったと思うわけー」

ああ、それもそうか。
呪いで隷属するように縛った奴隷種族とは言え、いきなり自分たちの全国民より多い数を一気に創り出して使役するなんてムリっぽい。
酷い話だけど、素材にされてしまった奴隷の人々がいるんだしな。

「つまり、数が釣り合わないってことか? ソレ」
「ふつーの呪い返しならさー、呪いを掛けた魂の数だけ返って来るものじゃない?」
「でも、そうするとなにがヘンなんだ?」
「この場合は、アンスロープ化させられた人と狼の魂の数と同じ呪いを、手を下した少数の魔法使いたちがまとめて受けるってことにならないのかなーってこと」
「えーっと?...」

俺がパルミュナの言っていることに、今ひとつピンと来なくて悩み込んでいると、姫様が引き取ってくれた。

「パルミュナちゃん...ひょっとしたらそれは闇エルフの魔法使いたちが、本来は自分らが受けるべき罪の呪い返しを、何らかの手段で自分の同胞たちに負わせた、ということでしょうか?」

「かもねーって話。自分たちは呪いを受けないように、なんかの手段で弾いて、でも呪い返しそのものは消せないから、同胞たちに分散して被らせて、自分たちは上手く逃げたとかー?」
「マジか!」
「分かんないけどさー。もしそんな話だったら辻褄が合うよねーってことかなー?」
「じゃあ、自分に向けられた呪いから逃げるために、同胞たちを生け贄って言うか身代わりにしたわけか...」

「酷いなんて物じゃないわ...」
「まさしく...悪の権化のような所業ですなあ...」
「そんな奴ら、人族の範疇にもおけません!」

みんな、あまりにも酷い話に絶句している。
そりゃそうだ・・・

残虐で私欲にまみれた領主や貴族の話なんていくらでも聞いたけれど、自分たちだけが生き延びるために同胞全員を生け贄にしたなんて、ここまで酷い行いは耳にしたことがないぞ。

『人』にそんなことが出来るのか? とさえ思う。

「それじゃ、エルセリアの人たちが可哀想過ぎるよ...」
「ひどすぎるわ!」
「そんなの心がないよ」
ダンガ兄妹も辛そうな声を出している。
この三人は心底から心優しいからなあ。

「しかしながら、自分が助かるためなら同胞全員を犠牲にすることさえいとわぬほどの醜悪さとは...恐らくエルスカインは、これまで思っていた以上の難敵でしょうなあ...」

ヴァーニル隊長が嘆息するのは心の底から同情するよ。

「なあパルミュナ。もしもエルスカインが、そんな言葉に出来ないような悪人というか、思念の魔物よりも酷い存在だったとして...呪いを他人に被せて自分は上手いこと逃げるような方法って、どんな手段を使ったんだろうな?」

「さー? だって、これもただの推測だよー? そもそもエルスカインが闇エルフの子孫かもしれないなんて、アタシだって、いま始めて聞いた話だしさー」

「まあ、それはそうだけどな...なんか俺はパルミュナの推測が当たってるって思えて仕方ないんだよ」

他の全員もシンクロしたかのように揃って頷いた。

「精霊だって、その場にいなかったことは全然知らないもんだしねー。アタシはもともと人同士の争いに興味がなかったし、きっとアスワンだって知らないと思うなー」

そりゃアスワンも事前に知ってれば、ガルシリス城の痕跡を探った時に、なにか感づいていただろうからな。
とは言え、いまのパルミュナの推測が、エルスカインの行動を考える上で、なにか大きな鍵を握っているような気はする。

「仮にエルスカインの出自がわたくしたちの推察通りだったとすると、やはり、この地に流れる膨大な魔力を使って、なにかしらよからぬことを企んでいるのでしょうけれど、ただ...」

いったん緩み掛けた姫様の表情も一層厳しくなってるな。

「当地はエルスカインにとって重要な場所だとは思いますが、とてもここだけで終わるとは思えません」
「俺も同じ考えですよ姫様」
「やはりライノ殿も?」

「ガルシリス城で魔物の背後にいるエルスカインと少しだけ話した時、奴は『各地に魔力を集める魔法陣の網の目を置いている』というような言葉を口にしてました」
「えっと『魔力の網』でございますか?」

「文脈から言うと...魔力を貯め込む溜め池を世界中に作って、それを網の目のように結びつけるとか...ハッキリ分かりませんが、そんな感じですかね?」
「そう考えるとリンスワルド領を、言うなれば魔力の供給元と申しますか、井戸や鉱山のようにでも使うつもりかもしれませんね」

姫様がそう言った時、昼夜を問わず魔力が噴き出し続けていた岩塩採掘孔の様子が脳裏に浮かんだ。

「そして問題は、その集めた魔力でなにを企んでいるのか、と言うことですわね?」

「ええ、だけど国を支配するとか、ただ権力を望んでいるのではなく、もっととんでもないことを狙ってるような気がして仕方ないんですよ」

「ライノ殿の言うとおりですわ。お母様や叔母様の立場を乗っ取ろうとしているのも、さらに大きな企みへのステップだと感じます。ルースランドを手中に収めた程度ではスタート地点でしかないのですから、少なくとも金や権力と言ったありきたりな欲望では説明できないでしょう」

シンシアさんも同じ意見か。
しかし、だからと言って奴はなにをどうするつもりなのか?
結局、いつも問いがそこに戻るなあ・・・

なんだか、とっても歯がゆい気分だよ。
答えはすぐそこにありそうな気がしてるのに、なぜかもやかすみの向こうに隠れてる感じ?

「奴の最終的な狙いは、まだ分かりませんけど、次にどんな行動を起こすか...これまでのエルスカインの行動から、なにか読み取れそうなことは無いですかね?」

「ライノ殿、襲撃の夜は三頭のグリフォンで、とりあえず最大戦力を出してきたと考えて良いと思われますかな?」

「いえ、ヴァーニル隊長、最強戦力だったとは思いますけど、最大とは言えないって気がしますね」
「最大ではなく、あくまで手持ちの中で最強ということですか?」

「ええ、なぜならガルシリス城の地下ではブラディウルフはもちろん、ウォーベアやアサシンタイガーまで次々に召喚されていたからです。あの夜にそいつらが出てこなかったのは、単にグリフォンを越えるほどの戦力じゃないってことだろうと」

「ふむ...そうなると、仮に総力戦みたいな話になった時には、どれほどの数が出てくるか、予想も付かないということですなあ」

「嫌な予想ですけどそういうことですね。それにグリフォンだって一度は用意できたのですから、今後も補充できるのかもしれません」

「例え一頭でも、グリフォン相手では我が騎士団も厳しいでしょうなあ。残念ながら頭数が足りません」

ケネスさんも言ってたよなあ・・・
結局、物量で責められたら対応しきれないって。
ポリノー村ではパルミュナが駆けつけてくれたからなんとかなったのであって、俺の実力じゃ本当にヤバかった。
それを絶対に忘れないようにしないと。

「我ら騎士団もエルスカインが悪辣な魔法使いであることは理解していましたが、よもやグリフォンを操れるほどであるとは思ってもいませんでした。そうなると、普通の軍隊やならず者とは違う戦い方を想定しないといけませんな」

「えっと、つまり?」

「ライノ殿と妹君はグリフォンを撃退してくださった。ですが、逆に奴らから見れば、虎の子だったグリフォンを三頭まとめて撃退されたわけですな。そりゃあ悔しいでしょうし、次こそはと策を練るでしょうな」

その策が問題なんだが・・・
ヴァーニル隊長には思い浮かぶことがあるのかな?

「ただの武人でしかない私なら単純にこう考えます。『ではグリフォン以上の戦力には何があるか』と」

ん? 
それって・・・

「単純に数で押すという策もあるでしょうな。例えば複数のグリフォンが同時に色々な場所に現れれば、いかにライノ殿といえど対応は難しい。領地と領民はズタボロにされます。しかし、その方法ではいつまでも姫様方のお体を手に入れることは出来ないし、それに結局はライノ殿と妹君に討伐されてしまうでしょう」

ヴァーニル隊長の理屈は単純明快だな。

「だったら、更に強い戦力で一気に押す、ですか?」
俺が引き取った言葉に、ヴァーニル隊長が頷いた。

エルスカインはいずれ、人知れずエマーニュさんに扮しているエイテュール子爵を狙うのも難しいことに気が付くだろうし、ならば、ここでまとめて、となるほうが自然だよな。
しかも、その時はグリフォンを屠った俺とパルミュナが守っていると承知の上で。

そのために必要な戦力は? というのがヴァーニル隊長の問いだ。
そして、グリフォンでダメだった、となったら・・・?

じゃあ『ドラゴン』や『ワイバーン』ならどうだ?

そう言うと冗談みたいだけど、実際にこの目で見るまでは、グリフォンを操れるって聞いても『冗談だろ?』って思ったはずだ。

古代には、ドラゴンさえ操れるほど強力な支配の魔法も存在したという話が、ただの根も葉もない噂じゃなかったことは、今回のグリフォンの襲撃が実証している。
伝説の魔獣使い『エルスカイン』は実在したのだし、その能力を見くびっては絶対にダメだな。

いや・・・むしろドラゴンも操れるくらいの相手だと考えておかないとマズいだろう。
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